おまえかっ
日が暮れて、月が7時を指し示す頃。
俺達は身内だけで夕食を取っていた。
ただ、身内だけと言っても三つの勇者パーティが集まっており、総勢で50名近い人数が集まっていたのだ。
個室ではその人数が入りきらず、少し贅沢ではあるが店を貸し切る形となった。
一応貸切なのだが、宿の食堂。なので宿の利用客や、その客に紛れ込んで、勇者達に挨拶をしようとする者達が押し寄せていた。
今日は身内だけだからと、その者達を追い返す勇者パーティの冒険者達。
それは何処か、勇者パーティの一員という優越感に浸っているようにも見える。
有名アイドルに群がるファンを、親衛隊が必死になって阻止しているような光景。それをぼんやりと眺めながら俺は夕食を取る。
ぼんやりと眺めていると、ある事に気付く。
それは勇者達を一目見ようとか、挨拶をしたい連中ばかりだと思ってのだが、予想外の事に、なんとラティを一目見ようと押しかけて来る者も居たのだ。
『ちょっと握手させて欲しい』や『一声かけさせて』などの好意的な反応。
それを、『今は身内だけの時間なので』っと断るラムザ。
「前に見た芝居‥『狼人売りの奴隷商』の効果か‥」
俺はそれを見て、そう呟いた。
決して多くは無いが、数人がラティ目的だったのだ。
ただ、当の本人ラティは浮かない顔をしていた。
多分、俺以外は誰も気付かない程、僅かではあるが彼女の表情には翳りがあった。
俺はそれを見て思い出す、この夕食の前にラティと交わした話の内容を。
俺が――
ラティに聞いた事は、【蒼狼】。
ラティに話した事は、【魔王発生】。
【蒼狼】の件は、歯切れの悪い返答。
【魔王発生】の件は、困惑。
ラティは【蒼狼】の効果を、しっかりとは把握していないと答えた。
把握出来ている事は、【蒼狼】は常時発動型という事。
【索敵】や【鑑定】のように、意識の集中や何かの条件で発動するタイプではなく。意識していなくとも発動していると言うのだ。
そしてラティは、もう一つ気になる事を言っていた。
それは、発動をオフにする事が出来ないという事だ。
例えるならば、眼のような感覚だと感想を述べていた。
息は意識すれば息を止められる。
だが眼は、目蓋を閉じても目蓋の裏側を見ている。
目蓋を閉じていれば、眼としての機能は果たしてはいないが、目蓋の裏側を見続けている。
眼を閉じていたとしても、明るい光が近くにあれば、その明るさを感じることは出来る。
発動を切ることが出来ない。
それがラティの把握している【蒼狼】だった。
結局の所、具体的にはどんな能力なのかは不明のまま。
【魔王発生】の条件や、魔王となる条件の仮説もラティに伝えた。
魔力の渦が集まり、この異世界で格が高い(価値が高い)モノにそれは宿ると。
ラティには以前、歴代勇者の一人が魔王になった事があることを話した。
それは廃坑の奥で、幽霊となっていたイリスさんから聞いた話。
自分の仕えていた勇者の一人が魔王となり、もう一人の勇者との悲劇のような話。
そして、その魔王にラティがなる可能性があると説明したのだ。
きっと本来それは俺が心の内にしまい込み、ラティにわざわざ話さなくても良い内容の話。寧ろ話さない方が良いのかも知れない、内容の話。
だが俺はそれをラティに話した。
【蒼狼】が貴重で格が高いかも知れないなど、俺の思い込みで勘違いかもしれない。しかし俺の勘は警告する、それはきっと格が高いと警戒する。
【蒼狼】を。
ラティに隠し事をしたくない、彼女に隠し事はしないと決めている俺は、ラティに全てを話した。
もしかすると、秘密を抱え込むのが辛いから、それを吐露しただけかも知れない甘えなのかも知れない。
きっと甘えなのだろう。
俺はラティに甘えてしまった――
【魔王発生】の仮説をラティに打ち明けた後、俺はもう一度ラティに【蒼狼】の事を訊ねた。
だがやはり、返って来た答えは同じであった。
困惑した表情で返答された‥‥
俺は意識を、目の前に戻す。
ラティとの話を思い出していたが、それに浸り続けるのは良く無いだろう。
折角の豪勢な夕食時なのだから、今はそれを楽しむべき。
見渡せば、まだ増え続けようとする野次馬達。
俺の横では、テイシと張り合うようにして料理を口に運ぶサリオ。
彼女のイカっぱらが、今は豚の腹のようになっている。
――サリオは心配なさそうだな、
【魔泉】なんかは、他の人も持っているみたいだし、
特に価値が高そうなのは――ッん!?
俺はもう一人の魔王になる可能性がある言葉に目を向けようと思ったが、突然野次馬達が大騒ぎし始めたのだ。
正確には、一人の男が大騒ぎしていた。
「った、頼む!会わせてくれ!これは貴重な取材?いや大事な話なんだーー!!」
「だ~~か~~ら~~~、駄目だって言っているでしょう」
( ん?面倒な野次馬か? )
勇者のパーティ達に遮られても、諦めない一人の男がいた。
他の野次馬達は、言われればすぐに諦めるのに、その男は諦めず勇者達に会いたいと騒いでいる様子だった。
あまりの様子に困惑する勇者達。
ちょっと会う程度であれば問題無いが、一人でも会うと他の野次馬達も再び群がって来るので、迂闊な行動は出来ないでいたのだが――
「頼む!会わせてくれーー!」
「だからっ!一人でもそれを許すと他の人も来るでしょうが!」
「っぐ!?だがやっと会えるんだ!諦めきれるか!」
「全く‥、勇者様達は食事中なんです!お引取りを!」
「勇者様達じゃない!ワシは目つきの悪い槍持ちに会いに来たんだ!」
「は?槍持ち?目つき?」
( へ? )
「勇者様の取材をしていると、必ずと言っていいほど話に上がってくる『目つきの悪い槍持ち』、それに会えるチャンスなんだ!頼む会わせてくれ!居るのだろう?何処だ!?」
「え?え?目つきの悪い人?まさかジンナイさん!?」
――おい!ラムザ、
槍持ちが抜けてんぞ!お前、目つきが悪いで俺を連想しやがったな、
この巨乳好き野郎がっ
その男の発言に、虚を突かれた形で呆けたラムザが脇を抜けられ、テーブルの間を抜けてその男はコチラにやって来て、そして声を張り上げる。
「此処に居るのだろう?槍持ちよ!ワシはアンタに会いたかったんじゃ。ワシの名はシェイク!芝居の脚本家だ!『狼人売りの奴隷商』はワシが書いた物じゃ!他にも『奈落の底で輝く聖女』なども手掛けた!」
「おまえかーー!!」
俺は思わず、椅子を倒す程の勢いで立ち上がってしまった。
何故なら、あの物語を書いた奴には一度キッチリと文句を言ってやりたいと常々思っていたからだ。
「おおお!アンタがそうなのか!?確かにコレは目つきが悪いっ」
「やかましい!あんな捏造物語なんて書きやがって‥」
「取材させてくれ!次の物語は竜の巣で女神の勇者様とのラブロマ――」
「――ッだから捏造物語作んな!」
俺はシェイクが言い終わる前に言葉をかぶせる。
そして、キっと辺りを見回す。すると――
二人程がサッと目を逸らす。
勇者パーティの冒険者達の男女二人が、露骨に顔を叛けたのだ。
――あいつ等が話したのか、
昨日帰ってきたばかりなのに、言葉と落ちた件を知られているはずがねぇ
あの二人がシェイクの取材でも受けて、その話をしやがったな‥‥
直感ではあるが、俺はそう思った。
俺が出てくる物語は、捏造もあるが、全てが捏造なのではない。
本当に起きた事を、他者から聞き、それを元に物語を書いている。そういった印象があったのだ。
それならば、既に勇者パーティの誰かから竜の巣での出来事を聞き出していてもおかしくはない。寧ろ十分に考えれる。
俺は目を逸らした二人を睨みながら、そんな事を考えていると――
「捏造物語と言うのであれば、真実をワシに教えてくれんかのぉ」
「っぐう‥」
其処には、ニヤニヤとした笑みを浮かべる、50~60代の男性。
髪は総白髪、それをオールバックにして後ろに流し、年相応に見える威厳のある髭を口角と共に、にやりと吊り上げ奴は立っていた。
「さぁ、ワシに聞かせてくれんか、竜の巣でのラブロマンスを」
「ねえよ!そんなモン!?」
俺は人気脚本家、シェイクと出会ったのだった。
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