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廃神様と女神様Lv1 作者:井口亮

第三部『宵闇の天幕編』

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夜中にバールを振り回す不審者

 自動生成された村、なのだろうか。
 くたびれた木材で作られた粗末な家屋が並ぶ村に暮らす人間の多くは貧しい身なりをしていた。
 ぼろぼろになった布を縫い合わせ少しでも厚くして身につけ、家畜の世話をする。
 やせ細った家畜は雪を割って生える僅かな草を懸命に食み、白い息を吐いていた。

 「随分と寂れてんのな」
 「これが、ネルベスカじゃあたりまえッスね」

 どこか淡々とした様子でマノアがレウスの背を降りると、その首を撫でた。
 竜の背を降りた面々はそれぞれ武器を納める。

 「宿を探しましょう」

 俺の背にもたれかかるクラウディアは大分憔悴しており今にも倒れそうだ。
 シルフィリスは村の中へ駆け出し、消えていく。
 俺が視線を巡らせると怯えた様子で俺達を見る子供達が家の中に隠れた。

 「――徴税官と間違われたかな?」
 「でしょうね――ま、仕方がねえっちゃ仕方ねえッスけど」

 マシラの問いにどこかバツの悪そうな顔で答えるマノアに俺は尋ねる。

 「徴税官って税金取り立てる悪代官か?」
 「そうッス。こうした辺境の村までは冒険者が取り立てに来ることも少なくはねえッス。あっしらの風体や師匠の人相を見ればそう誤解されても仕方ねえッスわ」
 「キミ最近俺にトゲあるね。別に依頼受けてないけど徴税してもよかのよ?」
 「そういった冒険者も少なくは無いからあんまし、歓迎されねーんスわ」

 俺はそんなものかと怪訝に思う。
 普通、国の維持をするには税金が必要だ。
 そうして国の施策で国民に返す。

 ――だから当たり前のように税金を払う。

 そうした循環があるからこそ社会というのは成り立つはずだ。
 ゲームの中だからそのあたりはざっくりしてるのだろう、と割り切るにはファミルラは随分と作り込まれていた。
 IRIAを積載したNPCで仮想現実を作り、歴史を与えたというのであれば多少、現実世界と似通っているというのも頷ける話だ。
 だが、この村の様子には人間が作ったものというのには引っかかりを覚える違和感を感じるのだ。
 しかし、マノアやシルフィリスはこの様子を当たり前のように受け止めているしマシラも特段おかしく感じたりはしていない。
 だが、マシラのどこか苦みをはらんだ表情を見ればそうした『違和感』というのは確実にあるのだろう。

 「なんでだろうね。なーんかクサクサした気分」
 「――プロフテリアが平和なんスよ。ネルベスカも帝都近郊に行けばそんなんでも無いッスけど、辺境はやっぱこんなモンじゃねーッスか?」

 当たり前のように流すマノアだが俺は釈然としない。
 こう、なんつーの?
 雪国的な牧歌チックな要素でほんわかーな気分にしてくれなきゃ面白くないやん?
 なんつーか現実でもギスギスなのにゲームの中もギスギスとか、ねえ?

 「ロクロータ殿が不審に思われるのも無理はなかろう。ネルベスカとはイリアの維持や国体の維持に重い税を民に課す。それは一度地方の都市を経て帝都へ運ばれる。都市や帝都の周辺であればその恩恵を受けられようが辺境であればその恩恵も少ない。だのに変わらず重い税を徴収されれば怖がられるのも無理は無い話」
 「サスガ忍者、なんでも知っているな」
 「国勢の調査も任務のうちでして。しかし、今のネルベスカはどこもこのような感じでしょうな。どこにいっても閉塞感を感じると思われよう」
 「俺もあんまし詳しく無いけどwiki見る限りじゃ、なんか、なんだっけ?寒くて魔物が多い的な何かであんま発展しないんだっけ?」

 ギルド拠点の候補地を探した時にネルベスカをちらっと見た程度の知識だが、魔物が多く、悪天候が続くため人の増加が少なく、都市建造による稼ぎには向いていないらしい。

 「左様。北の絶対氷壁に住むドラゴニュートから国境線を守るために編成された北方帝国軍『ノーズガーディアン』、帝都を守護する『帝国騎士団』、そして南方のプロフテリア国境に駐留する『ネルベスカ帝国軍』、それぞれ指揮系統の異なる3つの軍でもって国内の治安に当たる」
 「維持に金がかかるって寸法か」
 「しかしながら、全ての人が勤勉ではない。ことにおいて上が豪奢の限りを尽くしておればまた臣民もそれに習う」
 「割を食うのは下々の民ってか。興味ねえわー」

 国政の事情なんか知ったこっちゃねえ。
 そんなことよりコンテンツさえこなせりゃいい。
 国の情勢は経験値もお金もレアドロップも運んでくれないのでございますよ。
 いずくなってきた腰を曲げて大きく伸びをする。

 「しっかし……久しぶりにベッドで寝られる。温泉がありゃ最高なんだがな」

 竜車で寝てもいいのだがそれだとあぶれる奴も出てくる。
 それに結構大事な物もしまっているからあんまり他人に見せたくないというのも実情。

 「温泉か、それがしも久方ぶりに湯に浸かりたいものでござるな」

 ◆◇◆◇◆

 「クラウディア様は休まれたみたいッス」

 山脈を降りたからといって寒さが和らぐことはない。
 これから北へ進めば進むほど寒さは増してくるだろう。
 ネルベスカの南方はネルベスカエリアスタートの連中からしてみれば――というよりレベル50カンストの現状でも難易度の高いマップとなっている。
 おそらく現状でのコンテンツ踏破者向けの手応えのある
 ここで一泊して、これからの進路を決めようという算段だ。
 二階を寝室とし、一階を食堂とするのは小さな宿屋の基本構造だ。
 壁に立てかけられた蝋燭の明かりの中、俺達は粗末なテーブルを囲み固いパンと味のしないスープを啜り、地図を広げていた。

 「ここから北東に進んでいけばやがて帝都ネルベスカに到着します。我がマスターはおそらく、南東の国境ヴェント要塞から北上するルートを選ぶでしょう。日数的に考えるのであればこのまま直進するのが早いのですが――このまま北東へ進めば『氷結湖』の上を進んでいかねばなりません」

 シルフィリスが地図を指し示す。
 ネルベスカは山脈に囲まれた険しい大地だ。
 北東に絶対氷壁、東側に針樹の森、南東にプロフテリアへ通じるヴェント要塞、南西は俺達が超えてきたベルベット山脈が位置し、西側を大雪原が埋める。
 ほぼ中央に位置する帝都ネルベスカを中心に放射状に拠点街が点在し、それぞれ探索ポイントが付近に分布している。
 氷結湖もその一つではある。

 「氷結湖はその下に氷の迷宮を抱える秘境の一つです。強力な魔物が群生していて進むのは危険です。天候も安定しないのでお勧めはできません」
 「じゃあ、このまま東に進んでヴェント要塞の付近まで出るッスか?その方が安全っちゃ安全でしょうし、一番早く帝都に向かえそうッスね。キャラバンに混ざれれば楽でしょうし」

 地図上を見ながらどのルートで移動をしようか考えるのは現実にファミルラでも見かける光景だ。
 最終的には拠点となる都市を繋ぐルナゲートを用いて移動することになるがそれまでは、また、そこからは自分たちでルートを選定して進む。

 「しかし、もうじきヴェント要塞の近くに吹雪が来るとの話も聞きました。キャラバンは当分来ないでしょう。そうなれば我がマスターとの合流も遅れるかと」
 「竜ちゃんの場合は放っておいたらどっか行っちまうからな。少なくとも先にネルベスカに入ってなくちゃなんねえわな」

 シルフィリスの心配することは主にそれだろう。
 無論、それは俺もネルベスカでの探索に一番懸念を覚えているところでもある。
 とかく、赤い竜は人を待たない。
 それは廃人の行動原理としては正しく、他人を待つくらいなら他人に追いつき、追い越す。
 逆に言い換えれば自分に追いつけない相手とは遊ばないという意味だ。

 ――そうすることで最も自分に相性のいい相手をみつける。

 「だが、気にしなくてもいいぞ?赤い竜だろ?どーせ文字通り道草喰って遅れるだろうから」

 本音を言えばコレなのだがシルフィリスには理解できていないようだ。

 「もうぞろネルベスカには奴も入る頃だとは思うけど、ネルベスカのユニーク喰いながら北上するからどうあがいても俺達がネルベスカで待つ形になるのは間違いねーよ。急ぐ旅でもあるまいし、えっちらおっちら合流できんじゃねーか?」
 「ロクロータ殿が申されるなら、間違いは無いのでしょう……ですが、そうしたら安全にヴェント要塞方向を回って行くのが無難となりましょうか」

 シルフィリスが眉根に皺を寄せる。
 決めかねているようだ。
 これまでは赤い竜にひっついてあちこち振り回されていたから逆に自分で決めることがなかったのだろう。

 「それが無難ッスね。じゃあ、明日からヴェント要塞へ向かって――」

 このあたりはマノアの方が思い切りが良いのだろう。
 まあ、マノア自体が赤い竜を知らないというからだとも言えるのだろうが。
 みんな色々と考えてくれてはいるのだろうがルートは既に決めているんだなこれが。

 「いや、ここは氷結湖から北上して大雪原を掠めていくルートを取る」
 「氷結湖に……大雪原、ですか」
 「一番危険なルートじゃねえッスか!」

 案の定二人とも嫌そうな顔をするが、俺はネルベスカより西方向に位置する大雪原に隣接した都市を示す。

 「目的地はここ。発掘都市ビムシルドに寄ってからネルベスカに向かう」

 マノアとシルフィリスが怪訝な瞳を向ける。

 「発掘都市ビムシルドですか……確か、大雪原に埋もれた遺跡の発掘と解析で発展した町だと聞きます」
 「そういえば銃器はここの産出が多いって話ですよね」
 「ヴォルヴにもプロフテリアにも似たような都市はあんだけど、ビムライフ……じゃねえ、ビムシルドには割と機械系武器をアップグレードするのに必要なレア素材が集まるんだ。ファミルラ――700年前の話をするとそこで特殊職『ガンナー』のクエストもあったりしたから一度、見ておこうと思ってな」

 wikiをさらう限りだとガンナークエストの配信はまだはじまっていない様子だ。
 だが、何度か行くことにもなるであろう場所は様子を見ておくに越したことはない。
 レア銃器が手に入った以上、弾丸の方も揃えておきたいという思いもある。

 「ですが……遠回りな上に、リスクを追うことになります。ネルベスカに到着してからでも遅くないのでは?」
 「別に急ぐ旅でもねえだろ。赤い竜の方が南側から見てくれるんだったら東方向は俺達で見てくればいい、合流してからはどこいくかその時の気分で決めればいい」

 俺はそれだけ言うと不機嫌そうな顔で俺達を見ている女将を一瞥する。
 夜遅くまで俺達が起きていればこの宿の女将とて眠れないからだろう。
 日が沈んだら眠るのがこの世界の常識なのかもしれない。

 「そうと決まれば寝ようぜ?さすがに野宿だなんだで疲れた。久しぶりに布団の中で眠りたい」

 俺は大きな欠伸をすると一人、先に席を立って自分に宛がわれた部屋に昇る。
 昔のゲームブックとかで見たことがあるが、宿屋の基本構造は一階が酒場で二階が客室になっている。
 客室には今の時代とは違い部屋分けなんざされておらずベッドが並べて置いてあり、貴重品は枕元の宝箱――もとい、チェストボックスに入れるそうな。
 どこか修学旅行のようなわくわくさを覚えながらも、固い寝床に眉を潜める。
 枕元のランプの火を消すとごわごわした布団を抱き寄せる。
 綿の入った布団とはいえ、麻袋のごわごわとした表面はナイロン生地育ちの俺にとっちゃいささか寝心地は悪い。
 とはいえ、もっと酷い状況を経験しているからこの程度であれば苦に思うものでもない。
 しかし、一度気になりだすとどこまでも気になってしまい、俺は眉を潜めて身を起こす。
 見渡してみると皆、まだ戻っておらず、誰も居ないことに気がつく。
 そういえばクラウディアは先に寝ていたはずなんだが何処行ったんだ?
 死なないチート持ちだからどうでもいいが、寝付けなくなった俺は窓を開けて飛び降りる。
 移動時間の短縮で行儀の悪いことをするのはゲームの常。
 霜の混じった固い土の上に降りると眩しいぐらいに照らしてくる月を見上げた。
 ぼんやりと霞のかかった月は現実世界のそれとは違い、青白く、そして、どこまでも大きい。
 木々の輪郭さえ鮮明に映し出し、ベルベット山脈の稜線を白銀に染める。
 どこまでも綺麗な景色だが、俺は鼻を鳴らして村を抜ける。
 もはや朽ちた木目の壁の家が作る路地を抜けて広場を通れば程なく村から出られる。
 村を出れば針葉樹が広がり、遊ぶには十分な広さだ。

 ――どうせ寝付けないなら、テクニックの一つでも練習しておこうと思ったのだ。

 基本、一つのことに特化してそれを磨いた方が強くはなれる。
 だが、色々と武器が手に入れば遊んでみたくなるのもまた心情。
 俺はヨウノモノ――バールを手にして村外れの手頃な木に叩きつけてみる。

 ――腕に伝わる感触が重い。

 リアルに感覚は伝えてくるものの、だからといって腕が痺れたり――思考が中断されることが無い。
 何度も何度も打ち付け、感触を物にすると今度は虚空に向かってスキルを使ってみる。
 一番最初の頃はステップすら感覚をつかめずに四苦八苦していたが今では呼吸するように扱える。
 軽く屈伸してみて、膝がパキパキと鳴る。
 細かいところまで人間を再現しているくせに――

 「――フッ―」

 ――どこまで『ゲーム』である。

 擬似的な疲労感はある。
 だが、意識の外に取り去ってしまえばどんな状況でも冷静に居られる。
 俺はここで一つの仮定を立ててみた。
 だが、それを検証するのには――相手が居る。

 ――『スマッシュ』のステップキャンセルから『インパクト』を最速キャンセルで繋いでのノンチャージ『バスタースマッシュ』

 軽く近接メイスでのアクションを繋いでみて、感触を確かめる。
 何度も同じ動きを繰り返し、確実に行えるようにしていく。

 ――現実では指先一つでできたことが今は体全体でもって行わなければならない。

 それらが確実に、そう、確実にできるように意識にしみこませ、さらに難しい動きを求めていく。

 ――小ジャンプ『インパクト』から『ダブルインパクト』最速キャンセルで繋いでの『バスタースマッシュ』ステップキャンセルで硬直を消して『スイングスマッシュ』

 メイスは基本的にどれも『単一の敵に対して攻撃を加える』というモーションスキルが多い。
 どれもこれも挙動に癖があり、それらの硬直を別のスキルで打ち消してやることで高速でモーションスキルを連打しダメージを積み重ねる。
 ダメージのぶれ幅が酷いが、最高攻撃力は申し分なく、『上手に使う』ことでナイト系すら沈める火力は片手剣では追いつけない。

 ――反面、硬直が多い分、盾でのガードが間に合わないことがしばしばある。

 盾持ちの場合、これが致命的なまでの欠陥であり、メイス系は人気の無い武器種でもある。
 だが、装備可能なクラスが多く、実質、テンプルあたりは対ボス火力をメイスに頼る人間も少なくは無い。
 メイス自体、触ったことはあるが追求するまでのことはしていない。

 ――時間がとれるのであれば、扱えるようにしておく。

 本来、特化思考の考え方に基づけば、このような行為は『ブレ』の対象になる。
 自分が本来得意とする戦法、武器に精通しより高度な技術を求める時間を他の武器種を触ることで減らしてしまう。
 得意分野の尖った特徴で苦手とする状況を無理矢理挽きつぶそうとするのであれば他の武器種を触るくらいであれば俺の場合、片手剣を極めた方がいい。

 ――だが、こうにも時間がありあまっていれば。

 飽きてテレビアニメを見たくてもこうしてゲームをしなければならないことを強要されているのであればこうした選択肢を増やす行為も許されるだろう。
 また、これまでのゲームの『手応え』の中にも一つの手段だけでは踏破できない難しさを感じていたのも事実。
 何度も何度もスキルの硬直を確かめながらメイスの感触を自分の中に落としながら習得していく。
 1時間くらいもすれば息も上がり、汗が全身を濡らす。
 深夜に真剣にバールを一心不乱に振る様は不審者そのものだ。
 だが、真剣な練習というものは他人から見て滑稽そのものだというのもよく知っている。
 でなければ、ネットゲームにどこまでも情熱を費やす『廃人』なんて侮蔑は生まれやしない。

 「……ふぅぅぅ――」

 静かに、細く、長く息を吐き出し動悸を整えると俺はバールを手の中で弄び、腰の帯皮に吊した。
 流石に夜も更けてきたから村に戻ったところ、月明かりの下、広場のベンチに座り月を見上げている人影があった。
 クラウディアとシルフィリスだ。
 ネルベスカの空気は冷たい。
 北に位置する雪原フィールドを想定されたこの国は、どこか冷たい風が吹く。
 クラウディアとシルフィリスは冷たい風の中、寄り添い、だが、けっしてもたれることなく僅かに離れて月を見上げていた。
 どちらも押し黙り、互いにぼんやりと月を見上げるだけで何も喋ろうとはしない。

 ――NPC同士の行動パターン

 そう、割り切ってしまえば楽なのだろう。
 見なかったことにして、眠って、クエストだけを掘っていれば楽なのだろう。
 だが、まざまざと彼女たちは俺にストーリーを傍観させることを強いてくる。

 「……辛いな」

 どれだけの時間が経っただろう、シルフィリスはぽつりと呟く。
 クラウディアはしばらくしてその言葉に頷いた。

 ――圧倒的な痛みの前に人は言葉を失う。

 俺の知らない痛みを抱えた二人は、だが、それを共感しているのだろう。
 辛かったよね、ではなく、辛いよね、でもなく、『辛いな』。
 吐き出した痛みをそれ以上、続けられないのは本当に痛いからだ。

 「……私の……」

 シルフィリスが言葉を選び、続けた。

 「私のマスターは………自由すぎる」

 だが、出てきた言葉は他愛の無い話だった。
 本当に痛みを知っているから――直接、痛みに触れる言葉は出てこないのだ。

 「最初に出会った時……話を全く聞いてくれなかった。神殿の中を猿のように跳ね回ったかと思えば私の話なんか全く聞かずに外に出たんだ。追いかけるのに必死だったよ。目を離せばすぐにどこかへ行ってしまう」

 このあたりは竜ちゃんも一緒なんだな。

 「ようやく追いついたのは一日明けて朝方になってからだった。流石に疲れて眠くなったのか平原の中で寝てしまったマスターの横で私は途方に暮れたよ。夕方になって起きてなんで起こしてくれなかったと言われた時には――私は泣いた」

 苦笑するシルフィリスだが、大きくため息をつく。

 「マスターはラビラッツの肉を食べていたが、私は何も口にせずマスターを追い続けたのだ。イリアとしての使命感なんてすぐに折れて、寂しさと、空腹でどうにもならなくなって――変わらず、泣いてしまった」
 「シル……」

 クラウディアがようやくシルフィリスの名を呼んだ。

 「泣きながら私がイリアであること、マスターがレジアンであること、魔王について話たさ。だけど、我がマスターは私に言ったよ。『女の子じゃなくてドラゴンがいい』って――まだ、クラウには見せていないけど、私は――イリアの力でドラゴンになれるようになった」

 驚くクラウディアにシルフィリスは苦笑してみせる。

 「がおー」

 顔の前で小さく手を握り、おどけてみせるシルフィリス。
 はじめてクラウディアが小さく笑った。

「それから一週間だ。私はそこで待ってろと言われて放置された」

 どこか、懐かしむようにシルフィリスは続けた。

 「日が暮れても帰ってこないし、朝が来ても戻っては来ない。食べる物も無ければ行く場所も無い……変わらない……私は、何も変われなかったよクラウ……一人だった私をみつけてくれたのは戦女神のレジアン――あのロクロータ殿だった。連れられて戻ってみれば――我がマスターは竜神の名に相応しい竜具に身を包んでいた」


 あいつマジ?
 ゲームはじまってシルフィリス放置したら放置しっぱなしだったのかよ。
 畜生だなあいつ。

 「幾度となく、共に戦場を歩いた。人の身にありながら――強大な魔物を駆逐する様に戦慄した。私はイリアとして力を得たにもかかわらず……力が及ばない。何者にも縛られず、何者にも屈さず……私にはマスターが眩しすぎた」

 シルフィリスは月に手を伸ばそうとして、その指を引いた。

 「……なんなんだろうな、この世界は。私たちはどこまでも……弱い」

 シルフィリスが小さく呟き、クラウディアが俯いた。

 「私たちは……どうすれば強くなれるのかな……」

 月に問うてみても静かなさざめきが答えなき答えを運ぶだけだ。
 俺も強くなったとは思っちゃいない。
 果たして、これでいいのかと自問しない訳じゃあない。
 真正面から自分を受け止めれば、空虚な自信の中に居て、果たしてそれが自信でも何でもなく、精一杯の虚勢であることくらい、理解している。
 だが、しかし、それでもと言い続けろと覚えている。
 苦く、痛い思い出が胸をよぎる。

 「――だが、しかし、それでも、前へ、だ」

 誰にも聞こえないように呟いて、俺は寝床へ戻ることにした。
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