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第1話


「……はい、うん……うん……わかった。がんばるよ……また」


毎日のように親からかかってくる電話が終わった。


大学に合格して一人暮らしを始めてからしばらくして引きこもっている部屋を見渡した。


ごみ屋敷にはなっていないが、漫画にゲームにフィギュアとまんまな部屋だ。


昔から友人を作るのは苦手で、個人的な話はクラスの中の数人しかしたことがなかったなど、片鱗を見せていたと思う。


大学でグループに入るのに失敗してから、こうなるの時間はかからなかった。


昔は引きこもりを馬鹿にしていたが、なってしまうと本当に他人とかかわるのがいやになってくる。


親からの電話でさえわずらわしいもの以外の何者でもなかった。


この生活を続けて自分でもどうにかしないといけないと思いつつ、明日から明日からと今日までずるずると来てしまった。


しかし今日からは違う。


なぜならすでに行動しているからだ。


親がかけてくる電話はいつも家の中で受けていたから携帯電話の意味がなかったが、今日は外で電話を受けているという快挙を成し遂げている。


そう今日は一念発起して、山に来ているのだ。


家から外に出るどころかまともに太陽を見たこともなかったが、それではだめだと行動に移したわけだ。


太陽を見ると力が向けるような気がするので、夜明け前、つまり、一番自分が活動しやすい時間帯から山登りを始めたのだ。


周りから見ればあほな行動に見えるが、こうでもしないと外に出る気力がない。


本当に何年も太陽を見た記憶がないのだ。


にもかかわらず、山頂で朝日を見て、中天にかかる太陽を見ている俺が居る。


すばらしい進歩だ。


これなら苦手な人間関係もどうにかできる気がする。


明日からは、通販じゃなくて店員と話して物を買えるかもしれない。


今まで初日の出すら見たことなかったが、この景色を肌で感じたことがなかったのは損していた気がする。


登っている途中は何でこんなことしてるんだろうと思ったが、この景色と引きこもりからの脱却という目標を強くもてたことを考えるとなんでもないような気がしてくる。


本当にこれからは、何でもできそうな気がする。


これなら降りるときは初心者コースじゃなくて登山者コースで降りていけるはず、いや、絶対にできるはずだ。


まずは自分を信じることからはじめるべきだ、とか誰かが言ってた気がする。


「よーーし、俺は今日から生まれ変わるぞーーっ! 登山者コースで帰ってやる!!」


俺は気合を入れるために太陽に向かって宣言した。


後から考えると、徹夜と疲労、山の上のせいで酸欠にもなりかかっていたんだろう。




このとき少しでも考える頭があれば、いや、引きこもりの自分が山登りなんて絶対できないと思っていたことをやり遂げたんだから、どうあっても調子に乗って登山者コースを降りていただろう。


こういう言い方は変だが、俺の好きな漫画でよく言われた運命とかいうやつだったんだろう。




あほみたいな大声を上げてからゆったりと周りの景色を楽しみながら下っていた。


登山者コースは初心者コースと険しさはまったく変わっていないように感じて、俺は自分がひとつ成長したせいでつらくないんだ、とお気に入りの歌を歌いながら歩いていた。


もちろんその歌はアニメソングだったが、人とぜんぜんすれ違わないので最初は鼻歌程度だったが、だんだんと声に出して近所迷惑なほど大声を出していた。


これほど大声を出したのは、小学生のころの音楽会、いや、一度たりともなかったかもしれない。


それぐらい俺は機嫌がよかった。


きっと、すれ違う人が居ても歌うのをやめず、それどころか大声で挨拶できるぐらいに気持ちが大きくなっていた。


特にさっきから道の横に見えるテレビで見たことはあっても自分ではまったく見たことがない、絶壁はすごかった。


少し高所恐怖症であるいつもの自分では覗き込むことができなかっただろうが、歌いながら余裕で覗くことができているところも自分が生まれ変わったようで、これからの自分は何でもできるんだと自信が出た。


自信なんてあるかと聞かれたら今まではそんなのあるわけないだろ、と自信がないことに図星を刺されたみたいで声を荒げていたが、今ならあるとか、声を荒げずに余裕を持って自分にできないことを認められそうな、いい気分だった。


だから、いつもは絶対にしないようなことをしてしまったんだろう。


そう、絶壁を身を乗り出して覗こうとするなんていう、ありえないことを。


そして、俺は落ちた。


当然だった。


徹夜に疲労でぼろぼろで体を支えられるほど力が残っていなかったし、高いところが苦手で恐怖で体がこわばってさらに力が出ない状況だったのだから。


即死をしなかったのが不思議なくらいにいろんなものにぶつかって止まった。


最後に目に見えた光景は崖の途中に生えていた木の枝だった。


その後感じたのは自分の体がまったく動かないこととまっくらだったことだ。


最初は自分に何が起こったのか、いや、何一つ思い出せずたまに見る変な夢と本気で思ったことだ。


なぜなら、ふわふわしていて流れるプールで浮き輪の上に乗っているように気分がよかったからだ。


そのとき、俺は目が覚めたら何の漫画を読もう、何のアニメを見よう、いや、今日は久しぶりにゲームでもやろう、と寝起きのぼけっとした感じで家の中ですることを考えていた。


夢の中までも引きこもりだなあ、と考えつつまずはこの間買った漫画を読み直して、それから、久しぶりに熱血系のアニメでテンションでもあげるかと結論を出した。


このとき、親からの電話がアニメ見てるときにかかってきたらいやだなあ、と頭をよぎった瞬間に全部思い出した。


俺は今日山登りをしていたことを。


そして、何よりも思い出さなければいけないことを。


そう、俺は崖から落ちたことを。


その瞬間俺は自分の体を真上、いや、全方位というかテレビで倒れている人間を写したときみたいに見た。


それは本当に一瞬だったが、何より鮮明に見えた。


さっきと同じようにまっくらだったが、自分がどういう状況に居るのかを理解できた。


本当にあわてたら何もできないというように、何も考えることができずに頭の中でさっきの自分お姿を思い描くことしかできなかった。


それから何時間。いや、本当は数分、数秒とか、もしかしたら走馬灯のようにコンマ何秒かの間だったかもしれないが、俺には何もできないということがわかった。


なぜなら、もしもあのときの映像が本当に幽体離脱離脱したように自分自身を見ていたのなら助かるわけがないからだ。


腕や足がきちんと見えなかったからだ。


左腕は普通にひじで曲がっていたが、右腕はひじから先が見えなかった。


足はぴったりくっついていて一本にしか見えなかった。


体にぴったりくっついていたから体の下にあるのかもしれなかったが、俺はなぜか右腕がないということを感じた。


そして、足は両方くっついているがつぶれてひとつにくっついていると感じた。


そう思ったときに俺は、感じるだなんて俺は漫画のキャラかよ、と自分で突っ込んでいた。


そんなことしているべきではないのに。


だが、俺はその漫画のキャラみたいに自分はもう助からずここで死ぬんだ、と理解していた。


これじゃあ死ぬことで主人公を成長させるちょい役みたいだ。


これで、ちょうど誰かが助け起こしながらがんばれ、死ぬな、と声をかけてくれれば満足げに笑って死ねる、と思った。


そんな馬鹿なことを考えながらそのまま全身の力を抜いた。


すでに体の感覚なんてまったくなかったがそんな感じだった。




ふざけんな!


漫画のキャラなら後を主人公に託して満足して死ねるかもしれないが、俺は見取ってくれる人も居なければ、やりたいことがそれこそ腐るほどある。


漫画も読みたいし、アニメも見たいし、ゲームもしたい。


今日の目標みたいに引きこもりをやめたいし、もちろんせっかく苦労して入ったのだからきちんと大学を卒業したいし、会社に入って仕事をしたい。


ほかにも、一度もできたことがない彼女が欲しいし、デートのどきどきとかも感じたいし、セックスだってしたい。


それこそ、なんでもしたいことがある。


そう思うと体がじんじんと痛み出してくるが、いつもは少し怪我しただけでも痛がっていたのにそんなものも気にならず、体をどうにかして動かそうとするが何の反応も返ってこない。


ただただ感じるのは体から流れ出ていく血と身震いしたくなるほどだんだんと増す寒さ。


いや、これはちがう。


流れ出していくのは血ではなく生きるためのエネルギーのようなもの、増してくる寒さは近づいてくる死への恐怖。


それに気づいた俺は今度こそわけがわからなくなって何もできなかった。


さっきまでの何もやる気がないから何もできないのではなくて、自分が何をできたのか、体の動かし方でさえ忘れた。


いや、何を忘れたのか何をしたかったのかさえわからなかった。


ただただ、思っていた。


自分のすべてを忘れてもひとつだけ思っていた。


まだ死にたくない。


まだ死にたくない。


まだ死にたくない。


まだ死にたくない。


ただただこれだけしか考えていなかった。




俺は、まだ死にたくない。






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