挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
廃神様と女神様Lv1 作者:井口亮

第2部『二つの太陽編』

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

96/255

科学者が憧れたのは21世紀初頭だった。20世紀初頭って第一次世界大戦中じゃねーか。

 「竜ちゃんお願いだからやめたってな?な?俺、なんだかいたたまれないんよ」
 「神様仏様ロクロータ様本当にありがとうございます!何でもさせて頂きます!本当にありがとうございますですよ!」

 丸眼鏡緑太郎が大げさに俺を褒めそやすが素直に喜べない。
 俺の悪行が巡り巡って丸眼鏡に全部ぶつかったような気がするけど、多分、気のせいじゃないからだ。

 「でもさー?ぶっちゃけファミルラぶっ壊したのこいつだろー?やっちゃおーぜー?」
 「竜ちゃんも言ってたけどIRIA作った頭の可哀想……いい人なんやろ?このゲームからの脱出方法知ってるかもしれないだろうに。ここで叩いたらデスペナで記憶無くしちゃうわー」
 「そうなんです。叩かれると記憶がなくなるんです。だからどうかこれ以上、お願いですから叩かないで下さい」

 どこまでも卑屈にぺこぺこと赤い竜に頭を下げる丸眼鏡さんが哀れに思える。
 憮然としながらも椅子に座り直す赤い竜に俺はひとまず胸を撫で降ろすと丸眼鏡緑太郎に尋ねる。

 「まあ、そういう訳なんだ。俺らとしてはこのゲームに何で閉じこめられたのかだとか、このゲームから出るにはどうしたらいいのかってのが一番大事でどうにかなるんだったらどうにかしてもらいたい訳なんだよ天才さんよ?」

 肩をすくめて見せる俺に丸眼鏡緑太郎はふるふると首を振る。

 「正直、悔しいが私にもわからないというのが正しいな。現実世界であればどうにでもできたのだろうが、気分次第で世界のルールまで換えられる相手にどうすればいいのかは皆目見当もつかん。それにわかるだろうが私と無職童貞は『外側からゲームを終了させる』だけの能力があるからこのゲームに閉じこめられたんだ。デスペナルティはユーザーの記憶の抹消。自己記憶の抹消と周囲の環境からの隔絶。この二つを完遂してしまえば完全にNPCのできあがりだ。私とてこの世界に居る以上そのルールに縛られる形になる」

 俺はそこでふと疑問に思ったことを尋ねる。

 「……周囲の環境からの隔絶ってのは現実問題、どういう弊害が起こるんだ?俺はIRIAがネットにアクセスしてハッキングなり何なりして俺の個人情報を抹消していく話だと思っているんだが」
 「そんな生やさしい話じゃあない。本当に人間の『記憶』を消される」

 天才の言葉は俺の背筋を冷やすには十分の重さを持っていた。

 「無職童貞には会ったのだろう?だとしたら奴の能力についても理解はしているな?」
 「ああ。何でも言葉で相手を操るみたいな能力だろう?」
 「あれは別に特別な能力でも何でもない。催眠術だとか認識操作のようなもので一般人にもわかりやすく乱暴に纏めてしまうと強大なカリスマ性を発揮して相手にそう信じ込ませているだけの話だからな」

 それだけでも十分に魔法のようなチートにしか聞こえない。

「彼らのような人間の呼称は立場によって色々とあるみたいだが概念同一性認識乖離症とでもいう病気のようなものだな。特定概念と自己認識を同一に認識してしまい概念を枢軸に識域下に展開される認知現象に論理的齟齬を肯定したまま認識する上で、発する識域影響を他人を同調させて同時認識させるというもので、即座に否定的な論理を認識させられるとその効果が打ち消される。なかなか面白い体験をさせてもらったがまあ、言ってしまえばチートだ」

 言っていることがわかるようでわからない。

 「ただ、まあ、彼らの存在がそういったものであってもこのゲーム内に居る以上、事態を打開する上で何ら役に立つものではないだろう。彼らにできることは『論理をぶつけて相手の認識を書き換える』ことで、逆にこのゲームも『プログラムでプレイヤーの認識を操作している』ということで同一の手法を取っている。そして困った事に無職童貞はプログラム言語を全くこれっぽっちも理解できていない」
 「……となると、あいつが言っていた能力が無効化されるっていうのはプログラム言語しか受け付けないIRIA相手には通用しないって意味なのか?」
 「まあ、簡単に纏めるとそうだ。私も中国に住んで居たとき日本語で中国人に話かけても『こいつ絶対日本語わかってるだろう』という奴にも知らないフリをされたのと一緒だ。何を言われても『私、日本語わかりませんから』と言われてしまえば通用しないということだ。そして、私は最近、日本語で知人に話しかけても知らないフリをされてしまう」

 横でオウムがぷいっと顔を逸らした。
 いよいよもってわからんことが増えてしまった。

 「だが、原因をいくら調べてみてもそれは何の解決にもならない。私も、君達も今一番問題としているのはこのゲームからどうすればログアウトできるのかという一点のみだ。原因をいくら洗ったところでログアウトボタンが現れなければ意味がないだろう」

 緑太郎はそう言って大きな溜息をついた。
 そこで俺は自分の疑問をぶつけてみる。

 「そういや何で俺達がこのゲームにぶち込まれたんだ?ずっと引っかかってんだよ。あんた達2人はなんとはなしに理由は理解できる。あんた達はこのゲームを外側から強制的に終了させられるだけの方法を持っている。だから、このゲームに無理矢理閉じこめた。ってことはこのゲームを終わらせて欲しくないなんらかの理由があるはずなんだろう?」

 緑太郎はふむ、と頷き俺に答える。

 「結論から言うと、ここはIRIAの『実験場』だから、ということになる」
 「実験場?」
 「IRIAは限りなく人に近い思考をしてくれるがIRIAが人になりえない絶対的な理由がある。その理由については考察できるだろうか?」

 AIのことについてはよくわからない。
 そもそも俺はゲームを遊ぶ人であって作る人ではないのだ。

 「わからんなー。高性能なAIという認識しか無いし、それが人になりえないっていうのもなんのことやらさっぱりだ」
 「そうだな。こう考えてみてくれ。君には脳みそはしっかりとした人間のものが用意されているのだが、自分の体に熱を感じる肌が無かったり、痛みを感じる痛覚が無かったり、体重を支える足がなかったり、あるいは色を認識する目が無かったり。その状態のまま成長したとして他の健常な人間と同じ思考、感覚を有することはできるだろうか」
 「よくわからんが一緒にはならないと……あ」

 俺はそこまできてなんとはなしに理解した。
 IRIAというのが不完全性すら含めて完全に再現できた人間の脳みそだというのなら。
 歩くことや食べること、痛いだとか熱いだとかを感じられる体が無いと『経験』という行程を経て『人間らしく』なれない。

 「そう、IRIAは所詮パソコンの中でしか生きられないAIだ。だからこそ、人間の感性により近い認識を得るために仮想現実を作り出し、そこに大量のIRIAを配置してサンプリングしているのだよ。仮想現実の中でのIRIAの反応の統計を取り、傾向を分析しより人間に近い反応を得ていくための――『ファミルラ』だったのだろう」

 俺と赤い竜は言葉を失った。
 ぞくりと背筋が冷めていく。

 ――手の甲に輝く宝珠の中にある魔王の書が重くのしかかる。

 その事実はあまりにも俺達に残酷な結末を描く。
 何に怒ればいいのか、わからない。
 だが、確実に、そう、確実に引き金を引いた人間が目の前に居る。
 だからこそ、俺はその事実をこの男に告げた。

 「……ファミルラの世界に俺たちと同じような現実世界からのログオンユーザーが居たというのは知っているか?」
 「なに……?」

 丸眼鏡緑太郎はどこか怪訝に眉を潜めた。
 俺は右手の宝珠を弾き、魔王の書をマテリアライズすると放る。

 「……これは、この世界に降りたレジアン――現実世界からのログオンユーザーが『魔王』となった日々が綴られている。この狂った世界で――一人の人間が『犠牲』になったんだよ」

 どこまでも冷たく言い放ち、俺は緑太郎を見下す。

 ――無邪気な好奇心で作られたゲーム。

 その末路にあった厳然とした事実は確かに人を挽き潰した。
 悪意の無い稚気が人一人を犠牲にしたんだ。
 丸眼鏡緑太郎は魔王の書の記述を一通り目を通し、顔を厳しくする。
 どこか冷めていく感覚に俺は大きく溜息をつき、奴の反応を待った。

 「……緑太郎……これは」
 「黙れ、イレミ」

 ページをめくる指を止めることなく緑太郎は食い入るように魔王の書を睨み、緑太郎はどこか険しい瞳を俺に向けた。

 「……記述される内容に現実の世界に住んでいなければわからないタームがいくつも存在する。これは、確実に『我々』に向けられたもの。だが、君が憤る理由はそこでは無い――IRIAが我々を『道具』として利用したこと」

 どこか他人事のように呟く緑太郎に俺は怒りを覚える。
 黒く濁った澱の中から静かに鎌首をもたげる暴力性を静かに解くため腰を上げる。
 緑太郎は同じように立ち上がると真っ向から俺を見据えた。

 「――なあよ?緑太郎さんや?わかんだろ?これがどういうことか」
 「怒りの矛先を私に向けるかね?それもやむなしだろう。だが、それで問題が解決するものか。考えろバカものが」

 吹けば砕けそうな脆弱な男は俺を見据えてそう吐き捨てた。

 「――俺は今、こんなゲームを拵えたあんたを殺したくて殺したくてしょうがない」
 「『本当にクソゲーだよ、このゲームは』。殺してしまえばいい。現実から逃げ、異世界に逃げ、ゲームに逃げた私を殺したところで――この『悪意』は無くならない」

 渦巻く衝動を抑え、真っ向から見据える緑太郎に向き合う。
 鈍く死んだ魚のような瞳をした緑太郎の目には覚悟を決めた光があった。
 先ほどまで、痛いだのやめてだの喚いていた無様で貧相な男ではなく、ただ、この事実に対し怒りを覚えた他者の糾弾を受け止める男の器量だ。

 ――天才丸眼鏡緑太郎は俺の衝動を真っ向に受け止めていた。  

「――俺の変わりに死んじゃくれねーか?」
 「死ねるものか。このクソゲーをたたき壊すまではな。君の持っている情報を全て私に寄越せ」

   ◇◆◇◆◇◆

 丸眼鏡緑太郎は静かに、そう静かに今、俺と赤い竜の持つ魔王の書を読み終えると息を吐いた。

 「IRIAによる……『ファミルラ』での試みは失敗したようだな」

 緑太郎は静かに俺達に告げる。

 「仮想現実の世界を作り、そこでIRIAの反応と傾向をモニタリングするのには限界があった。そこで現実世界で思惑を誰にも気取られることなく、そして多くの『本物』のサンプルが限定状況で動く舞台――それがMMORPGという媒体だった」

 緑太郎の言葉に俺は小さく鼻を鳴らす。

 「――本物の『人間』が参加し反応を返してくれるIRIAの反応を補完してくれる最高のサンプルリングではあった。だが、しかし、それでもだ。現実と切り離されたゲームという舞台装置の中で返す反応はIRIAが求める反応とはまた違う。緑太郎さんや。さっきあんたが言ったとおり、人間何かが欠けてりゃ認識が変わるのと一緒で環境の方も何かが変われば認識を変えていく。そういう話だろう?」
 「ゲームという制約の中で返す反応は現実の世界の中で返す反応とは違う。ネットと現実が分け隔てられて匿名性を得た2chで罵詈雑言が飛び交うのと一緒――本物の人間同士が構築するコミュニケーションの反応とはほど遠い」

 俺の推論に緑太郎は頷く。
 その事実が肯定する事実はとてつもなく大きい。
 俺は覚悟してその言葉を受け止める。

 「――だから、IRIAは『現実』の人間をこの仮想現実に招き入れたのだよ」

 緑太郎の言葉は重かった。

 「『現実世界』の人間を仮想現実に置き、様々なケースパターンの状況を作り出しそれらに対するリアクションをサンプリングする。それまでに蓄積した情報と対比して推断を繰り返し、検証していけば正しい認識を得るのにこれほど現実に近い状況は無いだろうさ。『魔王の書』から察するにその試みは途中まで上手く行ったのだろう」

 IRIAによる人間研究。完全な人工知能の構築。
 それはどこか酷薄なSFのような非現実さをもって語られる。

 「無作為に選ばれたプレイヤーの一人をIRIAの中に置き、ゲーム内での反応をサンプリングしていく。また、多くのプレイヤー達がIRIAとのコミュニケーションを通じて人として正しい反応を返していく。そうして、より『人間』らしい感性を獲得してゆく」
 「その目的は?」
 「わからんよ。IRIAが人間でないように、我々もまたIRIAではない。犬の気持ちくらいならばある程度共感性をもって推断することはできるがプログラムの気持ちなどわかるものか」

 隣でこれまでの話を聞いていた赤い竜がようやく口を挟む。

 「なら、俺たちがこうしてここに居るってのはどういう理由が成り立つんだい?」
 「それについては魔王の書の記述から察することはできる――『ファミルラ』での失敗から『廃人』と呼ばれる分類のプレイヤーをサンプリングするためだろう」

 緑太郎はそう告げるが俺達は反論する。

 「なら、何故俺達なんだ?俺も、赤い竜も、もう一人のログオンユーザーも廃人としては――『不完全』だ。いや、そもそも廃人に完成系があるのかって話もあるんだが、俺達より酷い廃人はもっと居るはずだ」
 「魔王の書をよく読んだのかね?君達はファミルラで展開された超難易度クエストのいくつかの攻略に携わっている。それどころか『運命のイリアの造反』すら退けているではないか。一般人プレイヤーの私からすれば十分に廃人だよ」
 「それでも、だ。俺達より酷い廃人はもっと居る。プレイヤーキリングにかけては俺なんかより青海苔先生の方が有名だったし、モンスターキリングレコードだって赤い竜より凄い奴はまだ居た。経済的な方面でみたって――もう一人より有名な奴ぁいくらでも居ただろうに」
 「推察するにだが、それらの人物らと君らの違いは互いにコミュニケーションを頻繁に取っていたからだろう。目的の一つに人間の反応をサンプリングするという目的があるのであれば、共通認識にある『人間』がどう反応してくれるかというのが重要なファクターになる。だからこその――レジアンを段階的に増やしてゆくという『予告』なのだろう?」

 緑太郎は俺の質問へ的確に回答してゆく。

 「赤い竜君は高い戦闘能力を持ったプレイヤーとして、戦闘に重きを置いたスタンスの典型として、また、もう一人のプレイヤーについては経済方面に重きを置いたスタンスのプレイヤーの典型としてデータを取るにはIRIAとしては申し分の無い人間だ。戦歴を見る限り、一般人プレイヤーの私から見てもこれで足りないという方がどうかしている」

 俺は眉を潜める。

 「だが、それじゃあ俺はプレイヤーキリングにスタンスを置くプレイヤーとして招待された形になんのか?ぶっちゃけ、俺のスタンスだとプレイヤーキリングのサンプルにゃあならんぞ?」
 「殺される側だった私に聞かれてもな。だが、魔王の書をみる限り、君の評価はそこではないだろう」
 「あん?」
 「運命の女神イリアの造反の下りを見る限り、君は超難易度クエストに臨むにあたり他の廃人プレイヤーに働きかけ、その総合力を上手に纏め上げる手腕を評価されてのことだと推測できる。MMORPGという人の数だけ目的が存在する状況において皆の目的を一時的に一つの障害へ向けることができるというのは一つの才覚であり――なるほど、そういうことか」

 緑太郎は話の途中で何かに気がついたようだ。

 「多くの限界突破クエストが超難易度になっている理由が理解できたよ。これらは回避不能な障害にぶつかった時に『人間』がどういった反応を取るかのサンプリングだ。通常状態での人間の反応にある程度、結論を得てしまい、対比する為の資料として非常時の反応のサンプリングをはじめたのだろう。流れからするにゲーム内に存在したレジアンにその障害を排除する責を託した感じが強いが、しかし、実際は用意された障害のほとんどが君ら廃人によって攻略されている。リアルな人間の反応を求めるイリアにとってはこれは計算外だったのだろう」

 そこまで聞いて俺はようやく合点がいった。

 「――だから、エルドラドゲートオンラインでは最初から『廃人』である俺達をサンプリングモニターとして用意したってか」
 「おそらく。廃人の行動傾向をサンプリングするモニター期間としてレベル50台カンストをひとまずの期間とし、段階的に人数を増やすというスタンスからその後はモニターすべき人数を増やしより多くの検証結果を得ていくツモリだ。これは逆にその時点で君達のサンプリングが終了している可能性もある。なるほど……より効率的にサンプリングする為に君達には導入役兼、共存可能性を図るために高レベルIRIAを同伴させ、かつ、高い初期状態に導く方法として加護という名目の初期ボーナスを配置したのか。IRIAが欲していたのは最初から『廃人』としての行動様式だったわけだ」
 「だがそれは逆に考えるとよ?サンプリングが終わった段階――限界クエストの先は命の保障もねえかもしれないってことか?」
 「そこまでは……ないだろう。これまでの反応……というより『記憶』しか奪わないというスタンスに命まで奪うということに対する『忌避感』を感じる」

 どこか歯切れの悪い返答に赤い竜が疑問を投げつける。

 「なんか、天才にしちゃ曖昧じゃねーかい?」
 「人の心など曖昧なものだ。だが、現実に起こったことから物事を考えてその目的を理解するとなればこういった言い方にしかならん。ある意味、肉体的にも殺されてしまう方がまだ始末にいいのだが……今はそれが問題ではない」

 緑太郎はそう断じて話を続けた。

 「IRIAには何らかの理由で我々を生かしておきたい理由がある。簡単な話をすればサンプリングの終わったモルモットは殺処分してしまうのが一番後腐れが無いからだ。人の記憶や記録にアクセスできる能力を有しているのであれば、生きて口を開かれるよりは死んで埋まって貰っている方が都合が良い。これは悲しいかな……私にも経験のあることだ」

 天才と呼ばれた人間が吐き出した溜息はどこまでも重かった。

 「……自分のやったことを他人にやられそうになるというのは存外きついものだ」
 「……あんた、もしかして」
 「思っている通りだよ。私も人殺しについては経験がある。やれることをやって何が悪い。私にもそう思っていた時期がありましたという話だ」

 どこか苦い顔をして緑太郎は首を振る。

 「感傷にふける場合でも無いな。これは一つの事実として受け止めておくべきだ。IRIAは我々現実世界からのログオンユーザーを肉体的には殺さない。このファクターは我々の知らない事実を知るための一つの要因になりえる。だが、今はこれに執心していても解決の糸口にはならないだろうがな?」

 今まで黙っていたオウム――イレミが口を開いた。

 「あたし達の考えることは原因を特定することではなく、現実に帰ることにシフトすること――どこかで似たようなことを言った記憶があるわね、全く」

 このオウムとの関連性もよくわからないが――それも関係の無いことなのだろう。
 緑太郎はどこまでも大きな溜息をつき肩をすくめてみせる。

 「その時のゲームはカンペが用意されていたのだが、あいにく今回はそうもいかないようだ。やれやれ、ゲームというのを真面目に楽しむのは私の性分ではないのだがな。ルールは用意されるより用意してやる方が楽しいというのに」

 そこまでうそぶいて話を続ける。

 「現状取り得る選択肢は君たちのメインクエストを進めていく形以外にあるまい。反応をサンプリングしたいのであればサンプリングさせ続けて、IRIAの納得する物を提示してやる以外、方法は無い」
 「……その方法には最終的な欠陥が存在するのは理解しているか?」
 「ああ。これだと、サンプリングされた反応から対策を打ち出されてしまう。運良く相手が読み違えて難易度が易しめなクエストが配信されればクリアも可能だが、運悪く読み違えて超難易度クエストが来てしまった場合、そこで詰む」

 緑太郎はそこまで言って肩をすくめた。

 「だが、問題はあるまい。逆を言えばファミルラのモデルケースと違いこの世界では『君達以外』にその超難易度クエストを攻略できる対象が用意されていない。反応をサンプリングして難易度を設定するのであれば――ネットゲーム攻略におけるRMT以上の最終奥義が使えるわけだからな?」

 緑太郎の言葉に俺はピンと来たが赤い竜は首を傾げる。

 「……そんな都合のいい必殺技があんのー?」
 「知らんの?竜ちゃん。俺、結構、エスブレやっていた時使ってたんよ?」
 「まぁ、諸刃の剣といってしまえば諸刃の剣なのだがな。それを使ったら最後、崩れたバランスに我々も死なされる可能性がある」
 「だが、その辺りは大丈夫だろう?憎たらしいがIRIA積載型だ。アクシオンの後続タイトルのエスブレの頃には大分、改善されていたよ」
 「それであれば、よいのだが……ふんむ」

 緑太郎はしかし、しばらく黙って考え込むと呟いた。

 「……事態は思ったより深刻なのかもしれんな」
 「え?」
 「緊急時における人間の反応のサンプリング。IRIAが人に近い反応を求めるのであればこれらを貪欲に求める必要性というのが果たしてあるのだろうかと思ってな?」

 緑太郎が言っている意味がわからない。
 俺の表情を察してか、緑太郎が続ける。

 「発想というのは必要があって発生するものであり、それらのデータをサンプリングしたいという欲求をIRIAが持つということはその必要性があるからであり、果たしてその必要性というのは何なのだろうかと危惧してな」
 「今以上の緊急性があるなら教えてもらいたいくれーだよ。問題はどうやってこのゲームを脱出するかだ。他のことは他の連中がどうにでもしてくれ」
 「違いない」
 「あんたもあんただ。さっきのビースト、あれだってIRIAだろうに。てめえがぶっ殺される心配もそうだが、ああしてIRIAをうろちょろさせれば自分の居場所を教えているようなモンだぞ?もそっと警戒した方がいい」
 「肉便器ちゃん6歳に言われると説得力があるが、その心配は要らないだろう」

 俺の忠告を笑って受け流す緑太郎に眉を潜める。

 「IRIAはあれで強固な個体別のセキュリティを持つ。独自ルーチンで動く場合に置いて上位IRIAの監視こそ受けるが干渉を受けることは無い――そうか、だから君達はパートナーIRIAを置いた状態のままここに来たのか。我々に気をつかってくれたようだが、その気になればIRIAは我々を抹殺しようと思えばいつでも抹殺できる立場に居るのだよ。まあ、簡単に抹殺されるツモリも可能性も全く無いが」

 どこか信用ならない笑みを浮かべて緑太郎は小さく溜息をついた。

 「――やるならば正攻法しか今のところ打つ手は無いということか。クリアができそうなゲームというのは裏技が使えない分だけ、厄介なものだ。私はデバックモードを起動してツールで楽しむ人間だというのに」
 「エミュ鯖でも建てておいてくれればよかったのに」
 「しかし……こうなると最早IRIA――自分で作っておいて何だが、ただのプログラムとして接するのは問題があるのだろうな」

 その言葉に俺は眉を潜める。
 どこか苦い顔をする緑太郎からオウムが視線を逸らし、気まずい雰囲気がやってくる。
 口を開いた緑太郎が告げたのは信じられないことだった。

 「……人として扱うべきなのだろうな」

 IRIAを人として扱う?
 プログラムを?

 「本気でそんなことを言ってんのか?」
 「ああ――人を作るのはこれが初めてではない。その時、正しく接しなかったが故に、痛い思いもした。人は悪意を持って接すると悪意でもって返してくる。それが、『感情』というものだ」

 緑太郎の言葉に俺はどこか納得できるものがあった。
 だが、それとIRIAを人として扱うということについては別の問題だ。

 「だが、これは『ゲーム』だ」
 「そこに居るのは紛れもなく感情を持てるものだろう。ならば、善意を持って接しなければ……やがて跳ね返った悪意でもって自分が痛い思いをする」
 「そうは言うがよ。冗談にしか聞こえねーよ」

 軽く笑い飛ばしてみるが緑太郎はどこまでも真面目な顔で告げた。

 「……ネットゲームの究極の目的というものがどこにあるか、君にわかるかい?」
 「あん?」
 「ネットゲームというのは一部の認知欲求から生まれたものだ。同一の目的に対し協力することで互いを認知し他人の認知でもって自己に認識させる。だからこそその目的に対しての貢献あるいは努力をレベルや技術でもって評価し合う。ただ単に世界を救いたければコンシューマのオフラインRPGを遊べば良い。だが、多くの人間がネットゲームという媒体に興じる理由というのは『自分を見て欲しい』という欲求からだ。それらが時代を経て様々な価値観や経済観から多様な形を取り、黎明期に見たネットゲームのかくあるべき姿からかけ離れた。『ファミルラ』というビジネスモデルが成功した理由を問うならば、IRIAというNPCがあたかも現実の人間のように反応するリアクションとともに戦闘、経済、環境に至るまで無尽蔵のコンテンツを用意したからだ」
 「つまり、どういうことだ?」
 「――ネットゲームに求めた本物の『仮想現実』を作り出したからなのだよ」

 緑太郎の言葉はどこか、疲れていた。

 「ネットゲームというビジネスは君ら『廃人』のみで構築されるものではない。それらを頂点とすれば無課金やライトユーザー、ミドルユーザー等の大多数を占める層が金銭を落としてゆくビジネスモデルだ。どこまでも世界を数値として見て効率を求める人間以外のユーザーは確かにIRIAという仮想現実の世界で生きる『仮想人間』の反応が彼らの求める『認知欲求』を満たしたからだろう。ゲームにシナリオは必要ない、という格言がある。本来は足りない部分を補おうとする想像力をかきたたせるウィザードリィ系のRPGの手法だが――そのカタルシスをIRIAでもって補完してしまったのだよ」

 言わんとしていることは理解できる。
 現実、『ファミルラ』を遊び始めた当初、その快感はあった。

 「――だが、それとIRIAをイコール人間と見ることは違うだろう」
 「人というものが脳だけでは成り立たず、環境というファクターが与える認識の積み重ねで構築されるものであるなら――『ファミルラ』で一応の『人間』は完成したのだろう。それらの成果は――魔王の書を見れば、わかる」

 緑太郎はどこか冷めた瞳で俺に告げる。

 「――600年。時間を自由に操れる仮想現実の中で、それだけの『歴史』を与えたのが『エルドラドゲートオンライン』なのだよ?」

 その言葉の重みに胸が竦む。
 緑太郎はそれだけを告げると、改めて俺達に問題を提示した。

 「……『悪意』も『善意』も全てを挽き潰す『廃人』というものでもって『ファミルラ』の再現をしようとしている『エルドラドゲート』の意図がどこにあるかはわからない。だが、確実に難易度はアルティメットだ。『悪意』だけで挽き潰そうとすれば――君達はいつかは彼らが持つ『悪意』に挽き潰される」

 その言葉に俺は僅かに狼狽えた。
 そんな俺の様子を見ていた赤い竜が苦笑して肩を叩いた。

 「大丈夫だよ」

 気安く言ってくれるが、悪意を振りまくことにかけては得意としてきてるんだがね。

 「ロクロータさん……あっちゃんは優しいからぬ」

 何をふざけたことをと怒鳴りつけたくなったが、屈託無く笑う赤い竜はどうやら満足したようで席を立った。

 「なんだー、結局普通にクリアするしかねーのかー」
 「ああ。提供されたクエストをこなすことでまた、見えてくるものもあるかもしれない。IRIAが我々に何を求めているのかは現状では理解できないが、解明することは可能で、かつ、解明することを向こうは望んでいる。それらがどれだけの意図の上に成り立っているかは知る由は無いが……ふむ」

 また、一人合点をはじめる緑太郎に俺は怪訝な眼差しを向けるが緑太郎は顔を逸らした。
 俺はそれ以上追求することなく静かに深く溜息をつくと立ち上がる。

 ――気持ちだけは竦まないように、前に出なくちゃならねえなら。

 「……悪意、ねぇ。挽きつぶせるもんなら挽きつぶしてみろよ。叩き殺してやんぜ」

 そんな俺の様子を見て緑太郎が苦笑した。

 「君は、いい人間だな」
 「バカにしてんのか?」
 「私が悪い人間だから良くわかるのだよ。本当の善意というのは他人に知られてはならないものだ。だから偽悪的に装い隠そうとする」
 「ンなツモリあるかよ。悪いくらいじゃねえとこちとら生きていけねえんだよ」
 「正直は美徳だ。ウソが無いところは、無職童貞と同じ臭いがする」
 「ビーストみたいなこと言ってんじゃねえよ」

 緑太郎はふんむと頷き、俺の答えに納得した。

 「廃人か……そこまで突っ込んでゲームを楽しんでみるのも、悪くは無い」
 
cont_access.php?citi_cont_id=649025998&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ