破るモノ
帰りみち~
俺は言葉を背負い、崩落した穴から這い出る。
言葉を背負っていた事により、憧れの勇者様を背負っていることに対しての、嫉妬や冷やかしその他モロモロがあった。
彼女を背負って来たのだから、冷やかしも何も無い方が逆に不自然であり、嫉妬や冷かしの洗礼は特に問題は無かった。役得だったと認めよう。
だが、それ以外のモノ。
怒り混じりの軽蔑と憎悪。苛立ち混じりの敵意と悪意。
この二つの視線が俺に突き刺さる。
その二つの視線をあえて無視し、その視線の先には目を向けない。
奴とクソ女の方には。
俺達が登り、それから暫くするとハーティさんも上がって来る。
「みんな、待たせちゃってすまないね」
「問題無いですよ。丁度上がる準備してましたし」
私用で下に残っていたハーティさんは、みんなに待たせたと謝罪をする。
しかし、其処まで長い時間待たされた訳ではない。
それに丁度俺達は、その待ち時間を使ってある事をしていた。主にサリオが。
「ジンナイ様~、階段出来た~~よです」
「了解」
サリオの土魔法で、大雑把ではあるが、即席の階段のようなモノを作らせたのだ。
一応上からロープを垂らし登れるようになってはいるが、足場がある方が簡単に上がれるからだ。そうしないと、また言葉を背負うことになる。
あれはアレで役得なのだが、色々と不味い。主にラティの機嫌が‥‥
「なるほど階段か。あ!後もう一つみんなに言う事が」
崩落した穴から登って来たハーティさんが、体を捻り、背をコチラに向ける。
何人かは既に気付いていた様子だが、ハーティさんからの説明を待っていたのか、何も聞かずに待っており、そしてやっとソレの説明を聞けるといった感じ。
「えっとね、竜を引き取ってきた、と言うより押し付けられた‥」
「へ?」
ハーティさんの背には、下の砂で満たされた小部屋に居た、白い犬が背負われていたのだ。今も大人しく、ハーティさんに背負われてる。
「ちょっと聞きたい事があってね。それを聞ける条件として、押し付けられたんだよ。しかもこの子、竜なんだってさ。子犬にしか見えないけど‥、竜だって言うんだよ。まるでファンタジーだよね‥‥、SFなんかじゃなかったよ‥‥」
最後の方は聞き取れないぐらいに、小さな声で呟く。
他の者達は、子犬にしか見えない子竜に驚いている。
だが、俺は。
――ファンタジーで、SFじゃなかったよ、っか、
シャーウッドさんに否定されたって訳か、
コンピュータの中の世界じゃなくて、別の異世界だって‥
ハーティは自分の仮説を確かめるべく、この竜の巣にやってきた。
そしてそれは違うと否定された様子。
一瞬だけ暗い顔をする。
だが、次の瞬間には何時もの表情に戻す。何時もの表情に‥
だけど何処か寂しそうに見えた。 俺には‥
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから竜の事で、ちょっとした問題が発生した。
倒した巨竜の鱗や牙などの配分は、既に決められており、その持ち運びも、【拡張】持ちの勇者、橘の【宝箱】に収納され、揉めることは無かった。
だが、別の竜が問題となった。
子犬のような竜が。
「陣内君、飼わない?この子犬」
「それ犬じゃないんですよね?竜なんですよね?」
毛がふんわりとした白い子犬。
見た目は毛が長い柴犬の子供。
とても可愛らしいのだが、流石に飼うとなると一歩引いてしまう。
「この子、もしかすると人化するかもよ?可愛い幼女になるかもよ?」
「ウチには、残念な幼女がいるので、もうおなか一杯です」
「ぎゃぼーー!残念って誰のことですかですよです!」
( その喋り方が残念なんだよ!)
「なんでも特技で、魔法蓄えれてキープ出来るみたいだよ?この子」
「え?それって回復魔法とかも、」
「うん、ただ、一回分だけらしいけどね、キープ出来る魔法は、」
「ダメだろ、それじゃ」
ハーティさんは、子竜の良さを俺や伊吹にアピールしてくる。
伊吹は一瞬絆されて飼いそうになったが、ガレオスさんに止められる。
最終的には、子竜をどうしようかと、決めかねた時に。
「わ、私が飼います。実家でも飼っていましたし」
「言葉」
「言葉様、ああ‥仕方ないか、最初に押し付けられたの僕だし」
本来引っ込み思案の言葉だが、押し付け合われている子竜を不憫に思ったのか、彼女が飼うと宣言をする。
そして。
「名前はどうしますか?【鑑定】を弾くので竜だとバレる事は無いと思いますが、子竜なんて呼ぶ訳にはいかないですし」
ハーティが子竜に名前を付けようと提案してくる。
ペットとして飼うのであれば当然のこと、そして名前を付けるのは飼い主の役目であり‥‥
「えっと、どうしようかな。家で飼ってたのと同じのは駄目だし」
彼女はそう言って、胸元に抱えた子竜を見つめる。
現在子竜は、言葉に抱え抱っこされた状態。ふわっとしたクッションに、身を預けた体勢。
それを見た野郎冒険者達から、「おおぅ」と声が漏れる。
当然俺は、そんな声や気配は、おくびにも出さない。何故なら――
――何故ラティが俺を監視しているっ!?
いや、何となく理由は分かるけど、解るんだけどぉ‥‥
それにしても、なんだよアイツは‥
ラティの視線以外にも、もう一つの鋭い視線を俺は貰っていた。
全く隠そうともしていない不躾な視線。ほとんど挑発に近い視線。
閑話休題
子竜の名前は『ようちゃん』で決定した。
その名前の理由は、何となくで決めたらしい。
ただ、『ようちゃん』っと言葉が子竜の名前を呼ぶと、俺はつい反応をしてしまう。
俺は家で、母親にそう呼ばれていたのだから――
ハーティも無事に合流し、全員が揃い、俺達は移動を開始する。
俺達は出来るだけ早く、この4層から離れる事にした。
その理由は。
ハーティが持ち帰った情報に、また拡張による崩落があると伝えられたからだ。
南の深淵迷宮でも、そして西の竜の巣でも、崩落を目にしたメンバー達は、すぐさまソレを理解し行動に移る。
サリオの土魔法で作った岩の階段と、ロープを使って3層に上がる。
急造で作った岩の階段は、傾斜が酷く階段の幅も20センチ程度。特に作った本人のサリオは、身長が低い為に、かなり苦労して登っていた。
しかも、一度落ちる。
サリオの後ろに居たラティが、咄嗟に飛び出し【天翔】を駆使して、サリオを掴み、そのまま岩の階段へと戻る離れ業で、事なきを得た。
本気でラティが有能過ぎる。この岩の階段を作ったサリオも凄いのだが‥
そして何故か視線が突き刺さる。
本来3層は、竜の居る危険地帯。
放出系のWSは弾き、弱者を薙ぎ払う巨体の持ち主。
下の4層で遭遇した25メートル級はいなくとも、10メートル級なら数多く生息しており、決して油断の出来ない危険地帯なのだが。
「ジンナイ様、かな~り昔の自分を見ているようです」
「あ、俺もソレ思った!あの時のサリオってあんな感じだったな、」
「うう、やっぱりそうでしたかです」
「ああ、あんな感じで調子に乗ってたな」
降り注ぐ雷雨のような光の刃。
強固な鱗をいとも容易く貫き、灰色の竜をズタボロにしていく。
満身創痍となった竜に、テイシと伊吹が斬りかかりトドメを刺す。
行きは強敵であった竜は、真の勇者の証が浮ぶ、勇者橘 風夏によって、簡単に討伐される獲物と成り下がっていた。
真の勇者となり、強化された橘の強さもあるが。それ以上に、彼女が手に入れた竜核石の効果が凄まじかった。
急造で作られた、竜核石を使用した鏃。
それを使い、放たれるWSは、別次元の威力を発揮していた。
WSスターレイン。
これは本来、雨のように光の矢が降り注ぐWS。
だが、橘が今放っているスターレインは、光の矢ではなく、ほぼ光の剣。
ほとんど、倍以上のサイズのモノが降り注いでいるのだ。
当然威力も桁違い。
今までは、弾かれて使い物にならないWSが、強力であり凶悪なWSへと変わっていたのだ。
特に体の大きい竜は、スターレインの格好の的となり。全てを弾いていた鱗は無残にも貫かれ、たった一発のWSで瀕死に追い込まれていた。
「ほへ~、ホントに強いですねです」
「あの矢はスゲェな」
「そりゃそうだろ。何しろ一発で金貨5枚は溶けるからな」
「へ?」
「ぎゃぼ?」
「だから一発ごとに、金貨5枚相当の竜核石を使ってんだよ」
「馬鹿かよ!」
「馬鹿だな‥、でも止まれないんだろうな勇者様は‥」
ガレオスさんの説明によると、鏃に使われる【竜核石】は消耗品。
矢を回収して使うなどは出来ず。一発ごとに、約金貨5枚相当の【竜核石】を消費しており、とても勿体無い事をしているのだと言う。
使用を控えれば良いのだが、その威力に酔いしれた橘は、手当たり次第WSを放ち続けている。
今までの鬱憤を晴らすかの如く。
◇ ◇ ◇ ◇
橘の活躍により、俺達は無事に2層まで戻る。
そして2層に上がると、すぐに俺達は野営の準備を開始する。
楽に倒せるようなったとは言え、やはり竜は強敵。野営をするなら2層に上がってからとなり、少し無理をしたからだ。
無理な行軍の為、疲労の色が濃い冒険者達。
橘の豪邸は半壊の為に使えなくなり、4層に放置した為、今は皆が一緒に休憩や仮眠を取っている。
勇者橘は、男女はしっかり別けるべきだと主張したが、それは却下された。
寝床を分けるのはアリだが、今は豪邸が無いので、それ以外は魔物の襲撃に備え、食事や休憩、それに見張りも男女一緒となった。
行きとは違い、見張り役をしている俺の横にはラティが来ていた。
サリオは何処に行ったかと見渡すと、猫人冒険者テイシにベッタリ。
久々に落ち着いた状況で、ラティが俺の隣にいる。
「ん~、なんか久々な感じだな」
「あの、確かにそうかも知れませんねぇ、休憩などは何時も別々でしたから」
「はやく地上に帰りたいな」
「あの、申し訳御座いません。わたし達だけ、お風呂やベッドなど頂いてしまっていて、ご主人様もゆっくりとお休みしたいですよねぇ」
「あ~~、うん、ソレもあるけど、どちらかと言うと日課がこなせないのが‥」
「あの、日課?ですか?」
「そそ、尻尾と耳を‥‥、別に今ここでもいいか」
「っあの、あの‥」
「陣内君、ちょっといいかい?」
「っむ、ハーティさん‥」
久々に日課をこなそうとしていた俺の邪魔するかのように、ハーティが話し掛けてくる。
空気を読めるハーティさん、これはあえて邪魔をしに来た。俺はそう認識しつつハーティさんの話を聞くことにする。
「今のうちに2~3個ほど話しておきたいことがあってさ」
「はい、なんでしょう」
「まず、魔力の渦の件。これをシャーウッドさんに訊ねたんだ」
「あ、完全に忘れてた、」
ハーティさんは、俺が聞き忘れていた事を、シャーウッドに訊ねていた。
魔力の渦の流れがおかしいと言う件は、やはり東にいる元勇者の仲間がやられ、それにより機能しなくなった為に起きた現象。
他の4箇所がある限りは、致命的な問題にはならないだろうが、少なからず問題は発生するだろうと、シャーウッドは言っていたと。
他にも、ハーティさんは細かい事を訊ねたらしく、色々と俺に話してくる。
その内容は、【固有能力】の件も含まれていた。それと魔王の件も‥
そして、最後にコレが本題だとばかりに、俺とラティを見つめて話す。
「陣内君。君なら気付いているよね、彼の視線に」
「彼と彼女じゃ?」
「彼女のほうは、良い意味でガス抜き出来たみたいだから問題無いよ」
「なるほどね、」
「そろそろ彼が爆発しそうでね。だけど彼はウチの三雲組じゃないから、あまり強く言えなくてさ」
「ああ、そうかアイツは小山組ですね」
「その勇者小山様を助けられたから、もう枷が無いからね」
「いまココで、帰されたとしても問題無いと‥」
――なるほど、確かにそうだ、
アイツは俺に突っかかって来たら、地上に帰される、
だけどもう今は、その約束を守る必要は無いな、大人しくしている必要は‥
約束とは守るモノ。
そんな風に子供の頃に教えられるが、実際は違う。
約束とは、ソレを守ると何かしらの利があるから守るのだ。
道路に飛び出しちゃイケマセン。この約束も、飛び出さなければ、車に轢かれる可能性が減るから守るのだ。車の走らない道路であれば、飛び出しても問題ない。
友達との遊ぶ約束も。それを守ることで一緒に遊べ、円滑な交友関係を構築出来る。嫌な奴、どうでも良い相手なら、反故にしたとしても問題は少ない。
約束とは契約。その前提条件が変われば、約束も契約も破棄される。
俺はおもむろにラティの耳を撫でる。
ラティが嫌であれば、簡単に避けられるであろう。
だが彼女は避けず、それを受け入れる。
そして爆弾が弾けた――
「ジンナイ!お前なにしてんッスか!」
「来やがったか」
「はぁ~~~、全く、君達は‥」
怒り混じりの軽蔑と憎悪の視線の主がやってきた。
怒りを露わにし、顔を真っ赤にした狼人冒険者、オッドが。
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