狼の子守歌
感想欄の伏線が増えてきた…
「怒るよ! ルイの事は加藤って呼ばないでって言ったでしょ!」
「うん、覚えているよ。加藤サンが一番最初に、僕にお願いした事だよね」
「そうよ! だから――」
「だからだよ、付き合うのだから、下の名前で呼び合おうと‥‥」
俺達の眼前で、いわゆる修羅場が展開されていた。
ラティは無表情で。
サリオは目を輝かせ。
スペさんはつまらなそうな顔で。
ミズチさんは少し困り顔で。
赤城は真剣な表情で。
皆がその修羅場を見守っていた。そして俺は――
――ぎゃぼー!
くそ、何だよコレ‥
こういう時って静観するしかないよな‥わかんねぇよ…
俺は戸惑っていた。
自慢じゃないが、誰ともお付き合いなどした事ない俺には、この案件は手の出しようのないモノであった。
「加藤サン、無理に突き放す訳じゃない、別に近くに居てもそれは加藤サンの勝手だ、だけどもう恋人としての振る舞いは出来ない、するつもりもない」
「え? なんで、近くに居てもイイなら、それならイイじゃん付き合ったままでも」
下元の言葉に、一筋の希望を見出すが。
「駄目だよ、今回みたいな事が二度と無いように」
「なんでよ、そんなの二人で乗り越えて行けるわよ、きっと乗り越えれるわよ」
「二人で、乗り越える?」
「うんうん、そうよ、ルイ達ならきっと乗り越えていけるわ」
「加藤サン、”二人で乗り越える”っと言うのは、乗り越えた先、二人の目的が一緒でないと駄目なんだよ? そうじゃないと”二人で乗り越える”とは言えない」
「え? うん、だから一緒に乗り越えようよ、また楽しく一緒に旅が出来るように二人で頑張ろうよ、だから拓也お願い」
静まっているのに、激しい空気。
台風が去った後、海は凪いでいるように見えても、海中は、海流が激しくうねったままのような、そんな怖さを孕んだ空気。
其処で、とても残念そうな表情を浮かべた下元が口を開く。
「やっぱりだね、僕が目指している場所はソコじゃないよ」
「え…」
「だから別れよう、加藤サン」
「――ッなんでよ! 何でなのよ!」
「加藤サン、それにこれは君への罰でもあるんだよ、別れる事が」
「嫌よ! ルイを一人放り出そうって言うの? そんな酷い事するの? ねえ!」
「お金があるのなら、生きていけるよ」
「そんな沢山持っていないわよ! そもそも無いからこんな防衛戦を引き受けたんだし、あったら苦労なんてしていないわよ」
「うん、僕のお金は少なくなっていたね、だけど加藤サンは別だよね」
「え…ルイは…持っていない…わよ、お金なんて…」
「僕が知らないとでも? 加藤さんが【宝箱】を使っての陣内組の荷物や食料の運搬を断ったのって、それがイヤだからじゃなくて、もう【宝箱】に入らないからだよね?」
「え、なんで‥」
「貴族の所でも、他の商店や大きい店でも【宝箱】使って盗んでいたよね?」
「あっあれはその…、そう! 旅に必要だからっ! 必要でしょ? だから仕方なく」
( おい、万引きしてたのかよこいつ )
「なら一度でも使った事ある? それを」
「――ッ!?」
「加藤サンは昔からそうだったね、僕のは使うけど、自分のモノは使いたがらなかったよね、元の世界でも、この異世界でも‥」
「拓也!何でよ! 何でルイを虐めるのよ、酷い‥と、アレ? なん‥ぇ」
突然眠りに付く加藤。
そしてそれが分かっていたかのように、さっと出て来て彼女を支える赤城。
「悪い、このままじゃ無理だと思って一度寝て貰った。これ以上話すのであれば、もっと落ち着ける場所での話し合いが必要だと思ってね、僕が彼女を魔法で寝かせた」
勇者赤城が無茶をした。
――コイツすげえな、寝かすって‥マジかよ‥
だけどそれよりも今の魔法は、発動が全く見えなかったぞ?
魔法を使った気配も無い、魔法発動も見えない…
俺は赤城に戦慄していた。
弱体系魔法の寝かすタイプは、光の輪が出現したり、雲で覆ったりや、対象に手をかざすなどの、ある程度の予備動作が見えるのだが、今のはそれが無かった。
ラティはともかく、自分には有効であろうと。
( 赤城、油断出来ないな‥? )
赤城の無茶により、この場での話し合いは終わった。
加藤は馬車に寝かされ。
そして下元は――
「赤城サン、暫くの間、僕をまた勇者同盟に参加させて貰えませんか?」
「うん? 下元君、それは問題無いが、訳を聞かせて貰ってもいいかい?」
「はい、僕はこの東での魔物騒動が終わるまで、この地で罪を償おうかと。だから僕は暫く東で戦い続けようと思っています、それが僕のしてしまった事に対しての償いになればと…」
「なるほど、それが下元君の考えた償いだと?」
「はい、それしか思い付かなくて」
勇者下元拓也は、東が落ち着くまで戦い続ける事を決めた。
陣内組のように、ある程度の期間ではなく、完全に落ち着くまで戦うと。
そして、お守りである陣内組から離れるとも。
赤城の方は、勇者が一人でも多い方が”勇者の恩恵”が強く効果を発揮するので歓迎をしていた。
赤城一人で20人に勇者の恩恵を与えると、効果が薄すぎて困っていたそうだ。
だが、その時に――
『僕の勇者の恩恵は、6人までが限界だからね、増えればその分、効果が薄くなって困ったもんだよ。 陣内君、君の"勇者の恩恵"が羨ましいよ全く…』
『ッ!? どっからその情報を‥って、ドライゼンか‥』
『ああ、彼は君のファンらしいからね』
こんなやりとりがあった。
勇者の恩恵。
パーティのレベル上昇が早くなり、しかもステータスの伸びも良くなる。
だが欠点として、6名以上のパーティになると、その効果が分散して薄くなる。
だが俺のは、別に隠していたつもりはないが、俺の”勇者の恩恵”は、その人数制限が無かったのだ、俺を信用するという条件はあるが。
そんな事を調べているのだから、つい赤城とドライゼンを警戒してしまった。
いや、警戒をする必要があるのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達は、このトンの村で最後の仕事を行っていた。
だが、少々難航しており――
「ッな!? じゃあ誰も引き取り手がいないと言うんですか!」
「し、仕方ないのだよ、ほれ、こんな小さな村ですしのう」
手を大袈裟に降って、この村を指し示す村長の男。
「この子達の父親は、ウルフンさんはこの村を守ろうと戦ったのに!」
「ああ、あの囮には感謝しておる、あれのお陰で本来よりも魔物の数が減ったのだからのう、その報告は受けておる、だけどこれとは話が別なんじゃ、狼人の子など、誰も引き取らんのだよ」
「――ッぐう」
この村には、狼人の子供達の引き取り手が誰もいなかった。
それは村長の口から語られた、最低な理由。
そして彼は、その死んだ両親を、『ちゃんとワシ等が埋葬してやったのだぞ?』っと言い放つ。
本当の所は、さっさと焼いて埋葬してしまわないと、死体魔物として蘇るという迷信に怯えてでだ、どうやら歴代勇者達がそんな事を言っていたらしい。
そんなとことん、自分達の事しか考えていない、トンの村の連中。
だから俺は――
「なら俺が引き取る、俺が二人を引き取る」
「ご主人様!?」
「ぎゃぼー! 本当ですかですよですでう?」
「陣内サン、それならって、ああ無理か‥」
「おい、陣内君、それは本気かい? それに今は移動防衛戦の最中だよ? それを子供を抱えたままって、それも赤子をって、無茶が過ぎるだろう?」
確かに無茶である。
移動を繰り返し、そして戦闘。
旅に慣れた冒険者でも、弱音を吐く者だっている。
ならば――
「ああ、だから俺は帰るよノトスに」
「陣内サン!?」
「はは、だと思ったよ、その無茶苦茶な所はやっぱ陣内君だね、よし! 急いで準備だ、綺麗な布とあればオムツ。それと乳母を捜すんだ、まさか腹を空かせたままの赤ちゃんを連れて行く訳じゃないよね?」
――はは、全く考えてなかったぜ、
あれ?赤城って慣れてんな、赤ちゃんの弟か妹がいるのか?
だけど今は有り難いっ
皆が一斉に動いた。
この話の最中は、スペさんとミズチさんが子供達の面倒を見てくれていた。
男の子の方の狼人は、出会いが出会いなだけに、完全に俺に怯えており、今も俺は避けられていた。
赤子の方は泣き疲れたのか、今はスヤスヤとミズチさんの胸の中で寝ている。
ノトスまでの旅の用意はすぐに終わった。
だが、一つだけ問題が――
「ッ嫌です! 狼人に乳を吸わせるなんて、あ、いえ、私はそんなに出る方ではないので、我が子だけで精一杯なのです、何卒ご容赦を‥」
ノトスまでの道のりの間、赤子がいる母親に乳母役をお願いしようとしたのだが、断るというよりも、拒絶をされていた。
自分の赤子の為と言われると、強く出れない勇者赤城と下元。
彼らの言葉であれば、何とか説得が出来ない事もないが、流石に我が子よりも他人の子を優先しろとは言えない様子。
すると、俺の後ろに立っていたラティが。
「あの、ご主人様、あの母親は嘘を吐いております」
ラティは小声で俺にそれを報告してくる。
だが、それを突き付けるのも気が引ける。
俺は心底困っていると――
「あのう、私は着いていけませんが、牛のお乳で代用などはどうでしょうか? 此方ではよく使われる方法ですので」
「それだ!」
東は食肉用の牛を飼育している、そして当然、牛乳も生産されており、それで代用しようと言うのだ。
しかも此処で。
「陣内サン、これも使ってください」
下元が俺に手渡して来たのは、6センチ程の小さな小瓶。
「下元、これは?」
「神水です」
「はい!?」
「前に加藤サンから、もしもの時にって渡されていたのです、まぁ多分、盗品ですけどね…、でもこれを少量だけ牛乳に混ぜると、とても良い栄養になると聞いた事があるので、お腹も下さなくなるそうですよ」
俺はとんでもなく贅沢なのでは?っと尋ねたが、下元は、『いまの自分に出来る小さな償い』と言って俺に神水を握らせた。
こうして俺達はノトスへ向かった。
一応、俺が敵前逃亡扱いにならないよう、赤城が監視役の男に話を付けてくれていた。
流石に陣内組が全員帰ると、それはノトス側が咎められる事になるので、スペシオールさんとミズチさんが責任者という形で、陣内組は残った。
そして今。
俺達の護衛兼報告役として陣内組から一人と、俺、ラティ、サリオの三人。
そして、ウルフンさんの子供二人を連れて馬車を走らせる。
馬車の中では、赤子をラティが抱き、そのラティの横で男の子が、俺を警戒しながらラティに縋り付いていた。
睨み付けるように俺を見る、ウルフンさんの息子ロウ。
ウルフンさんに似た濃い茶色の髪、少しつり目がちの瞳も茶色。
背は小さく、最初は7~8才かと思っていたが、歳を聞くと11才だと答えていた。
そしてそのロウは、ラティにしがみ付きつつも、妹であるモモも見ていた。
ウルフンさんの娘モモ。
眠りながらも小さな耳をピクピクと動かし、スヤスヤと寝ているモモちゃん。
髪の色は長男のロウとは少し違い、茶色というより紅茶色。
瞳の色は、しっかりとはまだ見ていないが、髪と同じ色だと聞いている。
「しっかり寝ているよです~ちっちゃいですよです~」
ラティの隣、ロウとは反対側に座ってるサリオが、少し赤ちゃん言葉気味な声音で感想を言う。
そしてモモちゃんの可愛さに我慢出来なくなったのか、つんつんと頬をつつく。
「サリオ、ちょっかい出して起こすようなら、ラルドさんの隣にでも行ってこい」
「がぉーーん、あたしもモモちゃんを見ていたいのですよです」
陣内組のラルドさんが御者台にいるお陰で、サリオは馬車の中にいられた。
サリオは赤ちゃんのモモが可愛くて仕方ない様子で、先程から、何かとモモちゃんにちょっかいを出していた。
最初は自分が抱きたいと言っていたのだが、自分自身が小さ過ぎて無理であった。
だから、こうして頬を突いていたのだが――
「あぷぅ?」
「あっ」
「あ‥」
「モモ?」
「ぎゃぼ、」
「ふぇぇ…」
赤子特有の、まるでチャージしてから泣き出すような気配。
「闇系睡眠ま――ッァイタ!?」
「やめろバカタレ! なんか魔法は健康に悪そうだ」
スパーンと音を鳴らしながら、サリオの頭を叩く。
そして当然、こんな大騒ぎをしていれば――
「っんぎゃあぷぁぁぁああ!」
「ぎゃぼう、ジンナイ様がうるさいから泣いちゃったです‥」
「おい、俺に全部押し付けんな‥」
「モモ?どうしたんだ?お腹空いたのか?」
ワタワタと騒ぐ俺達。
お腹が空いたのか、それもオムツの中の事情なのか、俺達はどうしたら良いのか判らず狼狽していたのだが。
「ん~♪ん~~♪ 眠れ~♪静かに~♪健やかにぃ~♪」
「ラティ‥」
「木漏れ日のぉ~下ぁ~♪ 母の揺り籠にぃ~揺られ~♪揺られ~――」
ラティが子守歌を歌っていた。
【心感】持ちの彼女ならば分かるのだろう、赤子の気持ちが。
だから、子守歌を歌っていた。
ラティの歌に、ピタリと泣き止むモモ。
そして、うつらうつらと目蓋が力を失い、ゆっくりと閉じてゆく。
ラティの子守歌が沁みていく。
歌詞はとても分かり易いモノだった。
母親が大きな木の下で、木漏れ日を浴びながら我が子をあやす歌。
目蓋を閉じると、容易にその光景が想像出来る、そんな優しい歌詞。
とても、とても優しい歌。
――っなのに!
くっそ…この子にはもうその機会が永遠に訪れないなんて!
母親に抱かれて、木漏れ日の下であやして貰うことは――っがああ!
くそぉ、俺は間に合わなかった…
俺は閉じた目蓋を開けなくなっていた。
目蓋を閉じたままなのを誤魔化す為、考え事をしているフリを装う。
そして、本当に考える。
俺の新たな目的を。
勇者の言いなりになったのが不味かった。
だが、勇者の楔の効果により、周りの奴は俺の意見など聞く耳持たなかった。
ならば――
俺を無視など出来ないようになってやろうと。
CHRの無い俺には、カリスマ的なモノは期待出来ない。
ならば、それ以外のモノを。
――俺は英雄になってやる
誰もが知っている英雄に、勇者をもねじ伏せるような英雄に、
そして狼人達への、差別意識も消してやる
俺は魔王討伐以外の、新しい目標を手に入れた。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想など頂けましたら、嬉しい限りです。
あと、ご指摘や誤字脱字も頂けましたら‥