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「アナザーズへのいざない」から派生するストーリー第1弾です。
第01話:アコ
「お疲れ様でしたぁ」
早朝、繁華街近くの駅で元気のない声が聞こえてくる。
 同僚と別れた成田章人(なりたあきと)は、深夜のバイトを終え、早朝の電車に乗っている。
 車内は意外と混んでいて、仕切りを一つ占拠してゆったりするような余裕はあまり無い。スーツの男性、作業着姿の青年、セーラー服の少女、携帯電話に集中する女性、隣の肩に頭を預ける男性など、様々な人と事情を乗せて、それぞれの目的地へと向かっている。
 十五分ほどで他の客と共に電車を降り、歩いて家路につく。すでに日差しはあるが、通勤時間にはまだ早いせいか、すれちがう人はそう多くない。普通なら一日が始まる時間だが、彼の一日はこれから終わる。
 まず、共働きの両親と朝食を摂り、ふたりの出勤を玄関で見送る。
次に、朝食の後片付け、洗濯、ゴミ出し、簡単に部屋などの掃除をする。
 最後に戸締りをして、他の雑事を片付け、床につく。これで彼の長い一日が終わる。

 章人の一日は、太陽のまぶしい反射が部屋を明るく照らす時間になって始まる。起き上がり反射的にテレビをつけると、極めて絶妙なタイミングでやってくるゲストとの短いトークコーナーが放映されている。
 バイトは翌日の夕方まで休みだが、章人には別の仕事がある。すぐに顔を洗い昼食を摂った。
部屋に戻ってパソコンを起動する。デスクトップのショートカットをダブルクリックしてゲームを起動させると、“アナザーズ”のメイン画面が表示された。
 ユーザー名“AKO”とパスワードを入力し、ゲームが始まる。
 この“アナザーズ”というゲームは世界的に人気の高いオンラインゲームで、登録PC数は約一千万人いるといわれている。
 基本はRPG風で、戦闘はもちろん、商売あり、生活あり、ドラマあり、と、冒険世界と現実世界を融合させた世界が広がっている。五感を刺激するところ、リアルマネートレード(RMT。ゲームで得たお金を換金すること。)の採用、自分でアイテムを考えたり家を持ったりできることなど今も発展を続けている。“ANOTHERS“の名が示すように、”もうひとりの自分“をゲームの中に存在させられることが、人気につながっている。時々新聞記事を飾ることもあるけれど、それでも人気は陰ることがない。

 章人のAKOという名前は“ALL KNOCK OUT”の頭文字をつないだもので、ゲームでは“アコ”と呼んでもらっている。アコは剣術のみの戦士で魔法は使えない。しかし剣術にかけては他のプレイヤーに負けたことはほとんどない。

 章人はいま、三つの街と一つの村を巻き込んだクエスト“サラウンドの恐怖”に挑戦している。
 クエストとはゲームに組み込まれたミニシナリオで、クリアすることで経験値やお金が稼げることはもちろん、特別な報酬や、の登場人物から特別なプレゼントをもらえることもある。PCプレイヤーキャラから見れば“仕事”ともいえる。クエストは基本的に管理局から紹介を受けるが、PCが独自に応募する“セルフクエスト”もある。

 このクエストは、管理局から依頼を受けてある村に行き、悪党に襲われている村の子供を助け、村長に救済を依頼されるところから始まる。
 当初あまりにもベタな展開だとアコ(章人)は軽く考えていた。しかし、二週間経った今でもまだクリアできていない。
 “サラウンド”とは子供を救った村と三つの街を支配下に治めようとする頭目の名前で、近隣の街や村で強奪・殺戮・破壊を繰り返し、時には生贄まで求める。  
 村長によると、周辺にある四つの街や村のどこかに特殊な金属が眠っているという伝説があって、“サラウンド”はその金属を狙っているという。
 この話を聞いて、アコは村長から正式にサラウンド討伐の依頼を受けた。あわよくば、その金属が手に入るかもしれないと踏んだからだ。

 サラウンド一味は、サラウンド本人、村と街を占拠する幹部三人、本拠地を守る幹部二人、サラウンドを守る大幹部二人、そして数十人の手下で構成されている。
 街の一つは壊滅して廃墟のため、占拠の必要がないらしい。

 アコはまず村と街を占領する“レント”“プレスト”“アクス”と戦い、占領状態を救うことから始めた。レントとブレストはスピード、アクスはパンチ力で勝負するタイプだったが、持ち前の素早さと剣さばきではアコに敵わず散っていった。戦うたびにゲーム上のコントロールを学ぶことで、数字に表れない経験を積んだのが幸いしている。
 これで村や街は一時的に救われた。しかし、サラウンド一味は生きているし、金属の行方もわからない。新たな敵が襲ってくることも考えられるので、当然、一味全員を倒す必要がある。
 一味の本拠は廃墟となった街の北側にある洞窟だと村長が言っていたのでさっそく向かうことにした。

 洞窟に入ると明かりが減り、真っ暗な部分も出てくる。入口が見えなくなったところで幹部二人に襲われた。
“アルコ”は弓を使い、“カルマンド”は隠密行動を得意とした。
 アコは自分のレベルに酔いしれたまま戦いを挑んだが、これがまずかった。二人は正体を隠し持っていたのだ。
 奴らの正体は、大蛇だった。それぞれ体長は二メートルほど、ボディプレスや炎の魔法で攻撃してくる。アルコは牙を矢のようにして発射し、カルマンドは巨体に似合わず素早い上、黒い体が闇と溶け合っていつのまにか攻撃を仕掛けてくる。だが二匹ともそれだけではなかった。
 “歌声”で敵に催眠効果をもたらす能力を持っていたのだ。このせいで、アコは自傷に走ったり眠らされたりしているスキにダメージを受け続け、都合四回殺される。アコは対策を考える必要があると考え、一時的に撤退することになる。
 そんな歌声対策は、耳栓だった。歌声さえ聞こえなければ、あとは戦闘と魔法だけだ。普通のRPGならば耳栓など考えられないアイテムだが、ファンタジーに現代要素が加わるところが、「アナザーズ」らしいところなのだ。
 耳栓で歌声を封じたことで、二匹はただの大蛇に成り下がる。
アルコの牙はかなり硬かったが跳ね返すことで他の牙と衝突させて相殺を図る。カルマンドは気配を感じながら偶然ヒットした一撃が効き、やっとふたりを攻略する。
 洞窟の中はセーブができないので、倒されればまた洞窟の入口からやりなおしとなる。敵に気をつけながら慎重に先へ進む。敵はあと一人だ。

 広大な洞窟を地下四階まで降りてくる。すると、不気味な蛇の装飾で形どられた柱が建つ大広間が見えてきた。床や柱、空間をなす岩壁には黒いシミや白い粉のようなものがあちこちに付着している。
 アコは何かを想像してみる。少し空恐ろしくなった。やはり犠牲者のものだろうと考えた。
 奥の中心に玉座があり、“サラウンド”が座っている。
 蛮族のような濃い髭をまとった大柄の戦士は、戦闘の末に大蛇の姿を現した。
 体長六メートル、幅一メートル、緑と紫の縞模様。見たことも無い大蛇だった。
 やっとの思いでここまでやってきたのだ。そう簡単に負けるわけにはいかない。
 ただじゃ済まないだろうなと思っていたら、予想通りだった。魔法、歌声はもちろん、さらに高度に“音波”で俺の脳を揺さぶってきた。
 頭が締め付けられたり、いやな考えがどんどん膨らんできたりするなど、サラウンドの“攻撃”は容赦がなかった。
 サラウンドは巨大な尻尾を鞭のようにしならせて、アコの甘くなった防御に直撃させ、アコを葬る。
 ゲームオーバー。洞窟入口からやり直しである。

 アコは再度ログインし、サラウンド対策のため、再度クエストのエリアを離れた。剣に特殊加工を施すためだ。
 『アナザーズ』では生活系と呼ばれるPCが様々な商売をしている。武器や防具に特殊な加工をしたり、変わった道具を売ったり、情報屋を営む者もいる。
 アコが依頼したのは、魔法や風、呪いなど、目に見えないものにも物理的攻撃を与えることができるような加工だった。丸一日かかり、ようやく完成した。剣には不思議な光沢が加わっている。
 再びシナリオのエリアに戻る。村・街を経て、洞窟に入り、以前倒した手下もなんとか攻略し、ついにサラウンドのいる地下六階の大広間にやってきた。再度、大広間でサラウンドと対峙する。
 いいかげんクリアしなければならない。そう思いながらサラウンドに斬りかかった。

 耳栓は装備済みのアコは、サラウンドの首から下を集中的に攻め、少しずつ傷つけていく方法を取る。当然音波攻撃をしかけてくるが、剣を頭の前につけることで音波そのものを跳ね返した。
 心底驚いた表情を見せるサラウンドには、跳ね返された音波は効かない。そのスキに渾身の力をこめて剣を突き刺す。深々とサラウンドの体に侵入する剣。苦悶の表情をうかべ何オクターブもあろうかという甲高い悲鳴をあげるサラウンド。耳栓をしているから助かったが、なければ鼓膜が破壊されていただろう。洞窟は声の衝撃で少し崩れ始めている。

 サラウンドは巨体を上下左右に激しく動かし、アコを振り払おうとする。剣をつかんだままのアコは吹き飛ばされないように剣を力いっぱい握る。
 お互いにこう着状態が続く。
 その均衡を破ったのはサラウンド。余計な攻撃をやめ、自らの体を上下に振って助走をつけ、天井向けて飛び上がった。
 瞬間、アコに一計が浮かんだ。アコはサラウンドが飛び上がる勢いを利用し、剣を離して自らも天井に向かって飛び上がった。当然体重の軽いアコが先に天井に到達する。一回転し天井に足をつけ、反動で一気に急降下する。サラウンドはまだ上昇中だ。首の付け根にある剣めがけて急降下し、剣をつかみ、その勢いのまま尻尾に向けてサラウンドの体の半分以上を裂きとおした。
 耳栓の先からすさまじい断末魔が聞こえる。
 サラウンドも必死で抵抗するが、腹を裂かれて生きられる者はそう多くない。体をくねらせてアコを横に吹き飛ばしたのが最期の抵抗だった。
 岩壁にたたきつけられ体力がほぼ尽きたアコは地面めがけてゆっくりと落下する。
 地面にたたきつけられればまたゲームオーバーだった。しかし皮肉にもサラウンドの巨体がクッションになり、なんとか助かった。

 ついに、サラウンドを倒した。
 サラウンドの”ひらき”の上で血まみれになったアコは、やっと一息つくことができると思った。しかし、すぐにその余裕はなくなる。洞窟が崩れ始めたのだ。アコは来た道をひたすら戻る。こういう場合、洞窟を出たタイミングで“間一髪だった”となるのがゲームとして王道だとアコは信じている。ここまで通っていない道を行き、敵が出ない中を堂々とお宝を頂戴してゆっくりと脱出する。
 期待どおりの展開。敵は一度も出てくることなく、地上に出た瞬間に入口から崩壊する。助かった……”間一髪で”。

 一番近い街で体力を回復させセーブをする。その後で子供を救った村へ向かった。
 子供たちや村民、村長からは感謝の言葉をもらう。初めて来たときにはなかった笑顔が村民に戻っていた。
 ささやかだが、と村長が宴を提案する。クエスト最後の一夜をこの村で過ごすことになる。村民は、サラウンドの恐怖から解放された喜びにあふれ、大人も子供も、飲んで食べて踊ることで大忙し。アコも踊りに加わり、村人と踊りに明け暮れる。
 もっとも、このあたりは映画でも見るように自動的にストーリーが展開するのだが。

 宴もたけなわとなった深夜。子供たちは寝てしまったが、数人はまだ飲んでいる。アコもその輪のなかに入っている。少し用を足したくなり輪からはずれると、村長からそっと手招きされ、村長宅に向かう。
 村長宅といっても他の家と変わりない。丸太小屋で、ところどころ小さい木の枝でスキマを修復した跡がある。
 村長は、宴会での笑顔が嘘のように、まじめな顔を始める。
「楽しんでいるところすまない。実は、あんたにもうひとつ頼みたいことがある。これを見てくれ」
 そういって差し出されたのは、藍色のごつごつした塊だった。両手で抱えられるくらいあり、ホコリか汚れか分からないものがこびりついている。どうやら金属のようだ。
「これ……まさか!?」
 アコは直感と確信から驚きの声をあげた。
「そう。これが、サラウンドの探していた金属だ。我々は魔導鋼まどうこうと呼んでいる。これが最後の一塊だ」
「な……なんでこれを渡さなかったんです? 渡していれば今頃……」
 当然のようにアコが尋ねる。
「言ったさ。もう一塊しかない。それをやるから出て行けと。だが奴らは信じなかった。もっともっとあるはずだ、邪魔者は消してからゆっくり探してやるといって、あとは知っての通りだ」
 村長は身を震わせた。
「魔導鋼は本来もっと澄んだ青色をしている。古いものだから色がくすんでいるがな。盗掘が日常的だった昔が懐かしいよ。その当時の面影として、かつては村の宝として祀ったこともある。それが、いつからか噂だの伝説だのと言い魔導鋼を求める者たちが増えてきたものだから、表に出すのをやめにした。そのうちにやってきたのがあいつらだ。こんな塊のせいで、街も人も多くの犠牲を払った。もうこいつに振り回されるのはたくさんだ。ここにはもう必要のないものだ」
 魔導鋼は周辺に繁栄と災いを呼んだ。結果的に街一つが壊滅、人も多く死んだ。無念の思いをアコも感じ取っていた。
 村長はいつのまにか涙目になり、話を続ける。
「あんたに、無理を承知でお願いする。これを何かに加工するか、だれも触れられない場所に葬ってほしい」
 つまり、原型をとどめないようにしてほしいということだ。
 迷うまでもない。この塊は争いの元凶である。これを葬ることで、初めて“恐怖”は取り払われる。アコは当初、アイテムをもらえるという点で内心浮かれていた。しかし、こんな話を聞かされては重く受け止めざるを得なかった。自分の軽さを少し反省する。

「わかりました。それでは、報酬として、受け取らせていただきます」
 アコがそういうと、村長が少し笑顔になり、アコの腕をつかんで、ありがとう、ありがとうと礼の言葉を連呼する。
「魔導鋼について教えておく。魔導鋼は、魔力を吸って吐き出す力がある。その気になれば魔法効果を打ち消したり、時間差で跳ね返したりできる。このままの状態で他人に売り飛ばさなければ、どうしようと自由だ。加工後、素材を明かさない条件で売るのも構わない。」
 アコは、魔導鋼を手に入れた。これで、思い残すことは、なにもない。

 夜が明け、アコは村人に見送られて村を離れた。村長の腕がひときわ大きく見える。
 別の街に移り、クエスト完了を報告する。これによってクエストモードが完了し、管理局から報酬を受けとった。

 セーブと同時にログアウトし、現実リアルに戻る。集中していたせいか目も体もだいぶ疲労している。
 窓の外は薄暗い。時計を見ると六時だった。
 アコは洗濯物を出したままだと気づき、あわててベランダに赴き洗濯物を取り込んだ。少し冷えていたのが気になるが雨でなくてほっとする。洗濯物を取り込んだのは母が帰ってくる十分前だった。
 章人はこうして『アナザーズ』でクエストを行ったり、用心棒を引き受けたりするなどしてゲーム内でも金を稼いでいる。バイトの給料と合わせると十七万から二十万くらいの収入で、実家にも少し納めている。それでも実家生活のためか、お金にはあまり不自由していない。
 『アナザーズ』の収入を考えるとすぐ次の冒険にとりかからなければならないが、取り急ぎ章人がするべきことは、玄関前の母を家に入れることだった。
アコの自己紹介を兼ねました。『アナザーズ』はRMTも採用しています。
ご意見、ご感想をお寄せください。
第02話「酒場にて」に続きます。
※2009/10/12 アコ視点から三人称視点に変えました。


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