身体的な中二病
「うーん、中二病ですね」
「……は?」
医者は俺の体を軽く診るやそんな病名を口に出した。
中二病……俺の知識が正しければそれは体に患う病気ではないはずだが。第一、俺は大学生。中二病なんて歳じゃない。
俺はよほど変な顔をしていたのか、医者は笑いをこらえたような顔で病気の説明をしだした。
「中二病……別名邪気眼症候群と言います。色々な症状が体に起こる病気です。ところで君、中学二年生の時どんな子供だった?」
「どんな、って言われても。ええと……サッカーばっかりやってました。勉強とかはあまり」
「んー、サッカー少年……では中二病とはあまり関係のない学校生活を送ってきた訳ですか」
「まぁどちらかと言うとそうですね」
「じゃあそれも原因ですなぁ。実はね、若い時精神的な中二病にかかる事で免疫ができるんですよ。それにかかっていなかったから今になって身体的な中二病になってしまったという訳です」
「ええ……なんですかそれ。イマイチ納得できないんすけど」
「納得するもなにも、実際そうなのでね。自分が思っているよりずっと身体と心はリンクしているんです。病は気からとも言うでしょ?」
「……はぁ」
「とにかく薬は出しておきますから。明後日にはだいぶ症状が収まってると思いますよ。明日が山場だから頑張って。まぁ死ぬようなことはないから安心してください」
「は、はい」
「あとこれ。症状のこととか対処法が書かれてるから目を通しといて下さい。なにぶん症状が多いのでね」
そう言いながら先生は白い表紙の小冊子を俺に差し出す。
それを受け取ると、先生は何故か楽しそうにニヤリと笑った。
「大人の中二病はイタいよ〜」
それがどっちの意味なのかは分からなかった。
*********
「おいどうしたんだその眼帯?」
学校へ行くや否や友人たちがからかうように声をかけてきた。
俺は右眼を覆う眼帯を手で隠すようにしながら苦笑いを浮かべる。
「い、いやぁ。物貰いだよ物貰い」
「ふうん……あれ、包帯までして。腕に怪我でもしたのか?」
「えっ!? あああああ、ええと……怪我とかじゃないんだけどちょっと湿疹が出てさ」
「へぇ、そんないっぺんに大変だな」
「ああ……そうなんだよ」
そうだ、本当に大変だ。
「中二病」になっただなんて言いたくないし言っても信じてはもらえないだろう。
本当は学校を休みたいくらいだったが出席日数がギリギリなのでそういう訳にもいかない。
とにかくこの場を乗り切り、家に帰らねば。
そう思ったその時。
「ッッ……グゥッ!?」
「どうした?」
「み、右腕が……疼いて……ッ」
「おいおい大丈夫かよ。保健室行ったほうが」
「クソッ! どうして……こんな時に!!」
「大丈夫だって、学生証貸せよ。出席切っといてやるから」
「……すまん。恩に着るよ」
「うん、お大事にな」
俺はフラリと立ち上がり、右腕を庇いながら校舎を出る。
外の風に当たっても一向に気分は良くならない。保健室に行こうかとも考えたがこの病気の独特な対処法を見ればきっとみんな変に思うだろう。下手すれば仮病扱いされるかも。
俺はおぼつかない足取りで学校を出て近くの公園のベンチに座った。そして昨日図書館で借りておいた哲学書を開く。
これも中二病の対処法の一つだ。理解できない難しい本を読むことで高ぶった神経が落ち着くとかなんとか。
そしてバッグに入れておいたブラック無糖の缶コーヒーを取り出して飲む。コーヒーに含まれる成分も中二病に効くのだとか。
本は死ぬ程つまらないしコーヒーはクソ不味い。しかし効果は確実に出ていて、体は随分楽になった。
それにしても眼帯をしたままでは本が読み辛い。俺は何の気なしに眼帯を外した。
頭がぼうっとして、今自分の身体に起こっている異変を忘れていたのだ。
「あっ、あの!」
顔を上げると、いつの間にか小学生と思われる集団が俺を取り囲む様に立っていた。いやそれだけじゃない。ぶらんこをこいでいる子供、シーソーで遊ぶ子供、滑り台に上る子供――公園にいるほとんどの子供が俺に注目している。
なにか変な事をしてしまっていただろうか。俺は困惑しながらも小学生に返事をした。
「えっ、ええと。どうしたの?」
「あのっ……そ、その眼! どうなってるんですか!?」
「ん……? あっ」
俺は慌てて右目を抑える。
そう、忘れていたのだ。中二病のせいで右眼の色が変わってしまっていることに。
「すげー、片目だけ赤い」
「俺知ってる!! オッドアイって言うんだぜ」
「そ、それって生まれつきなんですか?」
漫画でしか見たことのないオッドアイに興味津々の小学生が群がる。
「ちょ……違うよ、これは病気で……」
「うおおおおチョーかっけぇぇぇ!!」
「ねぇ隠さないで見せてくださいよ!」
「俺もおっどあいやりたい! やりたい!」
俺が興奮した小学生を落ち着かせるスキルを持っているはずもなく、公園の熱気は最高潮に達した。
「ちょ、本当に……やめ……ウグッ!?」
落ち着きかけていたのにまた右手の疼きがぶり返してきた。
きっと小学生がきて慌てたり焦ったりしてしまったせいだ。この病気は感情の高ぶりがあると悪化するらしい。
とにかくもう我慢ができない。俺は慌てて包帯を外し、水飲み場へと走る。それを見て小学生たちはまた歓声を上げた。
「うおおおおお刺青!?」
「めっちゃかっけー!!!」
そう、中二病の症状は腕にも出ていた。
赤黒い文様のようなアザが蛇のように腕を這っている。もちろん俺が望んだものではない。すべては中二病のせいなのだ。
しかし今はそんな事を説明する余裕もない。冷たい水をかけても腕の疼きや熱さは消えないし、それどころかむしろどんどん酷くなっているような気さえする。
「す……! いれず……」
「……だよ……あかい……」
小学生の声が遠くに聞こえる。
頭もぼうっとしてフラフラする。
マズい、きっと発作だ。中二病の重大な症状の一つ「二重人格」。このままでは中二病の人格に支配されてしまう。
……しかしもう、抵抗する気力も起きなかった。
「よー! もう具合は良いのか!?」
学校へ向かう途中、友人が学生証を差し出しながら俺の腕を叩いた。
俺は昨日の礼を言って学生証を受け取る。
「この通り、もう平気だよ! 薬が効いたんだな」
「それは良かった! ところで……この子たちは?」
友人は俺を囲む様にして歩く大勢の小学生を見ながら首をかしげる。
「あはは……ええと、何と言ったらいいか」
「俺たち兄ちゃんの弟子なの!」
「そうそう! お兄ちゃん、また手から火をだしてよぉ」
「お兄ちゃんどうしてオッドアイやめちゃったの?」
小学生の言葉を聞いて友人は怪訝な表情を俺に向ける。
「……お前いったい何をしたんだよ」
「はは……」
もう苦笑いを浮かべるほかなかった。
俺の中二病人格は小学生相手にやりたい放題したらしい。
「中二病」はご丁寧にも黒歴史まで作ってしまったという訳だ。
他の元中二病患者と同様、みんなが一刻も早く俺の黒歴史を忘れてくれるように願うばかりである。