赤い傘と青い信号
夕方から雨が降り始めて、わたしは酷く憂鬱だった。
コンクールを控えたブラスバンド部の演奏から逃げるように、早足で正門を抜ける。
(もう、ちゃんとやめたんだし)
数日前に出した退部届けに、顧問の先生は「頑張りなさい」と呟いただけだった。
(頑張るって、何を?)
靴底が濡れて気持ち悪い。遠ざかっていくトランペットの音色は、しばらく忘れられそうにない。
赤信号につかまって、立ち止まる。
(ああ、)
動かなければ、と思った。立ち止まっていてはいけない。
(頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ……)
まだ耳に届いている、ラッパの音。耳を塞ぎたいのに、わたしの両手は傘と鞄で塞がっている。
知らなかったんだ、わたしは、わたしの弱さを。
お気に入りの傘に空いた、幾つもの穴。
鞄には、幾つもの切り傷。
(頑張ったんだよ、)
口の中で呟いた。見えない誰かに向けて。
(わたし、頑張ったんだよ、)
信号が変わる。前に進め、と光っているのに、わたしは動けない。
鳴り止まない、トランペットのメロディ。
わたしが鳴らすはずだった、綺麗なメロディ。
赤い傘の穴から、わたしを刺すように、鳴り続ける。
傘も鞄も手放して、耳を塞いでしゃがみ込んだ。
それでも響くメロディと、わたしの嗚咽が混ざる。
上から落ちてくる冷たさ、靴底から染みてくる冷たさ。
すべてが嫌で、嫌で、嫌で。
やがて顔を上げたとき、信号は青く光っていた。
前に進め、と光っていた。