ネムリヒメ。(56/57)PDFで表示縦書き表示RDF


ネムリヒメ。
作:takao



《完結》終〜そして、それから〜


 あるところに、ひとりのオヒメサマがいました。
 お父さんとお母さんに守られていましたが、悪魔――それは少女だった彼女がまだ知らなかっただけで、人間の心に潜む、醜く、それでいてその根源となる本性なのです――が現れ、オヒメサマはひとりぼっちになってしまいました。

 オヒメサマは、悪魔によって、呪いの針を刺されました。
 彼女はずっと、それは罠に掛かって刺されたものと思っていました。
 だけど、本当は自分で手を伸ばしたのかもしれません。自分で分かっていてそれに触れ、その呪いに掛かったのかもしれません。

 そしてオヒメサマは永い眠りにつきました。

 その間に、オヒメサマは大人になりました。
 周りの環境も、永い眠りの中でいつの間にか変わっていました。
 いつしか夢の中で、自分が眠っていることも忘れていました。

 そしてオヒメサマはひとりぼっちで眠っていることが寂しかったので、自分よりも弱き者を助けようと差し伸べた手を、自分が寂しくならないために利用しました。

 だけど夢の中にいるオヒメサマには、そんな自分の汚さは分かりません。

 だけど百年も眠ったままでいる寝ぼすけのオヒメサマを、外の世界が許すわけがありません。
 だって彼女は、もう大人なのですから。
 外の世界は、彼女が未だに眠っているのはおかしいと責め、起こそうとします。
 オヒメサマは嫌がりました。本当は起きかけていたのに、眠ったふりをしていただけだったのです。
 しかし彼女は、ある日気付きます。本当は自分は、目覚めかけていることを意識し始めました。

 そして、運命の日――目覚めのキスを施されました。

 それは、あの日助けてやった弱き者でありました。いつの間にかそれは、眠っていて何もしてこなかったオヒメサマよりもずっと強く、彼女を守れる存在になっていたのでした。

 しかしオヒメサマは、それでも逃げ続けて、狸寝入りをしていました。

 目覚めのキスを受けてからも、またあの針が刺さった瞬間を思い出しては怯え、起きるのを恐がっていたオヒメサマでありましたが、

 それでも、起き上がらないことには、本当に幸せにはなれないと、
 本当に欲しいものは手に入らないと、
 本当のひとりぼっちから抜け出せないと、

 オヒメサマはずっと傍に居た大事な者に気付いた時に、ようやく分かったのでした。


 そして彼女は、今、ようやく、

 目覚めのキスではなく、自らの力で目覚めました。


 彼女の眠りを守っていた、頑丈な茨も徐々に解け去り、城の扉は朝日に向かって開かれました。


 ――そして、それから――。


 ・・・・・・・・・・

「いっつまで寝てんだよ!!」

 三年後。一人の背の高い青年が、怒号と共に女の眠る布団をひっぺがす。
「うるっさいなあ……もー若くねえんだよ、二回も三回もされて起きれるかよ……あーだりい……」
 彼女の部屋ではない部屋で、キャミソールに下着姿の女が、剥がされようとする布団に縋りつきながら文句を垂れる。
 その言葉に、内心、俺の所為かよ、とぐっと押し黙ってしまう大学生の青年であったが、朝のこの戦争の時間にそんな世迷言を言っている暇は無い。
「あーそりゃ悪うござんした。嫌ならもーいーよ! とっとと着替えて朝メシ食え!」
 いつもどおり怒鳴る男の声に、女はへいへいと軽く首を竦める。
 朝が弱いのは何年経っても変わらない。寧ろ疲れが次の日に残ってしまう分、更にかったるい。

 ……だけど、

「嫌、じゃないよー」

後ろから聞こえてきた飄々とした女の声に、男は一瞬立ち止まって振り向くと、女はベッドの上に起き上がってへらりと笑って彼を見ていた。

「………」

 相手のペースに翻弄させられている関係も、今でも変わりはなく、
「……早くしねえと、知らねーぞ…」
負けた、と言うように舌打ちをしてそう呟くと、男は自分の部屋を後にした。
 自分でない布団の心地よい手触りと匂いに別れを告げながら、女は散らかった自分の服を手に取り、春の朝の光の中、立ち上がった。

 ――こんな、何気ない、当たり前の、風景、匂い、生活、息遣い――をとても愛しく思う。

 眠りこけていた、あのネムリヒメはもう何処にも居ない。
 もしかしたら、また呪いの針に、自ら刺さってしまう日が来るかもしれないけれど――今度はそうなってもきっと大丈夫だろうと、なんとはなしに思えるようになったほど、今は幸せなのだった。

 きっとこういうのは、こう終わるのがいいんだろう。


 ――めでたし、めでたし。――



    〜END〜


 ※「あとがき」は次のページになります。







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