森のオオカミさん
ラティが昔住んで居たと言う森はすぐに判った。
シャの町の町長、タルカシャさんが言っていた特別な森と言う理由。
それは、他の森とは明らかに違った。
森に生えている樹木の規格が違ったのだ。
この異世界で見てきた森に生えている樹木などは、幹の直径が50センチから1メートル程度だった。だが、この森に群生している樹木のサイズは2メートルを超える物ばかり、しかも幹が直径4メートル近い樹木も多数存在する。
ちょっとしたビルのような高さを誇る樹木、どれも高さは40~50メートルは超えているように見え、まるで巨大な神殿の柱のような大木。
しかもうっすらと霧のような靄がかかっており、それがまた神秘さを感じさせ、誰の目にも特別な場所であるような印象を与えていた。
ただ地面の方は、周りが大木ばかりな為か、養分でも吸い上げられているかのように荒れており、雑草などの類は群生しておらず、苔のようなモノが斑に見える程度に覆っており、森の中を歩くのは楽に思えた。
そんな森の中に、一匹の狼が立っていた。
「ラティ、あの狼は知り合いか?」
「あの、何のご冗談か存じませんが、わたしには狼の知り合いはいません」
「なんでしょうね~、ラティちゃんが狼人だからって、狼が知り合いだとか思ったのです?あれはどう見ても魔物なのです」
そう、サリオの言う通り、目の前の狼は魔物の気配だった。
そしてそれを証明するかのように、魔物特有の黒い霧を纏っていた。
だが、いつもの魔物とは違う所が一つあった。
――青?藍色の眼?
眼が普段の魔物と違う、眼に意志のようなモノを、
魔物じゃなくて普通の動物か?
この異世界の魔物達は、基本的に眼は白目ばかりだった。
人の瞳のような黒目の部分がなく、白目だけか、もしくは怪しく光る赤い眼など、不気味さを感じさせる眼をしていたが、この目の前の狼型はそれとは違った。
「あの、襲って来ませんねぇ」
「ああ、こっちに来ないな‥」
森の中に立っている狼は動かず、静かにじっとこちらを見据え、襲って来る気配を微塵も見せなかった。
「あやや?いつもなら一直線なのにです、あの魔物は来ませんね?です」
「アレです! あの魔物がこの森に居座って入れなくなったのです!」
俺とラティは馬車から降りて戦闘態勢、サリオは馬を宥めつつ様子を見て、タルンタだけは魔物の姿に慌てふためいていた。
油断をするつもりは無いが、たかが一匹の狼型の魔物だけならば、今の俺達であれば問題は無く、待ち構える形で魔物の出方を窺っていると。
「ありゃ?引き返しちゃったです‥」
サリオの言う通り狼型の魔物は、森の奥へと姿を消して行った。
ただ、森の奥へと引き返すその後ろ姿は――
「森に入ったら咬み殺すって感じだな‥」
「あの、わたしにもそう感じられました」
よもや魔物が背中で語るとは思ってもいなかった。
だがあの狼型の魔物は、そういう雰囲気を纏っていたのだ。
「ラティ、今の狼型のレベルとかは?」
「はい、名前はニシオオカミでレベルは46です」
「その辺りは見た目通りか、」
「そうですねぇ、ですが、何か別の強さのようなモノを感じました‥」
森へ踏み込むかべきか、それとも外で待つべきか、俺は考えるまでもなく森へ入る。
森の中はラティの機動力、迅盾をもっとも生かせる場所なのだ。
俺達はさっさと魔物を倒すべく、森の中へと踏み入る。
今まで使われていたであろう道を使い中へと進む。
馬車は外に置いておく案もあったが、外で魔物に襲われるとマズイと思い、馬車のままで森を進む。
流石に馬車に乗ったままでは対処に遅れが出るので、俺とラティは馬車から降りて、周囲を警戒しながら馬車と共に歩く。
俺が周りを見渡しながら警戒していると、小声でラティが話し掛けて来る。
「あの、ご主人様」
「ん?」
「あの狼型なのですが、隠密系の何かを使ったかもしれません」
「――っへ!?それってまさか?」
「はい、【索敵】から消えました、今までそんなことが出来る魔物とは、出会ったことがありません」
これはかなり予想外の事であった。
見通しの悪い森の中であっても、ラティの【索敵】があれば、奇襲を受ける心配はないと高を括っていたが、一瞬にして不安が膨れあがる。
気のせいか、先程よりも、森の中の視界が悪くなったようにすら感じる。
「マズイな‥」
思わず口から弱気が零れる。
そしてその弱気を嗅ぎ取ったかのように奴が姿を現す。
「っち、正面からかよ‥」
「来ます、」
狼型の魔物は、音も無くその姿を現し、道幅3メートルほどの道を塞ぐようにして立ち、敵意を滲ませ睨み付けてくる。
「コイツ、マジで魔物か?」
「先行します!」
ラティは指示を待つことなく突き進む。
相手の注意を引く様に、後ろにいる馬車へ魔物が向かわないように駆ける。
俺はラティの後を追うように走りつつも、魔物が馬車に向かった時の事を考え、結界の小手で護れる位置を取りながら動く。
ラティがフェイントを混ぜつつ、狼の右側面から斬りかかる。
俺はその動きを見つめながら走り、ラティの攻撃に反応するであろう狼へ接近し、彼女の攻撃に対して回避か迎撃、そのどちらかを行った隙をついて槍を突き立てる態勢に入るが。
「――っな!?」
「えっ」
その狼型はラティの攻撃を回避した。
それがただの回避であれば、俺はその隙を穿つつもりであった。だが奴は――
「ぎゃぼーー!?迅盾ですよです!」
「え?じんたて?ってか、狼が木を蹴った?え?ええー?」
馬に乗っていたタルンタは馬から降りてサリオの横に立ち、彼女を守ろうとしていたが、狼型の動きにしっかりと腰が引けていた。
俺は息が止まるような思いでソレを見た。
狼型の魔物は横に跳び退き、そして横にそびえ立っている大木を足場にして翔けたのだ、まるでラティのような動きで。
動揺して固まる俺とは違い、ラティはすぐさま追撃に向かう。
狼型と同じように大木を足場にし、【天翔】を駆使して彼女が追いすがる。
深紅の鎧を纏い亜麻色の髪を舞わせ、空を翔けるラティ。
漆黒の毛並みに一房の亜麻色の鬣を靡かせ、大木を駆ける狼型。
「おいおい‥」
――アレってラティの親とかじゃねえのか?
姿はともかく、他が色々と似すぎだろ‥変身でもしてんのか?
でも‥‥
狼型の魔物は本気でラティを狩りに来ていた。
一瞬の隙をついて咬み千切りにくる顎。
その姿はどう見ても、ラティの肉親のようには見えなかった。
そして。
「ぎゃっぼー!?」
「っわあああああ!?」
――ギィィイイイ――
ふらっと気まぐれの様に、狼型はサリオにも襲いかかる。
タルンタを庇う様にして、結界のローブで障壁を張るサリオ。
「くそっ」
「サリオさん!?」
こちらが待ち構えるような動きを見せると、狼型はすぐにサリオを襲った。
あまりに自然に動くので、直前までサリオが狙われているとは気付かない程に、自然体の動きを見せた。
とても初見では読み切れない動作。
サリオを守る為に、ラティはどうしても狼型を追う形を取らされる。
空を翔け巡る一人と一匹の獣。
先程からほとんど地面に足を着かず、大木と空を翔けて飛び回る。
「くそ、マジで戦闘に参加出来ねえ」
俺は焦りを感じていた。
楽に狩れると思っていた魔物が、”予想よりも手強い”とかではなくて。
魔物の強さが根本的に違うことに対して、焦りを感じていたのだ。
本来魔物とは、ただ単に襲って来るモノ。
中には魔物同士でも、多少は連携のようなモノを取って来ることもあったが、戦いに技術や駆け引きを使う魔物はいなかった。
だが目の前の魔物は違った。
あのラティ以上の動きを見せていた。
単純な速度であればラティの方に軍配は上がる。
しかしラティは二本脚、狼型は4本脚。この差が大きかったのだ。
「マジかラティが引き離されるだと‥‥」
「がぉーーん!なんですかあの魔物は!? チョコチョコ動き過ぎですよです!」
ラティの使う【天翔】は、足の裏で空を蹴るモノ。だが、狼型は4本の脚で空を蹴って翔けており、ラティよりも細かく、そしてより複雑な軌道を見せていた。
「デタラメ過ぎんだろ‥」
「いあ~ラティちゃんも十分デタラメさんなんですけどねです」
ラティは素早さをフル活用し、負けじと二本足で狼型に食い下がっていた。
体勢が固定されるWSは使わず、己の技だけで刃を振るい、狼型を斬りつけようと肉薄する。
だが強引な接近などは、狼型に軽くあしらわれる。
「ちぃ、サリオ!周りの大木を切り倒せ!これなら足場が無い方がマシだ」
「了解してラジャです!火系魔法”炎の斧”!」
――ゴゥゥゥウウ――
堅いイワオトコの魔石魔物すら焼き切るサリオの魔法。
青白く燃え輝く炎の斧が、雄々しくそびえ立つ大木を薙ぎ払うが。
「ほへ?」
「へ?」
「町長から聞いてないのですか!? この森の木は堅いんですよ! 簡単な魔法程度じゃ弾きますって!」
この森の大木は、サリオの魔法をも弾き返していた。
「マジかよ!どんだけ堅いんだよこの木は!? マジで木かよ!?」
「ジンナイ様!ラティちゃんが!?」
俺はサリオの言葉に、弾かれるようにしてラティに目を向けた。
そしてその視界には。
ラティが右手に持っていた、蜘蛛糸の剣が弾き飛ばされる姿が映っていた。
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