第27話 告白!?(2)
一夜は海を見つめながら、言葉を探しゆっくりと語り始める。
「――あの、ね…今日、バイト先の方から電話もらった時、すごくドキっとしたんだ」
胸が締め付けられるような、恐怖を感じた。
それは一種のフラッシュバックかもしれなかった。
「母さんが、突然倒れて病院運ばれて、そのまま死んじゃった時の電話、思い出してた」
「……」
「いや今日のはさ、実際、七針縫っただけだし、死ぬわけじゃないし、大騒ぎするほどじゃなかったんだけどさー、」
早とちりをした自分を笑うように話す一夜の声を、源二は黙って聞いていた。
「ただあの日のことと重ねちゃっただけで――、だからって母さん死んだ時、私もう大人だったし、同情とか別に誰かにして欲しいわけでもないし、する必要もないし、源二なんて小学生の時に親御さん亡くしてるんだし……」
彼のことも引き合いに出して話をするのは嫌だったが、泣いた理由を言えと言われたのだから仕方ない。
一夜は言いながら自分の幼さに苦笑した。
「――ただ単に、『思い出してびっくりして、泣いちゃった』、それだけのこと、なんだけどさ……」
――そう、本来ならば、それだけなのだ。
しかし、この未熟な自分はそれだけではなかったのだ。
『それ』を、この少年に告げてよいものだろうか?
だが、彼がもしも本当に自分のことを好きで、自分と対等な男女の関係になりたいと求めるのであれば、自分も自分の本心を見せなければ、そういう関係は成立しないと一夜は思っていた。
でも本当に、庇護すべき源二を自分が対等に見てしまってもよいのだろうか。
この子に弱い自分を見せて、ぶつけて、甘えてしまうことは大人として許されるのだろうか?
恋愛関係になるということは、そういうことではないのか?源二はそれすら含めて、自分と身体の関係を結びたいと思ってくれたのだろうか。
それに確信を持てない一夜は次の言葉を言いよどみ、迷い、俯いて黙った。
――その時。
不意に隣から伸びた大きな手に、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「――…」
一夜の顔から作り笑いが消えた。
思わずその手を差し伸べた、腕一本の距離にある隣の少年を見上げた。
それはまるで大人が子供にするように、――いや、そうじゃない。これは、同じ立場だから、同じ『ひとりぼっち』だから、あの日から一緒に生きてきた『同志』であるから、こうしてくれている――。一夜はそう直感していた。
そして自分を見ていないそのむっつりした表情は、『口下手だから何を言ったらいいのか分からない、だから余分なことは言わない』という彼らしい考えが表れているような気もしていた。
思った以上に、大きな手。
暖かい――頼りがいのある、手。
言葉は何もないけれど、この人ならば自分のことを誰よりも分かってくれるのではないか、と錯覚してしまいそうな程の絶大な安心感が、今、一夜の胸に広がっていた。
まだ高校生の少年に、自分は何を期待しているのだろうと情けなくもなるが、家族を失くしてからようやく手に入れた、たったひとつ手元に残ったこの手だけは、どうしても離したくなかった。
その手は自分があの日引いてきたままの、子供の小さな手だと思っていた。
だけど時は流れ、大人のそれと変わらない、自分よりも大きく力強い、『男性』のそれとなっていた。
それを意識した一夜の心臓が、どくん、どくんと大きく波打つ。
その大きな手に触れてしまいたくなった。
寧ろ、子供のように泣いて縋ってしまいたかった。
このまま、永遠に、この時が続けばいいと思った――。
一瞬だけだと分かっている、その手のぬくもりを頭の上に感じながら、一夜は思わずぽつりと呟いてしまった。
「――…ひとりぼっちは、もう、嫌だったんだ……」
源二は無骨に頭を撫でていた手を止めると一夜を見た。
――ダメだ、言ってはならない。
自分が庇護すべき子供に、これは言ってはならない。自分は大人だから、甘えてはならない。
一夜はずっとそう思ってきた。
だが今まではこんなことを告げる必要がなかったくらい、こんなことを自分が思っていたことを自分でも知らなかったくらい、思った以上に彼との日々は楽しいものであった。
だけど奥手な自分に突然突きつけられたこの聖域の外の現実に、自分の心は揺さぶられた。
そして聖域の内部にいた少年本人に、自分を『女』として求められていた事実を知った。
その中で自覚した、自分のひとつの想い。
本来ならば言ってはならない自分のこの感情であったが、今までひたすら己を押し殺してきた彼の想いをこれ以上抑えつけることが、源二の幸せを望む自分にはどうしても出来なかった。
つまり彼の想いを認めてやり答えてやるには、たとえ間違っていても、大人や子供の立場を抜きに、自分も『自分』という一個の人間として、自分の想いを彼と同じように伝えるしかないと思った。
――それが一夜の『覚悟』であった。
しかしそれにより、今度こそ全てが壊れるかもしれなかった。
自分に幼い恋心を抱いてくれた源二だが、自分の本心を知れば自分を重く感じ、一歩引いてしまうかもしれなかった。
恋などしたことないからこれでいいのか分からないが、それでも彼が自分に本心をぶつけ、自分を求めるならば、逆に嫌われることになっても、自分も正直に答えるべきだと不器用で真っ直ぐな性分の一夜は思っていた。
それでももしも、こんな弱く頑固で我が侭な自分が、奇跡的に受け入れてもらえることが、あるならば――その時私は、どんな気持ちになるだろうか。
でもやはり成人までは自分が守るべき子供に、そんな風に甘えてはいけないのではないか?
しかし『覚悟』と同時に、一夜がずっと抱き迷ってきたこれらの葛藤であったが、今、全てが、源二のこの優しく大きな掌により、脆くも簡単に崩れ去ってしまったのであった。
本能的に、救いを、その手に求めてしまった。
自分に触れながら、自分を見ているその眼。あの日見下ろしていた眼を、今度は自分が見上げていた。
――あの日、彼を救ったつもりで、救われたかったのは……、本当は私の方だったんだ。
そう思うと一夜は思わずまた泣きそうになり鼻の奥がつんと痛くなったがそれを堪えて、頭を撫でられたことによりぽろぽろと零れ出してしまったこの想いを、遂に源二に告げた――。
「ひとりぼっちは、もう、嫌だ……。誰かに、傍に居て欲しいんだ。…それが、源二じゃなきゃ、嫌なんだ…。ほんとは、ずっと――…そう、思っていた……」
「――……」
あまり表情を変えない源二の眼が、驚きに見開かれる。
言いながら、こんなの愛の告白じゃないか、と一夜は自分でも驚いていた。
だが、これが恋情であると言われるどこか違うような気がしていた。
何よりそんな簡単な言葉で表せるものではない気がした。この気持ちの正体が一体何なのか、自分でも最早分からなかった。
だけどこれは、一夜の心に永いこと眠っていた、何よりもの本心なのであった。
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