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廃神様と女神様Lv1 作者:井口亮

第四章

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チュートリア『さん』

 記憶を無くしたと言われて、果たしてどれだけの人がそれを『理解』できるのだろう。
 そもそもあったものが『無かった』ということを理解するためにはそれが『在った』ことを認識していなければならず、認識があってはじめて『無くした』と理解できるはず。
 だから、お酒を飲み過ぎて記憶をなくしたという人のほとんどは覚えているけど無くしたことにした方が都合がいいから記憶をなくしたと言い張るのだろうし、そもそも、はじめから無かったものをあったと言われても困る。
 目が覚めた時に、色々と言われたがよく覚えていない。
 そう、『よく覚えて』いないというのが正しい表現になる。
 僕がどんな人で、何をしてきたのかを告げられてもそれが果たして本当のことなのかどうか確かめる術が無いんだ。
 それなら、それは本当に『在った』と確証を立てて証明できるものじゃあないはずだ。
 とりとめもなくそんなことを考えながら、本のページをめくる。
 ザビアスタ森林地区の東部にあるのがジーショの村、らしい。
 プロフテリア聖王国の北西に広がるザビアスタ森林地区というのは遙か昔、この世界を創造したファミルと対話した神樹アンダインが妖精達を守るために広げたという。
 神樹アンダインはとても巨大だがその姿は見えず、なんでも森の妖精エルフ達がその神域を守護しているというのが言い伝えらしい。
 ジーショの村は百年ほど前に王国から送り込まれた開拓団がはじまりらしく、細々と発展をしているという話らしい。
 村のみんなは早起きだ。
 陽が昇る前に起きだしてはモウやコッコに餌をやり、メェメを放牧に出す。
 それが終われば畑作業を行い、森に行き薪や柵、家の材料になる木を切り出しにいく。
 ジーショの村の発展は森との戦いで、そうして木を切り続けなければいつのまにか飲み込まれてしまう。
 ただ、仕事をするのは昼までで、昼からは皆、家で眠ったり、遊んだり思い思いにゆっくりとした時間を過ごしている。

 「ロック、また、本を読んでいるの?」
 「ん?ああ、ごめんなさい。気がつきませんでした」

 ロックとは『僕』の名前だ。
 何でも、ロクロータ、という名前だったらしい。
 よく思い出せないが懐かしい響きだった。
 何でも一巡り――一週間をそう呼ぶらしい――前にこの村に、チュートリア『さん』に運ばれてきたらしい。
 凄い怪我と消耗で生きているのが不思議なほどだった、らしい。
 なぜそうなったのかを聞いてみても理解できず、少しでも思い出す手がかりになればと村の書庫で空いた時間は本をめくっていた。

 「あまり無茶をしちゃダメよ?病み上がりなんだから。ローおじさんが言ってたわ。ロックは頑張りすぎるからって」
 「そう、なのかな……ローおじさんは怖いからよく、わからない」
 「はい、これ。今日の分の薬よ?もう少ししたらテオ達も戻るでしょうから、新しい薬を作るわ。手伝ってくれる?」
 「……僕でいいんですか?」

 ハシバミ色の髪とそばかすが残るけど、活発な印象のするネーナはこの村の薬師の娘だ。
 重体だった僕を気にかけてはこうして薬を運んでくれる。
 それがどうにも居心地の悪さを感じてしまう。
 だけど、ネーナは屈託なく微笑んだ。

 「ええ。ロックは何でも器用にこなしちゃうからね?私も薬師としてうかうかしていられないわ?このままじゃ、ロックの方が色んな薬を私より上手に作っちゃいそうだもの」

 自分が不器用だというのは知っている。
 目が覚めて、いろいろな村の作業を手伝ってはいるがどれも上手くいかない。
 褒めてくれるのは嬉しいがそれがお世辞とわかるとどこかいたたまれなくなる。
 薬師の娘としてずっと村で薬を作っているネーナと違い、僕は昨日今日、少し手伝っただけで、ずっとやってきた人より上手くやれるはずなどない。
 何を材料として使うかや、その分量やいぶし方など教わりながらやっとできるくらいなのだ。
 どこか嬉しそうなネーナに戸惑いながら僕は読んでいた本を本棚に戻す。

 ――どこの誰かもわからない僕にこの村の人達は優しいのだろう。

 森では皆が一緒に一生懸命にならなければ生きていけないから当然らしい。
 だけど、それでもその優しさがどこか居心地が悪く、バツが悪い。
 ネーナに連れられるように村の書庫から広場に出ると、テオ達が帰ってきていた。
 僕は正直、テオが苦手だ。
 なんでも僕が強いと勘違いしたらしく、目を覚ました次の日、いきなり決闘を申し込まれた。
 だけども、これまで喧嘩なんてしたことなんか無いから、一方的に殴られて気を失ってしまった。
 僕の姿を見たテオが途端に不機嫌な顔をして睨んでくる。

 「あ……マスター!」

 そんなテオを押しのけて、『彼女』が僕を見つけて駆け寄ってくる。

 「ええと――チュートリア『さん』?」

 カールした金髪と愛くるしい青い瞳の人形のような美貌の女の子だ。
 場違いな程に美人で童話の中に出てくるお姫様のような出で立ちはこの村の男の人達から見てもドギマギさせられるそうだ。
 そんな美人が僕のことを『マスター』と呼び、ずっと一緒に居る。
 なんでも僕が700年前にこの世界を救った神々を導いた精霊『レジス』が顕現した『レジアン』であり、イリアである彼女はこのレジアンに付き従うものらしい。
 その『レジアン』というものもよくわからないし、イリアがなんなのかもよくわからない。
 そもそもなんでレジアンが居て、イリアが付き従うのかもよくわからない。
 だけど、それでもわかることは、彼女が村で一番の美人で、どの戦士達より強く、また、魔法にも精通しており、男達の憧憬を集めていることだ。

 ――そんな人が僕を『特別』扱いしているのが心苦しい。

 だから、努めて他人として過ごそうとするが、彼女はそれでもつきまとう。

 「なんか、未だに慣れませんね、マスターから『さん』づけで呼ばれるの」
 「そ、そうですか?でも、どう呼べばいいんですか?まさか呼び捨てにする訳にもいきませんですし」
 「その、あの、敬語もあれです。な、なんか、気持ち悪いです」

 気持ち悪いと言われて、何故だろう、胸の奥がぎしりと軋む。
 どこか落ち込んだ僕の顔を覗きこんでチュートリアさんが慌ててフォローする。

 「あ、あの!えと、気持ち悪いっていうのはなんていうか、言葉のあやって言うのか、悪気があった訳じゃないんですごめんなさい!……うう、これがあのマスターだと思うとすんごいやりづらいです……」

 僕は一体、どういう性格をしていたのだろう。

 「そんなにやりづらいんでしょうか……」
 「そりゃあもう、口を開けば罵詈雑言の嵐で私のことをゆるふわドリルとか、ドンガメドリルとか酷い言われようでした。出会った頃というか出会った瞬間にもう筆舌に尽くしがたい暴虐の限りを私にした人ですよ?」

 未だに僕を見て信じられないような物を見る目でチュートリアさんは言う。

 「まるで僕が凄い人でなしみたいじゃないですか。やめてくださいよ。出会った瞬間に暴力を振るうとか頭のおかしい人ですよ。そんな人が存在する訳ないじゃないですか。人をそんな悪し様に言わないで下さい」
 「いや、正直、頭おかしいと私は思いましたよ!その頭おかしい人がなに言ってるんですか!」
 「チュートリアさんこそ何言ってるんですか。頭おかしいですよ」
 「うあああっ!これがまともなんだろうけど、理不尽だ!こんなマスターの方が頭おかしいと思っちゃう私がもう頭がおかしくなりそうだぁぁ!」

 ネーナが僕に頷き、笑う。

 「そうね。ロックに限ってそんなことはできないわね。チュートリアの話は作り話にしては面白いわ」

 そう言われてチュートリアさんはどこか呆然とした後に、悔しそうに地面を叩く。

 「なんで!なんで私が嘘つき扱いされるし!事実を述べただけなのに!これじゃあ私がまるで嘘ついてマスターを悪人に仕立てる悪い人みたいじゃないですか!」
 「でも、事実だけを捉えればそうなってしまいますよ?」
 「納得いかない!納得いかない!納得いかにゃぁぁ!」

 がんがんと地面を叩くチュートリアさんの奇行をネーナが笑うが、それをどこか面白くなさそうにしている奴が居た。
 さっきから後ろに居たテオだ。
 テオは持っていた槍の柄で僕の頭を小突くと睨み付けてくる。

 「おい、いい加減にしろよ?お前」

 樵であり、村の自警団を纏めるテオは後ずさる僕の肩を掴んで逃がさないようにすると顔を近づけ覗き込む。

 「チュートリアさんが村になじめないお前に気を遣ってくれてんのに甘えてんじゃねーぞ?」

 そういうことだとわかる。
 これだけ美人であり、自警団の活動にも協力してくれるチュートリアさんと仲良くしている僕が気に喰わないのだ。

 「やめなさいよテオ。ロックはまだ病み上がりなんだから」

 ネーナが僕を庇い、テオが鼻を鳴らす。

 「女に守られていい身分だよな?どこの貴族様だよ」
 「なに?その言いぐさ。男の嫉妬?見苦しいわね」
 「ハッ!そんなんじゃねえよ!こいつが強い強い言うからどんだけ強いかと思えば、喧嘩もできない雑魚だったじゃねえか!女の陰に隠れて守られなきゃならねえとか俺だったら恥ずかしくて死んじまうよ!ザビアスタじゃ生きていけねえしそんな男、要らねえんだよ!」
 「そう?じゃあ、それ、村長のカーソンさんに言うわよ?あの人だって若い頃は奥さんが自警団の長として男より強かったわけだし、あんたの言い分じゃ村長は恥ずかしい男だから死ねって言ってるようなものよ?」
 「村長は別だろうが!村でもめ事がありゃ裁定するし、何より頭がいい。村長に従わなくちゃ俺達は生きていけねえ。だけど、こいつは頭が良いわけでもねえし、力があるわけでもねえ。だけど、飯は喰うんだろ?森じゃ一番要らない人間だ」
 「じゃあ私のお父さんも要らない人なのね!森で魔物に足を食べられて歩けなくなった。力も無いし飯は食べる。あんた、正直にチュートリアさんによくされるロックが気に喰わないって言えば良いじゃない。男のくせにみっともない!」
 「なんだと!」

 テオは苛立ちを隠そうとせず腕を振り上げる。
 だけどネーナはそんなテオの前に胸を張って立つと睨み付ける。

 「女に手をあげる?根性だけじゃなくて男としても最低ね」

 テオは俺を睨み付けて鼻を鳴らす。

 「最低なのはそいつだよ。女の陰にコソコソ隠れやがって。男なら間に立つくらいしてみせろよ」

 それだけ吐き捨てるとテオは槍を担いで僕達に背を向ける。
 ぎゅっと胸の奥を締め上げる怖さが過ぎたと思えば、僕はどこか恥ずかしい惨めさを覚えてより落ち込んだ。

 ――『特別』になろうとすると、こうして、嫌な思いをする。

 だから、距離を取ろうとするのだけど。

 「……うーん、未だに信じられません。これが、あの『マスター』だなんて」
 「チュートリアさんもダメよ?ロックのことあんまり吹聴してまわっちゃ。テオなんてバカなんだから嘘でも真に受けちゃうんだから。チュートリアさんが私とおんなじ女の子なのに戦士として凄すぎてテオが敵わないの。ロックがそれ以上に強いとか言ったらあいつの安っぽいプライドなんかズタズタなんだから」
 「いや、その私ですらちょっと本気出したマスターには触れないくらい強いから。もーボッコボコにされて四角に畳まれてえろいことされちゃうくらいなんですから」
 「レジアン、なんだっけ?そんなお伽噺の英雄じゃないんだから、ロックは線の細いどこにでもいるような男の子よ?どういう事情があるかわからないけど、あんまし無茶させたらダメよ?」
 「うう……なんだろう、この理不尽。まるで私が悪いみたい」
 「実際、悪い!反省すること!」

 屈託なく笑うネーナにそう言われて、形のいい眉を下げるチュートリアさん。
 だが、その元凶である僕はどうにもいたたまれなくてこの場から居なくなりたかった。
 そんな僕に気がついたのかチュートリアさんが心配そうに見つめてくる。

 「マスター、やっぱり記憶は無くなったままなんですか?」
 「そうは言われても、記憶がなくなったことすら、わからないです」

 どこか不機嫌になった僕の声に困ったような表情をするチュートリアさん。

 「むー……多分、赤い竜さんも心配……してなさそうですね。でも、キクさんあたりは心配しそうなんだけど……どうすれば記憶が戻るのやら」

 ネーナがひとしきり僕らを見て考え込む。

 「そうねぇ……飲み過ぎに効く薬草なんかはあるけど、記憶が完全になくなったものを取り戻す薬は無いからねえ。最近出来たヤサイムラまで行けば何か凄い薬草でもあるかもしれないんだけど」
 「ヤサイムラ?」

 僕が聞き返すとネーナが眉を潜める。

 「ザビアスタの西に凄い街ができてるらしいの。なんでもエルフやビースト達と人間をまとめ上げた人が居るらしくて、聖王都プロフテリアですら手に入らない物でも集まる街らしいの。エルフやビーストは人間を見ると襲ってくるし、それを使役するなんてどんな人が作ったのかわからないけど、噂では血に染まった鉄兜を被っていて、切られた者の悲鳴を響かせる牙だらけの剣を振るう悪魔みたいな人で、目に入ったものを殺して回る残虐な領主らしいわよ?」

 その話を聞いて身震いする。
 だが、人の噂というのは尾ひれがつくものだ。

 「まさか。なんですかそれ。人間じゃないですよ。それなら魔物の方がまだしっくりきますよ。まさか、魔物に統治された街なんて話じゃあるまいし」
 「エルフの女王を犬にして、ビーストの女王が常に這いつくばってるって話よ?」
 「どんな魔法を使ったら生き物の構造を変えて犬にしたり、隷属させたりできるんですか。噂話にしてもバカバカしいですよ。そんな魔法あるわけないし、使える人間なんているわけがない」

 どこか遠い目をしてチュートリアさんが相槌を打つ。

 「――あー、なんだろ。その魔法、心当たりあるなー……使える人もすんごく近くに居たりする気がするなー……それ、多分、当人曰く『深呼吸』って魔法。わたし目の前で見てたからよっくわっかるゥー……」
 「『深呼吸』?大きく息を吸えば犬になったり這いつくばったりしちゃうんですか。バカバカしい。チュートリアさんの嘘もそこまでくると凄いですね」

 僕に嘘と断じられチュートリアさんが力一杯地面を殴りつける。
 何がそんなに悔しいのだろうか。
 だが、僕もネーナもそんなチュートリアさんの奇行には慣れたもので放っておいてその『ヤサイムラ』について話し込む。

 「それだけじゃなくて、これは結構信憑性が高い話なんだけど、プロフテリア騎士団の副団長マーシー・セレスティアルが討伐に来たんだけど、逆に魅了の魔法にかけられて今じゃその街を守護してるらしいの」
 「魅了の魔法?一時的に魔物を使役する魔法はあるみたいですけど、人間のアストラには影響を及ぼすことが難しいんじゃないですか?書庫の魔法学の本にはそうあったはずなんですけど……」
 「私もそう思う。私も噂だとは思うんだけど、マーシー・セレスティアルっていったらオーベン城要塞から魔物の軍勢を追い払った英雄よ?こんな辺境の村にも名前は知られているほどの勇者の名前を噂とはいえおいそれと出せはしないわよ。そういえば……チュートリアさんのロック武勇伝の中にもマーシー・セレスティアルをボコボコにしたっていう話あったわね?」

 ようやく立ち直ったチュートリアさんがどこか面倒臭そうに応える。

 「そうですねー……多分、もう信じて貰えないでしょうし私もその時は囚われの身だったから直接見ていないからわからないですけど、それはもう一方的にボコボコにしたって話ですよ。あの頃のマスターはやりたい放題で、プロフテリアで罪の無い一般市民を殺し回って投獄された挙げ句、陪審員を買収して脱獄するとか犯罪者も裸足で逃げ出す極悪人でしたね、そんなに経ってない気がするけどもはや懐かしいです」
 「そういった信憑性のある名前の時は直接見て居ないという前置きを置くのは嘘の常套手段です。陪審員を買収?そういった裁判に携わる人達が簡単に買収されるとか娯楽小説の読み過ぎですよ」

 チュートリアさんが再び地面を力一杯殴り始める。
 声に鳴らない叫び声に圧倒されてどこかネーナが僕に囁く。

 「――大丈夫?彼女。頭がおかしい人に効く鎮静剤、あとで持ってこようか?」
 「ええ、是非お願いします」

 聞こえたのだろうか。
 声にならない絶叫が響き渡り、ザビアスタの森の鳥達が一斉に飛び立ち逃げ出す。
 地面をいきなり掘り始めたチュートリアさんの奇行に僕とネーナはあとずさり、チュートリアさんは穴の中に向けて大声で叫ぶ。

 「マスターは極悪人ー!マスターは極悪人ー!わたし嘘なんて何一つ言ってないのに誰も信じてくれないー!」
 「ちょっと多めに処方しておくから。朝、夕の食後に服用させて?」
 「あ、ありがとうございます」
 「――がっとーざヘゥぅっ!」

 見た目は凄い可愛いのに時折、こうした奇行に走るのがチュートリアさんの残念なところだ。
 そんな叫び声を聞いたのかローさんが斧を肩に担いでやってきた。
 使い込まれた古い大きな斧を担いだ、白いひげを生やした厳めしい大男だ。
 テオですら敵わないとされる樵を生業とするおじさんで何でも僕とチュートリアさんが住むことになった小屋を拵えてくれた人らしい。

 「あ!ロー叔父さん、こんにちわ。これから一仕事?」

 ネーナの叔父にあたるこの人は僕達を一瞥すると低くしわがれた声で喋った。

 「ロックを借りる。来い。木を切る」

 それだけ言うとのそのそと斧を担いで森の方へ向かっていく。
 この何も言わないおじさんは厳しく、僕はあまり好きになれない。
 そんな厳しいおじさんの性格を知ってかネーナは急ぎ、斧を取ってきてくれる。

 「わ、わたしもいきましょうか?」
 「ダメ!ロー叔父さんそれやると凄い怒るから!」

 僕について来ようとするチュートリアさんをネーナが留める。
 ローおじさんがなぜ不機嫌になるのか、僕もよくわからないが、ネーナにはその微妙な機微がわかるようだ。
 それを抱えさせられた僕はもう見えなくなりそうなローおじさんの後を追った。

 ◇◆◇◆◇

 ローおじさんは樵である。
 この村での樵は毎年生えては育っていき、村を飲み込もうとする木々を伐採し、薪や柵の補修をするための木材を確保することにある。
 それ以外にも木を切った後の土地を整えて畑にしたり、牧草地にしたりして村の土地として使えるようにすることもある。
 おじさんが手早く切った切り株に腰掛け、木を切るのに悪戦苦闘している僕をパイプをくゆらせながら見ている。
 午前の仕事が終われば休むのが慣習のジーショの村ではこうした労働は人の好きにさせている。
 だけど、この村の人達は僕をみつけてはこうして雑事に僕を使ったりする。

 ――これは、後から知ったことである。

 僕という人間がどこの誰かはわからない。
 だけど、そうした過去のわからない人間が流れ着いてくることはザビアスタの辺境の村では少なくは無い。
 そんな人間を追い出して村を守ることもあるが、多くの場合、受け入れて一緒に暮らすことになる。
 閉鎖的な村は親戚同士の婚姻が進むと血が濃くなり奇形児の出生率が高くなり、時折、外の血を入れなければいけない。
 いずれにせよ、ジーショの村はこのときの僕とチュートリアさんを受け入れることを決めていたが、僕をザビアスタの辺境の村で生きていけるように生きていく術を空いた時間に教えようとしていたのだ。
 だが、自分が誰かもわからない僕はこの時、そうして使われる僕は何をやっても上手くいかない自分に不甲斐なさを覚えるばかりで、どこかこの村に居心地の悪さを感じていた。

 ――力一杯振り下ろした斧が木に刺さり、抜けなくなる。

 力を込めて抜こうとするが、抜けず、幹を足蹴にして抜こうとして反動で尻餅をついてしまう。
 斧が支えとなっていた木の幹がみしみしと音を立て、僕の方に倒れてくる。

 「わ、わ――わぁっ!」

 転がってその場を飛び退き、倒れてきた木の枝が上から僕に覆い被さり視界が真っ暗になる。
 全身を木の枝でひっかかれ、痛みに悲鳴を上げるが木が倒れた轟音にかき消される。

 「ハァ……ハァ……フ、フゥ……ハァァ……」

 そんな様子を黙ってみていたローさんは枝の中から這いずって出てきた僕を見下ろすとボソリと呟いた。

 「下手くそだな。それに、遅い。枝を払え。運べるようにしろ」

 気がつけば空はもう茜色に染まっていた。
 ローさんが4本を斬り倒している間に、僕はようやく1本の木を切り倒していた。
 それも、細い木をだ。
 僕は自分が樵に向いていないことを痛感する。
 荒い息をつきながら、それでものたのたと山刀で枝を払っていく。

 「綺麗に切れ。それじゃあ薪にも使えん」

 枝の根元を斬り払い、葉を落とし、枝を作っていく。
 枝を切り払うころには日が暮れていた。
 枝を纏めておくと、木を運ぼうとして、力が入らず木の下敷きになる。

 ――疲れ切った体に力を入れることができなかった。

 ローさんはどこか残念そうに僕を見下ろすと木を一人で持ち上げ、肩に掲げた。
 不甲斐なさに恥ずかしくて死にそうになる。
 見上げたローさんがどこか不機嫌そうに僕を見下ろし、木を集積所に運んでいく。
 ズシン、と大きな音を立てて積み上げられた木を見て僕は肩で息をしながら膝をつくと汗を拭う。
 そんな僕に手を出すことなく、傍らで立ったままローさんは見下ろすと僕が立つのを待った。
 僕は待たせなくて立とうとして足がもつれて倒れる。
 そんな僕にため息をつき、ローさんは腕を引っ張りあげ、立たせると不機嫌に呟いた。

 「帰るぞ。自分で歩け」

 本当はそれが優しさなのだろう。

 ――一人で生きていける男にしなくちゃ、いけないから。

 だけど、僕はどうしてこんなことをさせるのかわからず、だけど、それに怒る度胸もなくて俯いていた。
 のろのろとローさんの後を追い、暗くなったジーショの村に戻った。

 ◇◆◇◆◇

 ジーショの村では昼と、夜に飯を食べる。
 朝が早く、朝の仕事を終えてから食事をするのが習慣なのだ。
 『朝飯前』という言葉はこういう風習から来ているのかもしれない。
 物置小屋を改修しただけで、まだ、かまど等が無い僕とチュートリアさんは夕飯をローおじさんのところで厄介になっている。

 「ロックは本当に、男の子としては弱いのねえ?」
 「ほ、本当はそんなことないんですよ!わ、私の知ってるマスターは本当に強いんですよ!」
 「はいはい、ヴォルヴで国民を皆殺し?ネルベスカの帝都で殴り込み?書庫にあるお話より面白くておばさん好きよ?行商さんが来るまでは退屈しなさそう。あ?チュートリアちゃんおかわりは?」
 「あ、はい、お願いします……じゃなくて!本当なんですよ!」

 ネーナがくすくすと笑う。

 「ロックがねえ!それなら街一つ皆殺しとか平気でやっちゃいそうだね!そうそう?こんなのどーお?極悪人ロックロータ!遂にサンダウンバレーに投獄!しかし、ロックロータはサンダウンバレーの住人を皆殺しにして火をつけて燃やして占拠した!街にあった金銀財宝を奪ってそのまま脱獄!とか。面白そうじゃない?」
 「……冗談みたいな話ですねー。冗談みたいですよねー。私も冗談だと思いたいですし、冗談であればいいなと思いました。だけど、それ本当でしたー」

 ローさんが不機嫌そうに鼻を鳴らし、僕はいたたまれなくなる。
 僕は不機嫌なまま悪態をつく。

 「チュートリアさんの嘘は具体的な話になると、見たことが無くなるんですね。そもそも犯罪者として投獄されてる時点で人でなしですよ。僕にはそんな度胸はありませんよ」

 チュートリアさんは食器を丁寧にテーブルに置くと椅子から立ち上がり床に蹲るとガンガンと床を叩く。

 「まともだけどまともじゃない!こういうマスターであって欲しかったけどこれが異常と思う私は一体どーなってんのー!」

 そんな様子が気に要らないのかローさんが不機嫌に告げる。

 「床を叩くな。壊れる」
 「すみません……本当にすみません……だけど、悪いのはマスターなのに私は何一つ嘘をついてないのに……このっ、理不尽っ」

 ひとしきり食事を終えるとネーナは片付けを手伝いそそくさと戻る。

 「それじゃあごちそうさま。父さんが待ってるからもう帰ります」
 「レリドに風邪を引くなと言っておけ。ロック、送っていけ」
 「要らないですよー?ロックより多分、私の方が強いだろうし、チュートリアの言うとおりだったら私、乱暴されちゃうだろうしね?」

 そういって僕を茶化してネーナはバスケットの中にパンとスープを入れたナベを詰めると出ていく。
 僕はモアおばさんの皿洗いを手伝おうとして止められる。

 「男の子が女の仕事を奪ってはダメよ?チュートリアちゃん、手伝って」
 「あ、はーい」

 厳しい環境であるザビアスタの森では男は男の仕事、女は女の仕事と分かれている。
 このときは思い出せなかった僕が元居た世界では男と女の仕事が混在し、男が主婦のようなことをしていても当たり前である風潮がある。
 だけど、それはそれが許されて、また、当たり前になったから当然となった風習で、ザビアスタではそんなことが許されないくらい厳しい生活をしていたから生きていくためにそうして男と女で仕事を分けることが生きていくために必要だった。
 ローさんと差し向かいで座り、ローさんは食後の酒を傾ける。
 静かに吐き出した息に酒精の匂いがして、僕は眉を潜める。
 ローさんは僕に酒を無言で勧めるが僕は首を振って断る。

 ――酒とタバコは一人前の男の呑むものだ。

 だから先に気概だけでもという心配りだったのだろうが僕には当然、理解できていない。
 ただ、酒という飲み物が嫌いだったので断っただけだ。
 黙ってカップを傾けるローさんと黙って座っているだけで居心地が悪い。
 ザビアスタの酒は寒さを誤魔化すために酒精が強い物が多い。
 やがて目の据わってきたローさんがぼそりと呟く。

 「……何もできないと思うから、何もできない」

 それが僕に向けられた言葉だとわかる。
 肩を小さくし、背を丸め、椅子の下で組んだ足をぷらぷらと揺らす。
 股の下に隠した手の平を組み替え、小さく頭を下げる。
 そのいじけた様子が気に要らないのかローさんは鼻を鳴らす。
 チュートリアさんがそんな僕らを振り向き、一度だけ盗み見ると囁く。

 「おじさん、何を言ってるんですか?」
 「そうねえ、男の子は男の子の悩みがあるのよ?それより、チュートリアちゃんはロックのことが好きなのね?だから面白いお話をしてくれるのかしら?」
 「え?あ?そ、そんなんじゃないです!マスターはマスターで私はイリアだから……その、あの……というかモアおばさんも私の言ってること信じてくれてない?」
 「ロックみたいな子は珍しいからねぇ、ネーナも興味あるみたいだし早く手をだしちゃわないと奪われちゃうわよ?」
 「え?あの――ええぇっ?」

 そんな女の人達の言葉とは裏腹に、僕はさらに自信をなくしていく。
 何をやっても人並み以下、だのに、放っておいてはくれない。
 特別であろうとすればそれは誰かの目に留まるし、誰だって特別になりたくて努力をしているのだ。
 それに届かないくせに特別になろうとすればそういった人達からやっかみを受けるのは当たり前の話なのだ。
 そうした争いを避けて生きていかないと辛い思いをしてしまう。
 僕だって、叶うなら特別になりたい。
 だけど、何をやっても特別になんかなれないからこうして背を丸めて生きるしかないんだ。
 そんな僕を見透かすようなローさんの厳しい瞳が居心地の悪さを加速させる。
 だけど、今の僕はそれでもみんなに頼らなければ生きていけないから、せめて、みんなの気を悪くしないように生きなくちゃいけない。
 チュートリアさんがモアさんの手伝いを終えるまでの時間がもどかしい。

 「……わからんな」

 ローさんの独り言の意味は僕にだってわからない。
 多分、僕という人間がわからないという意味なんだろうけど、僕だって僕のことをわからないのに。
 チュートリアさんがモアおばさんから選択された下着を受け取り、ようやくこの居心地の悪さから解放される。

 「それじゃあ、ごちそうさまでした」
 「足りないものがあれば遠慮無く言ってね?」

 優しく微笑むモアおばさんに頭を下げてそそくさとその場を後にする。

 「いじけた男だ。自分を出そうとしない。文字が読める、書ける。頭は悪くない。物覚えが悪い。学ぼうとしない」
 「なにぶつぶつ言ってるの?あなたも晩酌はそのくらいにしなさい?また、ネーナに――」

 家の中でローさんがぶつぶつと独り言を言っているのが聞こえた。
 僕という人間を観察して思ったことを呟いているのだろう。
 だけど、聞こえないフリをして僕はあてがわれた小屋に戻る。
 チュートリアさんが掲げたランプに浮かび上がった道を歩き、周囲の家の灯りが次第に落ちていく。
 灯りに使う油は安くなく、日が落ちれば皆、眠る。
 日が落ちるのと同じにして休み、日が昇ると起き出す。それがこの村の生き方だ。

 「遅くなっちゃいましたね……」

 どこか僕の様子を伺うようにチュートリアさんが尋ねる。
 だけど、僕はチュートリアさんにどう接すればよいのかわからず無言を貫く。
 戦士として強く、また、魔法も扱え、村での生活にも慣れているチュートリアさんは村に早くに馴染んだ。
 だけど、何をやってもダメな僕は馴染めずにいる。
 それどころか、この村に居心地の悪さすら感じているのだ。

 「そうですね……」

 とはいえ、村を出て行ったところで森を抜ける前に魔物に喰われるだろう。
 この村で生活しなければいけないことには変わりなく、それを思えば億劫になる。
 最初のうちはどこか暗い顔をしていたチュートリアさんも今では心なしか楽しそうだ。

 「……慣れているんですね」
 「えあ?」
 「こういう生活です……僕には馴染めなくて」
 「あー……私もザビアスタの出身なんですよ。西のヤックモ村の。マスターも来てくれたんですけど……覚えていないですよね?あはは……あれはあれで酷い目に遭いましたけど、うん、今は、忘れていてくれると嬉しいです」

 そうして小さなため息をつくと、チュートリアさんは少し寂しそうに目を細めた。
 どこか憂いを帯びた横顔が星空の中で幻想的なまでに綺麗だった。

 「本当はこうして、生きていくはずだったんだなって思えば、ちょっと、現実を忘れてしまいました」
 「そうなんですか?」
 「そうですね……私が生きるのは、本当はマスターの歩む道の隣だったはずなんです。だけど、私はこうして、小さな村の村娘としてしか生きてこなかったから」

 はにかんだチュートリアさんがどこか恥ずかしそうに俯いた。

 「本当は、村の誰かと結婚して、お母さんとか村のみんなに祝って貰って、子供を産んで……ちょっと退屈だけど、小さな出来事で驚いたりできる、こういう生き方が私の生き方だったんでしょうね……」

 戦士として村一番の猛者であるテオを軽々とあしらうチュートリアさんはどこか遠くを見ながらそう呟いた。
 どんな言葉をかければいいかわからない。
 それでも、何かを言わなければならないなら、当たり障りの無いことを言わなければならない。

 「そうして、生きるのが正しいなら、そうして生きればいいんじゃないかな」
 「きっと……マスターなら、そう言うのでしょうね。でも、その『意味』はきっと違うのかな?えへへ」

 どこか困ったような笑顔をして僕を見るものだから、どきりとしてしまう。
 だけど、記憶を『なくす』前の僕も同じことを言うのだろうか。
 当たり障りなく、誰にも嫌われないように必死になって。

 ――それでも、みんなに嫌われてしまう。

 それがどうしようもなくて、大きなため息をついてしまう。
 どうにかしたくても、どうにもならない。
 こうして仕方がないと諦めて考えることを辞めてしまうのが、一番楽だから。
 そんなことを思いながら歩いていれば、やがて、村の外れに辿り着く。
 僕とチュートリアさんが暮らす古く小さな物置小屋に寝床を作っただけの小屋だ。

 「――明日も早いからもう寝ましょー。灯りももったいないですからね」

 僕が寝床に入ると、チュートリアさんがランプを棚にかけて息をふきかけ炎を消す。
 暗くなった室内でごそごそと着替えると、僕の寝床に入ってくる。
 間近にあるチュートリアさんの顔にドギマギしてたじろいているとさも当然という様子でチュートリアさんが言う。

 「じゃあ、マスター、おやすみなさいです」
 「いや……毎日のことだからもう言うのもいまっさらなんですけど、どうして人の布団に潜り込むんですか?あっちにチュートリアさんのベッドあるじゃないですか」
 「いや、あれはテーブルとして使ってますし」
 「片付けますよ。僕がそっちで寝ましょうか?」
 「そっちで寝たら多分、寝てる間に私入っていきますよ?」
 「平然と言ってますけどそれおかしいこと自覚してます?」
 「まあ、癖みたいなものなんでー。一人で寝るのさびちい」
 「治しましょう。頑張って下さい。これじゃあ僕が眠れない」
 「私は安眠できますー。むふー」

 僕の言っていることの意味を知ってか知らないでかチュートリアさんははにかみながら身を寄せてくる。
 寝る時ですら居心地の悪いこの生活はどこか、最悪だ。
 僕はチュートリアさんに背を向けると放って眠ろうとした。
 ザビアスタの夜は夏とはいえ、どこか寒い。
 毛布一枚ではまだ寒いのかチュートリアさんは後ろから僕を抱くように身をくっつける。

 「なんだか、こうしてるとお父さんを思い出します」
 「お父さん、居るんですか?」
 「居ました……私が小さい時に、薬草を採りにでかけて……そのまま帰ってきませんでした。雨が降ってましたし……崖で足を滑らせたんじゃないかって言われてます」
 「そうですか……」
 「マスターのお父さんはどんな人だったんですか?」
 「……自分に『父親』が居たのかどうかも、思い出せません」
 「おかあさんのことも?」
 「そうですね……僕が別の世界から来たという話をされても、わかりません」
 「本当に……『記憶』を無くされたんですね」

 本当は記憶の『巻き戻し』をされたらしい。
 だけど、『記憶』を『巻き戻す』ことが可能だとしたら、『付随』する経験や記憶はどうなるのだろう?
 『記憶』をある一定の時点まで巻き戻すとして、巻き戻した状態の自身が『現在』に居ることで、周囲の状況とその巻き戻された時点の記憶から照合して『空白』の期間を埋めることは可能なはずだ。
 酔っ払いが記憶をなくしたとしても、家に居る時点で乱れたスーツや酒臭から酒を飲んだことを想像するのは容易だ。
 本当にある時点まで『記憶』を『巻き戻す』というなら、それらの要素を全て排除しなければならないはずだ。
 人格の形成は環境によるところが大きい。
 それであれば『記憶』を『巻き戻す』ということはその『環境』に関する記憶を全て抹消する必要すらある可能性を考える。

 「バカバカしい……」

 とりとめもない思考をして、あまりにも荒唐無稽な理屈を考える自分に辟易する。
 環境に慣れず、余計な思考に逃げているのがわかる。
 そもそも、どうやってそんなことができるというのだろうか。
 魔法についても村にある書庫で基本的なことは学んだ。

 「マスターは……本当に、全部、忘れてしまったのですか?」

 どこか不安そうに尋ねてきたチュートリアさんの声が震えていた。
 僕は眠る前のまどろみの中で億劫に答える。

 「ええ……思い出せません。僕はチュートリアさんの言うような人だったとは、思えないですよ……」
 「記憶を取り戻したいと、思ったことは?」
 「さぁ?無いものをあると言われても……わからないですよ」

 身じろぎして身を寄せてきたチュートリアさんのぬくもりを背中に感じるが、どこか、強ばっていた。

 「あの……その……じゃあ、なんですけど……ずっと、こうして生きていくのは、どうですか?」

 どこか、覚悟をもった言葉に僕は一瞬だけ答えをためらった。
 だけど、何かを選べるほど、強くもないことは身に染みて理解していた。

 「こうもなにも……そうしないと、生きていけないじゃないですか」

 そう、生きていけないんだ。
 生きていくために何を選べるというのだろうか。
 好きなことを、好きなだけやって生きていけるのなら幸せなのだろう。
 だけど、この村にいる人たちのように苦しくてもそれでも生きていくために与えられた役割をこなして生きていかなくちゃいけないんだ。

 ――それすら、満足にできないのに、何を選べるというんだ。

 「魔王とか……世界とか……僕にはどうしようもないんです。ごめんなさい。それっくらいには、僕は弱いんです」

 期待されることが辛い。
 期待に応えられないと、失望されるから。
 そうして、自分に何も価値がないことを知るのが、痛いから。

 「……私も、弱いんでしょうね……」

 チュートリアさんが小さく、応えた。

 「いけないことなんでしょうけど……すごく、安心してしまいます」

 ただ生きてるだけで辛いというのに。
 世界の何を変えられるというのか。
 まどろみの中に落ちていく意識の中でまた繰り返す明日に嫌悪する。
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