教会
広めの客間。
ゆったりと座れるソファーに勇者葉月が座っていた。
咄嗟に頭の中に浮かんだ言葉は、『なんで?』だった。
「さっきはあまり話せなかったから‥来ちゃった」
「いやいやいやいや、は? なんで居るの?」
思わず素の感想を口にしてしまう。
そしてそれに対して、当然葉月は――
「陣内君、酷くない? クラスメートが遊びに来たんだから‥もうちょっと…」
「いや、クラスメートとか、もう死語みたいなこと言われても‥」
――あれ?陣内組だから、
ラティとかサリオ、スペさんやミズチさんもクラスメートになるのか?
違うか? うん違うな、
俺がそんなアホな事を考えていると、葉月は少し拗ねた顔で俺を見る。
「折角、久しぶりに会えたのになぁ~、もうちょっとあってもイイのに‥」
何ともコメントに困ることを呟く葉月。
どうしたものかと、そう考えていると――
「あれ? みんなこの部屋で何してんだ? あっ!」
「ん?ロウか」
たまたま近くを通りかかったら、賑やかそうだったから部屋の中を覗いた。そんな感じで狼人少年のロウがやって来た。
そしてロウは客間の中に、聖女の勇者葉月が居る事に驚き声をあげる。
「聖女の勇者様!? なんでココに…って、やっぱりジンナイは聖女様ま――!?」
――ッガシ!?――
不穏な事を言おうとしたロウの口を右手で塞ぐ。
そして左手で――
「――!?ぅぅぅぎゃあああ、痛ぇぇぇぇえ!?」
「お前は何も語るな…」
右手は外し、俺は左手で顔を鷲掴みする。
「マジでいてぇ! 何だよこの馬鹿力、って、いてえええ」
「ふっ、この程度で音を上げるとは情けない。サリオなら後3段階上の力を込めても平気だぞ? ロウ、お前は頭が弱すぎる」
元からこういう性格なのか、それとも別な理由なのか。
ロウはよく俺に突っかかって来ていた。
なので俺は、そんなロウに対して物理的にぶつかっていってやっていた。
精神的な部分でぶつかってやれる程、俺は大人では無いので。
俺には、あの優しいウルフンさんの代わりは無理だから…
必死にもがき、そして騒ぎ続けるロウ。
奴は何とか状況を打開しようと、再び先程の言葉を口にしようとする。
「ジンナイ! お前は聖女さ――」
「――ッアイアンクロー!セカンドギア!」
「っがあああああああああああああああああああ!」
メキャッっと音が鳴る程、左手に力を込める。
そして頭から手を外し、ロウを解放する。
ドサリと床に横たわるロウ。ピクピクと僅かに痙攣している。
それを見ていたサリオは、ロウの横に来て。
「ロウちゃん、アレを耐えるコツは歯を食いしばることですよです、口が開いていると、その分、あの指が喰い込んで来るのです」
慰める訳はなく、的確なアドバイス。
なんとも俺達らしい光景が広がっていたが、一人だけそれには着いて行けず。
「陣内君! 小さい子を虐めないの、ほら平気? いま回復魔法かけてあげるね」
ひたすらに優しい勇者葉月、ロウのこめかみに手を添え、優しく光る回復魔法で痛みを和らげている。
そして彼女は、回復魔法を掛け終えるとコチラに振り向き、横目で気絶しているロウを見ながら俺に言ってくる。
「ねえ陣内君、大変だったらこの子達を教会に預けたらどうかな? 今日はそれを言いに来たんだけど…」
「はぁ?」
葉月は簡単に説明してくれた。
教会では救済として、孤児や親から捨てられた子供などの面倒を見ているのだと言う。そして、その子が今後生きていけるように、教育までもしているのだと。
『だからロウとモモを預けてみては?』と、葉月は提案をしてきた。
きっとそれは悪い話ではないのだろうが。 だけど‥
「いや、いいや。ウルフンさんの子供は俺が…面倒を全部見ているわけじゃないけど、教会ってのに預けるのは、言い方が悪いけど‥放り出した感じがするからな」
――疑っているわけじゃないけど、
狼人の子だ、きっと‥多分、全てが平等って訳じゃないだろうしな…
どうにも…
「そっかぁ~、うん、陣内君がそう言うんじゃ仕方ないね」
「ああ、ワリぃな、気に掛けて貰って悪いけど、教会ってのがどんな場所なのか知らないからな、流石に全く知らない場所に預ける気にはならないから」
( 特にモモちゃんを! )
俺はそれを適当に言ったつもりだったのだが、葉月は驚きの表情を浮かべた。
「え? 陣内君、教会ってどんな場所か知らないの?」
「へ? いや、テレビとかでなら見た事はあるけど、この異世界でも似たような感じなんだろ?」
「そういう事じゃなくて、教会そのモノの事だよ。何だか陣内君の口ぶりだと、一度も教会に行ったことが無くて、何も知らないような感じだったから…」
驚きと戸惑いを混ぜたような表情、要は意外そうな顔をして俺を見る葉月。
その表情を見ながら、俺は正直に言う
「一度も行った事ないな」
( 行く理由も無いし )
俺はそういった施設を避けていた。
冒険者ギルドなど、何か権力が働いていそうな場所には近寄らなかった。
ギームルの息がかかっていそうなので。
俺の言葉に、葉月は固まってしまう。
「あの、そういえば一度も行ったこと無いですね教会には」
「あ、あたしも無いです、」
二人の追撃に、葉月は完全に固まってしまっていた。
暫くしてから再起動した葉月は、俺達に教会の事を教えてくれた。
教会、その名は【ユグドラシル教】。
世界樹の木を神と崇め信仰する宗教。
切り倒され失われてしまった世界樹は、その力を大地に還して、この異世界の動植物の全てを、愛しみ育てているという教えの宗教。
信者達は全員が、育てている作物などは、全て世界樹の恩恵と考えているらしく、そしてそれを信じていると。
因みに、俺は木刀のことを葉月に訪ねてみると、これは力の抜けた抜け殻であり、其処まで神聖視はされていないらしいとのこと。
俺は葉月からユグドラシル教のことを聞いて、少し驚いていた。
このユグドラシル教の信者の数が多いことに。
作物などの、何かを育てている者全員が信者なのだと言うのだ。
その理由は。
信仰無き者が育てていると、いつか酷い凶作に見舞われると言う。
そして信者であれば、凶作に見舞われたとしても、次は豊作になるだろうと言われ、教会側から援助をして貰えるのだと。
だから生産者は皆が、ユグドラシル教の信者なのだと。
そんなユグドラシル教の事を知らない俺達に、聖女の勇者葉月は驚いていた。
だが、冒険者側には、信者はあまり居なかったように思う。
そんな会話を葉月と交わしていて、ふと気付く。
葉月は今、この場所に来たのは、孤児となってしまったロウとモモを、『教会に預けたらどうか?』っと提案をしに来たのだと言っていたが、それがまるでついでのように感じられた。
咄嗟に思い付いて、それを口にしたような。
教会のことをこれだけ語っておきながら、あっさりと退き過ぎな気がしたのだ。
だから俺は――
「なぁ葉月、今日ここに来たのって、他に何か用事があったんじゃないのか? ロウとモモを教会に預けたらって件も、わざわざこんな夜に言いに来ることじゃないよな?」
「――ッ!? そ、それは‥」
図星をつかれた、そんな表情を彼女は浮かべる、そして次には意を決した顔に変えて、重々しく口を開く。
「実はね陣内君、今日、私を――」
葉月が意を決して、何かを言い掛けたその瞬間――
「聖女様を返して貰おうかっ!」
「こ、困りますセキ様! このように押し入られては‥」
「煩い! 早く聖女様を出せ」
この離れのエントランスから、激しい怒号が聞こえてきた。
そしてこの客間にメイドのリーシャが駆け込んで来る。
「ジンナイ! 何か派手な5色が騒いでいるんだけど、アンタの知り合い?」
「派手な5色って…まさか五神樹か?」
「え!? 五神樹って、あの教会の五神樹? 聖女の勇者様に仕えている‥って! 聖女の勇者様!? アレなんでココに‥ッ! まさかジンナイ、アンタ聖女様を誘拐したの?」
「うぉい! なんでそうなる? つか、どんな風に俺を見てんだよお前!」
慌ただしく混乱するリーシャ。
その様子を見ながら葉月が。
「迷惑かけてごめんね陣内君。本当の事を言うと、今日此処に泊めて貰いたくて来たの私…」
「はい?」
「それで、置手紙だけ残して此処に来たんだけど‥」
「えっと、なんでまた泊めて貰いたいだなんて、普通に宿屋とか泊まれるだろ?」
――なんでまた‥
まさか金が無いとかか? ちょっと前の加藤みたいに、
いや、それは無いか。普通に活動してそうだし、教会も付いてんだし‥
「実はね、泊まることになった宿屋の部屋が、6人部屋だったの‥、それしか空いてないとかで…流石に男の人と同じ部屋は困るから、それで此処に泊めて貰おうかと思って」
「ああ、ああ、うん…確かにそれは無いな、男と同じ部屋とかさすがに‥」
俺は何となくだが理解した。これは流石に避難してくるのも仕方ないだろうと。
どういう経緯があったのかは知らないが、流石に男女の同室は――
「ほへ? あたし達もココに来るまでは、いつも3人部屋で一緒でしたよです?」
「え‥?」
「あたしとラティちゃんとジンナイ様で、いつも3人部屋でしたよ?です」
「じじじ陣内君? それってどういう事かなぁ~?」
ギギギっと錆び付いたブリキの玩具のように顔だけをコチラへ向ける葉月。
疚しい所は何も無い、はず。
だから俺は、その同室だった理由を葉月に話す。
「お金の問題だよ、俺達は支援とか受けていないから、カツカツだったんだよ。それに3人同室を提案してきたのはラティの方だし」
俺はしっかりと理由を説明し、そしてラティに投げる。
だが――
「はい、お金は大事ですので、僭越ながらわたしが3人部屋を取りました」
「そう、そうなんだ、ラティちゃんが3人部屋を取ったんだ‥」
不思議と見つめ合う二人。
何故か、決して始まってはいけない戦いが始まる、そんな予感。
玄関の方も厄介そうだが、こっちの方が遥かに厄介。
なので俺は即。
「い、いまあの五色をどうにかしよう、まず、行こうかみんな」
「あ、そうだったね。このままでは迷惑を掛けちゃうね、行かないとだね陣内君」
気絶しているロウはそのまま放置して、俺達は取り敢えず騒動の震源地、この離れの玄関口へと急いだ。
そしてそこには当然、例の五色が立ち並んでおり、彼らは葉月を目にすると各々が彼女へと声を掛ける。
赤い奴のセキは――
「聖女様、俺様から離れたら駄目だろう、全く目が離せないぜ」
青い奴のアオウは――
「貴方に置いていかれる、この身の辛さを考えてください」
黄色い奴イエロは――
「ボクたちぃのことが嫌いになっちゃったのぉ? 聖女様ぁ」
紫色の奴は――
「ハヅキ様、このシキからは逃れられないディスティニーですよ?」
黒い奴は――
「‥‥‥帰ってこい」
全員が各々ポーズを決めて葉月へ言葉を投げかける。
それを見て苦笑いを浮かべる葉月。
「うわ~、これが五神樹様ですか、ジンナイよりも濃いな~」
「おいリーシャ、俺は濃い奴って認識なのか?」
「え? あ~どっちかっと言うと、危険物? 人の脚とか刈るし物騒だし」
「いや、あれは仕方ないだろう‥緊急事態だったしよ‥」
五色を無視して雑談を始める俺達。
当然、無視された側の奴らは――
「おい、お前達、無視をするな! そして聖女様を解放しろ」
「そうだそうだぁ~、聖女様をぉ返せぇ~」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ5色。それを見て俺は。
――あ~、確かにこんな奴らと同室とか考えられん、
マジでなんだよこの集団は、よく今までやって来れたな、
ん? なら今までどうしてたんだ葉月は?
俺は当然に疑問に行き着き、それを彼女に訊ねる。
「なぁ葉月、今までの旅とかでどうやって寝泊りってか、その辺りはどうしてたんだ? さすがにこれは酷いから」
「うん、それはね、この5人の他にあと――」
「ハヅキ様ー!」
再び追加の乱入者。
やって来たのは、少し背の高い大人の女性。
限りなく黒に近い茶色のストレートヘアを振り乱しながらやってきた。
俺は咄嗟にラティの反応を見るが。
ラティは目線で俺に、『彼女からは敵意無し』っと伝えてくる。
ならば彼女は一体誰かと思っていると。
「エルネさん! あれ?別命で離れていたんじゃ?」
「ああ、ハヅキ様。良かったお会い出来て、何かあったらと思うともう心配で心配で‥、本当に良かったです、追いつけまして‥」
「なんじゃこりゃ?」
「あの、本当に何なのでしょうねぇ‥」
「ほへ? あたしはよくある事だから、別に驚かないよですよです」
「これがよくある事って‥アンタら…」
その後。
公爵家の警備兵を引き連れたアムさんがやって来て、この騒動は幕を閉じた。
アムさんと、途中から乱入してきたエルネさんを交えての話し合いにより、聖女の勇者葉月由香と、侍女のエルネさんは屋敷の離れに泊まることとなり、他の5色は公爵家本館の客室に泊まることとなったのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想など頂けると嬉しいです。
あと、誤字脱字なども…