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7-4 血塗れの亡霊

ラガレーム国の城内とよく似た作りの部屋。

置いてある高級そうな家具から、身分の高い者が住んでいると予想できる。


ドアを開き入ってきた男が、

「――様、ラガレーム国の首都シュルドで諜報活動しておりましたヘルミルダから情報が入りました」と、告げる。


「ほう」、椅子に座り報告を聞く。


「第三王子らしき男を確認したようです」


「らしいとは曖昧だな」


「ヘルミルダには第三王子の情報は流しておりません。それにその男は仮面マスクで顔を隠していると。連絡では命珠めいじゅを取り出す術を使用されたと」


「なるほど、それは王家の秘術……王子の可能性が高いな。して、命珠めいじゅを握られた者がなぜ情報を流せた?」


「はぁ、それが命珠めいじゅを返してもらえたと……」


「フッフッフ、甘いなあ。王族にしては甘すぎる。それで王子は何をしておる」


「オルレーゾの戦闘に人間側の傭兵として参戦したようです」


「なるほどな、人間と偽って潜伏しておったのか」

椅子の肘掛けを人差し指でトントンと叩きながら考えている。


「いかがなさいますか?」


「そのような使えぬ王子など放置しておけ。……いや、使い道はあるか。悟られぬよう監視だけはさせておけ」


「ハハッ」、連絡係が退室する。


「愚かな王子か、どう踊らせよう……」、少し愉快そうな声で呟いた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


城で一夜を過ごした一行は再び謁見の間を訪れ王に依頼を受けると告げていた。

十分な支度金と、護衛として騎士を十名与えられた彼らは、旅の支度を調えるとブールジュ国の首都ルシヨットを目指し出発したのだった。

街道を貸し馬車に乗り移動する閃光の獅子の一行。


「なんだか信じられないよ」、馬車の荷台で揺られながら呟くケイン。


「何が?」、彼の隣で返事をしたハスエル。


「故郷のトラスダンはアルトリッヒ大陸の最南端、そして今から行くブールジュ国の首都ルシヨットは最北端だ、大陸横断だぞ!」、なぜか熱弁している。


「フフッそうね。生まれて一度も村から出たことのない私たちが、いつの間にかこんな遠くまで。……夢みたいね」


「だろ、そうだろ? どうしてこうなった」、頭を抱えて考え込んでいる。


「私、前に話したかな……。ガットが村にずっと住み続ける人じゃないって。説明できないけどそう思っているって」


「ああ、聞いたよその話」


「あの時感じた予感、あれは間違えていなかった。村を出ようって言ったのは私なんだけどね、でもガットに影響されたと思うの」


「その……影響されて後悔はしてないのか?」、ケインはハスエルの目を覗き込む。


「まーったくしてないわ、だって私の選んだ道だもの。戦争で目を覆いたくなる状況は何度もあった、けど救えた命は少なからずあった。それだけで嬉しいの」

一部の曇りも無い澄んだ目をして笑っている。


そんな彼女の笑顔を前に、

「そうだな、少なくともオルレーゾの人たちは喜んでた。そんな姿を見て俺も嬉しかったよ」と、彼も笑顔で応えたのだった。


「フフッ、私も守ってよね、剣を振らない戦士さん」


「ああ、任せとけ」


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


街道を馬車で進む閃光の獅子の一行、その目前にブールジュ国の首都ルショットが見え始めていた。


「ガット! 城です! シュルドの城より豪華です! 塀の外から見えますよ」

興奮状態のトニエ。


「ああ国力の違いだな壁も城も巨大だ。それに丘の上に建っているから遠くからでも見えるんだな」


近づくにつれその巨大さが実感できた。ラガレーム国の首都とは違い城壁の前には堀があり水が流れていた。

これは地下を掘って城壁を突破する攻撃に対する防衛策である。

その作りから常に敵に備えてある国だと感じ取れた。


町の南門に到着した一行。


馬車を降りたルーベルガは、

「チビ二人、今回は留守番だ、いいな?」と、先に釘を刺した。


「また入れないのですか?」

トニエが残念そうに呟く。


「ああ、少人数だ。俺とエダフさん、それにケインで行ってくる」


「ケイン、生きてたらまた会おう」

手を振りながらガットがケインを見送る。


「怖いこと言うなよ……」


ラガレーム国の城は白い壁なのに対し、ブールジュ国の城は煉瓦れんがの色そのままであった。しかし城よりも要塞と言うに相応しく強大で無骨だった。


三人は案内係に連れられ城内、そして謁見の間へと案内される。

正面に白髪の王、おそらく五十代だろう、その斜め後ろに王子とその后が玉座に座っていた。

王妃の席が無いのは既に他界しているためだろう。

シワの深い王は高齢なのに鋭気に満ちていた。それに比べ後ろの王子な頼りなさそうである。


「ラガレーム国からの使者というのは、その方らか」と、王が問う。


「はい、親書を預かっております」

エダフは親書を側近へ手渡した。


王は親書に目を通すと、

「……ふむ。我が国としても魔王軍に悩まされておる、同盟の話は渡りに船だ。だがな、それ故に怪しいのだ。魔王軍討伐の隙を狙って進軍してくるのではないかとな」


「仰るとおりですね、では同盟の件は無理でしたと報告してもらいます」


「してもらうとは、いやに他人行儀だのう。その方ら国を代表して訪れたのではないのか?」


「私たちはラガレームの国民ではありません。傭兵を生業なりわいとしておりますので、どの国が滅びようと関係ありません。このままですとラガレーム国とブールジュ国は魔王軍に滅ぼされるでしょう、そうなれば私たちはリブルバック国へ渡り雇ってもらうだけです」


リブルバック国はアルトリッヒ大陸の最も東に位置する国であり、魔王軍を除けばこの大陸で最も力のある国であった。


「ほーぅ、聞き捨てならんな我が国が滅ぶだと。それほど魔王軍は強いのか?」

王はシワの多い顔に、さらに深い眉間のシワを作る。


「私たちが使者に選ばれたのは、オルレーゾ奪還に尽力した成果からです。もし私たちがいなければラガレーム国の首都シュルドも墜ちていたかも知れません。そうなれば南と西から攻められ、この国も持ちますまい」

エダフは表情を変えず淡々と説明する。


「……。その話が本当ならば証明して見せい。そうじゃな、西方の町モンフォワに魔王軍の手が伸びておる、その進軍を止めてみせよ」

すこしニヤリと笑いながら命令する王。


「私どもは傭兵です、無料タダ働きはしておりません。それにモンフォワに永住する予定もありませんから」

エダフも少しニヤリとしながら答えた。


「よう言うわ。良いだろう、傭兵として雇うぞ。モンフォワに到着後七日間町を守りぬけ、そうすれば、その方らの力を認め先ほどの話を信じ同盟の件を進める。どうじゃ?」


「七日間ですか……気になりますね。何か意味があるのでは?」


「目ざといのう、北の山が崩落し正規兵が救助と復旧に出向いておる。今は人手が足りぬのだ。七日後ならば正規兵をモンフォワに向かわせられるのだ」


「なるほど、わかりました。モンフォワ防衛の件、承りましょう」


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


ブールジュ国の首都ルシヨットには滞在せず食料だけ補給し出発した閃光の獅子は、ちょっとした林の中を通過しながらモンフォワへと移動していた。


馬を休憩させるため馬車を止める。振動で痛めた尻をなでる者、固まった背筋を伸ばす者、深い深呼吸をする者など、各自好きに休憩時間を使っていた。


「しっかし、エダフさんには驚かされたわー」

ルーベルガは謁見の間で行われた会話を思い出したらしい。


「そうですよね、まさか王様を言いくるめるとは」

ケインも同じように感じていたらしい。


笑顔で答えるエダフ。

「町の様子を見て思ったのですよ、ラガレーム国の首都シュルドと同じだとね。どう見ても正規兵が少ない、これは何かあるなと」


「よく見てらあな、俺にはあんな芸当無理だわ」


「もともと無理な話だったのですよ、きっとラガレームの王も期待はしてないでしょう。交渉中はどちらも戦端を開くことはありませんからね、恐らく時間稼ぎのお使いなのですよ。ブールジュの王も本気で同盟を組もうとしているかは謎ですよ」


「へぇー、そこまで考えてたのか、流石は最年長ですな!」、ニッと笑うルーベルガ。


「お世辞を言っても私からは何も出ませんよ」、ほんの少しだけ困り顔をするエダフ。


「いやいやー、俺らの働き口が出てきた、ガッハッハッハ」


「それは確かにそうですね」


三人が立ち話している所へ深い霧が立ちこめ始めた。

湿度は高くなく気温の変化も感じられないため自然現象とは考えられない。


「おっ……妖しいな。こんな所で急に霧とか普通じゃねえぜ。おいおめーら全方位警戒!」

ルーベルガが危険を察知し大声で団員に声をかける。


「ういーっす」、剣を抜き盾をかまえる男たち。


周囲を警戒していた男たちが膝を付き、

「なん……だ……力が」と、呟きながら倒れる。


「妖術の類か」

ガットを残し全員が倒れてしまった。彼は王族特有の体質により幻惑系の術が効かないのだ。


「この気配は魔獣、恐らく幻馬ナイトメアじゃ。獲物を寝かせ食らう奴じゃから王子が寝ないとわかれば去っていくぞ」と、爺が状況を彼に説明した。


「ならば寝たふりをすればいいんだな」、何やらニヤニヤしている。


「わざわざ倒さんでもよかろう?」


「使い道があるんだよ」と、言いながら寝転んだ。


「いたずら小僧が」



より一層濃さを増す霧。

倒れた男たちの寝息だけが林の中に溶け込んでいる。


暫くすると獣の気配が近づいてくる、時折ブルルと馬の吐く息が聞こえる。

足音が聞こえる、しかしひづめが地面と接触する音ではない。

幻馬ナイトメアが霧の中からゆっくりとその姿を現した。


鉄色くろがねいろをした体、草食動物のはずの馬が鋭い牙を覗かせている、足はひづめではなく狼と同じ鋭い爪を持つ指だった。


警戒していた幻馬ナイトメアだが全員が寝静まっているのを確認すると最も近い男に噛みついた。

その一瞬の隙を待っていたガットは爺を抜き一気に飛び出すが、立ち上がった瞬間に察知され走り去られてしまった。


「なんだよ、逃げたか……」


「馬と同じで臆病な魔獣じゃ、諦めい――」と、爺が言い終わる前に。


ドドッと地面を蹴る足音がしたと思った瞬間、ガット肩を掠めて幻馬ナイトメアが通り過ぎる。


「なっ?」


彼は油断していたわけでは無い、気配を感じ取れるよう警戒していた。それなのに敵の接近に気付けなかった。


「ほーう、珍しいのう。気配を自ら消す魔獣がいるとは」


「爺、奴はどこだ?」


「ワシにも読めん……」


再び霧の中から姿を現す敵、視認距離が数メートルしかなく気が付いたときには既に遅く目の前、しかも馬らしく高速で移動してきた。


「うがっ」、頭突きではね飛ばされるガット。


数メートル地面を滑り停止する、口を切ったのか血が滴り落ちる。


「王子も気配を消すのじゃ!」


視力には頼れない。注意深く音を探るガット。

背後から地面を蹴る音、咄嗟に右へ飛び回避する、そこを黒い塊が急速に通過する。

しかし回避しきれず背中が接触し押し倒される形で地面に倒れ込む。


「奴の嗅覚のほうが上じゃ、気配を消しても無駄なようじゃな」


「ならば、【加速】っ!」


微動だにしないガット、思考だけが加速状態となる。

三分の一の速度で動く世界、そこへ濃霧の中からスローモーションで姿を現す幻馬ナイトメア

加速状態でも回避する余裕はない、奴と同じ方向へ飛び正面衝突の衝撃を和らげる。

奴の首筋に爺を突き立て、振り解かれないようにしがみつく。


馬のいななく声が林に響き渡る。


奴は激しく首を振る。耐えきれなくなったガットが放り出され、宙を舞い木に激突する。

爺は奴の首に刺さったままだ。

痛みからか、それとも爺を抜こうとしているのか、奴は激しく暴れている。


立ち上がるガット、しかし左腕がぶらりと垂れ下がる、どうやら肩の関節が外れているようだ。

ふらつきながらも残った腕でククリナイフを抜き奴へ飛びかかる。

しかし甘かった、牛が角でエモノを高く宙へ放り上げるように、ガットもまた同じように放り投げられたのだった。


「グハッ……」、再び木に背中を打ち付けるガット。


半ばやけくそ気味にククリナイフを奴目掛けて投げる。

幻馬ナイトメアの胴体に刺さるナイフ。

再び、馬のいななく声が林に響き渡る。


近くで寝ている傭兵の剣を拾い、続けて投げる。

二本、三本と体から剣を生やす幻馬ナイトメア

次第に動きが緩やかになり、その場に崩れ落ちた。


ガットは横たわる敵にゆっくり近づくと拾った傭兵の剣でとどめを刺し、黒い煙となった幻馬ナイトメアを吸収したのだった。


「ふあああっ」

術の効果が失われたため、欠伸をしながら男たちが目を覚ます。


「ぐあああーっ」、所々で悲鳴が聞こえる。


幻馬ナイトメアが通過したときに踏みつけられた者だろう。


「ハスエル、怪我人が大量にいる、がんばってくれ」


「キャーーーッ」


目を覚ますとそこには霧を背に腕をぶらりと下げた血だらけの男が立っていた、ハスエルは幽霊と勘違いしたのだろう、悲鳴をあげて気を失ってしまった。

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