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廃神様と女神様Lv1 作者:井口亮

第三部『宵闇の天幕編』

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※特別編 『廃神様と女神様のクリスマス 前編』

特別編で2話読み切りの時節モノ
特別編は三人称視点で書いてます。
 遙か遙か、遠い昔――
 アストラの階に生まれた僅かな輝きは、大いなる闇に飲み込まれようとしていた。
 創世の女神ファミルはその輝きを慈しみ、ニ・ヴァルースの大地とした。
 ニ・ヴァルースの大地に降りたファミルは永遠の孤独の中にある生まれたばかりの世界を歩き、大地を作った。
 そして、孤独に泣いた涙は海を作った。
 アストラの階の向こうに焦がれる思いが太陽となり、胸の内に隠した思いが大地の下のマグマとなった。
 孤独な創世の女神ファミルに古の神々が寄り添い、ファミルはこの世界に人を作った。
 古の神々、そして、創世の女神ファミルに祝福され、人はこの大地に生まれた。
 そして、生まれたのがニ・ヴァルースという世界である。
 遙か昔、アストラの階を超えてニ・ヴァルースを魔王の軍勢が脅かした。
 運命の女神ラ・ファーザは自らの力を『イリア』に分け与え、原初のイリアである運命の女神の『イリア』に精霊神リ・ブル・ヴァームを訪ねさせ、魔王を退ける知恵を授かった。
 イリアはアストラの階の向こうに存在する異界の精霊『レジス』をこの世界に招き、ニ・ヴァルースの世界の力なき人々を自らと同じ『イリア』とした。

 ――長く、激しい戦いが続いた。

 アストラの階から零れた輝きを飲み込まんとする大いなる闇を率いて現れた魔王とイリア達の戦いは熾烈を極めた。
 その最中、古の神々が造反し、深い絶望と混沌が広がり、世界の黄昏がニ・ヴァルースを包んだ。
 だが、異界の精霊『レジス』はイリアを導き、この世界にはびこる暗雲を払い、古の神々を打ち破った。
 そして、新たなる神々がこの世界に生まれた。
 レジスに導かれたイリア達は数多の伝説を残し――やがて、レジス達はこの世界から姿を消した。
 しかし、異界の精霊『レジス』に導かれたイリア達は新たなる神々としてこのニ・ヴァルースの大地に現れ、世界の深淵に深く横たわる『ファミルの涙』を護り続けている。

 ――そして、今、再び。

 世界に『魔王』の兆しが現れ、ニ・ヴァルースの世界に動乱の影が差す。
 運命の女神のイリアは封印を解き、顕現したレジス――『レジアン』をこの世界に召喚する。

◆◇◆◇◆

 未だ動乱の時代を迎えるには少しばかり、早い。
 だが、異世界から来た精霊『レジアン』達の活躍は静かに、そして確実にニ・ヴァルースの世界に広がっていた。
 しかし、ニ・ヴァルースに住まう多くの者達は未だ、異界の精霊『レジアン』を知らない。
 彼らは遠い伝承の中、新たなる神々を導いた精霊『レジス』をおとぎ話として知るのみだ。

 「――寒くなってきたねー、シル」
 「ああ、プロフテリアもすっかり冬だ。チュートリアはプロフテリアの冬は慣れているのだろう?羨ましい限りだ」

 聖王都プロフテリアの大通りを二人の少女が歩いている。
 鎧装束に身を包んだ二人の少女の姿を見れば、誰しもが冒険者かその類いだと疑わない。
 事実、その通りではある。
 魔王復活の兆しが現れ世界各地で魔物が急増した。
 それらを討伐し、また、各地に現れた遺跡、とりわけ『ゲート』と呼ばれるダンジョンに潜り日々の糧、そして、一攫千金の夢を得る冒険者。
 通りを歩く二人の少女はその冒険者には違いなかった。

 「マスターに言われた買い物はこれで終わりっと。お小遣いあるからちょっとだけ遊んでいく?」
 「別に構わんが……いいのか?」
 「いいよー♪今日は私が奢るよー♪この間、一生懸命金策頑張ったからマスターから200万ジルごほーびもらった!好きな物買っていいって♪」
 「……私のマスターは2万ジルしかくれなかった」

 何気なく彼女達が話しているお金の話を知らない人間が聞けば驚くだろう。
 冒険者とはいえ200万ジル、といえばそれなり、いや、相応の大金になる。
 それだけの額があれば一生遊んで暮らせると言っても過言では無い。
 冒険者とはいえ、それだけの額を稼ぎ出せれば人生をアガリにしても良い。
 それを小遣いと言ってしまう彼女達は冒険者としては特殊であるのは間違い無い。

 ――異界の精霊『レジアン』に付き従う『イリア』

 「でも、普通に考えたら金銭感覚おかしくなっちゃうよねぇ……」

 長い金色の髪をカールさせた少女――チュートリアは白く染まったため息をつきながら苦笑いを浮かべた。
 端正な顔立ちをしており、黙っていれば美少女で通るだろう。
 だが、どこか大きく見開かれた落ち着きの無い瞳や、屈託無く笑う笑顔から幼さが抜けきらずどこか愛嬌のある相好をしている。

 「全くだ」

 並ぶ少女――シルフィリスは赤を基調とした衣装――彼女の主の趣味である――に身を包み、チュートリアより濃い金色の髪を頭の両側で縛っている。
 こちらも負けず劣らずの美少女であることには違いないのだが、どこか不機嫌そうな目つきに笑顔をほとんど見せないことから近づきがたい――というよりどこか疲れた様子を見せている。
 彼女達二人はかつて700年前に異世界から召喚され、ニ・ヴァルースの新たなる神々を導いた精霊『レジス』――それが人間として受肉し召喚された『レジアン』に仕える『イリア』と呼ばれる少女だ。
 神々の御使いとして地上に顕現した代行者たる存在である『イリア』だが、その実態はそのあたりにいる少女と変わりはしない。
 だが、豊富な知識と卓越した技量でもって強大な力を振るう『レジアン』に付き従う彼女達もまた強大な力を振るう。

 「マスター達はしばらっく狩りに出かけて帰って来ないからちょっとだけ羽を伸ばしてもバチはあたらないと思うんだ。おかーさんに新しいミトン買って帰りたいし」

 チュートリアは灰色に染まった空からしんしんと降る雪を両手で集め、ふぅふぅと息で手を温めて雪を溶かす。
 ザビアスタの山奥に居る母に寒い思いはして貰いたくない。
 そんな思いがあるのだろう。

 「いや、それは同意できるのだが……だからこそいいのかと聞いている」

 シルフィリスはどこか落ち着かない様子であたりを見回している。
 柱に飾られたイルミネーションが薄暗くなった空に眩しい光を放っている。
 行き交う人々の顔には年に一度のお祭りに浮き立つ彩りが見えていた。

 「ん?なにが?そういえば街の中がにぎやかだよね?なんかお祭りでもあるのかな?」
 「そうか、お前は知らないのだな」

 シルフィリスはチュートリアがザビアスタの山奥で育ったという話を思い出す。
 田舎であればこの時期にある風習を知らないのであろう。
 もとより異界の精霊『レジス』がこの世界にもたらした風習と聞く。
 「12月にはクリスマスという日がある」
 「くりすます?」
 「マスター達の世界の風習で、大切な人と過ごす日らしい。私は……せっかくだからマスターに喜んでもらおうと思う」

 どこか恥ずかしそうに俯くシルフィリス。
 その様子にチュートリアは理解した。

 「シル……」
 「……異世界から来て、ずっと。私たちにはなんともないように見せているけど、きっと、寂しいと思う。マスター達にも大切な人は居たんだと思うのだ。帰れないもどかしさもあるだろうけど……せっかくだから喜んで貰いたいと……私は、思う」

 彼らの主である『レジアン』もまた、人間であった。
 遠く異世界に残してきた大切な人を思うことも、あるだろう。
 だけど、祭日くらいは、健やかに。

 「そうだね……マスター達、喜んでもらえたら、一番、いいもんね」

 だが、彼女達は知らない。
 その祭日は多くの幸せが祝福されると同時に――

 ――数多の怨嗟が煮えたぎる日であることを。

 ◆◇◆◇◆

 幸運の神フ・ナムシーのレジアン、キクは祭日に向けて準備を進めていた。
 ザビアスタ森林地区に新たに発展した『野菜村』の統治を任されている少女の顔はどこか浮かれていた。
 野菜村というのは名ばかりで最早、街を通り超し要塞となるまで発展したのはひとえにこの少女の功績が大きい。
 異世界から来たという少女は野菜村の近辺にあったアダマス鉱石の鉱脈に採掘所を設置すると一つの事業として成立させ瞬く間に村を発展させた。
 エルフやビーストといった亜人への偏見を粉砕し、差別をものともせずまとめ上げた手腕はこの世界のものではなかった。
 未だ成長する勢いを止めない野菜村の発展はそこに住まう者にかつてのレジス達の築いた黄金伝説を彷彿とさせる。

 「キクにゃーごっふぁんー」
 「はいはいー」

 自らに付き従うビーストのイリアが差し出す食事を片手に領主としての事務を滞りなくこなしていく。
 精力的に働く姿――彼女の世界ではこれが当たり前だった――はニ・ヴァルースでは異常に見えた。

 「しんぐっべーしんぐっべーすずがーなるーじんじょーにーじんじょにーらうんどわんふぁいっ!」

 素っ頓狂な歌を歌っているイリアにキクは眉を潜める。
 時期になれば嫌でも耳にするリズムだが、歌詞がどこかおかしい。
 イリアであるビーストのテンガはお世辞にも知性がある、とは言い難い。

 「どしたんテンガ」
 「くりすます!」
 「そういえばそんな時期ね。今年もイベントあるだろうし、せっかくだからぱーっとパーティでもしようか?」
 「うやたー!」

 喜ぶイリアに異世界に置いてきた弟の姿を重ね、キクは微笑む。
 クリスマスにはいい思い出は無い。
 世の中は浮かれているが、彼女の境遇では歪であった家族を再認識するだけの苦しい日でしかなかった。
 だけど、それでも。
 歪でも愛そうとしてくれた家族が居たのは事実である。
 失ってはじめて、気がつくこともある。
 手が届かない寂しさ、なのだろうか。
 せめて祭日くらいは何もかも忘れて、楽しんでもいいだろう。

 「ろーたーもさそう?」
 「そうね。あいつもクリスマスソロ勢だし、パーティ誘ってやりましょうか」
 「たのしくなる!ろーたーもいっしょ!ろーたーもいっしょ!ろーたーはわたしのよめ!」

 苦笑し、キクは同じ世界から来た一人の青年を思い出す。
 口を開けば悪態ばかり出てくる青年で、好ましくは思っていない。
 だが、それでもこの誰も頼ることのできない世界で一人、戦い続けている彼にも一時の休息を提供できるなら。

 「あくまで、そう、あくまでソロで可哀想だから誘ってあげるだけだから」

 だが、キクとて女子だ。
 クリスマスという日がどういうものか理解している。
 その場のノリで盛り上がってしまえば、間違いも起こるのではないかと。

 「キクにゃ?へんなそーぞーしてる?」
 「してねーし!」
 「きくにゃーおっとめー」
 「ば!バカにスンナシー!」

 顔を真っ赤にして照れるキクを指さしてテンガが笑う。
 誰もが、祭日を心待ちにしていた。
 皆が、幸せになれると思っていた。
 だが、その祭日を望まない連中も世の中には、確かに存在する。

 ◆◇◆◇◆

 皆が一様に祭日に向けて思いを馳せている中、かわらずに居る人間が居る。
 日付などカレンダー上できめられたものでどこかに描かれたものではない。
 毎日変わらず流れる時間の中で、何をもってその日を特別と定めるのだろうか。
 ただ、皆が意識の上で定めただけで、その祭日を謳歌することを許されない人間も少なからず居る。
 そう、思っているだけだというのも、理解している。
 だが、それでも、一周回れば何も感じなくなるのだ。
 普段、生きている中で、その日が誰かの祭日であることを認識した日があるだろうか。

 「へっくし!」
 「――ご主人、風邪ですか?」
 「んにゃ……」

 戦女神のレジアン、ロクロータは自分の愛騎であるドラゴンに心配され、鼻を啜る。
 寒くなってきた。
 12月も過ぎれば肌寒くなってくる。
 彼らが元より居た世界と同じ月の進み、時間の進み、季節の進みに違和感を感じたのはいつ頃だろう。
 そんなものと割り切ってしまえば、そんなものであり、押し流される日常の中に煩雑な思考は押し流される。

 「最近、ペース上がってますからね。少しはご自愛なさって下さいな」
 「そうかぁ?スキルレベルの上昇率も悪いからちょっと稼ぎ足りねえんじゃねえかと思ってるくらいなんだがな」

 使命と呼ばれるクエストをこなし、その間に自己の鍛錬を欠かさない。
 やれることを全てやろうとするその姿勢はときに病的に見える。
 だが、彼らにとってはそれが当たり前でそれをこなさない方が落ち着かないという。

 ――それを現実でやれば人間性など、なくなってしまう。

 そうした状態に陥った人間を彼らの世界では揶揄して『廃人』と言う。
 野菜村の上空を旋回し、ゆっくりと街道に降りると街道を走る馬車を追い越し疾走する。
 野菜村の外壁に設けられた門を駆け抜け、広場まで辿り着く。
 祭日前に浮かれた空気の野菜村の様子に少し訝しみながらも、こんなものかと納得するとロクロータは自らの竜から降りる。

 「ご主人はこれから?」
 「精算物を精算してレア物を出品だな。その後にキクんところで修理だな。先に行ってろよ。お前の装具先に修理してもらえば終わる頃にはつくだろうよ」
 「あい。じゃあ、お先に」

 下手な人間より賢いドラゴンは軽く頭を下げると領主の館に向けて一人で歩いていく。
 道行くビーストやエルフ、人間達が奇異の瞳で見つめてくるが慣れたものだ。
 冒険者ギルドに顔を出し、カウンターでふてくされているビーストに声をかける。

 「いよう。精算たのむわ」
 「む、主殿か。この時期は雪で生態系を追われた魔物が人里まで降りてくるから正直助かる」
 「小銭稼ぎとスキルのレベラゲには丁度いいくらいだ。レア素材の収集もできるし困りはしねえよ」
 「そう言い切って、ワイバーン討伐をされてしまわれるとこの世界の冒険者は形無しだがな」

 冒険者ギルドの長、ココ・ナッツパレットは苦笑して報酬を手渡す。
 元はザビアスタ森林地区のビースト達の長であったが色々あって野菜村で戦女神のレジアン達に隷属する形となっている。

 「ところで、今月の末は予定はあるのか?」
 「今月末?なんか新しいモンスターでも出たか?」
 「いや、ちょっとした好奇心だ。気にしないでくれ」

 どこか意味ありげなココ・ナッツパレットの様子に訝しみながらもロクロータは精算を終える。
 そのまま隣の商業ギルドへ足を伸ばし、カウンターで事務をしているエルフに声をかける。

 「いよう。ウィンミントちゃん。レア競売かけっから登録して」
 「あ、ロクロータ様、おかえりなさいませ」

 エルフとしては幼い容貌のウィンミント・ショートフォイルはどこか怯えたようにロクロータに会釈する。
 いつものことなので気にする風もなくロクロータは手早く今回の狩りで得たアイテムの数々を競売にかけていく。
 それ以外の収集品についても売り払い、金に換えると一財産になる現金を手の甲に埋められた宝珠に触れて亜空間に収納する。
 幾ばくか残しておいた小銭を弾いて物売りからジュースを購入すると瓶を口にする。

 「しかし、騒がしいな」
 「そうですね。お祭りも近づいてますし」
 「お祭り?冬になんかやんの?」
 「我々エルフにはあまりなじみの無い祭りなのでどういった内容なのかまでは……」

 そう答えられたことは彼女にとって非常に僥倖であった。
 もし、その祭りの内容を知っていればまた違った結末が訪れたのかもしれない。

 「チュートリア様もお戻りになられて屋敷の方にいらっしゃるそうです。なんでも、月末の予定をお聞きしたいそうです」
 「なんだろな……いつだって暇してんだから聞くまでもねーのに」

 首を傾げるロクロータ。
 精算を終え、街を歩いてみるとどこか浮ついた空気を感じた。
 とりわけ、狩りに出て街に戻って買い物と売り払いを済ませれば次の狩り場へと移動するための足場でしかない。
 長い時間を狩り場で過ごすロクロータにとってはあまり街の雰囲気など気にとめるものでもなかった。
 だが、それでも祭日を迎えるのに浮き足だった街の様子はそんなロクロータですら理解できるほどの様相があった。

 「なんぞイベントでもあんのかね……」

 まるで人ごとのように呟く。
 少し、小腹が減った。
 久しぶりに街に来たのだから豪勢な食事でも食べたい。
 そう思えば、同じ郷里の人間が営む食堂にでもいけば気の利いたものを出してくれるかもしれない。
 そう思って彼は足を伸ばしたのだ。

 ――それが、祭りのはじまりだった。

 ◆◇◆◇◆

 野菜村の一角にある小さな屋敷を飾りながら、チュートリアはどこか弾んでいる気持ちを口ずさんでいた。

 「じんぐっべー、じんぐっべー、らうんどわんふぁい!」

 針葉樹にきらびやかな装飾をして、どこか満足そうに見上げる。
 クリスマス・ツリーというらしい。
 どういう起源があるなどはわからない。
 だが、彼女の主人であるロクロータが少しでも自分が居た世界を思い出してくれればと思えば、どこかはにかんでしまう。

 「マスターよろこぶかな?」

 本来は誰かの誕生日らしい。
 だが、それが転じて大切な人と過ごす大事な時間になったという。
 どこかの誰かより、身近な誰かのために。
 そんな人達の思いを思えば、自らの主人が居た世界というのも悪くないのかもしれない。
 ロクロータはたびたび斜に構えて世の中をみているが、こうして、誰かのためを思う気持ちだってきちんと存在する。
 白く染まったツリーを白い息を吐きながら見上げ、チュートリアは微笑んだ。

 「あ……」

 門を抜けてのろのろとロクロータが歩いてくるのが見えた。
 鈍色の空の下、しんしんと降る雪を背に俯いたロクロータは大きな怪我などはしていない。
 そのような心配が必要な人間ではない。
 だが、チュートリアは思う。
 強すぎるから、心配なのだと。

 「マスタぁ!おっかえりなさーいっ!」

 精一杯、騒いであげよう。
 精一杯、労ってあげよう。
 きっと、思いは、伝わるから。

 「見てくださーい!じゃーん☆クリスマス・ツ――」
 「――メリィィクリトリスゥゥゥ!」

 クリスマス・ツリーの装飾が輝く。
 めらめらと燃える炎に浮かび上がる自分の影、そして、炎の照り返しを受け野獣のように息を荒げ、まるで親の敵をみつけたような形相で目を血走らせているロクロータが居た。
 その手には重火器――ロケットランチャーが担がれており、空いた手には機械式の鋸剣――チェインソードが握られていた。
 チェインソードのトリガーを引き絞り、ギュインギュインと周囲を恫喝しながらロクロータはめきめきと倒れるクリスマス・ツリーの前で硬直するチュートリアを至近で睨み回す。

 「今なんつった?なんつった?クリとリス?クリとリスだよな?クリとリス。間違えてねえよな?ちょっとちょっとチューちゃん?お前、いきなりクリとリスとツリーとかメルヘン入ってんじゃねーの?お前、そんなはしたないこといきなり口走んじゃねーよ?」
 「あ、あの?わ、私、今、なにかマズいことを言ったでしょうか?」

 チュートリアは理解する。
 これは非常にマズい事態だ。
 何が、どうしてマズいのかは横に置いておかなければならない。
 この主人の機嫌が最高潮に悪く、その逆鱗に触れてしまえばまず五体満足で済まされない。

 「ああん?もうすぐR15タグはずそうかって時にR18吠えてんじゃねーですよ?まさか、そう、まさかとは思うけど、ク・リ・ス・マ・スなんて言ってねえよな?ねえよな?ねえよなどーん☆」
 「え、えと、あの、その……えっと、マ、マスターの居た世界のお祭りだったと聞きます」

 大事なのは今、この場を無事に切り抜けることだ。
 イリアたるチュートリアは死ぬことはない。
 だが、それは死なないだけであって痛みを感じないという訳ではないのだ。

 「そうだよ?お祭りだよ!クリスマス!ああ!クリスマス!なんでお祭りなの!?あれ、キリストさんの誕生日祝う日のはずだよね!はずだよね!キリストさんはダンジョン攻略忙しいんじゃねーの!?奴隷とイチャコラして家を燃やされてんじゃねーの!?家どころか船もダンジョンも燃やされてんじゃねーか!クリスマスも燃やしちゃってくれよ!」

 何を言っているのか、わからない。
 だが、非常に危険であることは想像に難くない。
 色々と飛び火する前にチュートリアは逃げなければいけないと直感する。
 自分の前でぎゃりぎゃりとチェーンソードで土を掘り、ストンピングで荒れ狂う主を前に、震える言葉で紡ぐ。

 「く、くりすますって大事な人と過ごす日だって、聞いたんですけど……」
 「そうだよ!世の中のカッポゥどもがイチャコラした挙げ句、ズッコンバコンのギシギシアンアンした挙げ句ドッピュンドピュンしちゃう日だよ!白いのでtトラ必要なくらいの日だよ!何人の子供が生まれるかわかんないね!死ねば良いのに!生まれてくるぶんリア充どもがみんな死ねばいいのに!爆発してもげてしまえっ!」

 よくわからないが、何かとてつもなく憎んでいるように見える。
 自分の主人がいわゆる、童貞だということは知っていた。
 女性に免疫が無いというのも知っていた。
 そして、それが一周回ってこじれているということも。

 「あ、あの、そ、それなら……」

 チュートリアは勇気を振り絞って呟いてみる。

 「わ、私と一緒に、過ごしてくれる人に……ごにょごにょ……ダメですか?」

 チュートリアは言ってしまって、何故か顔が赤くなる。
 特別な感情を込めたツモリは無い。
 だが、言ってしまって、胸の奥を締め上げられる。
 断られるだろうか?
 そう思ってしまえば胸がつまり、泣きそうになる。
 こんな気持ちになるなんて思っていなかった。
 ロクロータの顔がまともに見られない。

 ――何か、言ってほしい。

 「はぁ!?何、聞こえないぃぃ?クリスマスお前誰かと一緒に過ごすの?一緒に過ごすの?バカなの?リア充なの?セックスするの?ズコンバコン?カクカクドッピュン?爆発するの?しめやかに爆発四散!そうだぁ!今から爆発させてこようぜ!クリスマスってXマスって書くんだぜ?つまり、爆弾でカップル達を血祭りにあげてもいいってことだ!いやっはぁぁぁあ!チュッチュしてるカッポゥの足とか首がもげて飛び散るなんざ面白くね?面白くね?血が騒ぐぜ!祭りじゃ祭りじゃぁぁ!」

 何かを言ってくれた。
 聞けた言葉は気が狂いそうな内容だった。
 もうどうでもいいやとチュートリアは思い、目の前で猛り狂うキチガイを白い目で見る。
 鼻息荒く興奮しているキチガイはチュートリアが装飾したツリーの残骸を燃やしつくし、燃えた枝を抱え、奇っ怪な踊りを踊りながら街中に繰り出していった。

 ◆◇◆◇◆

 キクにとってケーキを作るのは、初めての挑戦だった。
 料理スキルは暇を見ては伸ばすように心がけていた。
 だが、スキルが上がったとしてもレシピがわからなければ何も作れない。
 現実でも料理などはしたことはない。
 コンビニエンスストアに行けばケーキだろうが食事だろうが売っている。
 電子レンジでチンすれば暖かい弁当が食べられることを知っているキクにとって自ら腕を振るう機会は無かった。
 こうして異世界に来て、ようやく少し、自分の欲しい物のために腕を伸ばすことを覚えた。

 「ふぅ……こんなものかな」

 どこか歪なケーキに隣のテンガが苦笑し、尻尾を伸ばす。
 クリームを攫おうとしたテンガの尻尾をめざとく見つけ、キクは尻尾を握ってしごく。

 「にゃぁああ!」
 「摘まむな。ちゃんとあんたには別のあるからクリスマスまで我慢しなっさい」
 「……ふあぁー」

 猫科の生き物は尻尾が性感帯だと聞いたことがある。
 どこか惚けたテンガがどこか恨めしそうにケーキを見上げ、キクは苦笑する。

 ――こうして自らの腕を振るうようになったのはあの男のおかげだろうか。

 届かないものに必死に手を伸ばそうとする男の姿勢に、ふて腐れてもいられない。
 鮮烈すぎる生き方をしているようで人知れず影で努力し、少しでもできることを増やしているのを知っていた。
 祝日くらい、休んでもいいだろう。
 その口実を作ってやってもいいだろう。
 そう思えば、どこか心が弾む。

 「じんぐるべーるじんぐるべーる……らうんどわんふぁい!」

 どこか間違ったクリスマスソングを口ずさみ、窓から屋敷の外を見る。
 寒さがやってきたザビアスタ森林地区の空が静かに雪を降らせている。

 「じゃあちょっと早いけど、他の料理の仕込みもしちゃおっか?」
 「おうどん?」
 「エビチリ」

 作り方は適当でもいいだろう。
 適当に辛いのと混ぜて炒めればなんとかなる。
 もし、わからなければもう一人、現実世界から来た男に聞きに行けば良い。
 そう思い、マテリアライズしたエビの籠からエビを手に取り殻をむき始める。
 こうして大きな屋敷でゆっくりとした時間を過ごせる。
 二階建ての立派な屋敷は現実では手に入れることは叶わない。
 だが、本当に欲しい物は大きな屋敷ではなく――

 「――負け犬女はいねぇがぁぁぁ!」

 窓が爆発で吹き飛び、爆炎と粉塵がキクを叩き飛ばす。
 ごろごろと転がったテンガがこれ幸いにとケーキにダイブし悲鳴を上げる。
 噴き上がる黒煙、巻き上がる火の粉を引きずり屋敷の壁を這い上がってきたそれはどこまでも楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 「よう!キクさん居るんじゃねーか!知ってるか!?もうすぐクリスマスだってよ!お前どうせアレだろ?クリスマスに甘エビのカラ剥いてる人間だろ?いつまでも甘エビ剥いてンじゃねーよ!世の中甘エビじゃなくて交尾だぞ交尾!これは破壊するしかないだろう」
 「いきなり人ン家にバズーカぶっ放してクリスマスが甘エビとか人バカにすんのもいい加減にしゃーがれ!このクズ野郎ぅ!私でもそんなみじめなクリスマス嫌だわ!なんで私が甘エビの殻剥く事になってんのよ!」
 「え?まさかキクさんクリスマス誰かと過ごしたいなーとか思ってたりするとかそんなおにゃのこめいたこと考えたりすんの?俺だってキクさんにそこまで求めてねーよ。キクさんなんてどーせクリスマスっつったらクリスマスガチャか正月ガチャのどちら回せば利益でるかなとか考えて甘エビの殻剥いてんだろ?正月遠いなーとか考えながら甘エビの殻剥いて口を半開きにして意識飛ばして帰りにちらっとクリスマスの街を見てこっそり呪ってんだろ?そんなのジョーシキじゃーん☆」
 「知らねーよ!どこの回転寿司のアルバイトじゃ!クリスマスに何でこいつら寿司食ってんのバカじゃねーとか思わないしっ!」
 「しっかり殻剥いてんじゃねーかw」

 回転寿司のアルバイトは時給が良いが意識が飛ぶまで甘エビの殻を剥く苦行が待っているのだ。
 だが、ネットゲームのレベリングで鍛えた精神力はクリスマス、そして、正月のお年玉商戦を狙うクリスマスガチャ、正月福袋ガチャを夢想して乗り切り苦行に耐える。

 「やっぱり車エビの殻って指にささるとかゆくなるよな?せっかくだから街中に居るサンタみんなエビのコスプレさせてやろうぜ?気の早い正月になるからほら、多分大丈夫だろ?」
 「うるっさいわ!クリスマスくらいパーティするわよ!そのための準備!そのための準備でエビ剥いてたの!これは甘エビ120円皿のものじゃないから!エビチリ!オードブルのエビチリ用だから!」
 「わっかりやすい嘘つくなよ。お前にエビチリなんかできるわけねーだろ。馬鹿も休み休みに言え」
 「で、できるし!つ、つくれるし?」

 キクはうわずった声で応える。
 食べたい、と、作りたい、はまた別なのだ。

 「じゃあ調味料何使うのよ」
 「え、えっと、七味唐辛子?」
 「お前はうどんでも湯がいてろ。おまえ、クリスマスパーティやるとかみじめな嘘つくんじゃねーよ。ほらみろ、嘘がバレたら女子力どころか常識が無いのもバレバレじゃねーか。すくなくともそこチリソースくらい言えよ。お前に創味シャンタンと酒と塩とケチャップが出てくるとは思わなかったけど、七味唐辛子はねーだろ七味は。豆板醤までいかなくてもラー油くらいの発想は欲しいぜ?お前……女の子だろ?」

 ロクロータは顔を覆い、どこか哀れむようにキクを見下ろす。
 普段から人をコキ下ろす態度を取ってはいるが、本気で哀れんでいるから余計に腹が立つ。

 「俺、キクさんが可哀想だから作り方じゃなくて調味料聞いたんだぜ?今、材料聞けばよかったと激しく後悔してるよ。材料なら剥いたエビって答えられただろうし……」
 「し、知ってるわよ!甘エビで作るんでしょ!」
 「もうムチャすんなお前。甘エビはエビチリにしねーから。車エビとかブラックタイガー使うからな?」
 「え?トラってエビチリにすんの?」

 ロクロータはもはやキクを見ていられなくなり目を逸らした。
 それがどこまでも馬鹿にされていると気がつき、キクは憤慨する。

 「し、知ってるわよ!と、トラをエビチリにしないことくらい!ぶ、ブラックタイガーってアレでしょ?アレ!か、カラい奴」
 「……わかった。うん、キクさんわかった。ブラックタイガー辛いよな?辛くていいよ。ブラックタイガー辛かったもんな、わさびのような味するもんな」
 「え?ち、違うの?」

 ロクロータはもはやそれ以上、何も言わずに首を振った。

 「お前が可哀想な学術分類メスだってのはもうみんな知ってる。俺はそんなお前が哀しみに染まりきる前に救ってやりにきたんだ。お前だって人間並に幸せを追う願望はあるだろう?だけど、お前にはそんな権利は当然無い。現実は非常だ。俺やお前のような超えられない壁を前にした人間はリア充たちを超えられない壁越しに眺めるしかないんだ」
 「な、なんで私お前と同じポジションに居ることになってんの!勝手に一緒にすんなし!こ、超えられない壁なんてねーし!」
 「じゃあ聞くぞ?お前、誰かと一緒にクリスマスやんの?お前も俺もクリぼっちじゃねーか。クリぼっちとクリとリスってなんか似てンな……」
 「う、それは、その……」

 キクは途端に言葉に詰まり狼狽える。
 視線は床とロクロータの間をふらふらと彷徨い、言葉はどこかへ消える。
 さんざっぱらロクロータに馬鹿にされてはいるが、キクだって女の子だ。
 いや、ロクロータだって理解している。
 だから、女の子として馬鹿にしてくるのだ。
 だから、なのだろう。
 キクはそんなロクロータにこの状況で言い出せずに口の中で言葉を淀ませる。

 「べ、別に、あんたも寂しいだろうと思ってたから……」

 これが、精一杯。
 キクは知っている。
 この悪辣で下品で、どこまでも無遠慮な男が実は繊細であることを。
 本当に厳しい時、不器用なやり方で励ましてくれることを。
 だから――

 「……一緒に、クリスマス、してやってもいいわよ」

 震える声で吐き出す。
 ぎゅっと目を閉じ、言ってしまって恥ずかしくなる。
 だが、言えた満足感と言ってしまった羞恥で別の震えがくる。

 「は、はぁああ!?」

 ああ、やっぱりロクロータは驚いている。
 そりゃ、面喰らうってことくらいは理解しているツモリだったけど。
 キクのそんな気持ちは次の瞬間吹っ飛ぶ。

 「おいちょっと大丈夫かっ!?テンガっ!状態異常回復してやれ!これは相当混乱している!こいつとうとう俺に縋るようになりおったで!クリぼっちが嫌だからって俺に縋るとか正直ないわ!」

 顔面を真っ赤にしていたのであればまだ救いはあった。
 だが、ロクロータの顔面は蒼白を通り超し、気持ち悪いものを見るような目つきだった。

 「そこまで言うかっ!照れ隠しじゃなくてマジでそこまで言うかっ!」
 「お前考えてみろよっ!俺がどういうシチュエーションでクリぼっちのお前のクリぼっち弄らないといけねんだよ!それとも何か?俺とお前で小学生みたくプレゼント交換するクリスマスでもやんの?俺、爆炎水晶でデスペナプレゼントしちゃうぜ?子供じゃねーんだし、まさかキクさんがそんなクリスマスに逃げようなんてねえよな?それでとりあえずクリスマス負け犬回避しようなんて生っちょろいこと考えてたりしねえよな?男と女、ちゃんとズコンバコンまで想定した上でのお誘いですか?違うでしょう?君とボク、そんな関係じゃありませんですし、そうなる未来も想定できませんです。俺知ってるよ?キクさんクリスマスの前の日、2chで壁殴り代行業者のAA見て、本当に電話番号探していたこと知ってるよ」

 キクはロクロータの言葉に完全に叩き伏される。
 まさに、本懐、まさに、図星。

 「安易なクリスマスに逃げて、己の捨てきれない女子に縋るなんて惨めじゃねーか。選んだのが俺だぜ?正気を疑うよ。それならいっそ、俺と開き直ったクリスマスを過ごしてやろうぜ?」

 ロクロータの瞳の奥に暗い、暗い影を見る。
 全ての幸せを呪い、恨み、憎み尽くしほの暗い炎で焼きつくさんとする怨嗟の炎。
 その炎の色をキクは知っている。
 その炎に飲まれたことも、少なくは無い。
 だが、それでもそれに支配されれば這い上がれないことも――
 ロクロータが――クリスマスの悪魔がキクの肩を掴む。

 「お前は俺と同じ人間だ。他人の幸せを嫉み、恨んで、蔑むことで己の尊厳を保ち、その浅はかさを心と、魂で理解している人間だ。もう、戻れないんだよ……お前は」

 キクは泣きそうになる。
 だが、泣いたらダメだ。
 泣けばこの男は惨めになった自分を叩くだろう。
 徹底的に叩くだろう。

 「俺も、お前も悪くはなかった……だってそうだろう?俺もお前も、不幸だったんだ。小さな幸せを求めて生きて、それすら叶わなくて。叶わない世界が悪かったんだ……」

 泣き出してしまうくらいなら。
 泣いて惨めに震えるくらいなら――

 「何が悪いかなんてハッキリしているだろう?俺達は、放っておいて欲しかったんだ。不幸でも構わない。それは他と比べなければわからないことだったんだ。それを白日の下にさらけ出し、自らの幸福を見せびらかす、アレが悪いんだ」
 「うぅ……」
 「さぁ?行こうぜ?エビの殻剥きはこの世界に無い――だから、壁殴り代行だ」

 ◆◇◆◇◆

 シルフィリスは慣れない装飾をしてみて少しわくわくする。
 彼女のこれまでの境遇では祭日を心から楽しめるようなことは無かった。
 全てのしがらみから解き放たれ、祭日を迎えるということがこんなに心躍るものだとは知らなかったのだ。
 特別な人と過ごす日。
 それであれば、誰と過ごすのかは言うまでもない。
 彼女をこの世界に戻し、全てのしがらみを断ち切ってくれ、いつまでも後を追わなければならないあの人と。
 最近は世話の仕方がわかってきた。
 今まで人に世話をされてきたシルフィリスだが、今では人の世話をする方だ。
 喜んで、くれるだろうか。
 屈託なく笑ってくれる笑顔が見たい。
 そんな純粋な気持ちしか、彼女には無かったのだ。
 彼女の主――赤い竜が野菜村に作った一際大きな屋敷で彼女は主の帰りを待つ。
 もうすぐ、狩りから帰ってくるはずだ。
 だが、彼が自分で言った期日を守ったことは無い。
 みんな知っているし、自分も知っている。
 だが、それが彼らしくあり、彼の魅力たらしめている。
 どこまでも自由に生きて行けたら。
 そんな彼女の自由の象徴となった英雄の帰還を待つ。
 屋敷のテラスで白くなった息を吐き、空を見上げる。
 この空の続く先、あの赤い竜は飛んでいるのだろうか。
 もうじきここへどこまでも屈託無く笑いながら帰ってきて楽しそうに自慢話をするのだ。
 どんなモンスターを倒したとか、どんな宝物を手に入れただとか。
 自分はそれを横で聞きながら、お茶と食事を用意する。
 行儀もなにもなく食べ散らかして、自分が片付けて。
 どこに行ったか見えなくなったら部屋で寝ていて。
 それともご友人のロクロータ様がいらっしゃって一騒動あるのだろうか。
 どちらにしても、心弾む一時に違いない。
 宵闇が広がり、流れ星が空を横切る。
 流れ星に3回願いを伝えると叶う、というジンクスがあるらしい。
 長く尾を引いた流星に願いを言おうかどうか迷う。
 そうして迷っているうちに流星は大地に吸われるように落ちていく。
 いつでも迷ってすくんでしまう自分に苦笑し、作業に戻ろうとした。
 だが、大地が激しく揺れる。
 衝撃に驚き、シルフィリスはよもや今の流星が本当に大地に突き刺さったのかと振り返る。
 だが、その直後にも激しい振動が襲い、流星ではないと気がつく。
 突如訪れた振動はやがてシルフィリスが居るテラスに徐々に近づき、揺れを強くする。

 「な、な――」
 「壁殴り代行でース☆幸せそうなオーラを感じて来ました!今ならクリスマスセールで1時間600円!フンっ!フンっ!」

 屋敷の壁という壁を素手で殴り壊して回る変態どもが居た。
 スプリットヘルムを被った筋骨隆々の――『格闘』スキルの『パンプアップ』というスキルだと聞いた――連中が壁どころかシルフィリスが一生懸命に装飾した部屋を破壊していく。

 「なにすンでしかぁぁぁ!」

 声が裏返り絶叫するシルフィリスにスプリットヘルムの変態どもが振り向く。

 「ろ、ロクロータ殿ですよね!?キク様ですよね?そっちはチュートリアでしょう?テンガも――一体どうしたというの!?」
 「誰のことを言っているかわからない。俺は超変態バケツブラックだ」
 「同じく、バケツ茶色」
 「ばけつらいがー」
 「えーと、バケツドリル?」

 もはや、最期の方は統一感すら無い。

 「ここからクリスマスを幸せに行おうとするオーラを感じた。そんな妬ましいことをすると世の中が憎しみで溢れてしまう。だから、俺達は壁を物理的に壊すことでリア充との超えられない壁をなくすことにしたのだ」
 「全く理解できないのですがっ!」

 半狂乱になるシルフィリスの脇の下からキク――バケツ茶色ががっちりとホールドを極める。

 「――赤い竜と二人でクリスマスを送るツモリなのだろう?」
 「そ、そのとおりです!マスターに故郷を思い出して貰って少しでも楽しんで貰えればと思ったまでです!」
 「それがどういうことか、理解していないようだな?」
 「どうもこうもありませんでしょうに!ただ、祭日を楽しむだけではないですか!」

 ロクロータ――バケツブラックは大きくため息をつき、パンプアップを繰り替えし筋肉を膨らませていく。

 ――一時的に攻撃力を上げ、筋力を増大させるスキル。

 キクがおもむろにロクロータの方にシルフィリスを突き飛ばす。
 バランスを崩し、たたらを踏むシルフィリスの顔面にロクロータは思いっきり『ラリアット』を繰り出す。

 「――げうぅぅ――!」

 何かが潰れる音がし、ロクロータの膨れあがった腕がシルフィリスの首を刈り取り、そのまま壁に叩きつける。
 轟音と共にシルフィリスごと壁をたたき壊し、シルフィリスを掴み上げる。

 「クリスマスに男女が二人で居る事実。これが重要なのだよ?」
 「な、なにもやましいことなどない……」

 息も絶え絶えに反論するシルフィリスだがその首を掴んでぎりぎりと捻るロクロータ。

 「そう、皆、そう言うのだ。自分たちは純粋な気持ちで相手を慈しむと。だが、一体、そのうちの何人が本当に健全に、プラトニックに、クリスマスを終えられると思っているのかね?果たして、シルフィリス。君に赤い竜にたいしてそのような気持ちが、一切ないと?そう、断言できるのか?ン?」
 「いや、決してそのようなやましい気持ちは……」

 シルフィリスが必死に否定するがバケツは逃がさない。
 嫉妬に塗れたバケツがそう簡単に否定させることはさせない。

 「じゃあ貴様はいい雰囲気になったらチューの一つもしないというんだな?手も握らずに『プラトニック上等』と言って距離取れんだな?」
 「いや、そもそも期待しては……」
 「そりゃそうだ!なんたって相手はあの赤い竜ッ!脳みそを現実世界に置いてきた馬鹿だから期待する方が頭おかしい!本当に期待してるんだったら日常生活を送るのに支障が出るくらいの頭のおかしさだよ!」
 「いや、そこまで言わなくても」
 「――だが、しかしッ!それでも不意に訪れるのがシチュエーションって奴なんだよッ!ふっとした瞬間に肩が触れて『ご、ごめん!』『あ、いや、こっちこそ』とかいって見つめ合って互いに照れてたらなんかいいムードになって『マスター、楽しんで、頂けましたでしょうか?』とかはにかみながら聞いたりしたら赤い竜が『ありがとう、でも俺、プレゼントとか用意してなかったし』とか申し訳なさそうにしてたら手ぇ握って『こうして、一緒に居てくれることが私にとって――最高のプレゼントです』とか言ったら赤い竜がシルフィリスの頬に手を添えてだな――」
 「ナニソレもっと詳し――ぷじょろ!」
 「そこでアコさんのラリアットォ!」

 鼻息荒く迫ってくるシルフィリスを握り拳で黙らせるとロクロータは荒い息を吐く。

 「ハッ!プラトニックを気取っていてもしょせん一皮剥けばどいつもこいつも畜生。盛った犬の如く発情して聖なる夜の星降る空から白い雪を性なる夜に腰振り外に白い液にするんだろ?赤い竜とドラゴン交尾して卵でも産むツモリか?『淫売ドラゴンの子作り奮闘記クリスマス編』とか称して排卵モノの薄い本かエロゲかAVでも作るってんなら編集シナリオ撮影担当してやんよ。生まれてきた子供に『俺、生まれた日と結婚式がどう見ても計算合わないんだけど』って聞かれた時に『コウノトリじゃなくてサンタさんがお前を運んできてくれたのよ』って照れながら返して子供にどん引きされるパターンだろ?」

 ロクロータの周りではふるふると体を震わせているバケツが今にも悶絶しそうだった。
 そんな不甲斐ないバケツ達を睥睨するとロクロータ――バケツブラックは荒く息を吐く。

 「――けしからん。実にけしからん。世にクリスマスが満ちている。皆殺しにせねばなるまい」

 地面で痙攣していたシルフィリスがよろよろと起き上がり、クリスマスの聖なる炎で焼かれ憎悪をたぎらせる悪魔に縋る。

 「み、見逃して下さい……どうか、どうか」

 そんなシルフィリスを容赦無く蹴飛ばし、チュートリア――バケツドリルがにべもなく言い放つ。

 「そんなのずるい。わたしのよーにぜつぼうしろ」

 他人の不幸は密の味。
 だが、逆に他人の幸せは耐えがたき苦渋の味。
 他人の幸せを心から願える人間など、一握りだ。
 その一握りですら煽り立ててやれば簡単に崩れる。
 皆が仕事やゲームに勤しんでいる間に、彼氏彼女とイチャコラしている全てが憎い。

 「うう……わ、私はみんなから逃げてでもクリスマスを――」

 シルフィリスは這いずってその場を逃げようとする。
 だが、その先に立つ新たなるバケツを見て絶望する。

 「よーう、あっちゃん。季節だねー」

 あっちゃん、とはロクロータの近しい人が呼ぶ名前だ。
 ロクロータ――ブラックバケツは待ちくたびれたように肩をすくめ応える。

 「来たなリーダー」

 真紅のバケツを頭に被るそれを見上げ、シルフィリスは絶望する。
 おそらく、それが、まず、間違い無く――

 「赤い竜――いや、超変態バケツレッド」
 「さぁ――クリスマスだ。皆殺しにしようぜ?」

用語解説

  クリスマスガチャ・お年玉ガチャ
  年末のボーナス商戦、そして、お年玉商戦にめがけてネットゲームが放つ課金商戦のこと。
  新規客が古参に追いつくことも可能なくらいに大盤振る舞いされる傾向にある両商戦の影響は少なくは無く、頑張ればその一カ所だけに課金運用するだけで一年通して遊べてしまうほど。
 だが、2015年は例年に比べてどのメーカーも力を入れておらず、ネットゲーム市場の多くがブラウザゲームに移行しつつある影響と、実質所得の低迷が購買意欲を減衰させているのが原因と推察される。
 衰退しつつあるゲーム市場において、看過できない影響を振りまき、主に執筆意欲に著しい減衰を与えている。

 アコさんのラリアット
 出展『ラグナロクオンライン』
 「お兄ちゃん、どいて、そいつ殺せない」は有名だが、そのメンヘラを撃退したアコさんのラリアットはあまり、知られていない。

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