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廃神様と女神様Lv1 作者:井口亮

第四章

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勇者と戦女神の再会

 軽く討伐クエストをこなすツモリがユニークモンスターの狩りになってしまった。
 ゲイルハチェットの熟練度上げにはもってこいの相手だったのでハッスルしてしまったが一緒についてきたNPCがまさか『ブレイバー』だとは思わなかった。
 『エンドレイジ』はブレイバー固有のアクションスキルで片手剣専用の火力スキルだ。
 発生までに間が無く、最後のキメモーションをキャンセルできる使い勝手のいいスキルだが火力は他の職の必殺火力と比べると若干見劣りする。
 ロックオンダッシュからの滑走中に当てるのが主な使い道だが、上位職近接同士の戦いでは直接当てにいくにはしんどいので火力目的で選ぶなら多くのプレイヤーはソドマスかスレイヤーの方に流れてしまう。

 「わ、これ美味しいですね」
 「これ、さっきのうんこスープの味噌使ってんねやで」

 俺達は昼飯時に食堂に戻り、起きた無職童貞を捕まえてメニューにまだ載っていない味噌ラーメンを頼んでみる。
 元々、ラーメン屋でも働いていたことのある無職童貞の作った味噌ラーメンはこってり系のがつんとくる味で久しぶりに美味いと思えるラーメンだった。

 「これなんぞ出汁つかってん?背脂だけじゃねえだろこれ」
 「おう、これはとある伝説のラーメン屋のスープを俺なりに再現した味でな。ホルモンが完全に溶けるまで煮込んでる」
 「どうりで、コクのある甘みの中に僅かな苦みがあると思えば、後味がしつこく残らないですっと消える」

 本当に美味い物は誰が食っても美味い。
 使い慣れない箸をつかってはふはふと食べる少年が本当に美味しそうにラーメンを啜ってるのを見て俺は苦笑し、久しぶりにスカッとする。

 「臨時収入で少し財布も潤ったし、結果オーライだったな?」
 「そうですねお兄さん、ボク感動しました!」

 ユニークモンスターの討伐報酬はそこそこのお金になる。
 暇さえあれば赤い竜がユニークモンスターを狩り倒しているのはこれが、金策の一つとして美味しいことが確実だからだ。

 「よっし、今日は俺の奢りだっ!みんな飲めェ!」

 俺が景気良く腕を掲げると、酒場の中が一気に沸いた。
 無職童貞が肩をすくめてみせるが、注文が激しくなる前に鍋を振る手が早まった。
 喝采と乾杯が響き渡り、口笛が吹く。

 「一度やってみたかったんだよ奢りシステム!」
 「奢りシステム?ですか?」
 「店の全員に奢る。それ以上特に意味は無い」
 「面白そうですね、じゃあ、ボクも――」」

 そう、本当に意味は無い。
 だが、酒場に入ってNPC達の口笛や喝采を聞けば『あ、誰かが奢ったな』とわかる程度である。
 古くは戦車のあーるぴーじー、メタルマックスシリーズの伝統らしい。
 俺はビーストの給仕が持ってきた籠にどかんと1m――百万を放り込むと駆け寄ってきた給仕のビースト達が俺にキスの嵐を振らせる。
 隣で同じ額をポンと籠に入れた少年に喝采が沸き上がり、屈強なドラゴニュートの戦士が抱えあげた。

 ――ィェェェァァア!

 響き渡る喝采に何だ何だと外から人が集まり、やがて座る場所もなくなり店の床にまで座り込む奴が出てくる始末。
 それだけじゃ飽き足らず店の外にも広がっていく輪に2mの力を思い知る。
 そういや高級宿の買い上げ一部屋分だもんな。
 しかし、同じ額をポンと放るこのNPCの少年もなかなかの肝っ玉だ。
 まあ、名前のあるNPCなんだろうけど、こういう思い切りの良さというべきか。
 粋がわかる年でもねえが、理解しようとする心意気というのは感心する。
 運ばれてきたジュース――俺も少年も酒は飲めない――のグラスを乾杯し、快哉をあげると俺は満足した。

 「なんだかやっかましいと思ってきてみたら、あんた、まだこんなとこで遊んでたの?」

人混みの中から見慣れた奴が顔を出したと思えばキクさんだった。

 「おう!偶然グランレックスめっけてな?報酬入ったしあぶく銭だからぱーっと使おうと思って」
 「ぱーっとじゃないわよ。さっさとオーロードに行きなさいよ!」
 「わぁってるって、今夜にでも行くから心配すんなって」

 喧噪の中、少年はキクの出現に戸惑っているようだが、キクが連れてきた女に驚いているようだった。

 「ルカ!」
 「あ……ソアラ様!」

 少年はルカと言うらしく、少女の方はソアラと言うらしい。
 どっかで聞いた名前だと思い出している中、少女は喧噪の中で少年を諫める。

 「ルカ!勝手にどこへ行っていたのですか?私は心配しました……」
 「ごめんよ……あの、ボク、その……」
 「勇者として悩んでいることは理解しています。神託に疑問を持つのも、わかります。私も、同じ気持ちですから。ですけど、私たちは特使としてオーロードの人々の……」

 少年より幾ばくか年上の少女は俺の目から見るとこうだ。

 ――絵に描いたようなテンプレ淫乱ピンク。

 「なあキクさん?あの淫乱ピンクはなんだって言ってんだ?あれショタコンか?」
 「ブフッ!」

何がツボに入ったのだろうか運ばれてきた唐揚げを吹き出し淫乱ピンクをべちゃべちゃにしてキクさんが机を叩く。

 「ショタコン淫ピwそうねw確かにこの組み合わせショタ淫ピだわw」

 何が面白いのかよくわからない。
 だが、ショタ淫ピは笑顔に青筋を立ててキクさんを見つめている。

 「えーと、私がショタコンで淫乱と?」
 「ちょwごめw私ダメだwロクロータ先生解説してぇw」

 別にショタコンで淫乱ピンク程度じゃキク穴金剛先生の敵ではなかろうに。
 俺はとりあえず解説を任されたから解説してやる。

 「まあ、一般的にピンクの髪の毛は淫乱扱いだからな俺達の中じゃ。それがしつこく可愛い子供に言い寄っていればショタコンの疑いをかけられてもおかしくないわけで。それがショタコン淫乱ピンクという略してショタコン淫ピって訳じゃねーの?良く知らんけど」
 「わ、私がルカを……そ、そんなことは……」

 だが、顔を真っ赤にして否定するあたり、この淫乱ピンクわかりやすいのな。
 キクさんがものっそい悪い顔でゲラゲラ笑う。

 「え?否定すんのw否定すんのwじゃあこの子貰っていいかしらん?いいわーw私もそろそろイケメンハーレムでも作ろうかと考えてたからショタっ子一人囲おうかなーとか考えてんだけどいーのー?」
 「だ、ダメですっ!ルカは絶対に――」
 「あっれー?そういう趣味は無い。今自分でおっしゃりましたよねー?なら、私が貰ってもよござんしょー?うっふふールカ君だっけ?お姉さんと一緒にいちゃいちゃしましょー?」
 「待ちなさい!勇者ルカの保護者であり、かつ、後見人の私の裁可を得ることなく勧誘をすることは許しません!」

怒りをあらわにして声を荒げる淫ピに俺はなんとなく二人の関係を察してしまう。
 だが、煽るためとはいえショタにシナ作るキクさんが同年代に持てず年下ならばと必死に頑張っている負け犬女のそれに相違なく、関係無い第三者として見ると全くもって哀れに見えてくる。

 「ねえ、ソアラ様、ダメだよ。初対面の人にそんな……」
 「ル、ルカは黙っててください!」
 「ぅ……うん」

 周りでその様子を見ていた連中がピーピーと口笛を吹き鳴らし喝采を送る。
 それで淫ピことソアラちゃんは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えだした。

 「よう淫ピちゃん頑張れー!」
 「モテるな少年!うらやましいぞ-!」
 「ひゅ~!ちっすしろちっす!はいよろこんでー!」

 酒の入ったろくでなしどもが野次れば野次るほど淫ピちゃんが泣きそうになる。
 俺はどこか少年に感じていた親近感が遠くなってしまい、一抹の寂しさを覚えた。

 「あの……お兄さん、あの……どうしたら……」
 「俺、お前とは友達になれる気がした。だけどそれは錯覚だったよ」
 「え?」
 「リア充死ね」

キクさんと違って恥ずかしがる淫ピちゃんはどこかヒロインの風格。
 残虐超人みたく笑うキクさんと違い、恥じらいを覚えている乙女だからこそこうして泣きそうになるのだ。
 健気にも気持ちを否定しきれない淫ピちゃんのヒロインっぷりを笑っている場合ではないというのに。
 それにしてもちんちんに毛が生えてそうにない少年ですらこのリア充っぷり。
 俺のヒロインは一体、この世界のどこに居るというのだ。

 「マスター!居ますかー!マスター!……あ!居た!ダメですよ!病み上がりなんですから遊びまわっちゃ!」

 ヒロインのようでいてヒロインではない何かが俺を探して店に入ってきた。
 思い出し、余計にがっかりした俺は大きく肩を落とす。

 「マスター、何がっかりしてるんですか?」
 「いやぁ、この世界に俺のヒロインが居ないなぁと少し、考え込んでしまった訳ですよ」

 小首をかしげるチュートリアちゃんにはその自覚もねえしヒロイン無しで異世界救えとか無報酬で働かされるのと同じくらいの徒労感を覚える。

 「やっぱり時代は奴隷ちゃんかー。一番奴隷ちゃんと二番奴隷ちゃんがハーレム序列で争ってハンバーグ工場まで頑張ってみようかなぁ」
 「何言ってるんですか?まだ風邪治ってないんですか?それとも毒を盛られたとか」

 その毒についての犯人はお前の右隣の左隣の奴が犯人だ。
 だが、俺はチュートリアの毒料理については活用法を見いだしたのであえて伏せておく。
 テンガにも黙るように伝えてあり、その見返りとして麻雀での振り込みを要求されたのだ。

 「無理しないで休んで下さい。病み上がりで風邪がぶり返したら大変ですよ」

 チュートリアは俺の腕を引っ張り、引きずり出そうとするがそこで少年と目が合う。

 「あれ……?」
 「あの……え?あ……」

 ショタ淫ピとキクさんが罵り合っている横で、少年とチュートリアはお互いを見つめ素っ頓狂な声を上げる。

 「ルカくん!」
 「ユウロパお姉ちゃん!?」

 ショタ淫ピとキクさんがあまりの声の大きさに振り向き、一瞬、店内が沈黙する。

 「まさか…え?本当にルカくんなの?じゃあ、勇者ルカって……まさか……」
 「そんなユウロパお姉ちゃんがなんでここに?その、お兄さんと知り合いってどういう……え?まさか……この人がやっぱり戦女神のレジアン?」

 俺はどういう事態になっているのかついていけず様子を傍観する。

 「ええ!じゃあ、じゃあ、勇者ルカって……ルカくんが?ええ!?本当にぃ?」

 どうやら顔見知りな二人に俺の知らないところで展開が進んでいく。
 少年の手を握り、ぶんぶんと振り回すチュートリア。
 驚いていた少年もどこか苦笑を浮かべ、応じる。

 「イリアステラに行ってしまったって聞いたけど……本当に」
 「懐かしいねぇ!背ぇ伸びた?男の子だねぇ…うわはぁ、懐かしいぃ」

 親しげに頭を撫でるチュートリアにどこか淫ピちゃんは気が気でない模様。
 事の成り行きをみていたキクさんがおもむろに尋ねる。

 「チューちゃんの知り合い?」
 「えっと、昔、近所の村に住んでた子で、よく一緒に遊んでました。本当に懐かしい。覚えてる?一緒に川で釣りしたよねー」
 「釣りの餌にされて泣いた覚えが」
 「……木登りもしたよねー」
 「降りる枝を折られて、木ごとへし折られて怖くて泣きました」
 「……森を一緒に、散歩したりもー」
 「蛇だらけの落とし穴に落とされて泣いてるところを上から笑われました」

 チューちゃんガチもんのクズやんけ。
 その所業に淫ピちゃんが怒る。

 「ルカが怯えて泣く様を見て笑うなんてうらやま――酷い。随分と親しげにされているようですが、あなたは?」
 「あ、はじめまして。ルカくんの友達のチュートリア?と申しますー。ええと、その、お恥ずかしながら戦女神のイリアをしておりますー」
 「あなたが、あの……えと、その噂はかねがね聞き及んでおります」

 どこか視線を逸らし、はぐらかす淫ピちゃんにチュートリアが小首をかしげる。

 「プロフテリアの大惨事や、ヴォルヴでの精霊石防衛戦における魔王のイリアとの戦い……その、大変だったと、思い…ます」
 「やめでぇ!そんな噂やめでぇ!」

 顔を真っ青にして叫ぶチュートリアちゃんに少年が苦笑する。

 「あ、お姉ちゃん、こちらは聖女ソアラ様。神託を受けた聖女様でボクは今、ソアラ様と一緒に旅をしているんだ」
 「そうなんだぁ……そっかぁ、勇者様かぁ」

 どこか懐かしむようなチュートリアに俺は言ってやる。

 「なんだ、二人とも知り合いなのか。どれ、せっかくだし二人っきりで話でもしてこいよ?積もる話もあんだろうし」
 「でも、マスター……」
 「いいってや。なんか、いろいろやることあるっつったってまずは戦争だろ?赤い竜が俺に任せたってことはそういうこった。俺の方でも準備があるし、まあ、お前さんだってゆっくりする時間があったっていいだろうに」

 本当は今日あたり、チュートリアには一度里帰りをさせておきたいなと思っていたところだ。
 だが、仕事をしだすと古い友人との再会ってのもなかなかできなくなる。
 古い友人との再会ってのはどうして今の自分を見つめ直して考えさせてくれる機会をくれる。

 ――あと、何度会えるかわからないのなら。

 再び喧噪を取り戻した酒場で俺は運ばれてきた餃子をつまみ、ジュースをおかわりするとキクさんに餃子の皿を出してみる。
 つまんでむぐむぐと餃子を頬張るキクさんも大きくため息をついて肩をすくめる。

 「まあ、そうね。今夜には戦争できるだけの準備を整えてあげるわよ。まあ、正式な宣戦布告は受けたけど、オーロードの軍隊はまだ境界に駐留してる状態でしょ?それっくらいの時間はあるわよ」
 「なんだ。それなら夜討ち朝駆けかよ。少し、寝ておくかなぁ」

 俺が大きく欠伸をするとキクがどこかいたずらめいた笑みを浮かべる。
 その様子をみた淫ピちゃんがどこか厳しい顔をする。
 だが、そんな空気を察した少年がチュートリアの手を引く。

 「行こう、お姉ちゃん」
 「でも……」
 「大丈夫だよ。お兄ちゃんなら」

 察しのいい子は大好きだ。
 俺はゆるく手を振ってジュースを煽ると、どこか面倒くさそうに呟く。

 「子供をつきつけて戦争ね……スマートじゃねえわな」

 その意図を察したキクさんが肩をすくめる。
 淫乱ピンクちゃんがどこか心配そうに少年――ルカ達を見送った後、俺に向き直る。

 「……私はザビアスタに降伏して頂ければそれが最もスマートだと思います。少なくとも……誰も傷つくことは無かったはずです」

 あれ?これ、酒入ってねえか?
 俺はどこか暖かくなる身体と饒舌になる口を止められず滑らせた。

 「フン――『誰も』ね。未来永劫、人が傷つかないことはねえよ。俺達はまだ、何も語り合っちゃいない。降伏という制限時間付きの幸福を手にして、先に何が残る。真顔でそんなもん突きつけるんじゃねえよ」

 鋭く切り込まれた俺の言葉を真っ向から受け止め、淫ピちゃんが口を開く。

 「語り合えば、理解して頂けるのでしょうか」

 睨み付けても、竦むことのない瞳はチュートリアと違い、別の何かに支えられた意思を感じる。

 ――NPCに意思を感じるようになれば俺も末期だな。

 誰だよ、俺に酒なんざ飲ませた奴ぁ。
 だが、俺とキクさんは獰猛に笑い、告げてやる。

 「存分に語り合いましょう?暴力で」
「俺は性格だけじゃなくて、言葉も痛ぇぞ?」

 ◆◇◆◇◆

 「そっか……ルカくんはオーロードの特使として、来たんだ」

 どこか落胆するチュートリアにルカは黙っていた方がよかったかと思ってしまう。
 隣の村からよく遊びに来ていたこの少女は、破天荒でありながらもどこまでも優しかった思い出があった。
 父が居なくなり、母が他界し、どうしようもない悲しみの中、そんな自分をいじめては大笑いしていた。
 隣の村とはいえ、魔物が出るから頻繁に行き来できる訳では無い。
 だが、この少女はそんなことに構わず、自分のところにやってきては引きずり回した。

 ――それが、どこまでも自分の為だと理解するのには時間がかかった。

 酷いことを言った記憶がある。
 だけど、それを受け止めてなお、自分を包んでくれた優しさに甘えてしまった。
 幼かった自分はそんなチュートリアの後をよたよたとついていくことしかできなかった。
 いじめられることは多かったけど、それ以上に、おねえちゃんはボクに優しくしてくれた。
 だからだろう、今、自分の中にある悩みを打ちあけ、お姉ちゃんを悩ませてしまった。

 「うん――だから、お姉ちゃんとは、敵どうし、に、なるのかな」
 「そうだね――」

 行き交う人々の活気が流れていく大通りのベンチで、サンドイッチを頬張りながら二人はどこか、ぽっかりと空いた時の流れをまざまざと感じる。
 二人の知るザビアスタはこうした活気のある場所ではなかった。
 どこか、生きるのには辛く、だけど、のどかで緩やかな時間が流れる場所だった。

 「戦争に、なるのかなぁ……」

 つい先日、帰ってきたばかりのチュートリアには未だ実感がわかない。
 ぼんやりと空を見上げる。
 大きな建物で狭くなった空を見上げ、どこか流れに置き去りにされている自分を感じる。

 「なるよ……たぶん。だから、ボクがここにきたんだろうし」
 「ソアラ様の天啓……だっけ?」
 「うん……大天使テリア様の天啓は、未来を見通す。だから、ボクらがここに来たことにも意味があるはずなんだ」

 ルカはこれまでの経験の中から、ソアラの受けた天啓の正しさを思い出す。
 もし、自分たちが赴かなければ、どうなっていただろう。
 多くの人達が魔物によって悲惨な目に遭っていただろう。
 それらを未然に防ぐことができたことは、ひとえに大天使テリアの下す神託に他ならない。

 「すごいよね。ボク、村にいたときはこんな大きな街、来たことなかった」
 「そうだね。あらためてみると、すごいよね。だけど……私は隣でマスターを見てるけど、本当に酷かったんだよ?山賊や村の人を皆殺しにしたり、エルフの族長さらってきたり……一緒に居るともうおっかなくてしょうがないよ」
 「そうなの?」
 「牢屋に入れられたり、爆弾にぶつけられたり、すんごくすーんごく大きなゴーレムと戦わされたり!なんか、もうなにが大変なのかわかんなくなっちゃうくらい大変だったよ……」
 「ぷ――あははっ!」

 どこかしょんぼりするチュートリアにルカは笑ってしまう。

 「え?ここ、笑うところ?」

 ルカにとって、チュートリアは悩みなど無い、どこまでも破天荒な姉だったのだ。
 村の人が驚愕するいたずらを仕掛けてお仕置きされてはその直後にいたずらして回る恐れ知らずの猛者なのだ。
 そのチュートリアが何かを恐れるなんて、見たことがなかった。
 堪えているチュートリアを見れたことが不謹慎だが、笑えてしまったのだ。
 ひとしきり笑い終わると、ルカは目の端に貯まった涙を拭い、思い出す。

 ――最近、こうして腹の底から笑ったことがなかった。

 思い出せば、チュートリアが子供の頃、手酷いいたずらを仕掛けてそれを見て大声で笑っていたっけ。
 だけど、いつも、お姉ちゃんと一緒に怒られるんだよなぁ。
 酷いときは自分のせいにされることもあったなぁ。
 笑うルカをふてくされながらも、最後には優しい笑みで見つめるチュートリアはどこか昔のままだった。

 「なんか、お兄さんって凄い人なんだね」
 「……うん、マスターは凄いと、思う」

 チュートリアの優しかった笑みがどこか、寂しげに歪む。

 「いつでも、どこでも強くて、絶対に諦めない。本当に……酷い人なんだけど」

 ルカはほんの一瞬、そう、ほんの一瞬しかその男のことを知らない。
 だけど、多くの人を知り、多くの悪意にも晒されてきたルカはその男を嫌いにはなれなかった。

 「自分の元いた世界に戻るために……頑張ってるんだろうね」

 レジアンとは異界の精霊だと聞いた。
 神話の時代、数多のイリアを導き世界の危機を救った精霊レジスが顕現したもの。
 その多くが世界の理を深く知り、強大な力を振るったと言う。

 「私は……何も知らなかったんだ。世界がこんなにおっかなくて、恐ろしくて……でも、どこかみんな平和に暮らせるんじゃないかって夢みたいに思ってて……イリアになって、みんなを助けてあげられると思ってたんだ。だけど……本当の意味で、自分すら、助けてあげられなかったんだ」

 どうしょうもない現実をつきつけられ、それでも捨てきれず、悩み、もがいて。
 だけど、諦めて、すがって、それでも助けられず。
 折れた心にチュートリアは自分がどうすればいいのか、わからなくなっていた。

 「私、イリアになっても、何一つ変わらなかったよ」

 ルカはそれを聞いて理解した。
 会ってみて、わかった。

 「そうなんだ……」

 立ち上がり、どこか狭くなった空を見上げて異世界を思う。
 想像もつかないような場所から来たあの男の強さと屈託のなさに、救われる。

 「それを聞いて、安心したよ。たぶん、ソアラ様の天啓は正しかった」
 「ええ?」
 「……ボク、勇者をやっててずっと、ずっと、悩んでたんだ」

 聖女ソアラはルカの支えになってくれる。
 だけど、未だ少年であったルカが勇者となって、本当に支えて欲しいところはずっと自分一人で抱えてこなければならなかった。

 「ボク、自分がこんな酷いことを考えるとは思いもしなかったんだ」

 そればかりじゃないことだって知っている。
 だけど、ほんの少し、そう、ほんの少しの悪意があればそれは簡単に覆る。

 「いっぱい、いっぱい、いろんな人を助けたんだ。おねえちゃんが……ボクを助けてくれたように、ボクも勇者として選ばれたから、いっぱい助けようと、助けてあげたいと思ったんだ」

 上手くいかなかったこともある。
 間に合わず、責められたこともある。
 だけど――

 「褒められるばかりじゃ、無いんだ。それでも、ボクは誰かを助けたいと思い続けることにした」

 吐き出した言葉の裏に、どれほどの戦場があったのか、わかってしまった。
 チュートリアはどこか辛そうなルカの笑顔を見て、本当に時が流れてしまったのだと理解する。

 「あのとき、言えなかったことをお姉ちゃんに伝えるよ――ありがとう」

 忘れては居ない。
 オーロードの傭兵が略奪をしに来た時、自分は燃える村を見て、泣き叫ぶ人達を見て強く願ったのだ。

 ――全てを救う力が欲しいと。

 どれだけあがいても、手を伸ばしても届かないから。

 ――自分の全てをなげうって救おうとしたことを。

 それに、ルカは救われたのだ。

 「ボクは……勇者だ。戦うよ」

 自分の後をついて回っていた力無い少年は、いつの間にか、決意を抱いた勇者へとなっていた。
 どこまでも置き去りにされる自分を見つめ、チュートリアは戸惑う。
 戦い、ぼろぼろに摺り切れた勇者は、いつまでも傍らに置き続けた決意をまた、胸に秘める。
 それはかつて、甘えた自分が彼女に憎悪を向けた時、彼女がどこか寂しそうに言った言葉。

 「ボクに世界は救えない――だけど、君に手を伸ばすことくらいしかできないから、ね?」

 悲しみと、時が押し流した大切な物を思い出し、勇者は笑う。
 憧れは憧れのまま、摺り切れたとしても、最後まで残っていた。
 だから、戦えると確信した。

◆◇◆◇◆

 聖女ソアラはザビアスタの訪問を終え、勇者ルカと帰路につく。
 正式に宣戦布告を受けたザビアスタにオーロードの軍勢が侵攻を開始するのも時間の問題だろう。
 勇者ルカに対し、行動を起こすかと思ったがそうした軽挙に及ばないレジアンに一抹の不安を覚える。
 無論、ソアラとて無益な争いは好まない。
 むしろ、争いなどしたくはないのだ。
 大天使テリアのビジョンを幼い時に見て天啓を受け、聖女として祀り上げられた。
 プロフテリアの政治への影響が大きすぎる教会において、天啓を受ける聖女の存在は邪魔であったのであろう。
 だからこそ、勇者を伴っての世界放浪なのだ。

 ――体のいい放逐とも言える。

 そんな懊悩をよそに勇者ルカは正しく、勇者であった。
 ソアラは自分より幼いこの少年が誰よりも脆いのを知っている。
 だけど、それをひた隠し、ただただ、誰かの為に在り続ける姿に、自分もまた、聖女として支えなければならないと誓った。
 だが、少年の持つ懊悩はその聖女という立場では救うことができなかった。
 むしろ、より一層、救いようの無い闇に落とすだけだった。

 「戦争かぁ……大変なんだろうなぁ」

 勇者ルカはそう呟いて、行商の荷馬車の荷台に寝転び天を仰いだ。
 荷物に腰掛けるソアラはその声にどこか明るさを感じ、怪訝に思う。

 「ルカ……人が多く死ぬのですよ?」
 「うん……大変だね。なんとか、阻止しなくちゃね」

 手の中で猫じゃらしを弄びながらルカはそう屈託なく、笑った。
 時折、この少年の持つ強さに驚きを隠せない。
 どんな困難を前にしても退くことをしない強さはどこから来ているのだろう。
 いや、それはソアラとて知っている。
 純粋な、誰かを助けたいと願う気持ちだ。
 そこに、賞賛も、打算も無く。

 ――誰かが幸せになって欲しいと願う気持ち。

 聖女として政争にまみれたプロフテリアで忘れていた神徒たる者達が持つべき最も尊い美徳を、ただただ、日々を生きる無辜の人であった少年が持って居た。

 「ルカ……」
 「――大丈夫だよ。ソアラ様」

 身を起こしたルカが遠く、離れていくヤサイムラを見つめていた。
 森の中に存在するそのどこかいびつで、どこまでも大きな街を見つめる。

 「戦っているのは、ボク達だけじゃなかったんだ。だから、大丈夫」

 どこまでも清々しいその笑みに、また、ソアラは救われる。
 小さく、おっちょこちょいで、どこか頼りない――だけど、誰よりも強い彼女の勇者が笑った。
 吹き抜けていく風を視線で追いかけ、空を見上げる勇者を追い越して飛竜が飛ぶ。

 「戦女神のレジアンかぁ……おねえちゃんのおにいちゃんは、どんな戦争をするんだろうなぁ」

 どこまでも厳しい世界の中、ただ一つ、大切な物を守り続けてくれた人達を追いかけて、彼らもまた、人知れず、この世界を走り続けるのだ。

 チュートリアの日記

 るかくんとひさしぶりにあった。
 わたしがいりあになって、るかくんがゆうしゃになって。
 ひさしぶりにあったるかくんはわたしのしらないるかくんじゃなくて、どっか、なんか、おとこのこだなーっておもった。
 るかくんはせかいをすくえないっていってた。
 だけど、てにとどくきみならすくえるって。
 なんか、なつかしくて、なきそうになる。

 わたしは、だれかをすくえたのだろうか。
 だれをすくいたいんだろうか。

 このせんそうでこたえがでるんだろうか。
 たぶん、でない。

 わたし、いま、また、ろうやのなかだしー!もー!
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