序〜朝の風景〜
朝のまどろみの中、彼女を起こしてくれるのは、いつもひとりの男の声だった――。
が、
「いつまでぐーたら寝てんだよ!」
という御伽の国の眠り姫の妄想も打ち砕くように、現実はシビアに女の身に降り注いだ。
ぐーごぐーごとベッドの上で大の字に寝ていたうら若き女は、その怒号の主により、下のシーツを思い切り引っ張られ間抜けな格好でベッドの下に転げ落ちた。
「……いったいなあ……。もー少し優しく起こせないのかよ」
長くさらさらな黒髪の女性――黙っていれば相当な美人であるのだが、それも台無しになるような、ジャージ姿で床に胡坐をかき頭をがりがりと掻きながら、自分を起こした男――と言ってもネクタイ姿の高校の制服を着た背の高い少年――に訴えかけた。
「お前が優しく起こして起きるよーなヤツなら、前からそうしてる」
少年はそうつっけんどんに答えると、
「早く着替えてメシ食え、仕事遅刻するぞ」
とまるで母親のように、ぐうたらな女の世話を焼く。
「源二、今日の朝メシはー?」
女は躊躇いなく源二、と呼ばれた少年の前で着ていたTシャツを脱ぎ捨てながら尋ねる。
「白米、味噌汁、納豆、サケ、」
源二は舌打ちをしてそこから目を逸らしながら、自分が作った朝食の内容を連呼する。
「卵焼き食べたい」
早起きを得意とする少年にいつも朝食を作ってもらっているという低血圧の女は、今度は下のジャージを脱ぎ捨て下着姿のまま出勤用の服を漁りながら、尚も勝手なことを言うが、
「作ってある」
「さすがだね」
そんな自分に背中を向けて答えた、自分の思考をお見通しの少年の回答に、女…一夜は満足そうににんまり笑った。
これが二人が二人だけで生きていくこととなった、五年前のあの日からの朝の光景なのであった。
・・・・・・・・・・
このぐうたらな一夜でも、源二が家に来る前までは一人で暮らしていた。彼女自身も幼い頃から仕事で母親が居なかったので、別に料理が出来ないわけでもなく、現に今も夕飯は当番制で作っている。
……のだが、自分よりも朝が強く手際がよい源二に朝食と一緒に作ってもらった弁当を今日も持って(更に彼は自分の分の弁当も作っているらしい)、一夜はふらふらと自宅アパートから徒歩三十分の市の交流学習センターへと出勤していった。
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