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中二階の勇者様 (表)  作者: 大恵
甘ったれの魔王と無慈悲な少年
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無量大数の中に那由多の世界


「……ちからうどんこそパワー」

 エイテネ学園の第三学食で、ちからうどんを啜りながらラズが下らない事を呟いた。

 その隣りでは、ヴァネイとスフェイラがある少女の話を聞いて、驚愕の顔を晒していた。ラズの下らない呟きも、一種の現実逃避のように思える。

 それほど少女の話は衝撃的だった。 


「アタシが知ってるのはそれくらいかなぁん」

 エイテネ学園学下街の商店街の一角。


 半分美少女はヴァネイたちに奢ってもらったランチを平らげ、ご満悦の様子だ。


 目の上下にアイブローやアンチアイブロー。舌の左側にはタン・リム。唇の下にラブレット。左耳はピアスの密集地帯で、へリックスにバーベルでインダストリアル。コンチは二つでアンチトラガスにイヤーローブと、分からない人にはなんだか分からない。

 口元には人体改造スカリフィケーションと呼ばれる医療メスによる傷加工までされており、陥没した傷跡でファイヤーパターンが描かれている。

 反して、右半身は清楚な美少女。ナチュラルメイクの一つもなく、素顔のままでも最高に愛らしい。薄墨で引いた眉に、丸く潤んだ黒目がち瞳。ほのかに染まる頬に、豊かに微笑む口元。


 彼女の右側を見れば全ての男が見とれるだろう。

 彼女の左側を見れば全ての男が引くだろう。


 沢村さわむらあやは、相反する美しさと痛々しさを左右に持っている。


 退廃的な姿と性格だが、これでもエイテネ学園の誇るランクⅤの筆頭である。ランクⅥに選ばれるほど功績がなく、彼女の不真面目さからくる低評価が原因でランクVで甘んじている。

 個人実力はランクⅥの上位陣にも引けを取らない。


「信じられないって顔してるじゃぁん」

 下品にもフォークの先をヴァネイに向け、ニヤニヤと問いかける。


「そ、そりゃまあ……」

 ヴァネイは目を泳がせ、意味深に笑うアヤの顔を見ることが出来ない。


「世界も神も悪魔も真っ二つ……魔王ならいざしらず……」

 スフェイラはまだ話を整理出来ていない様子だ。メモを取る手も途中で止まっていた。


 アヤに聞きたかった話は、ナナオと呼ばれる晶に似た少女の事だった。しかし、ナナオの話からイリの話へと発展して、あまりに壮大な内容にヴァネイたちはすっかり憔悴してしまった。

 ナナオとアヤの関係は希薄で、とある世界で一時期寝食を共にしただけだという。

 アヤはその時、ナナオの持つ無視アンセルの力を見て、さらにイリと呼ばれる能力の存在を知ったという。


 イリとは異世界ではなく、別次元の異世界構成に関わる能力だという。

 例えるならば世界創造の道具の一つであり、イリがいくつか揃えば世界の一つや二つを造れる能力だという。


 アヤの知るイリは二つあり、一つはアキラとナナオが持つ無視アンセル。もう一つは稠密切断デデキントカット

 彼女とはナナオと共に、世界が裏表に切り裂かれるところを見たという。表側に残った存在は神となり、裏側に残った存在は悪魔となった。

 そんな与太話を聞かされ、ヴァネイとスフェイラは多いに混乱した。

 到底信じられない話である。


「……ちからうどんこそ……パワーアップ」

 ラズの様子もおかしい。


「あ、そっか。アンタたちってまだそういう領域だったんだ」

 アヤは残念そうに肩を竦めて見せた。ランクⅤ筆頭の余裕にも、傲慢さにも思える態度だ。

 次の瞬間――彼女から傲慢な笑顔が消え失せて、残虐な笑顔が左側に現れた。右側の美少女は無表情で目を閉じている。


「教えて上げようかぁ? 高ランクの領域になれば分かるけどさぁ……。神様の尻尾くらい見えてくるもんなのぉ。アタシくらいでも主神の髪の毛くらい掴める領域にいるのよぉ」

 キンッ! と乾いた音を立てて、アヤの持っていたフォークが渦を巻き小さく潰れて消え失せた。

 

 重力崩壊コラプサーと呼ばれ、中二階の生徒からも恐れられるアヤの能力だ。

 アヤがチームを組めない理由は、彼女のこの能力にある。フォークくらいの軽量物ならば問題ないが、人間大以上の物質にコラプサーを使えば周囲を巻き込んで崩壊しかねない。

 彼女自身は、このコラプサーの影響を受けないので平然としていられるが、近くにいる人間は腕や足を巻き込まれてしまう。

 一人を倒すために、扱いを間違えばアヤを残してチームは全滅。そんな危険な力を彼女は持っている。


「まあ、そんなアタシもイリの尻尾を掴んだ程度だけどさぁ。説明するなら中二階は災害や魔王や戦乱などの人間世界崩壊から世界を救う。でもイリって存在が中二階や吊り天井と別に行動してる……ていうか存在してんのよぉ」


「そんな話、初めて聞きましたが」

 スフェイラは平静を装い、なんとかアヤと会話を試みる。


「そりゃ、中二階とか世界を救うとかそういう話とはイリは別の話だし。アタシたちがトランプゲームに夢中なのに、サイコロ作りに興味は無いし、関係もない。そういう事。別にお金にも力にもならないから、アタシも追いかけてないし知ろうと思わないしぃ」


「私たちの救う助けるという目的とは、その存在はかけ離れていると?」


「ん、そういうこと。スフェイラは理解早くていいわぁ」

 アヤは満足そうに左の顔から残虐な笑顔を取り去った。普段の退廃的な左側と、麗しい右側が戻る。


「ねえ、こういう話知ってる? 宇宙が生まれた時、その後のほんの僅かな時間に反物質と正物質のどちらかが残るかきまり、水を温めればお湯になり冷やせば凍るって法則が出来たっていうのぉ」


「はい。ビックバン説では一秒の数万分の一の時間に、宇宙を支配する法則と物質が生まれたというものですね」

 スフェイラがアヤに話を合わせる。


「うん、そうそう。人の世界を救うとかそういうのは別なところ。イリは別世界の想像……カテゴリーやアステリスクに当てはまらない異世界に関わる事象なの。考えても見てよぉ。どこの異世界も大体はさぁ、人間は手が二本で目が二つっていう同じ形してるし、リンゴを落とせば地面に落ちるし、水は温めればお湯になる世界にしか、この中二階は繋がってない。異世界は那由多どころか、無量大数とある。アタシたちが関わってるのは那由多ながらほんの一部」


「……イリの存在は知る者は貴女の他には何人ほど……」

 ヴァネイは畏れながらと、アヤに訊ねた。

 以前からアヤは浮世離れした人物だったが、今回の事でよりその印象が強くなった。単にランクや強さで表せられない人間だ。


「さあ……。この学園じゃ片手で足りるくらいかな。そういえば生徒会長は知らなかったみたい」

 浮世離れしたアヤが、簡単に言ってのける。生徒会長すら知らないような事を知っているのに、まるで興味などなさそうな表情だ。


「アヤさんは、なぜイリの存在を隠すのですか?」


「隠してるっていうつもりはないんだけどねぇ。だって関係ないじゃん。だから聞かれればこうして素直に答えてるしぃ。もちろん対価としてGPはいっぱい貰ってるけどぉ」

 アヤはニヤリと口元を歪め、新しいフォークで可愛らしくスカリフィケーションのファイヤパターン内にある下唇回りのピアス(ラブレット)をつついて見せた。


「ただ……あまり進んで話したくないし、話せるような事でもないってことぉ。だって与太話も同然じゃん。魂の創造とか、無から有の創造とか、世界の法則から改変とか、世界の裏表で切り分けとかさぁ。もうほとんど主神どころか絶対神か唯一神の能力の一部じゃん」


「晶くんがいるから多少なりとも信じる事はできますが……」

 スフェイラは多少ショックから立ち直り始めている。アヤに対する態度も変わった様子はない。真は中々に強い少女だ。


「……素うどんこそうどーん」

 反してラズは立ち直っていない。もしかしたら話についていけないだけかもしれない。


「ところでさぁ、調べてどーするのぉ? アタシの世界じゃ好奇心猫を殺すっていうの。イリの存在を率先して口にしないのもソレがあるから。巻き込みたくないし巻き込まれてくもないのぉ」

 取って付けた借り物のような心配顔で、アヤが訊いてきた。


「我々はゲート委員ですからね。生徒を把握しておくのも、ゲートの向こう側を知っておく事も大切なのです」


「ふ~ん……」

 ヴァネイの返答に納得したのか、アヤは興味を失ったような顔でデザートを食べ始めた。


「じゃあ、アタシへの用も終わったみたいだからぁ、静かに甘味天国味わうねぇ」

 アヤの顔の左側が眠る様に目を閉じ、右側の目が輝き明るく笑い出した。

 右半分の美少女らしく、アヤは満面の笑みでデザートを平らげていく。


「しかし、なんだ。イリに付いて晶くんから直接聞くわけにはいかないのかい?」

 ヴァネイは回りくどい調査に疑問を呈した。


「いわばこれは外堀です」

 計画を立てているスフェイラは、自信を持って答える。


「例えるならば、ラズさんのこのうどん。ヴァネイお姉さまがご存知ないとします。大変美味しい。これは何で出来ているのか? と私に訊ねたとします」


「ふむ。それで?」


「これはエイルルのもけもけけろっぱの実からできています。と私が言ったら?」

 スフェイラのジョークなのだろうか? 彼女のジョークは分かり難い。ヴァネイは困って顔を顰めた。

 

「……いやうどんだろ? うどん粉だろう? 」

 ヴァネイは真面目に答えた。


「そうまさにそれです。ある程度の情報を持っていれば多少なりとも突っ込めます。予備情報もなくまったく分からないモノの事を尋ねれば矛盾点や相手の嘘を見抜けません。相手の言う事に、はいそうですね。と、いうほかありません」


「晶くんが……嘘を言うとでも?」


「可能性としてはゼロではありませんし、私自身はさほど晶さんを信用しているわけでもありません」


「やぁ……キミも憧れのフユナさんにやり方が似てきたね」

 悩ましいとヴァネイは額に手を当てた。

 スフェイラはヴァネイを信頼しているが、フユナの事は敬愛している。

 そんな才能ある彼女がフユナに似るのも自明の理だ。

 フユナに似てきたと言われ、スフェイラの硬い表情に喜びの色が見えた。しかしそれも一瞬で消え、重く悩む顔を浮かべて呟いた。


「もっとも……一番可能性が高いのは……。晶さん自身が良く理解していない、ということですが」



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