教室ループ
…とある都市伝説がある。
真夜中に教室へ集まり❪2~5人まで❫、3時33分に一斉に教室を出る。この時少しでも遅かったり早かったりした人は「消される」らしい。そして出るとドアの向こうには同じ教室が続いているらしい。この遊びは2時間以上繰り返してはいけない。元の世界に帰れなくなる為だ。但し、1つだけ帰れる方法がある。その方法は………。
*
時刻は16時。割とオカルトに興味のある高校生の俺は昨日ネットで知った「教室ループ」なる都市伝説を試したいと思い、放課後に友達を4人捕まえ、この話を持ち掛けた。
「はぁ?そんな事して何になんだよ」
友達の1人、裕也にその一言で斬り捨てられる。
「あぁ、俺もちょっと怖いのはなー…」
その隣にいた蓮も裕也に同調する。
だが、残りの2人、宗亮と淳は乗り気のようだ。
「お前等…まさか怖いのか?」
宗亮はそうお決まりの言葉を、乗り気でない二人に浴びせる。
「ちが…っ、別に怖くは無ぇよ、んな時間俺は寝てるし…」
裕也はそう呟き、都市伝説を試すのを渋る。
仕方ないな…まぁ、初めから快諾されるなんて思ってはいない。俺は早くも最後の手段に出る事にした。
「これから朝の3時頃までカラオケ行こうぜ、お前等2人の分は奢るからさ」
今日は金曜。なので明日遅刻する…なんて逃げ方をされずに済むだらう。
「マジで!」
奢る…その単語を発した途端一気に目の色が変わる裕也&蓮。
「え、どうせなら俺の分も奢れよ」
その様子を見ていた淳が俺の肩を掴む。
「お前は乗り気だったろ、俺そんなに金ねぇわ」
まぁ明日バイトの給料日だから奢れない事は無いんだが
勿体ないしな、俺はそう笑って誤魔化した。
*
「あー…結構歌ったなー…」
「淳の高音ボイスやっぱ勝てねぇわ」
「いやいや、お前も一瞬だけ高かっただろ」
「あれは裏声だw」
時刻は3時、カラオケを終えた俺等は談笑しながら高校へと足を運んでいた。何故かいつもより声が大きいような、いや、皆無理してテンション上げようとしているのか…その様子はいつもとは何処かぎこちない。そう思った俺も出る声は微かに震えている。やっぱ深夜の学校…この名前の響きだけで得もいえぬ恐怖を感じてしまう。
10分ほど歩いた後、一行は学校の正門にて足を止めた。
当然錠のされた扉がぴったりと閉じられているが…なんとか超えられる高さだ。
「おい…本当にすんのかよ…」
さっきまで平気そうにゲームの話をしていた蓮が震え声を上げる。…満月の月明かりで一歩進んだ俺の影と蓮の影が重なった。一片の欠けも無い満月はいつもより異様に大きく見えた。
「当たり前だろ…行くぞ」
俺は指で3、2、1…とカウントダウンをし、0を作ったと同時に一斉に扉に手をかけた。夏だってのに無慈悲に冷たい鉄扉の温度を肌に感じながら、何とか超えきった。
「入ってしまったな…」
遂に俺達は学校の敷地に入ってしまった。言いようのない恐怖と好奇心が俺を掻き立てる。だが俺達のミッションはただ真夜中に学校の敷地に侵入する事…では無い。教室に行き、都市伝説を確かめる為だ。
月明かりだけが頼りの中、教室へと向かう足音が暗いグラウンドに響く。後ろについて来る足音、友達の足音なのは分かりきっているが恐怖を感じ過ぎて変な汗が出てきた。
グラウンドを歩く時間が永遠に感じられる。こんなに広かったか…?
「おい、隆!」
淳に肩を叩かれ、俺は顔を上げる。怖さで足元しか見れなかったから気づかなかったが、どうやら教室のある棟に着いたようだ。
「あぁ…着いたのか」
安心したのも束の間で、ここからが本当の恐怖だ。この棟の内、自分の教室は4階…別に教室なら何処でやっても良いだろと思うが、この時の為に俺は放課後教室を最後に出て、教室の鍵を無断で持ってきていた。ポケットに手をやると、当然の事ながらそこには鍵が入っている。
5人で階段を横一列で並び、徒競走をスタートする時…スタンディングスタートの構えを取る。
「行くぞ」
誰かがそう言った途端、全員は四階へと猛然と駆けていく。バタバタバタ…自分達が発する激しい足音が静かな教室に鳴り響く。ここで遅れたら、幽霊に捕まる…そんな今回の件とは関係ない事を妄想したりして、俺達は一気に…のぼりきった。
「全員居るか…?」
全員がほぼ同着…息を切らし、膝に手を付きながら人数を数えた。
「1、2、3、4、5…よし、皆生きてるな」
俺はほっと胸をなでおろした。その肩にいきなり右手が覆いかぶさる。びく…と、俺の体は跳ねる。
「なぁ、お前が一番怖がりなんじゃね?」
そう…裕也は俺を軽くおちょくるような口調で笑う。
「な訳ないだろ…っ」
そう言いながらも、その声は震えている。それもそうだ。俺はオカルトは好きだがかなりの怖がりで、だけど怖いのが好きという…好きなのか嫌いなのか良くわからないんだ。
「あ…っ、やべ」
不意に時計を見て、俺は慌てる。3時31分…検証時間が後2分に迫っていた。幸い自教室は突き当たりを曲がったすぐ、と…決して遠くは無い。俺達は怖さを少しでも紛らわせる為どうでもいい事を駄弁りながら歩き、教室へとたどり着いた。
「…よし」
俺は皆より一歩進み、ポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込む。この間に全員が俺を裏切って逃げる…とかいう妄想に駆られ泣きそうになるものの、何とかドアは開いた。一斉に全員が入る。
一応電気を付け…時計を確認した。
3時32分08秒。
全員俺の腕時計から目を離さない。それもそうだ。少しでも早かったり遅かったりしたら…「消される」から。
腕時計の時を刻む音が部屋にうるさい程鳴り響く。全員が沈黙する。30秒…まだだ、…40秒、もう少し…。
時計の針は50秒を指す。後少し…。
…55、56、57…。
その時、俺の隣で誰かの足が動き、教室から出るー。
「待て、まだ出たら…!」
3:33:00。
俺は両脇に居た仲間に咄嗟に腕を引かれ…教室から出た。
「…あれ…?」
確かに…出た。教室から出たんだよ。
なのに…
そこには同じ教室がある。置いてある荷物等も全て同じ。
「成功か…?」
俺がそう呟いた瞬間だった。
「おい…淳…?淳いいいいぃ!!!!」
淳が居ない。異変に気づいた宗亮は教室を見渡しながら叫ぶ。
「あいつ…一瞬俺等より出るの早かったよな…という事は…」
震えた裕也の声が聞こえる。俺は心臓が物凄い速度で波打っているのに気づいた。目の前で友達が…淳が、消えたんだ。これは…都市伝説なんかじゃない。本物の…。
「…どうしよう、こんなの試さなきゃ良かった」
俺は今までの人生で一番後悔する。しかし、後悔してももう…とっくに遅い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺が頭を抱えていると、突然宗亮は狂ったように叫びながら走り出した。
「おい…待てよ!!」
残された3人は宗亮の後を追う。俺達は何回も何回も…どこまでも続く教室からひたすら出まくった。ある筈の無い出口を求めて。
何個目の教室だろうか?俺の手はようやく錯乱する宗亮の肩を掴んだ。
「淳…どこいったんだよ淳…!!!」
「落ち着け!取り敢えずこんなゲームもう終わらせるぞ!」
戻る方法…確か最初の教室へ行くんだ。
俺は蓮と裕也と一緒になんとか宗亮を落ち着けさせ…帰る為、後ろを振り返った。…しかし。
「…嘘だろ」
俺達はあまりにも進みすぎ…最初の教室が何処なのか、分からなくなってしまった。
「どうすんだよ…!!お前のせいだ!!俺…まだ死にたくねぇよ…!」
裕也は両手で宗亮の肩を持ち、激しく揺さぶった。
「うっせぇよ!!お前ら…淳が消えたってのに何も思わねぇのか!?」
「二人とも落ち着け!!こうなったら走りまくるしかねぇよ!」
「裕也の言う通りだ、走れ!!時間が無い!!」
俺のその言葉が号令となり…3人は教室しかない異世界の中を駆け抜けた。
「…ん?」
走っている途中…俺を抜かした裕也の尻ポケットが一瞬光った気が…いや、…そんな事より走らないと。2時間以内に終わらせないと戻れなくなる…!
バタバタ…鳴り止まない足音。
終わらない教室。
もう30分は走った。一緒に走っていた裕也や蓮の姿も見えない。いつの間にか付けていた筈の教室の電気も消え、真っ暗になっていた。
おかしい…。まさか??
俺は冷や汗を垂らしながら…祈るような気持ちで、
腕時計を確認した。
「……う……そだ……ろ」
時刻、5:48
「最悪だ…どうすればいい、どうすれば…」
帰りたい。その思いで泣きながら時間切れの教室の中を走る。だが最初の教室がどうしても出て来ない。いくら走っても…。
「うわっ!」
無我夢中で走ったその時、突然…闇の中で足に柔らかい物が当たり、俺は前のめりに転んだ。
「なんだ…?」
俺は当たった物を確かめる、それは……。
「…っ!!!」
血だらけになって息絶えた、変わり果てた蓮の姿だった。
ぞわ…全身から鳥肌が立つ。足が震えて今起こっている出来事を受け入れる事が出来ない。何も出来ず、蓮の血塗れた遺体をただ呆然と眺めていた時だった。
ざ…っ、ざ…っ…
誰かが、こっちに来る…!?
逃げようとしたが、恐怖で体は動かない。後ろから足音はどんどん大きくなる。そして…足音の主が、絶望の暗闇から現れた。
「裕也…っ!?」
暗くて見えないが、そこには裕也が居た。暗い教室の中で月の光を浴び、顔だけが見える。その表情は…恐ろしく憎悪に満ちていた。
その表情のまま裕也は尻ポケットに手をやり…何も言わず、いきなりナイフを俺の首に突き立てた。
「ぐ…ぁ…っ!」
息が出来ない。なんで……。
どうして、俺を……?
心の中の問の答えが、裕也の口から発せられる。
宗亮も殺った。てめぇを殺せば、俺は帰れるんだよ。
…教室ループ。絶対にやってはいけない都市伝説。
2時間以内に脱出出来なくても、唯一帰れる方法がある。
それは……。
誰か1人、殺す事。