あるところに、ひとりのオヒメサマがいました。
おとうさまとおかあさまに守られていましたが、悪魔――それは少女だった彼女がまだ知らなかっただけで、人間の心に潜む、醜く、それでいてその根源となる本性なのです――が現れ、オヒメサマはひとりぼっちになってしまいました。
オヒメサマは、悪魔によって、呪いの針を刺されました。彼女はずっと、それは罠に掛かって刺されたものと思っていました。
だけど、本当は自分で手を伸ばしたのかもしれません。自分で分かっていてそれに触れ、その呪いに掛かったのかもしれません。
そしてオヒメサマは永い眠りにつきました。
その間に、オヒメサマは大人になりました。永い眠りについているうちに、周りはすっかり変わっていました。いつしか夢の中で、自分が眠っていることも忘れていました。
そしてオヒメサマはひとりぼっちで眠っていることが寂しかったので、自分よりも弱い者を助けようと手を差し伸べ、自分が寂しくならないために利用しました。
だけど夢の中にいるオヒメサマには、そんな自分の汚さなど分かりません。
だけど百年も眠ったままでいる寝ぼすけのオヒメサマを、外の世界が許すわけがありません。だって彼女は、もう大人なのですから。
外の世界は、彼女が未だに眠っているのはおかしいと責めたて、起こそうとします。
オヒメサマは嫌がりました。本当は、眠ったふりをしていただけだったというのに。
しかし彼女は、ある日気付きます。私は目覚めかけている――ということを、ついに意識し始めました。
そして、運命の日――目覚めのキスを施されました。
それはオヒメサマがあの日助けてやった、弱い者からでありました。いつの間にかかれは、眠っていて何もしなかったオヒメサマよりもずっと強く、彼女を守れる存在になっていたのでした。
しかしオヒメサマは、それでも逃げ続け、狸寝入りをしています。
目覚めのキスを受けてからも、まだ針が刺さった瞬間を思い出しては怯え、起きるのを恐がっていたオヒメサマでしたが、それでも、起き上がらないことには、本当に幸せにはなれないと、本当に欲しいものは手に入らないと、ひとりぼっちからは永遠に抜け出せないと。
オヒメサマはずっと傍に在った大切なものに気付いた時に、ようやく分かったのでした。
そして彼女は、今、ようやく、目覚めのキスではなく、自らの力で目覚めました。
彼女の眠りを守っていた頑丈な茨も徐々にほどけ、消えていき、城の扉は朝日に向かって開かれました。
そして、それから――。
・・・・・・・・・・
「いっつまで寝てんだよ!!」
三年後。一人の背の高い青年が、怒号と共に三十路の女が眠る布団をひっぺがす。
「うるさいなあ……もう若くないんだよ、二回も三回も『されて』起きれないよ……。あーだるい……」
青年の部屋で寝たぼけていた、キャミソールに下着姿の女が剥がされようとする布団に縋りつきながら文句を垂れる。
その言葉に、内心、俺の所為かよ、とぐっと押し黙ってしまう大学生の青年であったが、朝のこの忙しい戦争の時間に迷っている暇はない。
「あー、そりゃ悪かったな。嫌ならもういーだろ! とっとと着替えて朝メシ食え!」
いつもどおり怒鳴る青年の声に、女はへいへいと軽く首を竦める。
朝が弱いのは何年経っても変わらない。寧ろ年齢のため疲れが次の日に残ってしまう分、更にだるく感じる。
……だけど、
「嫌、じゃないよー」
後ろから聞こえてきた飄々とした女の声に、青年は一瞬立ち止まって振り向く。彼女はベッドの上に起き上がるとへらりと笑って彼を見ていた。
「……」
相手のペースに翻弄させられている関係も、今でも変わりはなく、
「早くしねえと、知らねえぞ……」
負けた、と言うように舌打ちをして彼――源二はそう呟くと、部屋を後にした。
彼の匂いが残る布団の心地よい肌触りに別れを告げながら、女―― 一夜は床に散らばった彼女の服を手に取り、春の朝の光の中、立ち上がった。
――こんな何気ない、当たり前の風景、匂い、生活、息遣い、をとても愛しく思う。
眠りこけていた、あのネムリヒメはもう何処にも居ない。
もしかしたら、また呪いの針に自ら刺さってしまう日が来るかもしれないけれど、今度はそうなってもきっと大丈夫だろうと、なんとはなしに自信を持てるようになったほど、今は幸せなのだった。
きっとこういうのは、こう終わるのがいいんだろう。
――めでたし、めでたし。――
~END~
終わりました……ENDマークを無事につけられましたことを、心より嬉しく思います。
ここまで書けたのはひとえに読者の皆様のおかげです。最後まで読んでくださった皆様、途中応援メッセージや感想をくださった皆様、本当に本当にありがとうございました!!
このお話で初めて長編現代恋愛ものに挑戦したのですが、非常に難しかったです。これ以前の作品ではギャグファンタジーしか書いてこなかったので(あとは時代劇とか好き…)、かなり変わった漫画的なキャラでありリアルや純愛とはほど遠い現代恋愛ものであったと思います。それでもここまでお付き合いくださった皆様にはいくら感謝してもし足りません!
「ネムリヒメ」というタイトルは「子供だった源二が一夜を立場逆転して恋愛(性的)に目覚めさせる」という目的からだったのですが、でもやはり長編作品としては「主人公や登場人物を変化、成長させたい」という気持ちになり最後はあのような展開になりました。
もしかしたら感動的な展開?を考えるなら一夜と源二は互いの成長のために離れるべきかもしれないとか途中考えましたが、この世知辛い世の中だからこそ、たとえ漫画みたいでも小説の中だけでも幸せでありたい、変わらないものがあると信じたい、そういったことを作品で表現できたら、と思っています。というわけで、年の差はありながらもハッピーエンドといたしました。
また「こんなキャラありえねえよー」と思われたかもしれませんが、この話は自分が関わったりお世話になった周囲の人々を男女年齢問わず思い出しながら書きました。ですのでこの広い世の中、こんな考えの人もいるんじゃないのかなと思ってやっていただければ幸いです。それぞれのキャラに複数のモデルとなる人々がいますので……。
そして読者様からのありがたいリクエストを受け、こちらの作品には2つの続編があります(いずれも完結済)。第1弾はムーンライトノベルズさん(18禁)で最終話直後からのお話の「ネムリヒメ。の恋~目覚めて、それから~」、続編第2弾は小説家になろうさんで最終話から2年半後のお話の「ネムリヒメ。の日々是好日」(15禁)。
15禁の方は目次からリンクを貼ってあります。18禁の方はhttp://novel18.syosetu.com/n7859d/となります。あえてリンクを貼っていませんので、お手数をおかけして申し訳ないのですが、ムーンライトノベルズさんで、「ネムリヒメ」または「takao」でご検索願います。もしくは個人サイトの18禁コンテンツからはリンクをしていますので、そちらからお読みいただいてもかまいません。興味持っていただけましたら、どうか読んでやってくださいませv
(ちなみに余談ですが他にもいくつか作品がありますが、「カマクラ」というギャグファンタジーは、実はこのお話のパラレル版となる和風ファンタジーです。「カマクラ」を原案として先に書き、その主人公二人を現代ものにしたのがこちらのお話になったりします(キャラクターは一緒ですが、名前は違います)。こちらもなんちゃってギャグファンタジーがOKでしたらよろしければ、作品ページや個人サイトの方からご覧くださいませ……)
この物語が皆様の心にどのように伝わったかはわかりませんが、一夜と一緒に少しでもドキドキしたり、ほんわかした気分になってもらえれば本望です。励ましてくださったりご意見をくださったりした皆様、この作品を楽しんでくださった全ての皆様に深く感謝申し上げます。
社大(takao)
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