挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
廃神様と女神様Lv1 作者:井口亮

第四章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

246/255

フレピクはCBRじゃ落ちない。

 「ザビアスタ森林最深部でしょ?飛行ペットは使えないから徒歩よ?準備はおうけい?じゃあ、行きましょうか!」

 ばりばりと指揮を執るキクさんの元気のよさと反対に俺は元気がもりもりと減っていく。
 いつものなんちゃって巫女服からホットパンツにベストにブーツと冒険者ルックなキクさんの隣にはヘルメットを被ったROのノービスみたいに猫リュックを背負ったテンガがちんまりと居てくれる。

 「お前居たら秘境レア素材独占できねえじゃん」
 「秘境探索の基本はツーマンセルよ?いやあ正直伐採スキル持ってるロクロータいてくれると助かるわぁ!」
 「いや、ぶっちゃけ俺ソロでいいし」

 いつもは鎧を着てくるチュートリアも今回は軽装になっている。
 キクさんが余った素材で拵えた急造の冒険者ルックだが、なかなかにいい物だ。
 ハーネスのついたベストにマウンテンメット、短めのワンダリングスカートからはさぞいいパンチラが拝めることだろうが、その下にはご丁寧にスパッツときたもんだ。
 ブーツには滑走防止エンチャントが施されており、急造で拵えたにしては非常にいいできである。

 ――ただし、俺はいつものまんま。

 「秘境探検ですかぁ……森の奥には行っちゃいけないって昔から言われてたからちょっとわくわくします」

 ベルトの上から巻いた帯皮にチェーンフックを吊し、ポーチに色々と物をしまい込むチュートリアがわくわくするのに、俺はどうしてか力が無くなっていく。

 「どう見ても俺が戦闘担当じゃねえか。おい、赤い竜はどこ行った」
 「あいつ逃げたわよ?『秘境とかナイト要らねえし。ちょっとコンビニ行ってくる』って」
 「セブンで冷凍小籠包買って帰ってこなかったらシバいとけ」

 セブンの冷凍小籠包は大正義、下手な中華飯店より美味い。異論は認めない。

 「いいじゃん。あんたローグ上げてんでしょ?秘境もいけるわよ。ギャザリングしてると秘境探索必須だからねえ。私は割とこっちのプレイヤーだからわかるけど、ナイトは本当に秘境適正ないからしょうがないわよ」

 俺達の会話に疑問を持ったチュートリアが尋ねてくる。

 「そんなに赤い竜さんは秘境探索が嫌いなんですか?」
 「いや?秘境探索は俺も赤い竜もファミルラじゃ触ってるよ。無論、軽装スレイヤーで無理矢理秘境渡るからできない訳じゃない。だけど、あいつ今回、ヘビーナイト専門謳ってるだろ?裏で他のクラス上げてんのわかるけど、やりたくねえんだろ」
 「ヘビーナイトだと、秘境探索はダメなんですか?」
 「秘境探索の敵はモンスターじゃねえ、無論、モンスターも出てくれるが、秘境探索の最大の敵は――『地形』だからな」

 秘境探索の最大の敵は『地形』。
 これがファミルラの頃から言われている『秘境コンテンツ』のお約束だ。

 「地形?」
 「そう、山や谷、川や洞窟をワンダリングして踏破するのが『秘境コンテンツ』なんだ」

 これまでいろんなネットゲームで冒険をさせてきたが、その際にプレイヤー達が取る面白い行動原理がある。
 逆にこれをとことん楽しませてやろうと設けられたのが『秘境コンテンツ』だ。
 生産職がファミルラというMMORPGで一ジャンルを築き、どこまでもどっぷりとハマれる理由がここにある。

 「地形はモンスターじゃないですよね?」
 「モンスターよりおっかねえよ。谷から落ちれば一撃死、滑落すれば大ダメージ、川に流されれば大ダメージ、どこにでも命の危険がある」
 「まあ、私たちは今回目的があるからアレなんですけど、危なければいかなければいいんじゃないですか?」
 「そう、普通ならな――だけど、『誰も行かないからそこに行きたい』という欲求が人間には存在するんだよ」

 そう、これこそが秘境コンテンツの最大の醍醐味だ。

 「どのネットゲームでもそうだ――大人数を収容するのに広大なマップを用意する。皆がそのマップをくまなく歩き回るが、しかして、行けない場所が存在する。だがね、人は思う訳だ。『ここ、頑張れば行けるんじゃね?』って。そこは開発が意図してか意図しておらずか、行けてしまったりする。そうして、多くのプレイヤーが達成感を覚える訳なのだよ。『ここ行けたぜ』ってな」
 「そんなもんなんですか?」
 「たとえばよ?プロフテリアの王城あったよな?」
 「はいはい」
 「あの真ん中の塔のてっぺんのほっそいのあるだろ?あれのてっぺんに行けると思うか?」
 「うーん、難しいんじゃないですか?色々な意味で」
 「ところがどっこい、あの程度、俺達にとっちゃ秘境探索の練習でしかねえんだよな。MOE――マスターオブエピックでも登ることを想定していない場所を何時間もかけて登ったり、TERAでも馬とジャンプを駆使して山を登ったり、人は『行けない場所』へ行くことを強く、望んでいる。また、そこから見える絶景を独り占めするのも楽しいからな」
 「うーん……マスターなら、とても無駄だと笑いそうなものなんですけどね」
 「まあ、結論から言うとやることがなくなったり、飽きてきたから暇つぶしにやることにゃかわりねえんだが、それでも未踏領域を踏破するってのは楽しいもんなんだ」

 俺も帯革にチェーンフックをいくつも巻き、クロスボウを腰に吊す。
 ガントレットにピッククローを装着し、グリーヴにも爪を装着し、足裏にコットンソールを巻き付ける。

 ――登坂、滑落防止用の消耗アイテムだ。

 「その欲求を逆手に取ったのが『秘境コンテンツ』なのよ。一見して踏破できないような地形しかないんだけど、それをアイテムやスキル、アクションを駆使して踏破していくの。ご褒美は、そこでしか手に入らないレアアイテム」

 キクさんがそう言ってどこか楽しげにウィンクしてみせる。

 「それは楽しそうですねえ」
 「バカヤロウ。当然そこにもモンスターさんはいらっしゃるんやで。足場無し、落ちたら死亡を背に立ち回らなきゃならん。そこに足手まといなんざ連れて歩けば下手すりゃ確実に死ねるでや」

 竜魂大剣エアリアルはそんな秘境探検で俺や赤い竜が空モブを相手に立ち回るために編み出された空中コンボだ。
 基本は隠れてやり過ごすのがセオリーだが、そんなセオリーを赤い竜さんがやってくれるはずもなく。
 何度、奈落の底に落ちたことか。

 ――そんな奈落に落ちてしまえば確実なデスペナルティ。

 それを考えれば楽しめるモンでもないというのに。

 「で?ロクロータ、ガンナーさん上げてたってことは銃持ってくの?ローグでも銃は使えるんでしょ?」
 「まあ、銃やクロスボウは壁に張り付いたまま使える武器だから秘境探検じゃ鉄板だが、それ罠なんだよ。モンスターに見つかること恐れて先に殺しちまおうと思うだろ?そうなると銃撃ったりするんだが、片手ハンドガンやマシンガンじゃ逆に釣っちまって危ない。クロスボウも同じ」
 「バズーカあんじゃん」
 「43榴弾以外は反動で落ちる。バズーカさんに殺されるんやで」
 「ビームキャノン」
 「アホか。弾代で赤字になるぞ。だから基本はステルスで隠れてやり過ごすのが鉄板なんだ。そんなこと戦闘職が考えなかったと思うか?そういった抜け道を丁寧に潰してくるのがファミルラクオリティだ」
 「だけど、その上を行くのが戦闘職の矜恃でしょ?聞いたことあるわよ」

 そう、その回避推奨モンスターを叩きに行くのが戦闘職のアホどもなのだ。

 「そこに行けない場所があるから、で、行ってしまうのがプレイヤー。そして、そこに倒せない敵が居るから倒すのが戦闘プレイヤーだからな……しゃんあるめえ」

 俺はキクさんが新たに拵えてくれたゲイルハチェットの進化形――ストームザッパーを腕の中で回し、背中に背負う。
 凶暴に、鋭角に伸びた切っ先が鈍く輝き、どこか頼もしい。

 「――準備はできたようじゃの」

 俺達の様子を見にきたロウリィが告げる。

 「ザビアスタ森林の中央、深緑の大穴の奥に妖精の円卓はある。ルナゲートの感応を受けておらぬ我らはそこまで歩いていかねばならぬ。険しい道になろうな」

 ロウリィの後ろに申し訳なさそうについてきたウィンミント

 「ルナゲートってまだ解放されてねえコンテンツだろ。あっちゃこっちゃへワープすんのに便利だが、感応済ませないと利用できない。テレポストーンやルーラストーンと一緒でいろんな国渡るにゃ便利だわな」
 「そうじゃの。妖精の円卓は人の入れぬ場所にある。代々、エルフの氏族の長のみに感応を許された禁断の地ぞ。そこへ赴くには深緑の大穴を抜けねばならぬ。が、しかし、それは逆に深緑の大穴が人の侵入を防いでいたことを意味するところでもある」
 「じゃあ、ウィンミントにひっついて行けば楽に行けるってこったろ」
 「そうじゃの。しかしながら、それは一つの試練でもある。レジスが果たして、本当にレジスであるかどうか。その知識と技術でもって深緑の大穴を踏破した時にその資格を認める」
 「詳しいのな」
 「お前さんが対話を怠るからじゃ。儂のように暇になると若い者との茶飲み話くらいしか楽しみがないでの」

 ロウリィはそう告げてウィンミントの頭を撫でる。
 同じ身長のロリ同士が年を強調してもなんとも微妙なビジュアルにしかならない。
 俺達は装備の確認をすると俺以外が皆、リュックを背負う。

 「――マスターはリュック持たないんですか?」
 「秘境探検は状況に対応できるようにアイテムをインベントリ超えて準備して臨む必要がある。俺も持つべきなんだろうが、俺はこの場合、戦闘メインになるだろうから持たない」
 「そ。それが一般的な秘境探索の役割分担。レンジャー系は基本、道を作る。戦闘やってくれる人は少しでもミスないように重さ軽くして他がアイテムでフォローするのが鉄板なのよ。黙ってても背負ってるか背負ってないかで相手に何やるか伝えておくと準備が早いのよ」

 キクさんがセオリーを説明してくれチュートリアが納得する。

 「ま、秘境でギスる要因はだいたいレンジャーの用意が足りてなかったり、戦闘が敵十分に釣れなかったりで役割で『どこまでやるか』がはっきりわかんねえところで地雷が準備面倒だから戦闘選んでクソの役にも立たないで寄生することだからな」
 「戦闘やんだからしっかり働きなさいよ?」
 「ハッ、今の状況で俺以上の戦闘員用意してみろよ。代わってやるよ」

 俺以外を用意できないから現状の最高の戦闘要員は俺で確定になり、俺が地雷となりえる要素は無い。
 がしかし、失敗してもノーリスクなゲームと違い、ペナルティを取られるから負担は間違いなく増える。

 ――もとより、その覚悟だ。

 「さて、準備も済ませたことだし、ちゃっちゃと行こうか。夕飯までには帰りたいところだぬ」

 ◆◇◆◇◆

 深緑の大穴は位置的にザビアスタ森林地区の中央にある。
 深い森の中に高レベルのモンスターが周回している中、静かに煙る霧の中に大地がぽっかりと穴を開けている。
 ホタルのような発光昆虫が群れをなしてひらひらと舞い、ランプのような華が幾重にも繁り、穴の中を照らしている。
 静謐さとどこか重みを感じさせる威圧感をもって開いた大地の穴を前に、俺達は騎乗してきた飛竜から降りた。

 「ご主人、ここでいいんですか?」
 「ああ、こっから先は飛行ペット不可領域だからな」

 基本、秘境探検は飛行ペット不可だ。
 無論、進入できる秘境もあるがその場合、かなりの制約が課される。
 大砂嵐も秘境といえば秘境に分類され、飛行に制限があったがそれを技量で無視できる範囲だから無視したに過ぎない。
 しかし、深緑の大穴は見るからに飛行するにはスペースが足りず、空いた大穴からは時折突風が吹き上げ、乱立する木の根の間を光の粒子が駆け巡っていた。

 「ご武運を」
 「リターンデッテイウ」

 飛竜を戻し、俺達は大穴の縁に立つと底を見下ろした。
 斜めに傾いた木々が伸ばした木の根が谷底に伸びるが、いずれも途中でその先端を見せている。
 長く時を重ねて蒸した苔が光の中で鮮やかな緑色を放ち、時折、木の根に巻き付くように生えた蔦が発光する花を咲かせている。

 「はじめてみるが、凄いものじゃの」

 現実じゃ見られない大自然の作り出した秘境に俺達は息を飲む。

 「この世界が生まれてからずっとある世界の底へと続く大穴です。その先は大地の意思の眠る神域へと通じると言われてます」

 ウィンミントがたどたどしく説明する。
 画面越しに見る秘境じゃなく、実際に目の前に広がった秘境にどこかわくわくする気持ちを抑えられず唇の端を釣り上げた。

 「うっし、じゃあさっそく遠足といこうじゃないか」

 手にしたチェーンフックをくるくると回し、俺は穴に飛び込む。

 ――戦闘要員が先行して危険敵を警戒するのがセオリーだからだ。

 ムーンサルトで崖に向けて方向転換し、岩壁を掴む。
 小さな出っ張りを掴み、グリーヴとガントレットに増設したクローでしっかりと張り付く。
 徐々に減少していくスタミナを感じ、即座に跳躍し、壁から壁をムーンサルトで飛んでゆく。

 「ほへぇ……凄いですね」

 岩壁を飛んで進んでいく俺にチュートリアが感嘆の声を上げる。
 順調のように見えるし、実際順調ではあった。

 ――しかし、秘境探検は『コンテンツ』なのだ。

 調子に乗って飛ぶ俺を、突如、下から吹き上げた強風が飲み込んだ。
 落下していた感覚が、いきなり叩きつけられた強風でなくなったと思ったら景色が一回転した。

 ――即座に撃たれたキクのフックショットが俺の体を捕まえる。

 風に煽られたと認識すればあとは反応も早く、チェーンフックを投げてフックジャンプで跳躍すると張り付く。

 ――がりがりと爪が岩をひっかき、勢いを殺そうとする。

 しかし、殺しきれない重さに滑り、岩壁の隆起が途絶え、空中に放り出される。
 頭上にフックを放り、ムーンサルトで飛ぶと、ソバットで泳ぐ。
 フックが張り出した根にかかり、慣性で揺れるとそのまま、フックジャンプで飛び、前方に張り出した木の根にフックを投げつける。
 フックジャンプで木の根の上に着地すると、苔で滑る足場で踏ん張るが、それでも足りず寝そべり爪を突き立てる。
 放り出された体が宙に投げ出されるが、それでも爪が最後に根の端に引っかかりなんとかぶら下がる。

 「ヒュゥ、あっぶねあぶね」

 もう一度風が吹く前に木の根に飛び上がると俺は周囲をクリアリングして敵が居ないことを確認すると崖上で待つキクに手を振った。
 同じく手を振り替えしてきたキクが地面に鉄の杭を打ち付けると俺はそこにめがけてフックを投げつけてやる。

 ――投げつけたフックを拾い、杭にキクが固定する。

 俺も木の根の上に杭を立てると反対側のチェーンを固定してやる。
 キクらが鉄の輪を出し、そのチェーンに引っかけるとチェーンを辿って滑ってくる。
 その先で一人一人、俺が『ホールド』して滑落しないように木の根の上に降ろしてやるとようやく一息ついた。

 「あんた何しょっぱなから滑ってんのよ」
 「あっぶねあぶね。風があるの忘れてたわ。ランダムだと思うがパターン取れたら合図して」
 「ソロ余裕とか言ってたくせにしょっぱいわねー」

 軽口を叩き合うくらいにはまだ余裕がある。
 即席のレストポイントをくみ上げるキクを尻目に、俺は次の『スポット』を探す。

 「ほへぇ、こうやって進むんですね」
 「そ。こういうみんなが集まれる場所や、一旦、足をつけられる場所を『スポット』って呼ぶの。その『スポット』から『スポット』を上手に渡っていくのが秘境探検なんだけど、敵のサーチ圏内だったり、強風でみんな飛ばされたりする通称『罠スポット』ってのもあるから気をつけないといけないの」
 「いつかマスターがやったみたいに足場を作っていけばいいんじゃないんですか?」
 「そういう秘境もあるし、ナイト搬送するならそうしないといけない。だけど、それをやると最深部に到達する前にこっちの資材が無くなるから初見の秘境はあんまりそういうことをしないのよ」
 「逆に初見だからそうやってきっちり足場組んでスポット割っていく進み方もあるけどな。そういう進み方を『スポ割』って言うんだ」

 スポ割はナイト系を連れていけるからエネミーが出ても安全に捌ける。

 「でも、一般的ではないんですよね?」
 「そうだな。割ったスポットもしばらくすれば変わってしまうから、短期間に安全に攻略する場合の方法になる。今、このスポットまでチェーン渡してリングフックで移動したろ?これを『ルート』と呼ぶんだが、一度ルートを作りきれば誰でも簡単に一番奥まで行けると思わねぇか?」
 「そういえば、そうですね……」
 「秘境の場合はこうやって作られた『ルート』や『スポット』が時間経過で無くなっていく。一度誰かがどうして無くなるのか検証してみたら風で耐久削られたり、モンスターに壊されたりして無くなってたのを動画で上げてたな」
 「じゃあ、下手をすれば全く『スポット』が無くなったりしちゃう場合もあるんですか?」
 「そうだな。そういう場合は――こうするのさ」

 俺は今居る木の根を蹴り飛ばすと、ソバットで泳ぎ壁に張り付く。
 ざりざりと崖を削り、引っかかった一本の爪でぶら下がり、ソバットで減ったスタミナを回復させる。
 そうして周囲をクリアリングすると壁の続く方向を確認する。
 突きだした崖の下に続く根までは幾分と距離がある。
 腕に力を込め、跳躍する。

 「よっ――ほっ――はっ――」

 くるり、くるりと体を回し、突きだした崖の下を掴み、進む。
 ぱらぱらと落ちる岩の破片が奈落に吸い込まれ、音も無く消える。
 遠く揺れる発光する虫の群れに風が近いことを知り、俺は足を振り上げて岩の下に張り付く。

 ――強く吹き付ける風が背中を叩き、衝撃に落ちそうになる。

 しかし、強く食い込ませた爪が軋みこそすれ、風が通り過ぎるまで俺を岩に固定してくれる。
 風が通り過ぎたのを確認すると、俺は足の爪を支点にくるりと回り、自由落下すると目標の岩壁に飛び移る。
 ざりざりと爪で滑走し、勢いを殺すと頃合いと思いそこに鉄の棒――アイアンピックを打ち付ける。
 手早く二本のピックを差し込むと俺はそのピックの上に座り込み、周囲をクリアリングする。

 ――そして『スポット』のキクに手を振る。

 キクはフックショットでアイアンピックにチェーンフックを引っかけるとリングフックで俺の居る場所まで滑走してくる。
 終点で俺がその手を取ってピックの上に引き上げてやるとキクはリュックの中から板を出してピックに渡す。
 キクが渡した板の上に鉄の棒を広げると俺はそれを手に取り、板の下に回りピックと組み合わせて足場を作る。

 ――『スポット』が無ければ、作れば良い。

 合図を送ると即席の建築で作られた足場にチュートリア達が滑ってくる。

 「……凄いの。足場が無ければ作れば良い、か」
 「金の力にあかせて秘境にパイプ通路作ったバカも昔居たわな」
 「結局、時間経過で壊されて大赤字になった有名な話よね」

 そのアホさ加減に俺も大笑いしたが、同時にうらやましくも思った。
 彼らは楽をしたいからそんな非効率なパイプを作ったのでは無い。
 運営の用意したコンテンツを真っ向から踏みにじれるだけの財力を示したかっただけだ。

 「なるほど、の。レジアンであればこうして秘境を渡る術を持って居るということか」
 「ボサついてんなよ。俺の準備運動は終わりだ。そろそろお前さんがたも俺を楽させちゃくんねーか」
 「何かできることでもあるのかのぅ?」

 俺はクロスボウに色のついたクォレルを装填すると岩盤に打ち込む。
 点々と階段状に続く赤いクォレルを指示してロウリィに告げる。

 「アイスウォールの魔法をあのクォレルの地点にぶち込んでくれ」
 「それはできなくもないが……どうするツモリじゃ?」

 ロウリィは訝しみながら俺が打ち込んだクォレルにアイスウォールを唱える。

 「――氷瀑の壁にて嵐を防がん――アイスウォール!」

 バキン、と大気が砕ける音がして岸壁に氷の柱が生える。
 俺はフックを投げつけ、アイスウォールに飛び乗るとウォールの上を飛ぶ。

 ――氷の足場は摩擦係数が極端に低い。

 だが、その為の爪。しかして、廃人には不要。

 「よっと――」

 滑走する勢いのまま跳躍して、次のクォレルの場所へ飛ぶ。
 意図を察したロウリィが即座に次のアイスウォールを打ち込んでくれる。
 眼下に生えたアイスウォールの上で滑走し、方向転換するとバク転して高度を稼ぐ。
 そこからさらにムーンサルトで方向転換しソバットで泳ぎ、次のアイスウォールまでのクールタイムを稼ぐ。
 遅れて生えた氷柱に飛び移り、滑走して軽く跳躍して岩盤から伸びる小さな根を掴む。
 前後に体を揺らし、反動をつけながら次のアイスウォールを待ち、飛ぶ。
 そして、次々に階段状に生まれるアイスウォールを足場にして跳躍していく。

 ――大きな木の根まで到達すると、くどいほどのクリアリングをしてからピックを刺す。

 放られたフックを固定し合図を送るとキク達が滑ってくる。

 「よっこらしょ……なんとまぁ。魔法を足場にしよるか」

 一番最後に滑ってきたロウリィが呆れる。

 「英雄クラスになりゃ『レビテーション』や『エアブロック』の魔法もあるだろう?レンジャー系をやりこむなら一度魔法職触ってその辺りの便利魔法を覚えるのが鉄板なんだ。土系の『ストンウォール』も有効なんだが、消費MPとリキャスト考えると『アイスウォール』の方が安パイだったりする」
 「まあ、ストンウォールで壁昇りは誰しも考えるからね。効果時間とリキャストが真っ先に修正されたもんね。使えるのが複数人居ればまた話は別なんだけど」
 「使えるモンは何でも使え。持ち込める資材も有限だしな。そろそろ掘っとけ」
 「そうねー」

 キクはツルハシを手にし、根の生えた岩盤を叩く。
 いくつもの岩石が転がり、マテリアライズされる。
 それをテンガが拾い、小さな炉と金敷を広げ、炉に放り込んでいく。
 ドロドロに溶かされた岩が金敷に広がり、それを金槌で叩き形を整えていく。
 あっという間に一本の杭になり、それをいくつも作ってゆく。

 「うわぁ、すごい」
 「資材は現地調達が基本。資材が尽きりゃそこで終わりになっちまうからな。秘境探索はレンジャー技術と生産技術の総合力が試される戦闘コンテンツとはまた違った戦いがあんだよ」
 「ふんす!」

 得意げに石の棒を掲げて胸を張るテンガの頭を撫でてやる。
 にへらと笑うと石の棒を抱えてキクの元へ走っていく。
 俺はその背中を見送るが、視線の先、どこか不安なウィンミントが俺を伺っていた。

 「なんぞ暗いなワンちゃん」
 「いえ……その……」

 どこかそのウジウジした態度が嫌で俺は鼻を鳴らす。

 「どうした。魔王と通じていた事を俺に黙っていたことがそんなに引け目に感じるのか?」
 「え?……あの……はい……」

 俯いたウィンミントの髪の毛を掴み、俺は屈み込み、視線を合わせる。

 「そいつは、俺への背任だからか?」
 「ひっ――」

 息を飲み、恐怖に竦むウィンミント。
 それは敗者が圧倒的勝者へと見せる暴力への服従に他ならない。
 俺はだからこそ、暴力そのままに告げる。

 「――それが、自然な反応だ」

 俺の笑みの意味をどう捉えただろうか。
 一瞬の空白に俺は言葉を流し込む。これはかつて、俺が告げられた言葉でもある。

 「俺は暴力でお前を従えた。しかし、暴力を選んだ人間は常に覚えておかねばならない。その悪意はやがて翻って自身に暴力をもたらす。お前は俺の暴力に屈服しながら選んでいたんだよ。魔王の暴力を用いることを」

 ロウリィが何かを告げようとするが俺は手で制する。
 一度だけ一瞥し、黙らせるとロウリィは口を引き結び俺を睨んだ。

 「まだ、小賢しいだけの小娘ぞ、それは」
 「だけど、選んだのは暴力だ。それが暴かれて怯んだんだろう?叩かなきゃよ?」

 俺のいたずらめいた笑みの意味を察しただろうか。
 怯えるウィンミントに畳みかける。

 「そうなれば、やがて来るのは暴力の連鎖だ。誰かが矛を収めなければならない。しかして、先に矛を自ら収めるか。できるはずもない、矛を収めれば相手の暴力が己を貫く。延々と続くんだ。暴力ってのは――それっくらいには、わかるだろう?」

 俺の暴力を身をもって知っているウィンミントは今にも泣きそうな顔をしている。
 しかし、俺は続く言葉をもってウィンミントを放した。

 「――だから、矛を収めず相手に向け続ける。互いに必殺を持って相手を定め、いつでも振るえるようにしておかなければ服従を強いられる。小賢しさの中には『痛み』が無いからわからねえんだよ――暴力は最終的に『連鎖』しない。『膠着』するんだ」

 肩をすくめてみせて俺は笑ってやる。

 「いつか、ちょっとした言葉遊びでココの親父さんに問いかけたことがあるんだよ。そん時ゃこう言ってたな。『殴り合えば痛い。油断すりゃ刺される』ってな?――そうして『膠着』した状態こそが、『対等』なんだ。『アフリカではよくあること』なんだぜ?」

 相好を崩した俺に、どこか戸惑うウィンミント。

 「殴られっぱなしの雑魚よっか、真っ向から向かってくれる方が好感が持てる――どうせなら魔王のイリアを俺の前に引きずり出してくれりゃ手間が省けたのに」

 軽くウィンミントの頭を撫でてやると俺は背を向けると谷の向こうへと視線を向けた。

 「人の世の中のことなんざ、小さいことなんだよ。これに比べれば」

 放られた山の寒さをどこか思い出し、身震いする。

 ――幻想的なまでに綺麗な満天の星空の下、命の細さに震えた。

 「命ってのは大自然の前に簡単に吹き飛ぶ。命の叩き合いってのが元々、自然のあるがままの姿だ。人間様はいつの間にかそのことを忘れちまってる」

 吹き上がる強風に巻き上げられた光の粒子が渦を描き、空に昇っていく。
 揺れる風の中で荘厳に佇む大地の穴を前に、誰しもが踏み越えられるかを不安に思う。

 「その思い違いがどこまでも楽しくてしょうがねえ――知恵と勇気で挑んでみようじゃねえか。こっからが秘境探検の本番だぜ?」
cont_access.php?citi_cont_id=649025998&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ