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第09話:罠
 階段を上がると地上に出る。階段は幅二メートルほどの灰色の面で囲まれている。目指す北の方角には草原が広がっている。少し枯れているのか、色がところどころ薄いように見える。後ろを見ると、高い壁がそぞろ立っていた。本当に“壁の向こう側”なのだと二人で実感した。
 正面、草原の先には赤茶色の巨大な山が見えている。
「あれが“ゴルドール山地”なのでしょうか」
美鈴が声をかけてきた。
「そのようだな。ただ、“山地” という割には連なっているようには見えないが……」
アコはどうでもいいことを考え出した。
 ふつう、山地というのはもっと連なっているものだが、その“山地”は一つの独立した“山”に見える。奥のほうに山々が連なっているのかもしれないし、単なる登録名の誤りかもしれない。数分して、
「まあ、ここで考えていても仕方ない。早くこの草原を抜けよう。」
 とアコが言い、美鈴がうなずく。

 美鈴とアコは、横に並んで一歩ずつ進み、四歩目で草原に足をついた。

 その瞬間、すさまじい激痛が二人の全身に走った。

「ぐあああああぁっ!」
「ぎゃあああああっ!」
 二人の全身に激しい痛みが走る。下から全身を細い針で串刺しにされたような、電気に触れたときのような衝撃が走る。動かそうとしてもまったく動かせない。
「ぐがああ……ぎぎ……が! あ……じ……あじ……を!」
 とにかく、この電気らしきものから抜け出さなければならない。
 アコはうめき声を上げながら“足を”と言うのが精一杯だった。
「ああ……ぎぐぐ……うぐ……うああっ!」
 美鈴はアコの言葉がわかったのか、後ずさりの要領で足を草原から出そうとする。
 アコも美鈴にならい階段に向かって足をずらす。

 十分ほど経ち、やっと草原らしき部分から離れることができた二人は、衝撃を受け続けることからは解放された。ふたりとも灰色の地面から階段にかけた部分で仰向けに倒れている。
「はあ。はあ。これは……バリヤー……ってやつか? 初めて……だ。……美鈴? おい……大丈夫……か?」
 アコが言葉を並べるが、痺れが残っていてうまく口が運べない。 
「だ……だじ……ぶで。すちょ……と、し……びでだ……けです。わだ……しふれ……と、あこ……びれ……だめ……じうる……さわな」
「……美鈴? どうした?」
 美鈴はアコ以上に言葉がおかしい。要領を得ない。
アコはゆっくり立ち上がり、手を差し伸べようとするが、美鈴は自分の手を引っ込め、すかさず
「す……すみ……ませ。んな……なんと……かも……ど……りまし……た」
 と謝った。
 アコは美鈴の言葉をつなげて、言いたいことを理解しようとした。その結果、
“大丈夫。痺れただけ。私に触れるとアコさんも痺れるから触らないで”
“すみません。なんとかもどりました”
と、勝手に認識した。

 アコはパソコンからメールを送ったり、チャットモードで文字による会話を試みたりしたが、全く返事が無い。美鈴の体に触れないように手をかざしてみると、ピリピリとした刺激を感じ取ることができた。美鈴の体中に、電流というか、ダメージが駆け巡っているようだった。

 アコは自分のキャラをリアルから間接的に動かしているので、現実に味わう痛みはリアルで味わう場合の半分以下だ。それでも言葉をうまく発せられなくなるには充分すぎるダメージだ。
 しかし、RPCである美鈴はこの『アナザーズ』の世界がリアルだ。したがって、そのダメージを百パーセント受けることになる。言葉を交わすどころではない。アコはRPCという言葉自体を知らないため、“何をそんなに痛がっているんだ”と不思議がっている。

 美鈴はアコに心配をかけさせまいと説得を図ろうとするが、今の状態ではメールもチャットもおぼつかない。かといって、しゃべればしゃべるほど、アコを不安にさせてしまうため、ひたすらだんまりを決め込んだ。

「いいから……少し休め。俺も……少し……」
 アコの口調も直らなかった。美鈴の過敏な反応に疑問は尽きなかったが、まずは互いに傷を癒すことが先決だと思いなおした。
 
 アコはリアルでの痺れがやっと少し引いてきたように感じていた。しかし美鈴は全く回復している気配が無い。美鈴は息づかいは聴こえるが、ほとんど動きがないのだ。
 みかねたアコは、いったん立ち上がって美鈴の腕を無理やりつかもうと手を伸ばす。それを察した美鈴は腕を避けるようとするが、今の美鈴は動作も緩慢なためか、あっさり腕をつかむことができた。すると、美鈴に残るダメージがアコに流れてきた。
「う……があああっ!」
 アコの体にあの痛みが再び襲ってきた。全身を刺される痛みは何度受けても慣れるものではない。
 美鈴の体は電子でできているから、電気はそのまま触れた相手に伝わってしまう。が、幸いなことに、ずいぶん放電できているので、最初に草原に触れたときの七割程度の痛みになっている。
 美鈴の腕をつかみながら、アコはその場でひざをつき、手を離した。
「やっぱ、い、痛いな。ははっ」
「アコさん! アコさん! だ……いじょ……うぶですか! なん……で……なんで!」
 美鈴が本当に泣きそうな表情を浮かべる。自分のせいでアコがダメージを受けたことにショックを受けているのだ。
「お……俺のほう……が……感電……しにくい……みたいだから……な。」
 アコの言語は徐々に回復しているが、それでも流暢に話しづらくなっている。
 アコは美鈴を諭すような優しい口調で美鈴に言った。
「美鈴。俺たち……は……仲間……だろう。実力的には……お前が上だし……俺が……おまえを頼る……部分のほうが……多い。でも……たまには、俺にも頼ってくれ。俺にも……これくらいのことはできる……から」
 最初は途切れていたアコの口調は、話をするうちに直っていく。アコもそれを自覚した。

 美鈴はこれまで頼られる側のほうが多かったし、“美鈴”としての人生を歩む上で、あまり人に頼ることを良くは思っていなかった。それに、“美鈴”になる前の彼女は三十六歳。それを考えればアコは年下だ。まだ“美鈴”になりきれていないことで、“年下”に頼ることを心のどこかで避けていた。

 そこへ、アコの口から“仲間”という言葉が出たことに衝撃を受けた。
 自分一人で全部できるなどという自惚れた感覚をどこかで持っていた。私も、できない部分は頼っていいのだ。私ができて彼にできないことは私がすればいい。彼ができて私ができないことは彼にしてもらえばいい。そんなあたりまえと思える考えに、今さらながら至った。そのことがとても恥ずかしく、余計言葉が出ない。
 美鈴はアコに向かって、オーバーアクション気味に、首を上下に六回振った。
六回というのはアコが制止したためだ。アコは“ようやく頼る気になってくれたみたいだ”という認識を持った。

 結局ある程度回復するまでに互いに安静にして、三十分ほどかかった。
 美鈴は立ち上がり、腕を広げて背伸びをした。
「アコさん、大丈夫、ですか?」
 それを見たアコも立ち上がり、同じように背伸びをした。
「ああ、ようやく痺れも取れてきた。美鈴は大丈夫なのか?」
「私も……」
 美鈴は、大丈夫、といいたかったが、それではさっきまでと変わらないと思った。
「……いえ、まだ戦闘は……無理だと……思います。言葉は……直りつつ……ありますが……」
 と、正直に申告した。
 アコが、それでいい、と合図するように笑顔を浮かべて首を縦に振った。
 辺りを再度見回す。ゴルドール山地に通じる草原は全く同じ色や形をしている。
「見渡す限り同じということは、これ全部バリヤー、ってことだよな?」
 アコの指摘に、美鈴がうなずき、アコがため息をつく。
 すると、美鈴が一歩前に出た。
「私が……やってみます。」
 美鈴が灰色の地面に立ち、両手を重ね、バリヤーに向かって魔法を唱えようとしている。
「……“アナ……”」
 美鈴は口が一瞬止まったため、言い直した。
「……“アナルム”!」
 美鈴が無効化の魔法を唱えると、手のひらに溜められた魔法力がバリヤーに向かって飛んでいき、バリヤーの全体が一瞬まぶしく光った。膜が太陽の光りを反射している。
「アコさん……バリヤーを……無効化させました。踏んで……みてください。今度は、大丈夫……のはずです。」
 美鈴の口調はまだたどたどしい。アコがおそるおそる一歩、また一歩とバリヤーの中に足を運んだ。草を踏んでみるが、なんともない。ただの枯れ草になっているようだ。心なしか、先ほどに比べ少し緑がかってきたようにも見える。
「……大丈夫だ! なんともないぞ! 行こう美鈴!」
 美鈴は痺れの残る足で立ち上がり、ゆっくりとアコの横についた。
「行きましょう」
 やっと一言が詰まらず出てきた。アコは安心して、美鈴を見ながら無効化されたバリヤーの上を歩いていく。空は少し陽の光が弱くなってきていた。
 いよいよゴルドール山地が近づいてきた。
ご意見、ご感想、ご指摘、お待ちしています。
第10話「山頂の戦い」に続きます。


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