つなみ
すいません、お待たせしました。
三日。
不穏な動きも無く、その三日間は過ぎた。
ただ、一度だけちょっとした事はあった。
夜泣きをしていたモモちゃんをあやしに、夜の庭を散歩していた時、五神樹の紫野郎、シキとバッタリ出会ったのだ。
相手の驚きようから、決して待ち構えていた様子ではなかった。本当に偶然出会ってしまった、そういう状況であった。そしてその時――
『ふっ、この私を待ち伏せかい子猫ちゃん』
『なに言ってんだお前? 誰が子猫ちゃんだよ、モモちゃんか?』
『ぐ…此処で出会うのもデぃスティニー』
『マジでナニ言ってんだお前‥ちゃんと喋れよ』
『う、うるしゃいべっ、オラぁの勝手じゃろぅ』
『へ?』
『くしょう、おまんが正式にゃ公爵の剣客じゃけぇ、こっちゃあが手だしゃれんようなっちゃがぁ、――聖女は私の物だ、貴様に渡さん!』
『‥‥‥』
途中から、酷い訛りで喋り出すシキ。
だが、固定文だと普通に話せるのか、最後の所だけは綺麗な発音で話す。
――コイツって、まさか、
決まっているセリフは普通に喋れるけど、
アドリブの所は訛りが酷いのか? アレってマジだったのか!?
事前にその様な話は聞いていたが、実際にそうであって驚きであった。
若干、何を言っているのか聞き取れない部分も多かったが、勘違い系のナルシストだと思っていたシキは、実は意外にも素朴系だった。
『オラぁ、私は聖女様に惚れているんだ‥じゃけん、おまんさんにはまけんじゃき~、じぇったいにぃオラぁがに惚れしゃしてやるけんのぉ――』
長々と喋り続けるシキ。
本当に何を言っているのか分かり辛い部分が多かったが、シキが、葉月に純粋に惚れているという想いだけは伝わってきていた。
他に何か目的があって惚れているのではなく、本当に純粋に惚れていると。
もしかすると、この訛りが俺にそう感じさせているのかもしれないが、それでも俺にはそう感じた。
シキは本当に葉月に惚れているのだと――
それから暫くの間、シキから一方的に話し掛けられた。
かなり聞き取り辛い訛りと、方言のようなモノが混ざった喋り方であったが、色々と五神樹側の状況を把握が出来た。
葉月が何かを言ったらしく、五神樹達は俺に絡まないように釘を刺された様子であり。今回は、本当に偶然に出くわしただけのようだった。
今では不意に近寄らないように気を付け、実際に魔石魔物狩りの時も、前回のように隣に来て狩りをすることはなくなっていた。
そして今日も、俺達、陣内組から離れた位置で、五神樹達はロードズ組に混ざって魔石魔物狩りをしている。
ただ、ロードズ組のリーダー、ロードズの思惑なのか、救援に駆け付けられるギリギリの距離は維持していた。
「離れてはいるけど‥ギリギリに目が届く位置に居やがるな、セコイ奴だな」
「レプさん‥まぁそう言う強かな所がないと、冒険者としてはやっていけないんじゃ? よく分からないけど」
「確かに、それは間違ってはいないかな、冒険者としては」
レプさんに声を掛けられ、俺はその話題のロードズ組へと目を向ける。
深淵迷宮の特徴である長い直線で広い通路、距離にして約150メートル。今、俺達がいる通路は、横幅と高さが10メートル近くあるので、高速道路のトンネルを思い出す。
その通路に、今日は5組のパーティが20メートルほどの間隔で魔石魔物狩りをしていた。そして俺達の隣の隣、約40メートルほど離れた場所にロードズ組は陣取っていた。
そのロードズ組は少し遅れてやって来ていたので、この通路の一番奥側の端、死角が出来る曲がり角がある場所で魔石魔物狩りを始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぎゃぼぅ‥今日も離れているので、スイーツタイムは無しですよです‥」
「あの、サリオさん? 普通はお菓子なんて無いのですから‥」
「そうだぞサリオ、ウチにはそんな贅沢を出来る程の余裕は無いんだ。今日もキリキリと働け照明役」
「ぎゃぼー! 後衛役から照明役に降格ですよです…」
「あの、サリオさんの生活魔法のアカリは、明るくて戦い易いですから」
「ああ、確かにサリオ嬢ちゃんの作るアカリはいいな」
「本当だよな、しっかりと複数作ってくれるし、明るさにムラも無いな」
「あれを作ってもMPに余裕があるんだからな、後衛ってMP減るの嫌がるけど、サリオはその辺りも違うよな」
「ホントホント、俺等後衛は、おチビちゃんのお陰でMP確保が楽だよ」
「ほへ? そうですかぁ~、じゃぁ今日もアカリをがんがるですよ!」
「「「ちょろいなぁ‥」」」
照明魔法をベタ褒めされて、簡単に調子付くサリオ。
そして必要以上に魔法を唱えアカリを作り出す。
「簡単に乗せられて、アカリを作りまくってんなぁイカっ腹が」
「まぁいいでしょ、普通だったらMPの無駄使いって言われるけど、サリオ嬢ちゃんだと全く問題無いからな。どれだけMPが詰まってんだか、素直に羨ましいよ俺は」
サリオの行動に、そんな感想を述べるレプソルさん。
俺が簡単に聞いた話では、MPの最大値は、レベルが高くなるとそれに比例してMPが増え辛くなるらしい。
後衛役の感想では、まるで魔力の器が満たされてしまい、それの為に増え辛くなった感じだと言っていた。
ひょっとすると個体差で、MPの潜在最大値の差が激しいのかもしれない。
以前は、レベル75を超える者が少ない状態だったので、もしかすると、今まで誰も気付くことが無かったのかもしれないとレプソルさんは言う。
そしてそんな中、サリオだけはとどまる事なくMPを成長させていた。
――なんとも、
ウチのサリオはMPチートだったか‥
俺はMPすら無いってのに、
ウチの陣内組だけが異様に明るい中、各パーティの魔石魔物狩りは続く。
昼食を終え、暫く経った時に、ふとある事に気付く。
それは隣のパーティが、俺達とは反対のパーティの方を眺めている事に。
「ん? なんで隣のパーティはロードズ組を見てんだ?」
「ほへ? どうしたんですジンナイ様?」
不思議そうにして俺の隣にやってくるサリオ。
「ああ、ちょっと横が気になってな‥」
俺が気になったのは、隣のパーティが全員ある方向を見ていることだった。
余所のパーティの動向をチェックすることは多々ある。だが、全員がそれをするのは不自然であった。
隣のパーティが全員見ていれば、見られている方も不審に思うし、普通に考えてそんな事をする必要がない。しかし、それを行う必要がある時も存在する。
「ジンナイ! ロードズのパーティが押されているかもしれないっ」
「はい、ひょっとするとひょっとするか…?」
隣のパーティはそれにいち早く気付いたらしく、警戒心をあらわに、ロードズのパーティを監視していた。もしかすると、隣のパーティが敗走するかもしれないと警戒をして。
そして、隣のパーティが気付くのであれば、【心感】持ちのラティは――
「あの、一応最初から見ていたのですが、もしかすると少々拙いかもです‥」
実は隣のパーティよりも早く気付いていたらしいラティ。
そのラティが経緯を俺に教えてくれる。
「あの、最初は二匹同時湧きだったのですが、狼男型が二体だったので、どちらから先に倒すのかで戸惑った様子でした、それで初動が遅れたようです」
「なるほど…それでそのグダっているうちに次が湧いたと‥」
「はい、」
俺達が眺める先、隣の隣、ロードズ組は魔石魔物3体と戦闘中であった。
狼男型が2体と、狼型が一体。
この深淵迷宮での魔石魔物狩りの定石として、狼男型は盾役か迅盾がキープして、もう一体の弱い方を先に倒す。それが2体同時湧きの対処方法だ。
どのパーティでも似た方法を採用している。
だが今回は二体とも狼男型であった。それによりどちらから先に倒すのか、その判断が遅れたのか、もしくは迷った様子だった。
俺の勘ではあるが、多分、ロードズ組と、五神樹達の足並みが揃わなかったのであろうと予想する。
そしてそれが合っているのかラティに訊ねると、『あの、はい、その通りです』っと返ってきた。
「ちょっと拙いな‥、ホークアイ魔石を一度回収しよう」
「了解だレプソル、2個とも回収する」
苦戦しているロードズ組を眺めながら、いつでも助けにいけるように指示を出すレプソルさん。
「あの、狼型を抑えられていませんねぇ…」
「ああ、崩れてきているな‥、一体でも倒せれば持ち直すんだろうけど…」
狼男型はともかく、その格下の狼型に暴れられている状態であった。
盾役か、もしくは迅盾が動きを抑える所なのだが、それがしっかりと機能しておらず、狼型を倒すべきアタッカー達が右往左往していた。
「おいおい、完全に振り回されてんぞ‥」
「俺だったら束縛系魔法で、一瞬でも動き封じるんだけどな」
「あの、支援系が味方の強化魔法ばかり使っていますねぇ」
前衛どころか、冷静でなくてはならない後衛役までもが浮足立っていた。
そして――
「マズイっ!? 行くぞラティ!」
「はい! 先行します」
俺とラティは駆け出す。
3体の魔石魔物に苦戦している状態で、もう一体の狼型の魔石魔物が姿を現したのだ。死角となっていた曲がり角から。 だが――
「まだ来るなっ! これくらい俺様達ならいけるっ」
「――っな!? 馬鹿か! 後ろ見ろセキ!」
魔石魔物狩りでは、基本的に他のパーティから獲物を横から取るのはマナー違反。魔物に押されて危機となっているパーティが救援要請を出して、そこで初めて救援が出来る。
それまでは様子を見るのだが、今はそれを待っている状況ではないと判断し、俺とラティは駆け出したのだが。彼のプライドが邪魔をしたのか、赤の樹セキは、それを拒否しようとした。
しかしその時――
「危ないエルネさん!」
「――っあ!?」
曲がり角の死角から、後ろに控えていたエルネを襲う狼型。その魔物から侍女のエルネを庇う為に、聖女の勇者葉月は、狙われていたエルネを突き飛ばして彼女を助ける。
「ハヅキ!?」
「聖女様が!」
「何故誰も気付かなかった?」
3体の魔石魔物に躍起になっていた前衛組は、新たに現れた4体目には気付いておらず、その対処に致命的な後れを見せる。
そして完全に裏を取られ、回復の要である葉月は、狼型によって角の隅に追い込まれ。
「えい! 障壁魔法”コルツォ”!」
「――――――!!」
完全にコーナーへと釘づけにされた葉月。彼女は障壁を張って身を守る。
味方に回復魔法を唱えようにも、目の前に障壁を張って魔物の猛攻を防ぐので手一杯の葉月。パーティへの回復魔法での援護が出来なくなっていた。
当然それは、前線の崩壊へと繋がる。
葉月はコーナーに追い込まれており、その追い詰めている狼型へ攻撃を加えたいが、それは今、目の前で戦っている魔石魔物に背を向けることとなり、迂闊に動けない前衛役。
葉月を襲っている狼型は、葉月だけを狙っており、他の前衛などに行く様子はみられない。
ロードズ組と勇者葉月は分断され、まして陣内組はもっと離れている状態となった。
助けに行きたくとも、ロードズ組と魔石魔物の3体が戦っており、簡単には通過出来ない状況。
「くそっ、邪魔だあいつ等」
「ダンジョンだから横へ迂回も出来ない」
横幅が10メートル程があるとは言え、3体の魔石魔物が暴れており、そしてそれと戦うロードズ組が十数人。端的に言えば、ロードズ組が邪魔であった。
統率は乱れ、回復魔法の援護も薄くて押されているだけの前衛。
それはほとんど邪魔な障害物のようであった。
「くそ、上を通って葉月を助けにいくしかないか…」
「はい、ならば、わたしが――」
「――ッいや、駄目だっ!」
【天翔】が使えるラティならば、ロードズ組の上を駆けて行く事も可能だ。だがそれは、ラティを魔石魔物4体の群れの中に放り込むこととなる。
葉月を助けるのであれば、葉月を襲っている狼型に攻撃を加える必要がある。回避だけを重視した場合のラティであれば、4体の魔石魔物が相手でも回避し切れるかもしれない。
だが、攻撃を行うことも前提であると、いくら何でもそれは破綻する。
攻撃にはある程度の反動と動作が必要となり、そしてそれは致命的な隙へと繋がる。
――くそっ!
もういっその事、サリオに全部薙ぎ払わせるか‥敵味方纏めて…
いや、サリオならアレがあるか、
「サリオ!葉月を守ってこい!」
「ぎゃぼー! この体勢ってまさかですよね?ですよです!」
俺はむんずとサリオのローブを掴み、腰を浅く捻って重心も下げる。
「守り切ったら好きな物を喰わせてやるよ」
「らじゃです! スキヤキで卵トリプルでお願いしますです!」
「くそ、また高いモンを。おい!葉月ぃぃぃ!コレを受け取れぇぇえ!」
「え?陣内君!?」
俺はこの異世界で鍛え上げた膂力に物を言わせて、サリオを全力でぶん投げる。
『ぎゃっぼー』と叫びながら飛んで行くサリオ。
飛んでいく姿は、何処かダンゴムシ。そして――
「火系魔法”炎の斧”!」
――ッゴゥゥウウ――
葉月を狙っていた狼型へと振り下ろされる青白く燃えた斧。当然、そんな単発な大技が当たる訳でもなく、呆気なく回避される。 が――
「あたしを拾ってくださーいです~」
「え? えええ!?」
後ろの壁に挟まれつつも、何とか飛んできたサリオを抱くように受け取る葉月。
サリオが唱えた魔法により、一瞬だけ出来た隙に障壁を解除して、サリオと葉月は合流を果たした。そして――
「結界を張りますです! ハヅキ様、ぎゅっとしてください」
「あ、うん、わかった」
葉月は屈んでサリオに抱き着き、少し窮屈そうにしながらローブの結界の中に納まった。
――ギィィイ!――ギィン!――
ローブの結界に向かって牙を立てる狼型。
結界のおかげで、手の空いた葉月はすぐに回復魔法をばら撒く。
状況は依然と厳しいままではあるが、葉月の安全は確保出来、そして陣内組とその隣にいたパーティも戦闘に参加し始める。
通路の内なので、全員が一斉に戦う事は出来ないが、少し時間をかければ魔石魔物の討伐は可能であろう、皆がそう思っていた瞬間。
「あああ、後ろ追加が湧いた!」
「おい、しかもまた2体って…」
「あれは最悪だ…」
「ふざけんな! どんだけ魔石置いてんだよ!」
新たに2体の魔石魔物が湧いていた。
一体は3メートルを超える死体魔物。
巨大な死体魔物は、トンの村で最後に見た魔物。
強敵ではあるが、まだマシの方。だが、もう一体が――
「ココでコイツかよ…」
「白いケーキ野郎だと、」
もう一体が最悪だった。
単体であれば楽に倒せる美味しい魔石魔物。だが他に魔物が一緒にいると最悪の魔石魔物となる。
通称、白いケーキ野郎、この魔石魔物の特徴は、周りの魔物を指揮するように操ることと、もう一つ。
狼型と狼男型が揃って咆哮を上げる。
前衛達はあまりの音量に耳がやられ、気の弱い者は恐慌状態へとなり、震えて動けなくなっている。
「くそ!特殊能力を使い始めやがった!」
ケーキ野郎のもう一つの能力、魔石魔物に特殊能力を使わせることが出来る事。以前これのおかげで、凄まじい大騒ぎとなった事もある。
そして――
「あ……」
「馬鹿な…なんでこんなに湧いて…」
「無理だ…」
その場の全員が、ソレに絶望を感じていた。
音も無く増え続ける人影、まるで這い出るように湧いてくる無数のモノ。
巨大死体魔物が腕を振り上げるごとに、呼ばれるようにして湧いてくる人の形をしたモノ。
なんと巨大な死体魔物は、無数の死体魔物を呼び出していたのだ。腕を振り上げるごとに5~6体の死体魔物が湧いてくる。
そして気付くと、幅10メートルを超える通路を、埋め尽くすようにして死体魔物達が溢れかえっていたのだった。
数にして100体以上。
そのグール達が、まるで津波のように襲ってきた。
そして、ローブの結界に守られているサリオと葉月にも殺到する。
サリオを庇うようにして、勇者葉月がサリオに覆い被さる。
今は結界が張られているのでまだ平気ではあるが、数分もすればMPは枯渇し結界は消える。そして結界が消えれば、葉月とサリオは貪られるように咬み喰われる。
あの時のように――
あの光景が俺の脳裏を支配し、そして――
「―ッがぁぁぁあ!!」
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想やご指摘など頂けましたら、幸いです。
あと、誤字脱字も‥