第48話
私は驚いている。
なぜなら今までだって一度たりとも怒ったことのない人間が怒っているからだ。
殺されようと怒らなかった人間が、本当に首やら手足を切り落とされても怒らなかった人間が怒っているのだ。
まあ、怒るだけならたまには、今まで私が見たことがなかっただけでそういうこともあるのだろうと思ったが、それ以上にありえない光景を見たからだ。
それは女性を殺しかけていたということだ。
万が一にでも、答えることが出来なかったら殺されていただろう。
あの女性にとことんまで弱いシトンが、女性には手を上げられないシトンがルイーダを殺しかけていたのだ。
聞きたい事を聞けたからか、すぐに正気に戻って手を離したが、もう少し遅ければ、もう少し力を入れていたら殺していただろう、どうしてこうなっちゃたのか分からない。
私は話し合いの途中の声を聞いて目が覚めていたけど、さすがに、恥ずかしかったので寝たふりをしていたから、話し合いのすべてを聞いていたわけではないけど、まとまりそうなのは分かった。
オーラに包まれていたせいで半分夢見心地だったが、あれだけ穏やかなオーラだったのだから交渉が決裂するとは思わずに、少しぼうっとしていたら私を包み込んでいるオーラが怖いものになったと思って気がついたら、ルイーダの首を締め上げて持ち上げていた。
何かを言って止められたらよかったのに、私を包み込んでいるオーラがヒソカほど怖く、いえ、ヒソカと同じくらいに怖かったから何も出来なかった。
オーラが尋常ではないほど多いというのは聞いていたが、今までに一度だってこんな怖いオーラを向けられたことはなかったから、それに、さっきまで私を優しく包み込んでいた暖かいオーラが、私を傷つけるのではないかと感じられるほどになったからこそ、ヒソカよりも怖く感じたのだと私は自分に言い聞かせていた。そうでないと、私を背負ってくれているこの人がヒソカと同等の狂気をその身に宿していることになってしまうから。
「ねえ、ここまで離れればもういいんじゃないの」
私は自分の中に生まれた疑惑に押しつぶされたくはなかったので、シトンに話しかけた……いつも通りの頼りない女好きのシトンであることを願って、しかし、それは無理だったようで、女性から話しかけられたらうれしそうにしているのに、無視された。背負っている私の口はシトンの耳のそばにあるはずなのに。
私の言葉を無視しながらも酒場から全力で走って離れていっている。
オーラで体を強化すれば出来なくはないということは分かっているが、人が振り返るよりも早く路地を走りぬけ、道がなければ屋根の上を走っている。
本当に風になって走っているような気がするが、その感動も私を背負ってくれているシトンの無反応振りと、オーラのとげとげしさでは、半減、いや、まったく楽しくない。
何度呼びかけてもただまっすぐに走っていくだけで反応しないので、面倒になっていつものように拳を振り上げた。
「いい加減にし」
私が次に目を覚ましたときはシトンの顔が目の前にあって、びっくりして飛び起きたら頭をぶつけてしまった。
私がおでこを押さえてうなっているにもかかわらず、シトンがまったく痛がっていないのが何か納得できなかったので、顔面を殴ってやったが、まったくこたえていないどころか、こっちの手の心配をしてきた。悲しいことに私の手は真っ赤になっていたが、向こうの顔もものすごく赤くなっていたので、まあ、許してやった。
「うう、この石頭で、石顔面? のせいで、てがいた」
私は手が痛くて見下ろしたら、肌色がたくさん見えた。
「な、なんでハダカァァァァ!!」
私が手が痛いので胸の前で組んだら胸が見えて、もう何がなにやら分からなかった。
起きたらシトンの顔が目の前にあって、気がついたら服の上半身がびりびりに裂けていて、だから、もう、どうしたらいいのか分からなかったから、手を振り回したり足をばたばたさせたりなど、どこのお子様かということしか出来なかった。
シトンが顔をそらしながら上着を渡してきたが、今現在近くに男がいるということにあらためて気がついて、余計にわけが分からなくて、せっかくこっちに差し出された上着を投げ返してしまったりと、自分が何をしているのかさっぱりわけが分からなかった。
気持ちが落ち着いて正気に戻ったときには、シトンに馬乗りになって、マウントポジションで顔を殴りまくっていたときだ。まあ、正気に戻っても殴り続けたので、正気に戻ったとは言いがたかったかもしれなくて、シトンの上着はいつの間にかびりびりに破れていて役に立たなかった。
私が本当の意味で話ができるようになったときはあたり一面真夜中だった、当然、シトンには私のほうを向かないように背を向けてもらっている。
どうして私がこんな状態なのかを聞いた。
まあ、私だって年頃だから、前世をあわせれば結構な年、げふんげふん、男が女に対して何をするかは十分に知っているが、同意もなくするのはありえない……同意があれば少しぐらい、はじめてだったのに記憶に残っていないしって、違う違う、何もされていないことを確認したいのであって、何かをされたことを期待しているわけではなくて……。
「ああ、もう、何でこうなったのよ! さっさと言ってよ!」
私が怒鳴るとこっちに向きながら口を開こうとして。
「だから、こっち向くな!!」
その辺に落ちてる石を頭に投げてやったが、まったくこたえずにそのまま話しはじめた。オーラの防御力から分かっていたことだが、すっごくむかついてきた。
「ああ、どこまで覚えてる?」
「なっなにがっ!」
私はその言葉に自分の体を抱きしめる力が強くなるのが分かる、ええ、まさか、そんな。
「……ああ、俺が酒場から出たときには目が覚めてたか」
「うん」
私はこの後に何を言われるのだろうと期待し、じゃなくて、ドキドキ、でもなくて、心配になって片言にしか話せずに、酒場での交渉のときからなんとなく目が覚めていて、酒場から出たときからはずっと覚えていることを伝えると、心なしかまじめな顔になって、重要なことをいうぞという雰囲気になった。ああ、どうする、どうする、わたし。
「走ってるときに」
「うん」
「お前から攻撃してきただろ?」
「うん」
「俺はそのとき正気じゃなかった」
「うん」
「反撃して」
「うん」
「殺しかけた。いや、殺したというべきだな」
「うん、責任とって……はあっ! こ、殺し」
「ああ、責任とって体は治しといた」
「なっ、なんじゃそりゃあっ!!」
私はわけが分からずに大声を出したら、シトンが振り向いてしまった。
「いや、だから、反撃で……ピンク」
「シネ!」
再び私は、何か心の中から湧き上がる衝動とともにマウントポジションで顔を殴りまくった……今度正気に戻ったのは朝日が登ってからだった。
「つまり、余裕がなくて、私のただの後頭部を殴ろうとした一撃に全力で反撃してしまったと、それで私の上半身がぐしゃぐしゃになって、それを治して私が目覚めるまで自分の上着をかけて膝枕していたと、それ以外には絶対に何もやってない。ないのね。絶対にやってないのね。気絶していて無防備な女の子が目の前に居たのに何もやってないのね。すけべですけべで生まれてきてごめんなさいレベルのすけべのあんたが何もしていないわけね」
何もないのが一番なのだが何かが納得いかなかったが、暴れまわって落ち着いてこともあって、やっと真相を知ることが出来たが、納得のいかないことがあった。
それは、死に掛けるほどの怪我を治せたということだが、まあ、奥の手があったということなのだろうか、ビスケにも口をすっぱく奥の手は最後までとっておくようにと言われたので、おそらく聞いても話してくれないと思えたから、今回のことの大本、つまりは、酒場からなぜ正気を失って逃げ出したのかということを聞くことにした。
さっきから私の前で正座をしていたシトンからは情けないオーラが漂ってきていたのに、酒場のことを話してほしいという一言を言うと、すぐに、また、近づきたくない気配のオーラが漂ってきて、怖かったが、酒場の中で激昂していたときほどではなかったので、耐えられた。
しばらく待っていると口を開き始めた。
「メイドのみんなから俺の出生については聞いたのか?」
「どっかのお金持ちの子供だったけど、暗殺されたとかなら聞いたけど」
今回の話のどこにかかわってくるのだろうか。
「なら話が早い。俺の実家の名前はフュンゲイル、フュンゲイル財団なんだ。完全に捨てた名前だから誰も言わなかっただろうし、俺も言いたくなかったからメイドの誰も話していないだろうが、俺の名前はシトンマーサ・フュンゲイルなんだ」
「それはいいけど、だからどうしたの」
私は実家の名前なんて出されても何がなにやら分からないが、その後、正座から立ち上がったシトンに名刺を渡されて気がついた、確かに、これなら、実家の名前が関係してくることが分かった。
なぜなら、名刺の中の転生者組織の出資者の中に『ジルイ・スルトル・フュンゲイル』という名前があったからだ。
「でも、別人の可能性も」
「それはない。スルトルはフュンゲイル財団の党首に受け継がれている初代の名前で、フュンゲイル財団って言う名前が他にあっても、スルトルまで同一なら俺の実家以外にはありえない」
シトンは本当に感情が抑えきれないのだろうか、いつもは優しげと言うか弱気が分かるようなオーラか、隠がうまくてオーラを感じ取れないのに、今はオーラが弱まったり強まったりと安定していなくて、実家のことをどう思っているとか馬鹿みたいな質問をしなくても分かってしまうほど、心に余裕がない。
「本当に悪い」
頭を下げているが、ちらりと見えた顔色は悪すぎて責めることなど出来なかった。
「体のことなら」
「それもあるけど、転生者の組織と仲良くするのは俺には不可能だ。俺はそのことについて十分に乗り越えたと思っていたが、無理だった。名刺にフュンゲイルという名前があるのが分かった途端にわけが分からなく、いや、当り散らす以外のことを考えることができなかった。せっかく話がまとまりかけていたのに、もう、二度と話し合いの席にはつけないと思う」
転生者と決定的に決裂していることを気にしているようだ。
「それなら、まったく問題ないわよ」
「えっ! でも、せっかくの仲間が」
私があっさりと問題がないと言ったことが信じられないのか、さっきまでのお通夜のような雰囲気から、一転、おろおろとうろたえていて面白かった。
「本当に馬鹿ねえ。グレアがあの組織に居る時点で私だって居られないわよ。あいつと一緒が嫌だからあんたについてきたのに、なんで、また、あれが居るところにいかないといけないわけ? あんたが青の組織と一緒にいられない理由があるように私にだって居られないわよ。直接的ではないあんたでも無理なのに、直接の原因である人間と顔を合わせないといけない私なんかもっと無理でしょ」
「そ、そうか、それはよかった」
私がかまわないといったのがそれほどよかったのか、深いため息を吐いていた、幸せが思いっきりどっかにいってしまいそうなほど深いため息だった。
そりゃあ、転生者仲間と一緒に居られないのは少し残念だが、こっちに居る方が圧倒的にいいだろうとも思っている。なぜなら、こっちにはビスケ、パクノダ、マチという原作キャラでもすごいのがいるし、原作的にどうか分からないがポンズもいる。そして、なにより、普段は思いっきり頼りないうえに情けないスケベ男だが、念能力者としてもこの世界の先輩としても十分な男といたほうがいいし、いざというときには、頼りになるというのが今回のことで十分に分かった。
私だけでは、念能力に取り込まれて、まあ、私だけではあんなことにならなかった可能性のほうが高いけど、十分な強さを持った人と一緒にいるのはいいことだ。それは、天空闘技場で戦った私には十分に理解できている。
さすがに、念能力者とは戦わなかったが、200階までに上りつめる間に戦ったものには本当に楽に勝てた。ゴンみたいにゾルディックの試しの門で鍛えた力ではなくて、本当に相手の動きをきちんと把握してその隙をつくというのが出来ていた。前世で呼んだ漫画みたいに、相手の動きが見えてこれから何をしてくるのかもなんとなく分かった。
自分よりも強い、マチ、パクノダ、ビスケ、そして、シトン、シンクレラ、トワリエラと組み手をしていたから、天空闘技場の選手が弱く思えたのだろう。いつのまにか、私は思っている以上に強くなっていて、まともな試合が出来ていたのだ。おそらく、ハンター試験を受ける前の自分とは比べ物にならないほど強くなっているだろう。
組織とまともな接触が出来なかったのは残念だが、私にとってシトンと居れば強くなれて問題が無い。問題はクラピカを止められるかということだが、これは、組織だろうがシトンだろうが成功するかどうか分からないことなのだ。だったら、他のメリットが十分にあるシトンといる方が私にとってはいいので、私は組織と仲たがいになったことに対してこだわりがなかった。しかい、目の前の今は頼りない駄目人間に戻ってしまった男はうじうじと悩んでいる。
言っては悪いが、本気でウザイ。
頼りになるところを見た後だけに、うじうじしているのを見ると本気でウザイ。
「なんだって、いまだに悩んでるのよ!」
「いや、妖精王の……ごほん、昔に占いをしてもらったときに古巣に将来必要なものがっていうのがあったんだ」
さっきまでの威厳と言うのか、怖さと言うのか、そういうのがまったくなくなって情けなすぎる。こっちの目を見て話すことが出来ていなくて、視線が合うとすぐに目が泳いで下を向く。
「はあ、それが……その占いって念能力?」
「ああ、念能力で信じて古巣に行ったらパクノダとマチに会ったんだ」
「だったら、十分じゃなの。もしかして、もっと、女の子が欲しいとか? このスケベ」
「いやいや、そうじゃなくて、おそらくあれには二つの意味があって、俺の古巣、流星街と、それと、あの、フュンゲイル家に帰れってことだったんだと思う。そうすれば、そうして和解か何かが出来ていたら、おそらく、この転生者の組織に最初から参加できていたんだと思う」
ああ、そういうことを悩んじゃってるの。そんなのどうにもならないじゃないの。それとも、念能力の占いの結果はすべて信じて行動を起こさないといけないわけ、ああもう。
「あんたは馬鹿か。念能力で100%当たる占いだからって、そればっかりに気にかけてたら失敗するわよ。うるさい、だまって!」
反論しようと口を開こうとしたけど、大声を出してだまらせる。
「いい、そんなに占いのことばっかり気にしてたら、ライト・ノストラードみたいになるわよ」
駄目だったがろうか、私としては一番分かりやすいことを言ったんだけど、何も反応を返してくれない。
「……ごめん、それってだれ?」
「はあっ!? もしかして、しらな、じゃなくて、覚えてないの。ネオンの父親だよ。あの100%当たる占いのクロロに念能力取られちゃった女の子の父親」
「ああ、あれの……でも、なんで父親?」
そういえば、何十年もいるから脇役まで覚えてなかったのか、ああ、いい説得だと思ったのに説得できないじゃない。
「娘の念能力にすべて頼っていたから、その念能力がなくなって一気に精神的に駄目になった人よ。占いを気にしている人にはちょうどいい説得用の人物なんだけど、覚えてないのよね……はあぁぁぁぁ」
私は深いため息を吐いてしまった。どうすればシトンを説得というか慰められるのだろうか。確かにシトンはいろいろできるようだけど、それこそ100%の結果を望むのは間違いだと思う。
そんなことを望めるのは、それこそ本当に強いというか、まさに主人公みたいなやつらだけだと思っている。なぜなら、私はクルタ族の滅亡をどうにか出来たかもしれない念能力を持っていたが、あのころに記憶を持ったまま戻っても、絶対に不可能だと思う。
私たち転生者はもう一度人生をやり直せる機会を得て、人よりもかなり有利な状態だ。しかし、それでも何でも出来るわけじゃない。グレアともう一人いたあの人だって将来幻影旅団が来るのが分かっていたから、がんばって修行していた。私はあの時冷めた目で見ていた。そんな程度がんばったって勝てるわけないじゃないのよと、結果は今のあの通りになってしまったので、私の考えていた通りだが、もしも、私もがんばっていたらとは思わなくはないが、それでも無理だと思う。
一度人生をやりなおせて、そのうえに、先のことを知っていても失敗はするのだから、たかだか、占いで出た結果の解釈を少し失敗したからといって、気にしていたらこの世界だろうと現実の世界だろうと生きていけるわけがない。メイドや原作キャラのみんながあれほどシトンのことを好きなのに、致死性の八つ当たりをしている意味がなんとなく分かった気がする。
つまり、馬鹿は死ななきゃ治らない……それでも、治らない馬鹿なら何度もその機会を作ってなんとしてでも馬鹿を治したい。
そういうことなのだ。みんなが殴るから私も、ついでに、ポンズも雰囲気に飲み込まれて殴っていたが、殴っていたのは、どうしてもこのうじうじっとしたうっとうしいところを治してもらいたかったから、あそこまで、ちょっとした日常の中でもぶっ飛ばしていたのだろう。
さっきも思ったが、本当にウザイ。少しは自信をもって欲しい。だからといって、自信満々のシトンもウザイ気がするが、すごい矛盾を抱えた言い方だが、変わって欲しいし、このままでもいいしで、なんていうか、もう殴り飛ばす以外にどうしようもない気がしてくる。
ポンズが私よりもあの空気になじんでいたのは、シトンが出来る人だと知っていたからなのだろう。一緒の部屋で寝たときに、本当にうれしそうに幻獣ハンターとしてすごい人だと言っていたから、こんな現代日本人のうじうじを見せられれば、現代日本人を知っている転生者の私ならそんなもんかだろうですむが、そんなことを知らないポンズは、今の私みたいに心の衝動に身を任せて、八つ当たりと分かっていても八つ当たりをするしかなかったのだろう。やれば出来るというところを見た私も殴り飛ばしたい気持ちを抑えるのが精一杯だ。
「うじうじせずに、さっさと切り替えて何かをしようよ。これからヨークシンもあるし、今回のことで組織と仲違いしたんだから、そこもみんなに相談しないといけないでしょ」
問題をちょっと先送りにすることにした。シトンとの付き合いが数十年にも及ぶメイドのみんなに任せた方がいいだろう。特に実家の話になるのならなおさらだ。私は詳しいことは知らないのだから……そこが少し仲間はずれにされているようで、何かが嫌だ。私だって、軽々しく言えないことだということは分かるが、少し相談してみようと思う。
今回のことで、このスケベで情けない男、少し頼りになる男について知りたくなった。
ただ、話を切り上げたときにシトンが何かを言いたそうにしているのが気になった。結局何も言って来なかったが、何かを隠しているのが分かってさらに疎外感を感じたが、先送りにすることにした。さすがに、こんな格好で男と二人きりは嫌だ。たとえ気になっている男だとしても。
今回はソラリアのデレ期を書きたくなりました。
ただこの一言で終わってしまいます。
そんなことに、一話丸々使うなということを言われそうですが、ご容赦を。
こんな作者ですが、これからもよろしくお願いします。
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