ネムリヒメ。(12/57)PDFで表示縦書き表示RDF


ネムリヒメ。
作:takao



第11話 嫉妬(後編)


 一夜はずぼっと布団を頭から被った。

 ――イヤだ!!

 いやだ、いやだ、いやだ!!!

 何がこんなに嫌なのか、自分でも分からない。
 だけどあの少年が誰かと『そういう関係』になっていると実際に想像した時に、何故だか許せなかった。嫌悪すら感じた。
 そんなのは仕方ないと、初めてあの少女に会った時から、いや源二を引き取った時からそう思っていた筈なのに――。
 それは依存的な母親や姉が息子や弟に思うそれなのか、それとも両親の離婚で『男』という性自体に嫌悪感があるからか、それとも別の理由なのか、自分でも――分からない。

 だけど、女の存在が気になって携帯まで見て、挙句に嫉妬しているなんて、こんなの――…!

 こんな、気持ちは知らない。こんな気持ちは、絶対に違う。有り得ない。
 十も離れた守ってあげなきゃいけない少年に、何を依存する?何を求めている!?

 だけど本当は、この聖域は誰にも壊されたくない。馬鹿みたいに幼稚な望みであり、独占欲。
 少年は優しいから、寂しがり屋の自分の傍に居てくれるけれど、心は誰か別の人を想っているかもしれない。だから事実、一時あの少女を選んでいた。
 そして相手を愛していなくても、十代後半の少年なのだ、自分の知らない『外の世界』で、抑え切れなかった欲求を満たしているかもしれない。
 だけど犯罪行為にならない限り、それは大人になりゆく彼の自由だ。初めて出会った時から、あの少年の幸せを、一人格としてこれから歩んでいく人生を、心から望んでいたのも本心なのに――。

 自分の気持ちが分からず、だからと言ってそれを相手にぶつけることなど許されず、一夜は泣きそうなくらい胸をズキズキさせながら、布団の中で苦しんでいた。
 その頃。風呂から上がった源二は、一夜は疲れて眠ってしまったのかと思い、片付けられていないビールの缶をやれやれとため息をつきながら捨てていた。

 ぐるぐるぐるぐる、吐き気がするほどの謎の目眩が、ネムリヒメを襲う――…。


 ・・・・・・・・・・

「おい、起きろ―」
「んー……」
 次の日の朝。
 遅くまで眠れなかったのでかなり眠かったが、比較的素直に起き上がった一夜に、源二は肩透かしを食らったような表情をしていた。
 流石に毎日あのハイテンションで起こされるのではなく、女性なので体調の変化が激しく、日によってはやたらあっさり起きたり、生気なく起きたりと様々なのである。
 だから今日もそういう関係の日なのだろうと源二もあえて突っ込まず、「早くメシ食って出てけよ」と声を掛けると、今日は部活の交流試合があると、ジャージ姿で学校がある日よりも早く出て行った。

 ぼさぼさの頭でキャミソール姿のまま、一夜は彼が作ってくれたいつもと変わらない美味しい朝食をもそもそと食べる。
 ぼーっとしているのは、やはり家族の携帯を見てしまったという罪悪感と、そんな酷い事をした自分への絶望が強いからだ。

 ……何やってんだろ、私……、最悪だな……。

 万が一、源二が一夜の携帯電話を勝手に見たとしても、別に自分なら怒らない。千菜との飲み会の約束のメールや、あえて恥ずかしいと言えば携帯サイトでろくでもないサイトをたまーに見ていたりすることくらいだろう。
 だから彼にやましいことがなければ、彼の性格ならば自分と同じように別に何も感じないだろうが、ああいうメールがあった以上、さすがに見られていい気分はしないだろう。

 夫の浮気の証拠を探す主婦じゃないんだから……。
 一夜は大きなため息をついた。


 どんなに落ち込んでいても責任ある社会人である。出勤したものの一夜は浮かない顔であったが、勤務先の施設に来る子供達や利用者の前ではそんな顔も出来ずに、笑わなくてはいけない。
 だけどデスクワークの最中や、僅かな休憩時間などはふと思い出してため息をついてしまう。
 仕事中は流石に千菜にもそんな話は出来ないが、頼れる彼女も今日は代休で居なかった。
 一夜がふと顔を上げると北條と眼が合った。ぼーっとしているのを見咎められた気がして、慌てて仕事に取り掛かった。

 ――そもそも彼に告白されてからだ。自分と源二の関係がギクシャクし始めたのは。
 二人だけで毎日暮らしてきて、楽しかった。
 だけどいつまでも一緒に居られないとこの男に指摘され、ゆりかごのような聖域は現実に揺さぶられた。

 自分は北條のことが男として好きな訳ではないし、源二もまだこの家に居てくれるとは言ったから、しばらく猶予が与えられ安心していたけれど、既に少年には特別な女性が居たのだ。
好きではない、別れたと言うものの、もしかしたら身体の関係は今もあるかもしれない。
またそれは少年も男であること、そして彼が自分との聖域の外にソレを求めていたことを表していて、恋人でもない自分達に北條が指摘したかったことはきっとそういうことなのだ。
 つまり一夜がちょっと中性的で男嫌いだというのもあり、聖域の中での自分達はあえて男だの女だの問わないで来たけれど、現実に二人は男であり女なのだ。自分はもう大人だし、もう片方も見かけは殆ど大人と変わらない。
 子供みたいにいつまでもこんな閉鎖的な空間で夢は見ていられない。『外』に現実の居場所を、自分が満たされる場所を、愛や欲の形で求めるようになる日が来るのだ。
 現に、源二は求めていたのだ。和歌の存在は、まさにそれを証明していた――。

 彼の行動をそう考えている一夜は、そのことに最もショックを受けていたのだった。
 当たり前だが、聖域の中にずっと居たいと思っていたのは自分だけだ。源二は優しいからその我が侭に付き合ってくれてはいるが、こうして彼自身も着実に成長している。
 彼はソレを求めていた。そして聖域の外に出ようとしている。
 それは彼の成長を願い、保護してきた大人として喜ばなくてはいけないのに……。
 この拒否感は何なんだろう。
 ただ単に自分が幼稚で我が侭でおかしいのだろうか。それとも――…。

 一夜はどうしてよいのか自分の気持ちがまるで分からず、仕事がひと段落ついたところで、無意識のうちに北條に自分から視線を送っていた。
 頼りがいのある上司に縋る様なそれを、北條は敏感に察知して振り向いた。
 眼が合って、彼は少し心配そうに自分を見た。
 こちらから見たくせに、思わずどきんとして一夜がふと周りを見渡せば、そこは事務所の隣の書庫で、丁度誰もいなかった。
 先に過去の書類を手に取り、その倉庫を出ながら北條はすれ違いざま一夜に囁いた。
「何か困ってるなら、相談に乗るが」
 一夜はこくんと頷いた。珍しくあまりに素直なその様子に、逆に北條の方が面食らってしまった。
「室長――、今日、夕飯食べに行きませんか?」
 全く色気のない誘い方ではあったが、今は脈なしとばかり思っていた相手に突然誘われた北條は思わず絶句し、その目をしばし瞬かせた。







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