何秒かの沈黙の後のことだった。
「――や……っ」
一夜の言葉に彼がどう触発されたのかは分からない。だが一夜が彼女の本心を呟いた数秒後、源二の身体が覆い被さるように押し付けられ、少し汗ばむ身体同士を密着させられた。
彼のその引き締まった腕は一夜の身体の両脇にあり、鉄柵を握り締めて彼女のことを逃すまいとしていた。頭を撫でられているうちにいつの間にか源二の方を向いていた一夜は、駐車場の鉄柵に背中を軽くぶつける形となり、そこに鈍い痛みが走った。
一夜は思わず拒むように、肩に当たっている相手の胸に震える手を置いた。
・・・・・・・・・・
一夜からの告白を聞いた源二の頭の中は、沸騰したようにぐらぐらと揺れていた。
――今、一夜は何て言った? 俺に都合のいい幻聴か?
彼も以前から何とはなしに、男である自分が頼りにされていることも、一夜の寂しさにも気付いていた。
だが、これほどはっきりと言葉にされると、否が応でも期待してしまう。
そしてこんな愛の告白まがいの言葉を言う相手に、長年片思いをしてきた身としてはやはりたまらない想いになり――、気がつけばまた彼女に触れてしまっていた。
――だけど……。
己の腕の間に一夜の細い身体を閉じ込めた源二であったが、ふと頭のどこかで冷静に考える。体の方は十分に熱いのだが、このあたりが慎重と言われる所以だろう。
――一夜のこれは恋愛感情なのか? あれだけ恋愛から逃げてきた女が、こんなに簡単に、こんなことを口にするか?
こんな風に相手の気持ちをつい勘繰ってしまうのは、一夜に散々相手にされてこなかった彼の切ない過去による。
単純に、一夜も自分のことが好きなんだ、とは思えない。第一、そうであれば、多分もっと早く落とすことが出来ているだろう。
それでも今、彼女から言われたことは素直に嬉しく、より彼女を愛しく思った。しかし結局何のつもりでそう言ったのか源二には理解出来ない部分もあったため、愚問だなと思いつつも腕の中の一夜に今一度尋ねた。
「前も聞いたけどさ……それって、何なんだよ。――恋愛感情?」
直接的な言葉を耳に低く吹き込まれたからか、一夜はびくんと身体を竦ませた。
「ごめん、わかんない……」
その答えは予測はしていたものの、やはりがっかりしてしまう。
「っていうか…それより……」
俯いたままそう言う一夜の顔は源二には見えないが、どうやらかなり恥じらっているようだった。
「まだ、明るいし……、周りから見えちゃうと、思うんだけど……」
言うことで益々恥ずかしくなったらしく、一夜は口ごもり更に身を縮めた。
――どうやらこの体勢のことらしい。離してくれということか、と源二は理解した。
人の視線はまだ感じていないが、「そういうこと」をしていると遠くからでも分かるかもしれないな、と源二は相変わらず表情だけは朴訥とさせたまま考えていた。この体勢に彼の身体にも色々と変化が生じていたとしても。
恋愛感情かどうかは分からない、だがこの格好は恥ずかしいからとりあえずやめて欲しい――ということか。
「だから、外で話そう、って言ったのに……」
なおも抵抗しようと、一夜は源二の胸の手に力を込めるが、何の抵抗にもならない。
そしてこんな内容は家で話し合えばいいのに、と源二は最初から思っていたのだが、一夜が外を指定した理由がここで分かった。
――成程、この前のように自分が暴走しないよう牽制した訳か。強姦まがいのことをしそうになったことを思い出せば、それも納得出来る話だ。
恐がらせて悪いな、と思う反面、一夜らしい防衛線だ、とも思う。残念かどうかは別として……。
どちらにしろこういう日頃見られない一夜の「女」の表情は珍しく、それこそ単純に可愛らしいと源二は思ってしまう。だから自分でもくだらねえなあと思いながらも、ついこんな戯れも言ってみる。
「別に外だからって何もできねーワケじゃねえだろ」
「……っ!」
また一夜がびくんと身を反応させる。それは彼としては半分本気であったが、残りの半分は、脅しや牽制や少し苛めてみたくなったからとか――諸々の感情からの、それだった。
また沈黙となったしばらくの後、源二は苦笑交じりのため息をひとつつくと、名残惜しそうに一夜の両側についていた腕を離した。
そして元のように彼女の横に立ち、少し前かがみ気味の姿勢で再び鉄柵に凭れ掛かった。
・・・・・・・・・・
戒めを解かれた一夜は、再び訪れていた貞操の危機が去ったことに、音を立てないよう大きなため息を吐き出した。
彼にこうされてもおかしくないようなことを言ったのは一夜の方からなので、今度は自業自得だと思っている。それに触れられるのもニ度目であったので、それこそ叩いてまで拒絶反応を示すことはしなかった。
こういう雰囲気になることも覚悟の上であの言葉を告げたからだ。家だとなし崩し的にどうされてしまうか分からなかったので、だから外で話をしたのだが、意外に彼は大胆だった……。
それはさておき、人に見られて恥ずかしい状況は終わったので、一夜は源二の質問に答えることにした。言いたいことだけ言って自分はよくても、彼には納得出来ないだろう。
「……確かに、ね、いい年こいて和歌ちゃんにやきもち妬いたりしたよ。源二には他の子とはしてほしくない、特別に思って欲しくないって思った」
自分だけを――などという言葉は恥ずかしく、おこがましくて言えないが、それはただの独占欲だ。
「でも、その、じゃあ私が源二と……したいのかとか、突飛な話でごめんだけど、結婚したいのかとか言われると、よく分かんなくって……。私にはどこからが恋愛感情で、どこからがそうじゃないのか、ほんとによく分からないんだ……」
「……」
源二は黙っていた。彼に何かを言われる前に、一夜は早口で捲くし立てる。
「いい年こいてって思うよね? 中学生じゃないんだしさ!」
――自分でも情けないと思っていた。こんな女をどうして源二はいいと思ったのだろう。まったくもって分からない。
「でも、さっき言ったのは、本当のことだよ。重いかもしれないけど……、私が本当に思っていることだから。だからよく分からないけれど……、あれから、どうすればいいか、考えた」
源二とてまだ十七歳で恋愛経験など豊富ではない。このどのマニュアルにも載っていなさそうな一夜を、どうしてやるのがいいのか分かるわけもない。
一夜もそれは分かっていた。大人なのは自分の方なので、そこまで彼に甘えるつもりはない。
だから源二に告白のようなことをされてから「覚悟」してきたことを、本当にこれが正しいのかどうか分からない中であったが、一夜は思い切って彼女の方から口にしてみた。
「もしも、源二がほんとに、その、私のこと……、好……よく思ってくれるんなら、そのさ、おためしで、付き合って……、みないか、と……」
「はああ!??」
ぶつぶつと呟かれた一夜の意外な提案に、そのような答えを予想もしていなかった源二の声がひっくり返った。
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