上杉を
陣内 対 上杉戦の開始?
村の出入り口に立ち塞がる上杉。
「上杉‥」
「‥‥陣内、これはどういう状況だ?兵士達からは、何でも無いから気にしないでくれって言われてたんだが、」
サリオの魔法によって、焼かれ薙ぎ払われた惨状に目を向ける上杉。
上杉は、把握出来ていないこの状況を、俺達に説明を求めてきてた。
その態度と姿は。
――あれ?
俺を捕まえる為に呼ばれた訳じゃ無い?
反応が、大騒ぎに駆け付けたって感じだが、
俺は上杉の反応に違和感を感じていた。
鎧も纏わず、ただ護身用に武器だけを手に駆け付けた感じ。
反応を見る限りでは、サリオが焼き払ったことも知らない様子であった。
「なぁ、上杉。お前は俺達を捕まえる為に此処に来たんじゃないのか?」
「ん?俺はこの村には防衛戦に来ただけだぞ?だけど、何があったんだ?セーラが不安がるから様子を見に来たんだけどよぉ」
俺達は騒ぎに釣られてやって来た上杉に、意図せずに足止めをされる形となり。後ろから追ってきた兵士も加わり、完全に囲まれることとなった。
「おぅ陣内、お前何かやったのか?後ろの‥」
「何もやってねえよ‥」
俺の後ろを取り囲む兵士達を見て、俺が何かをやったと決め付ける上杉。
だが、状況を見る限りでは、そう思っても仕方の無い光景。
防衛戦にやってきた兵士や冒険者達が囲み、鋭い目つきで俺達を睨んでいる。
「じゃぁよ、後ろの――」
「勇者ウエスギよ!良い所に来た。奴等は罪人なのだ!特にあの目つきの悪い黒い男を、ねじ伏せて捕縛して貰いたい」
俺と上杉が対峙する中。貴族らしい格好をした男、マークツーが駆け付け、俺の捕縛を勇者である上杉に命じる。
指示を受けた上杉は、ピッチャーの時の癖なのか小さくコクンと頷き。そして鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。
金色の両手斧を低く構え、獰猛さ感じさせる前傾姿勢になるが――
「待ってください勇者様!」
戦いに水を差すような少女の声が響く。
「罪人ってなんの事ですか!?私は突然襲われたのですよ!いきなりやってきて髪をひっぱられ、顔も‥、殴られて‥‥」
「陣内てめぇ!女の子になんてことしやがる!強姦だけじゃなくて暴力まで振るって。この人間のクズが!何かの間違いかと思っていたが、やっぱり強姦したってのは真実なんだな」
上杉は人として、男として。女性に手をあげる行為を絶対に許さんと激怒する。それはとても美徳だと思う。そして素晴らしいことなのだが。今は――
「違います!この人が助けてくれたんです!殴られたアタシを助けてくれたのです、この兵士達に突然襲われたアタシを助けてくれたの!」
状況がひっくり返る。
勇者として俺を捕縛しろと命じられた上杉。
だが、上杉を人として激高させ、上杉個人として、俺の捕縛もしくはぶちのめしてやろうと言う思いは、可憐な少女に手を上げた”非道の行為”に対して。
その”非道の行為”を行ったのは上杉側の兵士という事実。
基本的に理性よりも感情で動く上杉は。
「おい!どういうことだ!?なんで女の子に暴力を振るったんだ!」
リーシャの言葉を完全に信じ込み。味方の兵士に怒鳴る上杉。
――いあ、確かに事実なんだけど、
簡単に信じすぎだろ?ちょっとは疑えよ、
やっぱコイツ馬鹿だな、
兵士達を問い詰める上杉。
しかし、兵士達すべてを把握している訳でもなく、当事者である殴った兵士は俺が負傷させ、今はきっと後方に下がっているはず。
納得のいく回答を得られずに激高し続ける上杉。
そこに――
「勇者ウエスギよ!今はそのような事は関係ありません。あやつ、あの黒い男を捕まえるのです。奴は罪人なのです」
俺を捕縛するように命じたにもかかわらず、味方の兵士に怒鳴る上杉に苛立ったのか。棘のある声音で勇者上杉に再び指示を出すマークツー。
だが上杉は。
「待ってくれ!あの子は、俺の、婚約者セーラと同じぐらいの年の子なんだぞ?セーラと同じぐらいの子が酷い事をされて、無視しろとは‥」
納得いかずと食い下がる上杉。
場の空気は俺対上杉ではなく。俺にどうやって上杉をぶつけるか、と 言う流れに変わっていた。
それを見ながら、サリオがのん気に感想を滑らす。
「なんでしょうねコレ?勇者様って人たちは、感情だけで動かれる人ばっかりな気がしてきたです。剣をすぐ振り回したり、暴れたり、足を刈り始めたり馬鹿ばっかです」
「そりゃそうだろ、ただの高校生だしな勇者は‥」
そう、勇者達はただの高校生だったのだ。
別に人格が優れている訳でもない、普通の人間。どちらかと言うと理屈で動くよりも感情で動く年頃。ただ召喚されてしまった存在。
サリオの感想は間違っていないが――
――誰だよ、足刈る馬鹿って奴は、
コレが終わったら、あとで折檻だな、
俺とサリオが場違いな会話を繰り広げていると。
「っええい!言う事を聞かんか!そのセーラとなんの為に婚約出来たと思っているのだ!まさか勘違いしている訳ではあるまいな?勇者ウエスギよ!」
「は?勘違いって?俺のことをセーラが好きってか、お慕い申しておりますって言われて。それで、それで‥‥」
上杉は馬鹿なのか。まるでのろけ話でも聞かせているかのように顔を赤くし、落ち着きの無い所作でしどろもどろ口を開く。
聞き取れる言葉は、糖分が高めのモノばかり。殺伐としたこの雰囲気の中で、一種の酷い清涼剤となって聞いている俺とマークツーを呆れさせる。
「慣れてない奴が彼女とか作ると酷いモノだな、」
「あの、ご主人様?アレはあれで情熱的でよろしいものでは?ただ確かに、この場にはそぐわないですけどねぇ、」
「アタシ達、どうしたらいいんだろ‥‥」
リーシャがポツリと呟く。
( もっともな意見だな、)
上杉が砂糖をすべて吐き終えたあと、次に言葉を紡ぐのは。
「ならば、我が妹セーラの為に、あの者を屠って貰えんか?」
――てめぇ!
捕縛はどうしたんだよ!?ヤル気か?殺る気なのか?
そしてそのマークツーの言葉に、絶対的な決意の炎を瞳に宿す上杉。
いままでに見た事のないギラついた目をこちらに向け。挑発的な前傾姿勢を取り、身を沈め四肢に力を溜めて俺に飛び掛ろうとする。
元から感情で動くタイプの男。
互いに惚れ合った可愛い彼女の為に、己が使命を果そうとするが。
「そうだ、戦うのだ。その為に妹セーラを宛がってやったのだ」
「え?」
「勇者獲得の為に、市井の商人から見つけ出し育てたのだ」
「え?え?」
「私が勇者に嫁げと命じ、そして慕わせたのだ」
「‥‥‥‥」
マークツーは何に気をよくしたのか、饒舌に語り始める。
端的に聞いていると、それは『俺がセーラに、お前のことを好きになれと言ってやった』だから良かったな?感謝しろよ?と言うモノであり。
それを聞いた勇者上杉は、奮い立ち、そして――
膝から崩れ落ちた。
手からは斧がこぼれ、地に両膝を着き、両手は脱力した状態で垂れ下げ。首は横に傾け、頭はだらしなく後ろに倒し、そして視線は虚空の空を見上げ。
上杉は、突然戦闘不能となっていた。
その姿は、見る者すべてが同情したくなるような姿に。
「う、上杉?」
「ああ、」
「そのなんだ、うん、えっと‥‥」
「ああ、わかってる、可笑しいよな、変だとは思ってたんだ、碌に会った事もない相手に好きって言われたんだから‥」
上杉は涙は流していなかった。だが俺には間違いなく涙が見えていた。
奴は心が泣いていた。
「ははは‥‥、俺は浮かれてたんだな。俺にもお前みたいな彼女が出来たと思っていたんだ。本当は羨ましかったんだ、心から慕ってくれる相手がいて、羨ましかったんだよ‥」
いま思うと上杉の周りには男しかいなかった。
勇者であるのだから、ある程度チヤホヤされてはいるのだろうが、あの時、周りには赤城や蒼月が常にいた。
そうなると、勇者であっても、どうしても比べられてしまう。
もしかすると、男は寄って来ても女性は他の2人に行ったのかも知れない。
そんな上杉に、セーラはとても貴重であり大事な女性だったのだろう。
自分の事を心から慕ってくれて、そして好きを言ってくれる女性。それが、実は命令で言わされていた、慕わされていたと告げられたのだ。
心が折れるだろう。
俺は自分に置き換えて考えてみる‥‥
――ラティがもしそうだとしたら、俺は、
うん、無理だ!間を置かずに命を絶つ自信があるな、
考えただけでも欝になる‥‥
ラティの方に振り返り、俺は彼女を見る。
見つめられた彼女は、きょとんして首を可愛らしく傾げる。
――あ!違った、
命を絶つ前に、心と体が生を拒絶して拒絶死するな俺!
一種のショック死になるのかコレは?
先程よりも奇妙な状況となっていた。
上杉を俺に嗾けようとしていた流れが、今は上杉を叱咤するだけ。
もしかするとマークツーは、叱咤激励のつもりかも知れないが。俺からは大声で怒鳴りつけている様にしか見えなかった。
怒鳴られる声に一切反応を示さない上杉。
セーラと言う単語が出る時だけ、僅かに反応を示し、そしてより脱力していく。
人は此処まで脱力出来るのか?と思わせるほどの姿。
生活魔法”アカリ”に照らされる姿が、より一層悲壮感をましている。
そして業を煮やしたマークツーが、上杉を諦め兵士達に指示を飛ばす。
「もういい!お前達、この黒き者を捕らえろ!この者を北に引き渡すのだ!」
「「「「「はい!」」」」」」
――ッチィ、やっぱり北がらみか!
しかし何故、南の大貴族が北に従う?なんで、
俺は考えを巡らしながら兵士達に向き合う。
上杉が無力化した今なら、サリオの魔法で薙ぎ払い、そのまま駆けて馬車を強奪出来れば逃げ切れるはず。他に援軍さえ来なければ‥‥。
「ご主人様!何か来ます!数20人以上!これは‥‥」
「しまった!北がらみなら、ドミニクが援軍を呼んだのか!?」
「え?お父さん!?」
ドミニクの名前に咄嗟に反応するリーシャ。
この心細い状況化で、父の存在はきっと大きいのだろう。だが、今の俺達には。
「なんだなんだあの光は?誰かこっちに向かって来るぞ!?」
「おい!援軍でも来たのか?」
「いや、何も聞いていないが‥アレは、?」
「あの、ご主人様、あれはわたし達の援軍です」
「へ?」
視力の良いラティは、”アカリ”に照らされた豆粒のように見える人影でも誰か判るのか。誰がこちらに来ているのか俺に告げる。
「アム様やレプソル様、それにミズチ様にスペシオール様まで」
「はい?なんで‥‥」
俺の目にも”アカリ”の光を背負い土煙を巻き上げ、馬だとしてもありえないような速度でやって来る人を確認出来た。
「アムさんに、アイツらまで‥」
「ひゃっほーーい!味方ですよ!味方が来たですよーです!」
「な、?何故あの男が此処に、何故だ!?」
驚きに声を張り上げるマークツー。
マークツーの視線は、アムさんだけではなく、もう一人の男を捉えていた。
「ジムツーまで来たのか?」
俺は陣内組のメンバーでもあるジムツーを見ながら呟く。
マークツーは俺の呟きに、何を察したのか。
「ええぃい!これぞ好機!いま誰も目撃者の居ない!討ってしまぇ‥討ってしまえ‥――っ討ち取ってしまええええ!!!」
マークツーの命令に、戸惑いながらも次第に従い戦う意思を見せる兵士達。
だが何故か、俺達を追っていた時のような、一糸乱れぬ連携の姿はなく。ちぐはぐな前進を見せる。
迎え撃つ兵士達に、馬から降りて駆け出す陣内組とアムさんの兵士達。
「スピッツ・ウィズ・イン!」
アムさんの号令に突撃を開始する陣内組。
約20人対100人の戦闘が開始される。
そしてその戦いは、一時間も経たずに終わりを告げる。
圧倒的な個の強さを見せたアムドゥシアス側の勝利であった。
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