駆け抜ける東
若干残酷な描写があります。
決断は一瞬だった。
俺に問い詰められ、言い逃れの言葉しか吐かない役人。
俺はその男を見限り、すぐに戦闘見届け役の監視人を探した。
「おい、アンタここの監視役の人だよな? 俺はトンの村の防衛に行くぞ」
「な、何を言って、ッ勝手な事をするな、隊が乱れるだろうが!」
「理由はそこの言い訳だけ言ってる男に聞け! 赤城、此処を任せるぞ、俺は別の村に行ってくる」
「陣内君何を――って、何か理由があるのだろうな、分かった此処は勇者同盟に任せろ」
状況は把握出来ておらずとも、状況を納得してくれる赤城。
俺はトンの村へ行くのを決めた。
だが、俺はともかく、陣内組まで連れて行くと、その陣内組も防衛戦の規約違反となってしまう為、トンの村へ向かうのは、俺とラティ、サリオは脚が遅そうなので置いて行くとして、後は規約違反をしたとしても、あまり厳しく咎められなそうな勇者である下元を連れて行こうと思ったが。
「ああう…、陣内サン、ご、ごめん…」
「おい、まさか‥‥おいっ!下元ぉ!」
泣き顔になりながら見せてくる青いステータスプレートは、欠損だらけだった。
勇者下元は昨日と同じで、一応、何かを注意した様子だが、結局、逆に反省させられ、お仕置きであるステータスの欠損を、目一杯貰っていた。
STRも切り取られており、完全に戦力外となっていた。
「クソがっ! 下元、お前って奴は‥、もういいっ! ラティ行くぞ」
「はい、ご主人様」
俺は一刻も早くトンの村へ向かおうとしたのだが。
「おい、魔物の群れが来たぞ」
「ッチィ、ってふざけんなよ、なんで!?」
迫りつつある魔物の群れが二つ。
一つはこの町に向かって来る大量の死体魔物。
もう一つの魔物の群れは、トンの村へ向かおうとしている俺達の邪魔でもするかのように、この町からトンの村へのルートを塞ごうとしていた。
別に突破出来ない事はない、だが、確実に時間のロスは避けられない状況。
「ちくしょう! ラティ!突っ切るぞ!」
「はい!」
時間のロスは惜しい、だが、躊躇うという選択は俺には無かった。 が――
「土聖混合束縛魔法”奇跡だけの完全結晶”!」
一瞬にして咲き誇る光り輝く純白の花。
俺の眼前に、光で埋め尽くされた花畑が出現していた。
しかも驚くほど広範囲、サッカーグラウンドの半分に匹敵する程の広さ。
そしてその光る花が、死体魔物の侵攻を阻止する。
光の花に目を奪われがちだが、光の花の根元からは蔓も伸びており、完全に魔物を群れごと束縛していた。
「おお! さっすが百縛のアカギ様!」
「これがあの噂の…」
「そうさ、この超広範囲束縛魔法であの時も防いだのさ、アカギ様は」
「綺麗だ…、これが百縛の二つ名の由来か‥」
百縛の勇者赤城の魔法は、トンの村へ向かう俺達の邪魔になる筈だった魔物達を全て抑えていた。
「行けぇ陣内君! 此処は勇者同盟に任せるんだ、あ、でもサリオさんは貸して欲しい、この数が流石に骨が折れる。ジョソンさん、彼らに移動補助魔法を掛けてやってください」
「はい、アカギ様」
勇者赤城の援護によって、トンの村への道は開けた。
――ッ助かった赤城、
よし、もうこうなれば…
「スペさん! ミズチさんを連れてトンの村へ来てください! ミズチさんの回復魔法が必要になる筈ですから、スペさんはミズチさんの護衛を」
「‥ああ、分かった」
一度は迷惑を掛けられないと思い、陣内組に頼るのは止めた。
だが、回復魔法は絶対に必要になるという事も理解していた。だから俺は、後悔したくないという理由で、彼らを巻き込む事を決断する。
咄嗟の判断で、必要とあらば他のパーティにも声を掛ける、赤城の強かさを見習って。
そして俺とラティは駆け出す。
トンの村まで約5キロ弱、本来であれば20分以上かかる。
だが、この異世界で身体強化した今の状態ならば、約10分で辿り着ける筈。
俺よりも素早さが高いラティが前を行くが、俺は【加速】を小出しでの使用をして、前を行く彼女に必死で喰らい付く。
握っている無骨な槍が邪魔でしかない、腰に差している木刀も邪魔だ。
俺が勇者であれば、【宝箱】に収納出来るのであろう。
重さを感じさせない黒鱗装束が有り難い。
魔石の力を使って重量軽減の効果が付加されている。
ららんさんに感謝をせねば。
‥‥‥‥‥
…
――くそ!逃げるな認識しろ、自覚すんだ俺ッ
どう考えても8分以上経過している、
トンの村には、簡易的な木の柵しかなかったよな…
俺はトンの村へ向かうと同時に怯えていた。
”もう間に合わないのでは?”っと。
だけど
――絶対に間に合ってみせるっ!
まだ速度は上げられる筈だ、
「ラティ! スピードを上げるぞ」
「はい、ご主人様」
小出しで使用していた【加速】を限界まで使用する。
――くっそ、キツい、
でも、緩める訳にはいかねえ!
長距離移動には向かない【加速】を使用し、強引に駆け抜ける俺。
そして――
「ご主人様! 魔物です!数は7匹、死体魔物です」
「蹴散らせラティ!」
「はい!先行します!」
目の前に見えるトンの村の手前に、死体魔物の塊が見えた。
7匹の死体魔物が這いつくばって、ナニかをしていた。
「ッシュ!」
ラティが小さい掛け声とともに、その這いつくばっていた死体魔物を全て刈り取り、そして黒い霧へと変えていく。
死体魔物の見た目は、ゲームや映画などで見た事がある、まさにソレ。
血色の悪い青白い肌、いたる所が裂けて赤黒い中身を見せており、不快感しか感じさせないその姿。
唯一の救いがあるとすれば、それは倒せば黒い霧となって霧散してくれる事。
霧散して消えてくれるのだから、視覚的にも精神的にも有り難い。
なのに――1体だけ、死体が残ったままだった。
「――ッぐうう!?」
「あの、これは…」
死体魔物が這いつくばって、ナニをしていたのかを理解する。
先ほど倒した筈の死体魔物によく似たモノが転がっていた。
正確に言うならば、文字通り食い散らかされていた。
不意に酸っぱいモノが喉に込み上げて来る。
だが次の瞬間には、黒く熱く重いナニかが、腹の底から込み上げていた。
「ウ、ウルフンさん…」
「――っえ!?」
既に判別が出来ないほど食い散らかされていたが、その手首には見た事があるモノが巻かれていた。
『ワタシの宝物達の為にも』
「あああ‥」
ウルフンさんが優しく愛おしそうに撫でていた、緑色と茶色のお守りの腕輪が。
『コレ、ウチの子が作ってくれたんですよ、ワタシの御守りにって――』
「がああぁ…」
「ご主人様…アレを」
ラティに言われ、視界を下から上に向けてある事に気付く。
トンの村からこの位置は100メートル程度。
そして目の前に広がる踏み荒らされた、死体魔物の足跡。
ウルフンさんが、命を張ってグールの群れを、村の横へ逸らそうとしていたのが見て取れた。
ただ悲しい事に、全てが逸れた訳ではなく、かなりの数がトンの村に向かったのが、踏み荒らされた足跡で窺える。
『だからこんなの・・・・どうだって良いんですよ、ワタシには…』
「俺が守ってやりますよ‥、ラティ行くぞ!」
「はい!」
死体魔物の群れに対して、何の役にも立っていなかった木で出来た柵を越え、俺とラティはトンの村へ突入した。
静まり返った村。
叫び声でも上がっているかと思っていたが、その気配は無い。
「ラティ! 何か反応とか無いか?」
「はい、此方です一番近いのは」
ラティが駆け出し、俺をその場へと案内する。
途中に死体魔物が何体かいたが、ラティがすれ違いざまに首を狩り、魔物を黒い霧へと変えていく。
そしてすぐに辿り着いた場所は一軒の古い小屋。
壁の板も薄そうで、横から蹴飛ばせば簡単に倒壊してしまいそうな、そんなみすぼらしい小屋に、何体もの死体魔物が集まっていた。
「なんで?此処にはこんなに‥――ッあ!?」
何故死体魔物が集まっていたのかすぐに理解が出来た。
だから今は――
「ラティ!外の奴らは任せた、中のは俺がヤルっ」
「はい、ご主人様。中には3体います、ご注意を」
ラティに指示を出し、俺は小屋の中へと飛び込んだ。
そして俺の視界に入ってきたモノは、何処か冗談のように見える光景。
薄暗い室内で、マグロぐらい大きな魚を三枚おろしにして、その中骨をペタリと背中に張り付けた女性がうつ伏せに倒れており、その周りを3人の男が囲んでいる、そんなような状況。
まともに息をしたくない咽返るような空気、決して人が嗅いではいけない忌避すべき臭い。
気付くと俺は、無骨な槍で3体の死体魔物を乱雑に薙いでいた。
そして俺は、背中が2/3程になっている女性の横に屈む。
剥き出しになった背骨、既に事切れている女性を優しく横へズラす。
「あああああああ‥‥」
一人は顔面蒼白となって、奥歯をガチガチと鳴らす少年。
もう一人は、顔を真っ赤にして泣き続ける赤子。
この小屋に辿り着いた時に、小屋の中から聞こえていた泣き声。
この泣き声が皮肉にも死体魔物を呼び寄せてしまっていたのだろう。
俺は真っ青な顔をして、怯えている少年に手を差し向ける。
「―っひぃ!」
「あ、」
怯えている少年は、明かりのない薄暗い小屋の中で、俺と死体魔物が判別出来ないのか、差し伸べた手に、より一層怯えてしまっていた。
――そりゃそうか‥
くそ、俺はこの子達に、ウルフンさんに紹介されて会いたかった…
こんな会い方したくなかったよ、ウルフンさん…
俺では怯えてしまうと思い、外で待機しているラティを呼んだ。
「ラティ、この中を頼む」
「はい、あの、ですが、ご主人様は?」
「俺は外の魔物を皆殺しにしてくる」
「――ッな! 危険です! お一人で戦われるだなんて」
「ッぃいいから此処を守っていろ!」
「ッ!」
「頼む、この子達を守っていてくれ…」
「はい、ヨーイチ様、この子達には指一本触れさせません、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
思わずラティに怒鳴ってしまい、俺は彼女を怯えさせてしまう。
しかしラティはすぐに立ち戻り、俺の意を汲んで快く送り出してくれる。
そして俺は吼えた。
目の前の死体魔物を必要以上の力で薙ぎ払い、再び吼える。
「っがああああああああああああああああああ!」
俺の声に引き寄せられた死体魔物を3体纏めてぶちまける。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
思考がおかしく、言葉が出せなかった。
口から漏れるのは、唸り声か慟哭だけ。
「がああああああぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁあああ!」
――くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそく…、間に合わなかった‥
「っがあああああああああああああああああ!」
俺はそのまま、トンの村から死体魔物が全ていなくなるまで暴れ続けた。
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