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廃神様と女神様Lv1 作者:井口亮

第三部『宵闇の天幕編』

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クラウディア・ネルベスカ

 帝国六将軍が集まることは非常に珍しい事だった。
 ネルベスカ帝による招集がある時以外はまず、戦場で顔を揃えることは無い。
 プロフテリア国境線を名目上、守護している南部守護軍すらこの絶対氷壁の前に集め、事実上、ネルベスカ帝国の全ての兵が集まっているといっても過言ではない。
 帝国将軍バネッサ・ローレアは煌びやかな装束の裾を翻し、寒さに身を縮めた。
 燃えるような赤い髪を風に吹かれるままになびかせ、艶のある唇を歪める。
 若く精力的に見えるが、既に齢は二百を回っていた。
 ネルベスカでは珍しい、エルフである。

 「……アイアイスも大人になったと思えば。まだまだ子供かね」

 『帝国の魔女』と呼ばれるバネッサ・ローレア率いる魔導兵団は機甲戦艦バッファリーンの甲板で集合したネルベスカの将兵達を睥睨していた。
 魔導鎧将アイアイス、そして、魔導賢将セティ・ウンドの師として帝国6将軍逆三錘の頂点となる魔導大将バネッサ・ローレアからしてみれば此度の招集に意味は感じられなかった。
 ネルベスカ帝の周辺に最近現れたツクシロをはじめとしたかつての『魔王の残滓』が裏で糸を引いているのだろうと察した。
 帝国南方の守りを放棄すればプロフテリアは軍を進駐させ領土を拡大させるだろう。
 そうなれば取り戻すのは容易ではない。
 だが、南方守護を引き上げるのと同時に出現した大型の魔物達の群れを思えば全て『画策』されたものだとわかる。

 ――とことん、巫山戯ている。

 魔導の道を進み二百年。
 人の枠を超え、英雄と呼ばれても届かないものがある。
 いや、神と呼ばれる領域に立っても届かないのだろう。
 人が集まり、軍を成し、そして守った帝国という誇りをただの魔物が代わるというのだ。
 併走する機甲戦艦ヘパリーゼをちらりと一瞥する。
 甲板で背中を丸め、指揮をしているのは傭兵将軍のオイフェ・オブライエだ。
 その傍らでは不機嫌そうなアイアイスがオイフェの指揮を監督していた。
 急な編成に並の武将であれば掌握に苦労するのであろうが、歴戦の傭兵であるオイフェ・オブライエは良くやっていた。
 アイアイスとオイフェの組み合わせは良く出来た組み合わせだと思う。

 「あの堅物大将軍の下で、バカをしなけりゃいいんだが」

 オイフェの視線の先、機甲船艦ヘパリーゼの先に立つ帝国将軍の顔を見つめる。

 ――帝国大将軍ベザルニコウ・スキシュイクス。

 神聖プロフテリア王国と長年にわたり矛を交え、熾烈な戦場を生き抜いてきた帝国将軍の最高権威を拝する将軍である。
 ベザルニコウ・スキシュイクス、シグルド・シグムンド、オイフェ・オブライエの三人を帝国六将軍の正三錘と呼ぶ。
 対してバネッサ・ローレア、アイアイス・ボルドベッド、セティ・ウンドの三人を帝国六将軍の逆三錘と呼ぶ。
 帝国円卓において座すべき将軍席が六芒星を描いており、それぞれに座る位置からして名付けられたものである。
 円卓にて軍の発言を深く浸透させるために均等の間隔で配置した結果、誰も逆らうことのできない六芒星ができあがった。
 いつしか、この六芒星を円卓六芒と呼ぶようになった。
 そこに機甲戦艦ヘパリーゼ、機甲戦艦バッファリーン、機甲戦艦アリナミンを擁して帝国軍の全てとなる。  

「……バネッサ様、招集を完了致しました」

 セティ・ウンド将軍が恭しく告げる。
 恐ろしく気分屋なこの女傑を怒らせれば面倒になるのを理解しているからだ。
 だが、その気分屋の女傑は既に、もう、この遠征自体に不機嫌だったのだ。

 「ドラゴンバスティアの設置は完了しているんだろうね?あの小娘にどれほどの価値があるのかはわからんが……消えたツクシロの代わりに来たあの女も気に要らない」

 執政官であるツクシロの代わりに来た女のことだ。

 「……テステニ、という女ですか?」
 「ツクシロもシアン・ブルーも理解できた……理解ができるということは利用できるってことだ。だけど、あれはわからないんだよ」

 悔しいことに。
 ツクシロの代わりに現れたテステニという女官が気がつけば取り仕切っていた。
 ドラゴンバスティアの情報も魔物の群れの発生もそのテステニが予言したという。
 ネルベスカ帝がどうしてこのような女を身辺に置いたかの事情は知らない。
 だが、ネルベスカに身命を捧げるネルベスカ帝にあって間違いは無いだろう。
 それは帝国六将軍の共通の認識であった。
 ドラゴン達による大規模な北方侵攻が行われるという。

 ――クラウディア・ネルベスカによって。

 「クラウディア・ネルベスカがドラゴニュートを率いてこのネルベスカを侵略する――あの糞ガキがね。そんな根性があるようにも思えんのよね」

 隣に立つシグルドが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
 皇帝からクラウディアの奪還を任され、失敗した経緯があるからなおの事、責任を感じているのだろう。
 だが、その瞳にそれだけではないものが宿っている。

 ――この男は期待しているのだ。

 それが何を期待しているのかはわからない。
 だが、長く生きたバネッサはシグルドという品行方正に見える男が、その実、どこまでも戦の衝動にかられたどうしょうもない屑であることを見抜いている。

 「シグ。あんた、ロクでもないことを考えていやしないかい?」
 「ハ、いえ……クラウディア様を私めがお迎えできていればこのようなことには」
 「はぐらかすな。お前の本性を私は知っている。何を企んでいるか教えてごらん?」

 シグルドはどこか諦めたように俯き、顔を上げると告げる。

 「……少々、楽しみにしております」
 「へぇ。クラウディアが率いるドラゴニュートをかい?」
 「姫様には将たる器量はございませんでしょう。よしんば、ドラゴニュートを率いていたとしても畏れることは、ありません」

 そう言い切ったシグルドにバネッサは感嘆する。
 将としてよく見ている。
 無論、帝国将軍としてこれくらいの見識があるのは当然である。
 だが、勇猛果敢なドラゴニュートを前にしても畏れることが無いと断ずることができる目算の正確さに驚いている。
 同時に、バネッサはシグルドをよく理解している。

 ――そのようなつまらない戦にこの男は興味を示さない。

 だとすれば。

 「なら――姫様と一緒に居たレジアンという奴かい?」
 「はい。あれは――恐ろしい」

 恐ろしいといいながら屈託無い笑みを浮かべるシグルドに不機嫌に鼻を鳴らす。
 人間の若造でありながら、将としての器量はやがて大将軍へ届くものを有している。
 虐げられていた過去から来るこの破滅的な欲求を制御でき、かつ、出自を補強する何かがあれば将来は帝国を負って立つ大将軍となり得るだろう。
 その際は自身の養子にしてやってもいい。
 バネッサはそこまで考えていたが、それまでに自身の逆三錘の頂点を任せられる将軍としてアイアイス、若しくはセティ・ウンドを導かねばと思っていた。
 だが、いずれも将としての器量は未だ至らず、どうしたものかと考える。
 思考が横道に逸れ、血気に逸る将軍に尋ねる。

 「レジアンとは遣り合ったのかい」
 「はい。踏み込みが足りないと」

 機動戦を旨とし、知性を持った猪突猛進を絵に描いたようなこの剛将に対し踏み込みが足りないと説いたのであれば自殺志願者としかいいようがない。
 これを超える速度と踏み込みは相手の剣を身に受けてのど笛を喰らうような戦い方しかできない猪武者だ。
 そんなものが率いる軍というのであればそれこそクラウディア姫が率いた軍勢より組みしやすいと思われる。
 だが、シグルドとオイフェが視線を交錯させて不敵に笑い合う。
 二人にしか理解できない何かがあるのだろう。
 理解できないものがある。

 「大氷壁――アンガーファングを中心に包囲陣を敷けぇ!敵の侵攻は白夜をもって行われる。魔導兵はこれを最大の火力でもって叩く!」

 氷結の魔女バネッサの号令でもって魔導兵達が一斉に動き出す。
 ネルベスカの風はいつだって乾いている。
 潤うべき湿気すら凍るこの大地の風が乾いていない訳がないのだ。
 だが、どこかねばついた重たい風にバネッサはどこか熱を感じていた。
 どこかの、誰かが熱を零してやがる。
 それが、不愉快だった。
 帝国将軍達はまだその誰もが知らない。
 そして、全てが知るようになる。

 ――『赤い竜』率いる『竜魂』の、そして、『廃神ロクロータ』の伝説を。 

 ◆◇◆◇◆

 空の7割が鈍色の雲で覆われた。
 大地すらところどころ浸食が始まり、いよいよもってグラスフォレストも終わりが見えてきた。
 グランレイクに浮かぶ三隻のスケート戦艦に守られるようにずんぐりむっくりした新造戦艦のセブンスヘッズが静かに浮かんでいる。
 セブンスヘッズに設けられた俺の自室でガチャガチャと武器を並べる。
 ヴォルヴのバザーで見つけたいわゆるリサイクル品である大剣の『ハイペリオバスタード』、『デルフブリンガー』にカタナの『零閃』、霊環を『エメダス肩章』に換える。
 長く相棒として親しんだチェインソードとライオネルシールドをマテリアライズする。
 鍛冶スキルが高いドワーフどもの存在が今は非常に助かる。
 片手斧として『エアリアルアックス』を進化させた『ゲイルハチェット』に。片手槌として『ヨウノモノ』を。
 ナイフとして『パーヴァリア』に毒を塗っておく。
 ポーションの瓶を差したベルトをいくつも並べ、俺は戦の準備をする。
 そんな俺の部屋のドアがノックされる。

 「入れ」

 入ってきたのはマノアだった。
 どこか、神妙な顔つきのマノアが俺を見て尋ねる。

 「師匠……あっしは、わからなくなりました」

 押し殺したように呟くマノアに構わず、俺はそれぞれの武器にコーティングをしていく。

 ――長期戦が予想される。損耗率を少しでも下げなければならない。

 「白老竜と戦う必要があったのか……そして、ドラゴニュート達をニ・ヴァルースにつれて行っていいのか……これ以上、師匠と一緒に居ていいのだろうか」

 最後のが本音だろう。

 「怖くなったか」

 どこか竦んだマノアに俺は鼻を鳴らす。
 沈黙が答えだ。

 「当然だ。怖くない訳が無いだろう。それが多分、闘争って奴だろうからな?」

 つまらなさそうに呟き、俺は全てをマテリアライズする。
 そうしてインベントリに押し込むと次は銃器の調整に入る。

 「こんなことを生業にしてりゃ、多分、長生きはできねえわな。辞めちまうなら今のうちだぞ本当に」
 「でも、師匠は」
 「俺はレジアンだ。例え死んだとしても記憶を失うだけだ。命までは取られない。記憶を失い尽くせばそれは生きているとは言えないだろうがぬ」

 マガジンの中に弾丸を押し込み、装填する。
 遊底を引き、薬室に弾丸を押し込んでおく。

 「俺は多分、お前に答えを出せるほど長く生きちゃいない。俺もまだ、途中なんだ。だけど、それでも言えることがある。お前が持っている怖いという感覚はとても正しく、どこまでも必要なものだ。それを忘れちまえば、不幸になる。だから、その怖いという感覚を持ち続けろ。どうしょうもなくなったら尻尾まくって逃げちまえばいい」

 ナイトレイドのスコープを覗き、レティクルを確かめる。
 機関砲のバレルを一本一本交換してゆき、ミサイルランチャーへミサイルを詰め込んでゆく。
 ギリギリ作れたカートリッジをビームランチャーに装填して全てをマテリアライズする。
 俺は準備を終えると、ベッドに腰掛け、マノアに向き合った。

 「逃げるなら徹底的に逃げろ、そして、逃げ切れば勝ちだ。そういった生き方もある。その生き方はまた、勝ち続けるのと同じくらい難しい」

 不安、なのだろう。
 こまっしゃくれ、小賢しく、そのクセ臆病なのがネルベスカ・マノアという少女だ。
 純真で、誠実で、頭の悪いチュートリアと違い、どこまでも人間臭いからなおのことだ。

 「中庸……その真ん中でいるのが一番楽なのかもしんねえ。けど、俺も、どれが正解なのかよくわからん。そこまで俺も長く生きちゃいねえからな」

 どこか饒舌なのは俺も緊張しているからなのだろうか。
 軽く自己分析をしてみるが、次にマノアに言った言葉で結論を得る。

 「いずれにせよ、いずれにせよだ――その瞬間、瞬間に必死になれ。一生懸命は裏切らない」

 俺はまだ何か言いたげなマノアを置いて、艦橋に向かおうとする。
 セブンスヘッズの操舵の感触を確かめておくためだ。
 実際の操舵はエレニアに任せることになるが、最初のうちは俺が操舵担当になるだろう。
 話を聞く限りだとこの世界じゃあ700年の間、出てきちゃいない戦艦になる。
 ブリッジに赴くとゲオルグが操舵棹の前で唸っていた。
 エレニアの奴ぁ操舵をゲオルグにぶん投げたに違いない。
 俺はどこまでも無責任なエレニアにあいつの面影を重ねてため息をつく。

 「よう兄弟。頑張るな」
 「ああ?ロクロータか……こいつの操舵なんだが、普通の船の面舵と取り舵だけじゃなくて、なんで支柱が前後に倒れるようになってんだ?あと、この横のレバーといい腰の部分で固定してこの足踏みを使うってんだがさっぱりわかんねえぞ」
 「まあな。ちょっと貸してみ」

 俺はゲオルグと代わり、フットペダルとスロットルの滑りを確認する。
 操舵のしっかりとした重さを腕の中で感じ、出来の良さに納得する。

 「こういうのはびっくりできる方が楽しめるだろう?まあ、もうちょっとだけ楽しんで待てよ」
 「崩壊が迫って帝国が目の前だ。悠長なこと言ってられンのかよ。試運転もしていないんだぜ?」
 「ソニアが設計したんだろ?設計図見たけど随分と余裕もった出力してるよ。試運転なんか要らねーよ」

 俺はオモチャを与えられた子供のように微笑んでやると苦労の多いゲオルグ兄さんの肩を叩いてやった。
 俺と入れ違いにチュートリアがブリッジに入ろうとしていた。
 目線が合い、チュートリアが竦む。
 そして、唇を噛んで俯いた。

 ――完全に心折り状態になってやがる。

 どうしたものかと考えるが、面倒臭くなってやめる。

 「あの……マスター……」
 「どけ」

 俺はチュートリアを押しのけ、艦橋から格納庫へ向かう。

 「あ……」

 ふらつき、今にも倒れそうなチュートリアを振り返ることもなく進む。
 大容量の格納庫に急ごしらえの区画を設け、収容人数を超えた人数が肩を寄せ合っている。
 換気が行き届いていないのだろう。
 後部ハッチを半分開いて換気して湖の水が僅かに浸水している。
 子供というのは何処に行っても無邪気なものでドワーフとドラゴニュートの子供達が浸水した水辺で遊んでいやがる。
 色々と不満はあるだろうが、想定の範囲内でやってくれてることにロウリィには感謝しなくちゃならない。
 とりあえずやることもなくなってきたので寝る前に、甲板に出て風にあたる。
 ネルベスカじゃあ色々と忙し過ぎた。
 戦闘に次ぐ戦闘で流れ流れて北の果てで世界地図のギリギリアウトときたもんだ。
 昔キクさんに言われたが少しゆっくりしてもいいやもしれない。
 セブンスヘッズの甲板はまるで人を乗せる気が無いのか狭く作られている。
 元々の設計であれば甲板を広く取っていたがそれだとこの戦艦のコンセプトを活かしきれないことから甲板を狭くした。
 丸みを帯びた胴体はミスリル板でできており、胴体強度はアサヒガニラス等に比べれば劣る。
 グランレイクに映る穴の空いた月の光を眺め、俺は大きく息をついた。
 月の光から覗く鈍色の雲がうねり、オフゲのRPGの終盤を思い出す。
 空の色が変わって世界が危ない的な演出をしてくれる奴だ。
 だけど、俺のゲームは未だ序盤だと思うと辟易してくる。
 オフゲならおおむね32時間から48時間、やりこんで72時間。
 ネトゲの場合は三千時間は遊ばないとまずまずクリアは見えてこない。
 いつになったらログアウトして布団で寝れるのか考えると、辟易してきやがる。

 「ロクロータ様」

 ふと、甲板にクラウディアが上がってきていた。
 名前を呼ばれて振り返ると、夜風に吹かれて髪を抑えるクラウディアが居た。
 幻想的な月の光を反射した金色の髪が輝き、眩しい。
 白老竜との一戦以来、俺は面倒臭くてイリア達との対話を避けていた。
 俺はクラウディアに背を向けると、不機嫌に顔を歪めて水平線を見つめた。

 「元の世界の事を、考えていらっしゃるのですか?」

 俺の後ろに立ったクラウディアがずけずけと踏み込んでくる。
 どうにも俺はそれが気に要らない。

 「お前達には、関係無いだろう」
 「私には、関係があります」

 クラウディアは俺の隣に立ち、俺の顔を覗き込む。
 どこか真摯な眼差しに気圧される。
 クラウディアは俺と同じ水平線を見つめる。

 「あなたの行くところに、ずっと、ずっと……ついてゆきます」

 静かに、小さく、覚悟を吐き出した。

 「俺は、認めな――」
 「あなたが認めなくても」

 否定を即座に叩き斬り、俺は首を振られる。
 抱かれた手の平の中、クラウディアの顔で視界が埋まる。

 ――押しつけられた唇に呆気にとられる。

 おずおずと離された唇が、名残惜しそうに俺の唇をついばむ。

 「あなたを……お慕いしております」

 ほんのりと頬を染め、それでも真摯に俺を逃がさず見つめる瞳に目が眩む。
 甘く、脳髄を揺さぶる。
 俺はクラウディアの肩を掴み、引き離そうとして――抱きしめられる。

 「……あなたという人の、弱さも、強さも、どれもが愛おしいです」

 力強く抱擁され、俺は頭の中が真っ赤になる。

 「ふっ――ザケんなよっ!」

 胸ぐらを掴み、強引に頭を叩きつける。
 甲板から、投げ飛ばそうとする。
 だが、クラウディアの手が俺の襟を掴み、バランスを崩す。
 投げられたクラウディアの手が俺を離さず、俺は甲板の手すりを超えてしまう。

 「がうッ――」

 歯を食いしばり、爪が剥がれても俺の襟を掴み、引き寄せるクラウディア。
 曲面を描くセブンスヘッズの甲板の上を二人で転がり、宙に投げ出される。
 夜空に投げ出され、月明かりの中、グランレイクに水柱を上げる。
 腹を打った痛さと全身を刺す冷たさに目が眩む。
 鼻から水を飲んだ苦しさに目の奥が痛くなり、水面に顔を上げればクラウディアの頭が俺の鼻を叩く。
 痛みに目がチカチカし、苛立つがクラウディアの腕が俺の首を抱いた。

 ――そして、再度、俺の唇を塞いだ。

 「あなたはっ!そうして、愛されることから逃げるんですっ!あなたは人に愛を一方的に押しつけておきながらっ!」
 「あに言ってやがるっ!どっちがだっ!どっちが一方的なんだよ!俺はお前達を絶対に許さない!勝手にこんな世界に呼び出して帰しちゃくんねえどころかこんな下らない戦いに巻き込みまくりやがって!うんざりだ!うんざりなんだよ!こんなこたぁオフゲでやれ!オンゲにもってくんな!オンゲならログアウトさせろってんだよ!リアルオフラインで弱職プレーを続けさせろってんだよ!それもままならねえのに勝手につきまとい宣言とかどこのストーカーだよ!DV上等だバカヤロウ!恋愛ゴッコなんざやりたかねーんだ!死ね!死んでしまえ!」
「死にたかった!生きていたくなかった!だけど、あなたが居たからもう一度、あなたが来てくれたからもう一度生きることができたの!私を殺してくれればよかったのよ!でも、仕方がないでしょう?あなたが私に明日を見せてくれた!そこまで言うならあなたが私を殺してよ!私の明日を奪ってよ!あなたに奪われるなら、かまわない!」
 「殺してやる!絶対に、絶対に殺してやる!俺につきまとうんじゃねえ!」
 「私は死にません!だから、あなたが殺して下さい!勝手に生きることを押しつけたんだったら、死ぬことも私に押しつけて下さい!」

 一歩も退かないクラウディアの気迫に気圧される。
 なんだってこんなに食い下がりやがるんだよ。
 ほろほろと涙をこぼしながら、笑う女の顔なんざ、見たことねえ。

 「生きたいと願った私をあなたは拒まなかった。生きる為の術を教えてくれた。生きるということを見せてくれた。生きることがとても辛くて、とても苦しくて、とても必死だってわかったんです――私は、生きるあなたがたまらなく愛おしくて愛おしくて、幸せなんです」

 冷たい唇を押しつけ、俺の唇を貪る。

 「――だから、どうか、愛されることから逃げないで下さい」

 理解できずに睨み付ける俺に微笑みを向けるクラウディア。
 ぐらつく意識に俺は言葉を失い、目眩を覚える。
 冷たい水の中、全身でクラウディアのぬくもりを感じ、熱くなる。

 ――それはとても大切で、喉から手が出るほど欲しくて、だけど。

 必死に両腕を突き出し、クラウディアの体を引き離すと首を振る。
 狼狽えて、視線を逸らす俺をクラウディアはそれでも微笑みかける。

 「来るな……甘えて、ダメになっちまう。だから、ダメなんだ。一人で、生きなくちゃなんねえんだ」

 自分が、強くないことを知っている。
 甘えてしまえば、どこまでも甘やかされることを知っている。
 だから、突き放していくしかない。

 「あなたは……そうして誰かを愛するだけの人で在り続けるんですね」

 クラウディアがそれでも俺に優しい笑みを向ける。

 ――子供ではない、女の顔だ。

 「そんなあなたが……たまらなく、愛おしい」

俺は逃げるように湖を泳ぎ岸に上がる。
 置き去りにしたクラウディアがそれでも優しい眼差しで俺を見ているのが怖かった。
 濡れた体を引きずり岸に上がると、どっと疲れがきて目眩がした。
 荒く息を吐き、肺が空気を求めて喘ぐ。
 びしゃびしゃと水を引きずり岸を歩けば、どこか驚いた顔をしたシルフィリスが居た。

 「……ロクロータ、殿?」
 「あんだよ」

 苛立ちの籠もった声でシルフィリスを咎めれば、俺は頭を振る。
 荒くなった息を飲み込み、額を流れる水を振り払って大きく息をつく。

 「どうしたのですか……一体」
 「あ?なに?」
 「いえ……クラウの声が……あの、水浴び、ですか?」
 「水浴びだな。気持ちいいぞ。場所空いたからやってくるといい」
 「私はもう済ましたので」
 「あ、そう。バカじゃねーの?風邪引くぞ」

 どこかバツの悪そうに俯くシルフィリス。
 下手に勘ぐられても面倒臭いから積極的に話題を逸らす。

 「そういや真名を獲得したんだってな?」
 「はい……マスターにも尋ねられましたが何が条件なのかは私にもわかりません。ですが、私はマスターがどうありたいか決めろと言われた時に自分がシルフィリスであると決めたと思います」

 今ひとつピンと来ない。
 水を吸ったジャケットを脱ぎ、バンバンと水を払う。

 「どういう意味?」
 「わかりません。何一つ、私は変わりません。未だに気持ちは弱いままですし、マスターについていくだけのイリアです。ですが、それでもあの人と一緒の景色を見れるのならそれはそれで素晴らしいことなのかなと思ってしまいました」

 どこかはにかんだシルフィリスに俺は不機嫌になる。
 リア充の匂いがしたからだ。

 「まあいいや。とりあえずはおめっとさん。あーもう、パンツの中まで濡れ濡れだわ。張り付いて気持ち悪ぃ……」

 グリーヴを脱いで中の水を捨てると俺は大きくため息をつく。
 決めた。帰って理想の風呂を作る。
 俺だけのマイ温泉を作るんだ。
 ゲームなんだからそういうのもありだろう。

 「ロクロータ様」
 「んあ?」
 「……ありがとう、ございました」

 何故か礼を言われる。
 何かをしたといえば、したのかもしれない。
 だが、それを押しつけたりはしていないはずだ。
 ぷらぷらとグリーヴをぶら下げて、パンツが股に張り付くからがに股でシルフィリスに背を向けると、なんとなくあのバカに嫌がらせをしたくなった。

 「シル、いいことを教えてやるよ」
 「はい?」
 「赤い竜な、あれ、Sのように見えて、Mだから。いい女やるよりわがままな女やる方がいいで?」

 シルちゃんメモ帳取り出すの早いのな。

 ◆◇◆◇◆

 ちゅーとりあのにっき

 げーとをこえれば、そこにはねるべすかのたいぐんがまちかまえていた。
 ていこくと、わたしたちは、なにひとつことばをかわさないまま、あらそう。

 しろい、しろい、ねるべすかのだいちが。
 にびいろのそらにこうてつのりゅうがほえて。
 あかく、あかく、そまる。

 ますたーは、あのおとこは、たくさんのひとをころしてつきすすむ。
 わたしには、たたかうりゆうがなかった。
 そして、あらそいあうかれらをとめるりゆうもなかった。

 たくさんのひとがしんでいく。
 わたしのことではないと、いいわけして、だまってみているじぶんが、たまらなくあさましい。

 わたしは、いったい、なんなんだろう。
 いりあっていったい、なんなんだろう。

 くらう、おしえてほしい。
 どうしてあなたはあのおとこをあいすることが、できたのか。
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