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温泉の魔法使い

作者: 斉藤ハゼ


「えー鳴子台介です。こんにちは」


「鳴子先生、こんにちは!」



 台介の目の前には、物珍しそうに鳴子の顔を見つめる幼稚園児の群れ。

台介の白衣も、少し寝癖のついた頭も、園長先生より頭ひとつ高い身長も、彼らの目にはすべて神秘的に映った。なにせ台介は……



「では、お風呂の前に、簡単なお話を」



 黒板を前に台介が淡々と話し始める。ぼそぼそとした声だが、存外に聞き取りやすい。何度も何度も人前で話している人間の話し方だ。



「みんな、僕は何をする人か知ってるかな?」


「お湯を出す人!」


「おんせんのまほうつかい!」


 子供たちが一斉に声をあげた。

 鳴子台介は日本でただ一人、湯を生み出す魔法使いなのだ。テレビでその姿が何度となく映し出されている。台介は温泉という響きに苦笑いする。



「正確には、僕はこんなお風呂に入りたいと思った気持ちをお湯にすることができます。でも、温泉ではありません。正確には錯術で呼ばれるお湯、錯湯、と言います」



 お湯でも温泉でも名前なんかどうでもいいではないか。園児たちにとって、奇跡の一端であることに変わりはない。



「さて、今日はみんなどんなお風呂に入りたいか考えてきたかな?」


「黒いお風呂!」


「強くなる風呂!」


「お花の香り!」


「いいね、もっとたくさんお風呂のことを考えて。そのお風呂に入ったらどんな気分になりたい?」


「抱っこされてるみたいな気分がいい」


「いい気分ー」

 

「いやし系~!」



 意味もわからず言葉をあげる子供の発言に、周囲の大人から笑いが生まれた。



「じゃあ今回は男子のお風呂と女子のお風呂、二つあるからそれぞれに分かれて考えをまとめようか」



 打ち合わせ通り、幼稚園の先生たちが子供たちをとりまとめてくれる。

 あちこちから奔放な意見が飛び交い、挙手があり、笑いや不満の声を熟練の職人が生地を作り上げるように、先生たちが整えてくれた。




「はい、じゃあ男子のお風呂は、赤と白と青のお風呂で、強くなれる気分のお風呂。女子はピンクと薄い緑のお風呂で、やさしい気分のお風呂。香りはお花、と」


「はーい!」


「じゃあこれから竹の湯さんに移動します。みんな車に気をつけてね」


 あちこちで先生たちが子供たちを立たせる。ここから歩いて数分の銭湯にて「錯湯」を実施する手はずになっていた。




 子供たちが出て行った後、鳴子は一巡り壁を見渡す。子供たちの絵。先生たちの作った可愛らしい紙細工の数々。壁に貼られた一人一人の名前。

 彼らが日常的に吸っているであろうこの空気をゆっくりと味わうように、体内に取り入れる。

 今日は子供の日だ。徹底的に彼らが喜ぶようなパフォーマンスにしよう。



「鳴子先生、そろそろ」


「あ、ハイ」



 キャリーバッグから商売道具の入ったケースを取り出し、鳴子も歩いてすぐの銭湯へ向かった。

 

中に入ると、子供たちはすでに脱衣所で待ち構えていた。これから鳴子の起こす秘術を目の当たりにできるのだ。


男湯から入る。今時珍しいペンキ絵の富士が見事だ。台介はつるりとタイルをなでた。よく掃除されている。これはいい。台介の後ろから子供たちがぞろぞろ入ってくる。




「あーあの、カメラお持ちの皆さんは気をつけてくださいね。結構お湯飛びますから」



 台介の言葉に、モバイルやビデオといった電子機器をかまえた父兄が後ずさる。

自分も彼らの卒園アルバムを彩る一コマになるかと思うと台介の口元に笑いがこみ上げてくる。



「さあみんな、手をつないで。あ、君は僕とつなごう」


 片膝をついてしゃがみこみ、かたわらに居た男の子の小さな手をつなぐ。

もう片方には小さな棒杖〈ワンド〉水温計のついた特注品だ。



「じゃあみんな、僕が合図したら、一緒に歌を歌ってね。もしもしかめよ、だよ。知ってるかな?」


 知ってる! と浴室中にわんわんと子供たちの声が響く。


「よし、じゃー歌うよー。さんはいっ もっしもっし、かっめよー、かっめさんよー」


「世界のうちで、おまえこそー」


「歩みののろいーものはないー」


「どーしって、そんなに、のっろいのかー」


「はい、何回も歌って!」



 子供たちが興にのって、腕をぶんぶん振り回す。ちょっとしたお遊戯だ。

歌は子供たちに任せ、台介は銭湯中に溜まってきた錯粒子の気配に感覚の枝を伸ばしていく。子供たちの期待を受けて錯粒子がきらきらと舞い踊る。台介にしか見えない乱舞。



 台介の魔法の仕組みは簡単だ。人が期待や希望を抱く。その願いの心に異次元から錯粒子が引き付けられる。強い磁界に砂鉄がひきつけられるようなものだ。

錯粒子が一箇所に集まりすぎると、次元と次元を隔てる薄い膜が破れ、それがこの世界にあふれ出す。

魔法使いと呼ばれる人間は錯粒子に作用する成分を体内から放出することによって、それらを制御し、転換する。それがこの平政二十年のご時世に「魔法」と呼ばれているものだ。



「もしもし、かめよ、かめさんよ」



 赤、青、白、ロボットの色、フランスのトリコロール。 


 赤の湯にはもう少しだけ頑張れる気持ちを。青の湯には友達と仲良くなれる気持ちを。白の湯には周りの大人に心から甘えられる気持ちを。


彼らが呼び寄せた錯粒子の流れにさらに具体的なイメージを込める。台介の脳裏にははっきりと、透明な三色の湯をたたえたタイル張りの温泉の姿が見えている。



「世界のうちで、おまえこそ」



 五歳の子供にふさわしい強さを。まだ自由にならないことの多い子供時代を楽しめるように。

彼らから受けとった願いを台介がかみ砕き、錯粒子に届ける。

敏感な犬ならくしゃみをするほど体内からは様々なホルモンやイオンやらが分泌されているはずだ。



「歩みののろいものはない」



 粒子が乱舞をやめ、ただ空中にただよいはじめた。台介の制御下に入った証拠だ。

ためしに一粒、くるくると回してみる。

指先のようによく言うことを聞く。転換。瞬く間に湯になり、ぽたん、と浴槽に落ちる。よし。



「どうして、そんなに、のろいのかっ! それ!」



 最後のワンフレーズを自ら大きく歌うと、かけ声とともに、宙から三色の湯が沸き出でた。

大人はどよめき、子供は歌を忘れて歓声をあげる。


お楽しみはこれからだ。湯と湯はけして交じり合わず、互いに交差しながら滝のように浴槽へ流れこんでいく。大人十五人ほどが入れる大きな浴槽が、みるみる湯に埋まっていく。



「あったかい!」


「きゃっ!」



 その勢いにあちこちから湯片をかぶった人間の声が上がる。

だから言ったでしょ、と台介はちらりと思うが、湯の一片一片にいたるまで集中を途切れさせることはない。



「それっ!」



 台介が大きく棒杖を回すと、一旦は収まった湯たちが、くるりと輪を描き、そこを新しい湯がくぐってなだれていく。イルカの曲芸からイメージを貰った見せ技だ。



「わーぁ、すごーい!」



 派手だとか、すごいねとか、大人たちも口々に感想を漏らす。

この場にいる人間の気持ちが盛り上がれば上がるほど、錯粒子は活性化し、台介の意に沿いやすくなる。ただ無駄に派手な動きをしているわけではない。



「さあ、おしまいだよ!」



 台介が両手をさっと広げると、奔放に跳ね回っていた湯たちがぴたりと凪いだ。

ゆらゆら静かに波打つ水面は赤、白、青の三色に綺麗にわかれ、混ざりあうことはない。まるで良く出来たゼリー菓子のようだ。

そこに棒杖をちゃぷ、と差し込み、大げさに目盛りの高さへ目を持っていく。


「うん、四十度ぴったりだ」


 台介が立ち上がって振り返ると、誰からともなく拍手が起きた。ジーンズを膝までまくりあげた裸足の台介が、恥ずかしそうに頭を下げた。


「大体二時間もしたらお湯は去ってしまいます。だから、みんな早く入ろう」


 衣服のまま入りかねない子供たちを、お母さんたちや先生たちが追い回して再び脱衣所へ追い込んでいった。









 休憩所の畳の上で台介がぼんやりとトマトジュースをすすっていると、男湯、女湯の両方からきゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえる。みんな幸福そうだ。良かった。


「お、先生、先生、なかなかいい湯だったよ先生!」


 湯上り姿のたくましい男が台介に握手を求めてきた。放心していた台介が抵抗できるまでもなく、ぶんぶんと振り回される。


「どちらさまで」


「お、こりゃ失礼しました! 竹田です。この竹の湯の四代目をやってますわ。今日はありがとうございます、先生みたいな有名な人が幼稚園のイベントに来てくれるなんて」


「いやぁ。喜んでいただけるのが、僕も一番うれしいですから」


「さっすがえらい先生は、若いのに人が出来てんね」


 すぐに敬語がとれてしまった竹田の口調に、台介は鼻の頭をかき、苦笑いする。けして自分がえらいわけではない。先人たちの偉大な発見の積み重ねがあり、技術の積み重ねがあり、たまたま適正のあった自分がその頂に載せてもらっているだけだ。

 だから、台介は次元の破れがどこにあるか感じることはできても、無限軌道に世界が並んでいる理屈はわからない。自分に見える錯粒子とよばれるものが、何でできているのかもわからない。ただ適正があり訓練を受けただけだ。

「俺も温泉好きでさ、あちこち出かけてるけど、先生のお湯みたいなのは始めてだ。あれだ、囲炉裏にかけ鉄瓶で沸かした湯みたいな丸さってのかな」

「はぁ」

 台介のお湯をそんな例えで言い表した人物は初めてだった。血色よく桃色に肌をてからせた人物を、台介は改めて見た。気のいい下町のおじさん、と紋切り型にしか見ていなかった自分はまだまだだな、と思う。

「でも、丸いのに澄んでる。混じりけないんだ。先生の湯は」

 澄んでいる。その言葉に台介のまなざしが曇るが、竹田は一向に気づく気配がなく、品がいいだの、珍しく子供が長湯するほど大喜びだの、ぽんぽん気前よく礼賛の言葉を並べていく。

「温泉、お詳しいんですね」

「おう。これでも大学は観光学科でな。昔はツアコンやってたんだ。湯布院やらバーデンバーデンやら……」

「どこかお勧めの温泉があったら紹介してもらえませんか?」

「ん? 温泉の先生が温泉に行くってか! そりゃ面白いや。あんたの魔法があれば、ばばっと毎日好きな湯に入りたい放題だろう」

「それがその……」

 台介が小さな声で理由を告げると、竹田はふむ、と低く唸った。



 2


 竹田に紹介された花井山温泉は山間の小さな町にあった。荷物を降ろし、障子を開けると窓の外には長い細い雨が降っている。雨の町の静けさが息苦しい。次元と次元を分かつ膜はどこまで規則正しくピンと張り、粒子の欠片も落ちていない。ただ人の哀しみやあきらめのようなものが、道路にもやのようにたゆたっている。台介の目には、そうしたものも見えてしまう。

 普段仕事場にしている東京は、台介の目にはみっともないくらい次元がほつれ、やぶれて、あちこちに錯粒子が蓄積している。それだけ人間の願いが多いのだ。

 ずいぶん前から理論として予言されていた次元の破れが、招和三十年に実験で立証された。その後、この「主存世界」には、次元の粒子が流れ込んできていることがわかった。人間の「願い」に引き寄せられる性質と、人間の意思で操る方法が確立されたのが招和六十四年。いわゆる「魔法使い」の誕生だ。しかし、招和七十年の「有明実験」の失敗が大きすぎた。三十万人もの人間が一瞬で次元の狭間に消し飛んだのだ。それから政府は「魔法使い」の育成を進める一方でその魔法の理屈そのものを禁忌とした。車のドライバーを育成する一方で、乗っている車について知ってはいけない、そう制約をかけた。

 台介は、自分がなぜ魔法を使えるのかわからない。幼少時から、徹底的に魔法、法律では「錯術」と呼ばれているこの技術の習得と修練に勤めてきたが、どこまでうまく使えても、理由はけしてわからない。まるで頭の中に秘密の部屋があるようだ。

「……さん、お客さん」

「はいっ!」

 ぼんやりと考え事をしていた台介の目の前に、和服にたすきがけをした女将が笑っていた。

「お客さん、ドア開けたままぼーっとしてるんですもの」

「あ、すみません」

「お夕飯の前にお風呂入られますか。それとももうお夕飯をお出ししましょうか」

「じゃあ……夕飯をお願いします」

「それじゃ、すぐお持ちしますね」

 すぐの言葉にふさわしく、座卓の上に皿が並べられていく。ジーンズにシャツの普段着ではお膳と自分とが不調和な気持ちがする。かといって風呂に入っていないのに浴衣を着るのも妙だ。

「着てるものの問題じゃないのかもな」

 勧められた自家製の梅酒をちびちびとなめながら、目の前の料理をつつく。川魚の焼き物、山菜の煮付け、地元和牛の陶板焼き、柑橘のなます、近くの寺で作っているという胡麻豆腐。山の幸を一人でつつく己がやっぱり滑稽だった。おひつからおかわりをよそう。想像よりも米飯が美味しい。

「ご飯って、こんな味だったっけ」

 思えば、一人でゆっくりと温かい食事をとったのは何年ぶりか。食後のお茶で魔法使いにはかかせない各種錠剤を飲み干したところで、女将が膳を下げに来た。

「さ、お風呂もどうぞ。先生みたいなえらい人のお気に召すかどうか知りませんけど」

「なんでそれを」

「どっかでお見かけした顔だな、とは思ってたんですけどね」

 女将がテレビをつけるとモニタには台介の姿が映っていた。白衣を着て頭をかきながら魔法を使っている姿。ずいぶん前に撮ったものだ。


『僕はお湯しか出せません、でも、お湯だって人を癒せる。それなら僕はお湯しか出ない魔法使いでいい』


 テレビには当然政府の息がかかっていて、台介は「善い魔法使い」として民衆に魔法を普及させるための体裁のいい道化だった。テレビも、台介も、視ている人間も、皆が皆、魔法が良いだけのものではないことを知っている。それでも全員が納得ずくでやっているのだ。今更「魔法」のない時代、排気ガスやゴミを垂れ流し、満員電車に押し込められていた時代に帰りたくはない。

「いいことおっしゃいますね、センセ」

「お湯しか出ないんですよ」

「この町だって温泉しかないのに伝統地区に指定されて、私たちは父祖の地に住むことができるんです。お湯しか出ないっていうけど、お湯が出ればそこに人は集まるんです。それで充分じゃないですか」

「それ、いい話ですね、今度テレビででも使わしてもらいます」

「どうぞ。ついでに温泉のことも宣伝しといてくださいね」

「それはもう」

 女将が膳を持って去り、腹具合も落ち着いたところで、台介は意を決して湯屋へ赴いた。年季の入った木製の引き戸を開けると、ほのかに鉄さびのような臭い。足の裏にざらざらと砂のような何かがこすれる。壁の地はタイルなのに、湯殿の縁は鍾乳石のような岩。手でなでるとこれもざらり、と手に白い粉末のような手触り。

 黒ずんだ木の手桶で湯をかぶる。ぬるめ、摂氏三十八度といったところか。湯の温度を計ることを習いとはしているが、毎日のように湯を立てているおかげで、台介は手で触っただけで湯温を正確に当てることができる。

 ごつごつとした浴槽に気を配りながら、肩までつかる。

湯はひどく赤茶色に濁り、沈めた身体がほとんど見えない。

「これが、温泉かあ」

 初めて浸かる温泉。何もかもが想像と違っていた。絶え間なく新しい湯が注がれては湯殿の縁からざばり、ざばりと流れ消えていく。

「ある意味、変わらないかもなぁ」

 願いが叶えばやがて消える魔法のお湯。常に新しい湯と入れ替わり続ける温泉。手に掬った湯で顔を洗うと塩辛い。噴出口に手をかざし受け止め、少し飲んでみる。

「ッ……!」

 喉の奥にざらりとした、しょっぱさと口当たりの悪い苦味が残る。何にもたとえようのない味。子供たちの要望でジュースの味のお風呂にしてほしいと言われたこともある。酒風呂とのリクエストを受けたこともある。本物の温泉にこんな強烈な味が湯に溶け込んでいるとは、想像もつかなかった。

 風呂の縁を見ると、十センチくらいのひどい段差があった。平らなタイル地の部分と、その上に分厚く積み重なった地層。牡蠣の殻のようだ。湯の成分が溜まり溜まって岩状の塊を作り上げている。台介が手で押してもびくともしない。

「違うかもなあ……」

 深いため息が出る。壁に成分が貼られている。


『含二酸化炭素・鉄・カルシウム・マグネシウム・塩化物・炭酸水素塩泉、ph値6.4(中性)』


 ざらざらとした手触り、岩を為すほどの濃い成分。いくら色をつけ、香りをあしらっても、透明な作り物になってしまう台介の湯とはえらい違いだ。

「本物は違うなあ」

 ぬるいのに、血管が広がってくる感覚がある。豊かな何かに身を包まれている安心感。台介ははじめて自分の身体のあちこちに不自然な張りをあることを思い知った。自分の身体にろくに気づきもしない人間が、他人を癒す湯を出そうとしていたなんて。何度も声にならない吐息をはき、台介はしばし湯に身を委ねた。



 ロビーで休んでいると、また女将が声をかけてきた。

「どうでした、うちのお風呂」

「結構なお湯でした」

「すごいでしょう、関西最強のお湯」

「本物の温泉ってすごいですね。自分のお湯が作り物だって思い知らされました」

「そお?」

 女将が何か言いかけた時、遠くで電話のベルが鳴った。さすがは伝統地区、据え置きの黒電話を使ってるのか、と台介が変に感心する。遠くで誰かが呼んでいる声がする。

「あら呼んでるわ。はいはい、ただいま!」

 女将がぱたぱたと走っていくと、離れたところで、お前じゃねえ、そのセンセに御用なんだよ、と女将の父親らしき人が大声でしゃべっている。半纏を羽織って台介が歩いていくと、老人が手招きをする。

「お湯のセンセ、悪いなぁ、ちょいとお湯呼んでくれへんかぁ」

「いいですけれど、なんでまた」

「あのね、うちのお父さんのお知り合いの人がさっき亡くなったんですって」

「でなあ、あいつ、センセのフアンでなぁ。なあ、最後に湯を呼んでやってくれへんかぁ」

 ファンを、老人は、フアン、とのばして発音した。

 浴衣に半纏姿の台介が曖昧にうなずくと、老人は台介の気が変わってはたまらないとばかりに、そのまま車に乗せようとする。台介はせめて洋服に着替えさせてくれと懇願する羽目になった。

 慌しく通された家の奥座敷に、老婆が寝かせられていた。その死に顔はぽかん、とした安らかさで、苦痛とも、安楽とも、等しく離れているような、そんな表情。

「祖母は百二歳で……昼に、裏の畑で倒れているところを見つかりました。ほんと、丈夫な人で、大往生ですよ」

 孫と名乗る初老の女性は目を細めて羨ましそうに語った。

「テレビに映る先生を見るのが楽しみでして。おじいちゃんに似てる、あの人は若いのに苦労してるよ、ってのが口癖でした」

「いや、けしてそんな苦労は」

「先生、祖母に、最後のお湯を呼んではくれませんか」

「お湯に入れて差し上げるのは難しいでしょうから、身体を拭いて差し上げるためのお湯はいかがでしょうか」

「やっていただけるんですか!」

 喜んで。台介がそう答えると、座敷にはあっという間に人が集まってきて、ちょっとした祭りのような騒ぎになってきた。やれ、坊さんを呼べ、葬儀屋も呼べ、湯を張る桶はなんかあるか、押入れに使っていないケースがあるからそれで云々。

 周囲の騒動をよそに、台介はゆっくりと湯のイメージを練る。大沢昌子というその名前。旧姓は松川で八人兄弟の次女だったこと。遠く岩手から嫁いできたこと。この土地で子供を四人育て、小さな店と畑を守り、赤茶色のあの湯に入ることが楽しみだったこと。古びた写真の数々、いつまでも色あせない年老いてからのデジタルデータ。

 近所の人間や血縁の人間たちの会話を聞きながら、送る人の手をそっととる。節くれだった手。生気は抜け、硬く冷たい。

「さ、もっと昌子さんの思い出話をたくさんしてください。それがご供養になりますし、いいお湯になります」

 人の思いが錯粒子を呼び、集まった錯粒子は次元の膜の上に溜まっていく。まるで天幕に溜まった雨のように空間をたわませる。膜の臨界点を超えた時、錯粒子の質量で次元を支える膜が破ける。そうなれば台介の出番だ。

 奥座敷に入りきれなかった男たちが酒盛りをはじめた。どこからか、ふいっと甘ったるい香りがした。台介にだけ香る幻の匂い。亡くなったご婦人に似合うものを周囲の人間が想起し、それに錯粒子が反応している。どこからかもう主在世界に粒子が入り込んできている。次元の裂け目が出来るのが予想より早い。

「ずいぶん、慕われていた方だったんですね」

「隣で騒いでる人たちは、みんなばあちゃんのお店の常連だったそうですよ」

 いつの間にか隣にいた若い女の子が答えた。ひ孫か、玄孫か。

「何のお店をされていたんですか?」

「駄菓子屋だって話です」

 なるほど。甘い匂いは駄菓子の匂いか。そう言われて嗅いでみれば、きなこのような香りがする。

 天井を見上げると、きらきらと粒子が舞っている。台介が意識をやるとたちまち制御下に落ち、ゆっくりと降り始めた。台介の上に、忙しく立ち居振舞う親族の上に、暢気に酒を飲んでいる男たちの上に。粉雪のように畳の上に積もり、じっと台介の号令を待ち構えている。

 どんな湯にするのが故人の願いに沿うのだろう。もう故人の願いを聞くことはできない。むしろ、故人のためではなく、残された人を慰めるような湯が良いのだろうか。誰の願いをかなえればいいのか。湯を使う本人自身の願いがない湯を立てるのは初めてだ。

「ああ、お寺さん来はったねぇ」

 台介が考えあぐねていると、黒ぶち眼鏡の男性が急かされるようにしてやってきた。彼もまたシャツにジーンズの気軽な姿で台介と大差ない。着替えさせてくれる時間くらい……とかなんとかブツブツ言っているのを、文化行事はお葬式でちゃんとやりゃーいいじゃないのと、周囲の人間がなだめている。それより、今日は魔法使いのセンセとコラボだよ。

 魔法使いと僧侶、仏様を挟んで向かうように座る。箸に脱脂綿をくるんだものに水をひたし、僧侶が「喪主の方から、お子さん、あと血縁の方ご順番に」と言い添え手渡す。喪主は故人の息子だろうか、これまた結構な高齢だ。脱脂綿を震える手で仏様の唇の上に、とん、とん、とのせる。それを隣の人間に渡す。水をのせる。渡す。何人かの子供、結構な数の孫たち、孫の子供、孫の孫、直系、傍系の親族。長い長いリレー。

 「これだけ多くの人に、お水をとってもらえる人はなかなかおりません」

 と僧侶が黒ぶち眼鏡を外しながら言った。

「お葬式って、こんな賑やかなものだったんですね」

「この仏さんは大往生やから、賑やかに送って差し上げるのがいいんです。お通夜でこの調子じゃ、さぞかし祭りのような葬式になりますよ」

「お恥ずかしい話ですが、お葬式とか初めてなので」

 それはそれは、と僧侶がまじまじと台介を見た。

「こうして直接拝見すると、お若いんですね」

「ええ。お恥ずかしいことに何も知りません」

 へぇ、と僧侶が感嘆の声をあげた。

「自分は何も知らない、と謙虚に頭を垂れられる人間はなかなかいないものですよ」

「いえ」

 謙虚や謙遜なんかではない。台介は本当に何も知らない。

六歳で国の施設に預けられ、二十歳を過ぎるまで、ほとんど施設の中で暮らしてきた。外の世界で暮らすようになってまだ数年あまり。何も知らないという言葉は掛け値なしの実感だ。

「鳴子先生、そろそろ」

 いつの間にかダークスーツを着た男たちが枕元に増えていた。

「このたびのご葬儀を勤めさせていただきます、花井山葬儀社の高山でございます。湯灌のお湯はこちらでご用意していただけると伺って参りましたが」

「えぇ、このセンセイが、呼んでくれなはるんや」

「それはそれは、故人もさぞお喜びのことでしょう」

 末期の水の間に一層錯粒子が集まってきていた。あちらこちらから吹き溜まり、いまや畳の上十センチほどにぎっしりと積もっていた。正座した台介のふとももを覆うばかりになっている。

「それでは、失礼して」

 目の前の人間たちがやっていたように軽く手を合わせて一礼し、しびれた足をほぐすように立ち上がる。座敷中の目が台介に集まっている。襖が小さく開いて隣座敷の連中までもが覗いている。老いも若きも台介の起こす奇蹟を今やと待ち構えている。もう悩んでいる暇はない。イメージを結べ。故人から受けたものは何か。この土地との関わり。故人から広がった人の系譜。それを象徴するものを。そうだ。

 一掴み分ほどの粒子をさらに深く制御下におく。頭の中からチリチリとしびれるような感覚が出て行く。実際、この時微粒な電気が発生しているそうだ。人体の神秘はまだよく解明されていない。指を一本立て、用意してもらった入れ物を指す。全員の視線がそちらへ動く。一メートルほど上の高さから、転換。ぽた、と座敷の静寂の中に水音が響いた。それは瞬く間に次を呼び、静かな絹糸のような雨音に変わる。周囲からおお、と小さな声が上がる。

 横一メートル、縦五十センチほどのケースの上にだけ、幻の雨が降っていた。循環する命、循環する水。

「みかんの香りやねぇ」

 みかんの花が咲く季節が故人は一番好きだったという。暖かいこの土地が好きだとも。ゆっくりと、ケースの中にお湯が満たされていく。

 七分ほどうまったところで、台介は「けれど」と思う。一度も岩手の実家に帰ることのできなかった昌子さん。仕事を子供たちに渡し、年金暮らしができるようになった頃、彼女の故郷の町は居住地域特別法により全員が退去を命じられた。人のいなくなった町に里帰りしてもね、と彼女は言っていたという。すらすら暗唱したという宮沢賢治の話。雨ニモマケズ、風ニモマケズ。

「あっ……雪やぁ!」

 いつの間にか、雨が、薄い紙片のような雪に変わっていた。台介がそっと手を差し伸べると、手のひらでほのかに温かく溶け、すぐに蒸発する。

 台介はただケースを満たす分だけの湯を降らせるつもりだった。それが雪とは。戸惑いながらも仏様の眠る布団の上へ、雪を移動させる。たしかに自分の制御下にある錯粒子たちだ。

 故人の上にふわり、ひらり、と幻の雪が降る。己の熱ですぐに溶け、消え去ってしまうが、それはまぎれもない雪。

「ばあちゃん、雪や、雪やねんなあ。もういっぺん雪見たいって、言ってったなあ、ばあちゃん……」

 孫娘が布団の上に身を乗り出して遺体に話しかけていた。その髪にも、黒い服にも、雪が降っていく。隣の部屋との襖はとうに広く開け放たれ、この地区の人間の多くがはじめて見る雪に見入っていた。

 台介がちらりと葬儀社の人間の顔を見ると、小さく頷いた。意識を次第に拡散させて、錯粒子を制御から放す。ゆっくりと蛇口をゆっくり締めるように、転換を収束させた。あとにはケース一杯のお湯。みかんの香りのする、透明な、ほんのり赤茶色の、三十八度の湯。

 台介は最後にもう一度だけ昌子に手を合わせ、座敷を出た。いつしか低い読経の声が流れはじめていた。


 翌朝。特大の梅干、小さなカリカリの梅、玉子焼き、山菜の煮物、のりの佃煮、焼き魚、きんぴらといった細々としたご飯の友がたっぷり揃った朝食を食べながら、台介は昨日の夜のことを思い返していた。この数年で何度となく湯を立て招いたが、自分が脳裏に結んだイメージと違うものが具象化したのは初めての経験だ。なぜ、イメージからぶれたのか。イメージよりもさらに深く強く錯粒子を操ったものは何か。

 昨日の思考手順をひとつひとつ思い返す。雪を呼んだトリガーは何か。故人が生まれ故郷に帰れなかったというエピソードだ。その時、自分は故人に雪を見せたいと願わなかったか。台介は軽く頭をふり、その可能性を払った。そんなこと有り得ない。


 旅支度を整えた台介をフロントで待ち構えていたのは、膨大なお土産の紙袋と、押し問答だった。

「いやいやいやいやもうセンセの御代は大沢さんから頂いとるし! それより、これ! これを渡してほしいと預かっとるんや」

 宿の親父、女将の父親が台介の手にのし袋を押し付けようとする。

「いえ、その、仕事でしたことではないので、金品授受は原則禁じられてるんです!」

 台介がそれを押し戻し、カウンターにカードをのせてこれでお会計を、と頼み込む。

「ええやないか、昨晩のお通夜、お湯のセンセのおかげでみんな感動して泣いてはったんや」

 親父が負けじとのし袋を台介のポケットにねじこもうとする。台介、劣勢。

「ちょっとお父ちゃん! もう!」

 そこに女将がぐいっと割って入った。

「こうしましょ。鳴子先生の御代は大沢さん持ち。このお金はうちから事情を話してお返しします。お香典の足しにでもしてくださいって先生がおっしゃってた、って伝えておけばいいでしょ」

 台介にはカードが、親父にはのし袋がそれぞれ突っ返された。台介としては別に香典を包む心積もりでいたのだが、このまま親父と押し問答を繰り広げていては、いつ帰れるかわかったものではない。女将を挟んだ二人の男は不承不承うなずいた。

「じゃあ、お世話になりました」

「そーだ先生! うちの能書き読まれました?」

 女将が、玄関前に堂々と掲げられた立派な板を指し示した。墨で黒々とこの温泉の由来や効能などが書かれている。

「お風呂場にあったのを拝見しましたが」 

「成分表じゃなくてここ読んで、ここ!」

 女将がびしっと一文を指し、それを自ら読み上げ始めた。


『本温泉は、神意によって湧出した霊泉でございます』


「ねえ先生、私たち花井山の人間は、温泉ってのはただ地面から湧いてくるお湯のことが温泉とは思ってません。神様仏様のご意志によって出でたものが温泉だと思ってます。だから……」

 女将が台介の目をじっと見た。

「人の意志によって湧いてくるものも温泉なんですよ。花井山のお湯と同じくらい立派な温泉です。いつか、私たちも入れて下さいね」

 女将の脇で親父も深くうなずいていた。両手を紙袋で埋められた台介は、頭をかくことも出来ず、ただ小さく頭を下げた。



 3


 東京に着いた台介は、そのままの足で東京東部へ向かった。京浜東北の位相差ゲートを通過して着いたその先は、未だ小さな町工場の立ち並ぶ地域だ。山手管内と違ってこの辺りはまだ空が見える。台介は小奇麗な一戸建ての前でカードをかざした。これで中の住人には、どこの誰が来たか伝わっている。しばらくして、カチリ、と門扉の外れる音がした。

「入って」

 スピーカーの声に従って幅広の門を通り、ゆるやかなスロープを登る。玄関は自動の引き戸だ。扉が開いた先に、玄関で仁王立ちしている少女。

「何、その大荷物」

「お土産」

「あっそう。今、お父さんもお母さんもいないけど、すぐ帰ってくるはずだから」

 すたすたと少女が家の中に入っていく。のろのろと靴を脱ぎ、台介も続く。

「あ、そーだ」

 リビングに続く引き戸を開いたところで、少女が唐突に振り返った。

「お帰り、お兄ちゃん」

「……うん」

 

 女将に持たせられた土産物を一つ一つ妹に説明し終えると、すっかり何も話すことがなくなってしまった。

「お兄ちゃんさ」

 お兄ちゃん、と呼ばれるも台介にはぴんと来ない。八歳年下の妹、咲花は台介が施設に入ってから生まれた。一度も一緒に暮らしたことがない妹。

「今日は何で来たの?」

「ん……温泉に行ってさ、たくさんお土産もらったから」

「お兄ちゃんも温泉行ってたんだ」

「父さんと母さん、今はどこにいってるの?」

「田磨川温泉。最後にすがるのはやっぱり田磨川だろうっていつも言ってるよ」

「そっか」

「でも、さっき場所が秋田リニアになってた。あ、今はもう東京のそこら辺だね」

 咲花がモバイルで座標情報をちらりと読み取る。

「ねー。お兄ちゃんのお湯にお母さんを入れてあげるわけにはいかないの?」

「え……」

「テレビなんかだと、お兄ちゃんのお風呂に入ってすごく良くなりました! って言ってる人いっぱいいるじゃない」

「僕のお湯はさ、温泉と違って、効能があるかどうかもあやしいんだよ。何か成分が溶けてるわけじゃない」

「じゃあどうして効くんだろね」

 台介が返事できずに黙っていると、柔らかなチャイムが鳴った。モニタが自動的に写り、玄関の様子を映し出す。

「あ、帰ってきた」

 咲花が軽やかに廊下を走っていく。台介が見つめるモニタには、車椅子に乗せられた母とそれを押す父の姿が映っていた。


「台介、来てたのか」

「うん。食べ切れないくらいお土産もらっちゃって」

 リビングのテーブルの上には台介の持ってきたゆず最中が開封されていた。咲花が三個目をぱくついている。

「お兄ちゃん、マジうまいねー! まいうーだねー」

 何十年前かに流行った言葉を使うのが最近の流行らしい。まいうー、鬼やばい、常識的に考えて。

「そうか。もっとマメに顔を見せてくれていいんだぞ。なんなら」

 一緒に住んでもいい。父親はそう淡々と告げる。台介が断ることを知った上でのセリフ。

「いや、僕も一人暮らしの方が気軽だし……」

 そうだよな、台介にだって彼女くらいいるだろうしな、と父がおだやかに笑う。

 まるでテレビみたいだ。台介と親しい人間は誰もいない。台介も、父も、わかった上で無意味な会話をしている。二十年近くの断絶が、家族のふりを強いる。

「ねぇ」

 新しい緑茶を持ってきた咲花が急に低い声を出した。

「どーしてお兄ちゃんのこと、無視すんの?」

「やだな、こうして話をしてるじゃないか」

「嘘つき。さっきからお兄ちゃんとじゃなくて、自分とお話してるじゃない」

「何を言ってるんだ、咲花」

 父が慌てたように取り繕う。

「お兄ちゃんもなんでお父さんの期待通りに返事すんの?」

 それはね咲花。僕は他人の願いごとを叶える魔法使いだから。自分の願いでは魔法を使うことはできないから。だから他人の願い通りに物事を考えてしまうし、振舞ってしまうクセがついてるんだ。わかってる。

「そうでもないさ、僕だって、たまには違うことも言うさ」

「ふぅん」

 台介は、改めて父親に向き直った。

「父さん、お願いがあるんだ」

「金ならないぞ」

 咲花がローテーブルの足を蹴っ飛ばした。その勢いに父がびくっと身をすくませる。

「咲花、大丈夫だから。僕のために怒ってくれなくていい。その代わり咲花にも後で頼みがある」

「わかった」

 咲花が大人しくソファに座りなおし、台介はローテーブルを元の位置に直しす。

「母さんを、僕のお湯に入れたいんだ」

「お前、久しぶりに来たと思ったら、まだそんなこと思ってたのか! くそ! 誰が許すかそんなこと!」

 がたん! と激昂して立ち上がった父の勢いで、ローテーブルの位置がまた狂う。対面に座ったままの台介が、暗い顔で父を見上げる。

「お願いします。一度でいい、母さんのために魔法を使わせてください」

「はぁ!? お前誰のせいで、香住がああなったのかわかってんのか!?」

「はい」

「出て行け! 今すぐここから出て行けッ!」

 父がテーブルの上をなぎ払った。湯のみや土産物ががちゃっ! と飛ぶ。

「お父さんッ!」

 負けじと咲花が立ち上がった。

「なんでお兄ちゃんのことそこまで否定すんの! うちにお金があるのはお兄ちゃんのおかげなんでしょ! あたし知ってんだから! お父さんはお兄ちゃんを国に売ったくせに偉そうなことばっかり言って……お兄ちゃんが可哀相ッ!」

 咲花の頬に涙が幾筋もついていた。こらえていたものが噴き出した、湯のように熱い涙。

「咲花……お前もそろそろ知っておいた方がいいかもしれないな」

 父が何を言い出すのか台介にはわかった。だがそれを止めることも台介にはできない。

「母さんが八年前に入院した時のことだ。咲花、覚えてるか」

「私の記憶にあるお母さんは、いつだって寝てるか、入院してるかよ」

「そうか……まあいい。八年前、母さんは、死んだんだ」

「何よそれ」

 

 台介は今でもあの日のことを夢に見る。

 最愛の母が危篤との知らせを受け、台介は外出許可を貰って病院へかけつけた。そこにはたくさんの計器に囲まれたやせ衰えた母の姿があった。癌のステージⅣ。母は意識を失う終末医療を断り、痛みに耐えて、最後まで台介や幼い咲花に話をしてくれた。家族の身を強く強く念じる母の思いで次元と次元を分かつ膜はずたずたに切り裂かれ、息が詰まりそうなほどの錯粒子が視界を埋め尽くしていた。

「台介、みんなをよろしくね」

 十六歳の台介にそういい残して、母は息を引き取った。握った母の手から、身体全体から、急速に白い靄のような何かが立ち上がり、糸の切れた風船のように離れて行こうとする。必死で伸ばした台介の手をすり抜け、昇っていく。母の命が去ってしまう。

 その時。

 台介は、心の奥底から、強く強く願った。

 荒れ狂う錯粒子が瞬く間に母の姿を埋め尽くした。脳を焼くような白い光と衝撃。

 その後のことは夢でも思い出せない。

 台介が身を焦がすほどに願ったことはひとつ。台介が自分のために使った、最初で最後の魔法。

「こいつが魔法で母さんを生き返らせやがった」

「いいじゃないのよ!」

「バカ! こいつが半端な魔法を使いやがったおかげで、香住は、ずーっと永遠に癌患者のままだ! 一生癌の痛みに耐えながらコイツの魔法が切れるのを待つしかねぇ! 死ねるかどうかもわからないんだぞ!」

 父の怒声は子供の泣き声のようだった。ママ、ママ。泣いていた咲花の声が被る。

「お兄ちゃんがそんなすごい魔法が使えるなら!」

「ダメなんだよ、咲花」

 台介が割れた湯飲み茶碗をじっと見つめながらつぶやいた。

「もう、僕は自分の願いを叶えるためには、魔法が使えないんだ」

 台介の力はあまりに大きすぎた。事態を重く見た政府は即座に手を打った。台介に呪いをかけたのだ。自らの願いで魔法を使えないように徹底的に抑圧し、人格を矯正する魔法をかけた。前時代的な言い方で言えば洗脳だ。今の気弱で、他人の願いだけを聞き入れる善い魔法使いの台介は呪いが作り上げた人格。

「だから、咲花に頼みがあるんだ。僕の代わりに願ってくれないか。母さんに安らいでもらえるお湯を……強く、願ってくれないか……」

 僕はもう、自分の願いを叶えるために魔法が使えないから。もう一度台介はつぶやいた。

「コイツと関わるとロクなことはない。魔法使い様だからな」

 魔法使い。画期的な力をもたらす脅威のブラックボックス。あるいは腫れ物。

「父さん……もう、二度とこの家に来ないから、だから」

「ダメ! そんなこと言わないで!」

 長身がとても小さく見えるほどにうな垂れた息子と、小さな身体を怒りで膨らませた娘を見て、父親はかぶりを振った。

「好きにしろ」


「鳴子です。ハイ。登録番号三千二百四十五番の方に錯術を行います。ええ……鳴子、香住さんです。そうです。ああ、直接モニタにいらっしゃいますか。わかりました。では二時間後に。よろしくお願いいたします」

 モバイルの通話をぷつり、と切ると台介の後ろには妹が突っ立っていた。

「何、今の」

「魔法を使う時は、お役所に連絡しなきゃいけないんだよ。後でレポートも出さなきゃいけないんだ。僕らの振る舞いひとつひとつがデータだからね」

「で、誰か来るの?」

「厚生省の人が立会いにね。母さんみたいな人に魔法の力が及んだ時の様子は、国内でもデータがないはずだ」

「ふぅん」

 母の寝室にはいつも最新の機器類があって母をモニタリングしていた。それは母が自宅療養を選んだからだと咲花は思っていたが、実際は国に監視されていたのだ。期せずして生まれた実験動物として。

「母さんの様子はどう?」

「ずっと眠ってる。最近はほとんど意識がないの」

「そうか」

「これ、とりあえず持ってきた」

 咲花がスティックメモリをローテーブルに乗せた。台介がそれをつまんで、しげしげと見る。

「ごめん、これどうやって使うの」

「……お兄ちゃん、魔法使いになって正解だったかもね」

「僕もそう思うよ」

 二人で小さく笑う。軽口を叩けるくらいには兄妹なんだな、と台介はほっとする。

「昔のデータはオンラインストレージになくてね」

 説明しながら由香が自分のモバイルにスティックメモリを差し、てきぱきと操作する。リビングのモニタに、ぱっと若い頃の母親が写った。

「動画だね。見づらい」

 がたがたの解像度の中で二十代と思しき母が笑っていた。古びた温泉街の町並みを歩いている。看板を指して笑う。

『なんかしゃべってよ』

 撮影している父の声が入る。

『えーと、あれ撮って、あれ!』

 母が頭上を指す。カメラがぐるっと上を向く。観光客を出迎える看板。

『ようこそ、鳴子温泉郷へ。今日は私たち、宮城県の鳴子温泉へ来ています! どっちを向いても鳴子、鳴子、って書いてあって、あははは私たちセレブみたいです!』

 リポーターの下手な真似をして母がまた笑う。カメラも揺れる。

「思ってたのとなんか違う」

「どんな風に思ってた?」

 つまらなさそうに、でも一心に、ビデオを見る咲花にたずねてみる。

「白い日傘持って、おとなしぃく笑ってるようなイメージだった。お兄ちゃんは?」

「あんまり覚えてるわけじゃないんだけど」

 台介は鞄の中からケースに入った写真を取り出した。

「プリントなんだ?」

「二十年くらい前の写真だからね、データはないよ」

 それは台介が四、五歳の頃の写真だった。台所に立っている母を見上げた構図。菜ばしか何かを持ってレンズの向こうに笑いかけている母。

「これね、僕が撮ったんだって」

 父親のカメラを拝借して遊んでいた台介を面白がって、母が使い方を教えたらしい。

「なんか、元気そうに見える」

「僕だってそう思ってた」

 台介の心の中の母は、いつまで経ってもあのころの母のイメージだ。台介が家族と引き離された後、年に数回は母と会っているはずなのだが、その頃のイメージはあまり湧いてこない。

「なんか、母さんにこうなって欲しいって願い、あるかな」

「うーんとねぇ……」

 咲花が長い髪をわしゃわしゃとかきむしる。

「よく、わかんない。ずっと、ずーっと生きててほしいの。自分で動けなくても、言葉がわからなくても、そこに温かい身体でいてくれるだけで嬉しいの。だから、その……昔、魔法を使った時のお兄ちゃんの気持ち、あたし、わかる。でも……いつまでも、ずっと苦しいんだったら、楽にしてあげたいって気もあるの。こんな曖昧なんじゃ、願い事にならないよね」

「いや」

 台介の手が、髪をかき回す咲花の手を取った。

「僕にはわかるから」

 そのまま咲花の髪の毛を整えるように、頭をなでてやる。くせ毛の台介と違ってなめらかな髪だ。若い頃の映像の母によく似ている。

「……ねえ、お兄ちゃん、一緒に住んでよ。もう、お父さんとお母さんに置いてけぼりにされるの、イヤなの」

「僕だって忙しくて、あまり家にはいないよ」

「いいの。あのお父さんとお母さんのことを、あたしと同じ気持ちで見てるって人が、同じ家にいるってだけで、すごく楽になれそう」

 咲花が台介の胸にもたれかかる。思えば兄らしいことなど、一つもできなかった。今後もできないかもしれない。それでも。

「父さんが、いいって言ってくれたら、いいよ」

「どーせ最初だけ散々キレて、あとは好きにしろっていうから大丈夫」

 いずれにせよ、台介は妹の願いを断れないのだ。


 約束の時間ぴったりに、国のスタッフがやってきた。立会い係の役人、計器を扱うエンジニア、そして。

「小野川先生!」

 台介が驚いた顔で白衣の女性を見つめていた。年の頃は五十ほど、白髪を染めたオレンジ色の髪が肩でたなびいている。

「一級錯術士、小野川美由です。久しぶりだね、鳴子台介くん」

「先生!」

 忘れようもない。恩師であり、自分を呪った魔女。

「今日、君の魔法でお母様に影響があった際、その意識の動きを錯術でモニタさせてもらうことになった」

 あちこちに舞う錯粒子の濃度に小野川が目を細める。

「ずいぶん多い。やっぱり肉親のための願いだからかね」

「妹が呼んでくれました」

「妹さんね。それに……お父さんも、だね」

「声はかけてませんけど、多分何か願ってはくれてるんでしょうね」

 父は魔法の現場は見たくない、母を入浴させる時だけ呼べ、と言い残して自室に閉じこもっていた。

「ふむ。残念ながらなぜ魔法使いが生まれるかはわかっていない。あるいは私たちには明かされていない。しかし、私の経験から思うに、やはり遺伝や生育環境と何か関係はあるようだ。君たちは錯粒子を呼びやすい家系なんだろうね」

「そうでしょうか」

 母のために作られた広い浴室に、様々な測定機材が設置される。

「じゃ、そろそろやろうか」

「はい。咲花もおいで」

「うん」

 風呂場から廊下を挟んですぐの和室に、母は一人で眠っていた。和室の入口と風呂場のドアを全て開け放ち、湯の道筋を作ってやる。

「ちょっと貰うよ」

 小野川が声をかけると、一塊、錯粒子がするっと消えた。母の心を見るためのエネルギー源に転換されたのだろう。錯粒子の見えない咲花がきょとんとしている。

 台介は母のベッドのそばに佇み、その手をとった。細く白い、肉のそぎ落ちた小さな手。自分のせいで死ぬこともできず、かといって起きることも笑うこともできず、じっと痛みに耐え続けている母。若い頃は無邪気で、父に愛されていた母。幼い頃の自分の記憶の中にある、元気でやさしい母。寝室でやわらかく笑っていたであろう、咲花にとっての病弱な母。

 母が生きて、この手が暖かいことが嬉しい。けれどそれが母の苦痛であるならば……いっそこの手で。そう、何度考えたことか。しかしその気持ちはまた、母に生きていてほしいという願いにかき消される。心の中で二匹の蛇が互いを果てしなく食い合っている。

「母さん……」

 自分の心の奥底から、小さなあぶくが浮かんでくる。

いつも魔法を使う時は、天へ高く伸ばすように感覚を広げる。今回は集中すればするほど、自分の意識が深く深く温かな海の底へ潜っていくかのようだ。断続的に浮かんでくる泡をたどり、海底へたどり着く。沈んだ船、海底火山。台介の意識がさらに潜る。

 息が苦しい。そうだ、魔法だ。粒子を配下に置いてみんなの願いを。

 口からごぼごぼと息が漏れていき、代わりに熱水が入り込んでくるような気がする。自分の結んだイメージに溺れている。落ち着け。意識して周囲を見回す。ここは明るい日の差す和室。どこにも海なんかありはしない。湯はこれから自分が呼び出す。部屋はおろか窓の外にまでぎっしりと光る錯粒子の渦。呼ぶのだ、母のための願いを現世に降ろせ。咲花の気持ちを。父の気持ちを。そして……自分の気持ちを。溶けきらぬ澱のように全て湯に混じれ。願え。

 強く、母の手を握り締めた。

 ぽたり、と粒子が転換された。お湯が、ぽた、ぱた、と、畳の上に落ちる。

「お兄ちゃん、お風呂に、お風呂に!」

 妹の声が遠くに聞こえる。そうだ、風呂場に湯を運ぶんだ。

 息を吸う。

 自分が渦の中心にいるイメージ。掃除機みたいに回りの粒子を片っ端から集めて取り込んで、圧縮する。それを。

「速い!」

 小野川が息を呑む。

「はっ」

 短い呼吸とともに、風呂場へ粒子の塊もろとも叩き込む。

 転換。

 風呂場から、ばたばたとスコールのような激しい音が聞こえ、二十秒ほどで収まった。大体二百リットルくらいをイメージしたが、ちょっと多かったかもしれない。

「わーこぼれてる!」

 ごめん、妹。掃除は自分でするよ。そう思いながら、台介はぼんやりと立ち上がった。ゆっくりと周囲を見渡す。

「錯術、完了しました」

「ああ……そうだな」

「お父さん、呼んでくる」

 咲花がぱたぱたと階段を上っていく。

「ずいぶん腕をあげたね」

「先生のおかげです。先生がいろいろご尽力くださったからこそ、今、こうして生きてられます」

 台介に呪いをかけた後、小野川は被災地ボランティアを勧めてくれた。そこで台介は人の願いを湯に変える新しい魔法を見つけた。毎日、避難所や仮設住宅を巡ってお湯を提供し続けているうちに、いつしか「お湯の魔法使いがいる」と、台介の存在は有名になった。マスコミがこぞって取り上げてくれたおかげで、台介は民間で活動する魔法使い第一号となった。

「先生のおかげなんです」

「私は君が惜しかっただけさ。君は、世界を変えられる」

「お湯のセンセイで充分満足ですよ」

 長身の台介を見上げて、小野川はまた笑った。人を生き返らせるほどの才能を持つ若者が小さな夢で満足していることに安堵もしたし、悲しくもあった。

「ぎゃーお兄ちゃん! 廊下なんとかしてっ」

 咲花の叫びに台介が顔を出すと、廊下には赤いお湯が玄関へ向けて流れており、後には泥のような濃い何かが残されていた。まるで水害に遭ったかのようだ。

「ごめん咲花、転換しちゃったものは、去るまでどうにもならないんだ」

「うもー!」

 妹が雑巾とバケツを持ってどたばたと走り回るのを、台介と小野川も手伝う。

「君がこんな湯を呼ぶとはね」

 小野川が知っている台介の湯はもっと子供じみたものだった。いい香り、綺麗で透明なお湯。それが、今廊下に満ちているそれは、まるで源泉から湧き出た濃厚な温泉のようだ。

「昨日、はじめて温泉に入ったんです。それがこんなお湯でした」

「なるほどねえ」

 感心しながら小野川は台介の才能に舌を巻いた。一度経験しただけで、同じものを具象化できる魔法使いはそうはいない。

「先生、願いは錯粒子を呼ぶ媒体に過ぎず、形や力を与えるのは魔法使いの脳裏に結像するイメージだって、昔おっしゃってましたよね」

「ああ」

「僕は、形や力を与えるのは、最終的には願いじゃないかと思うんです。これも昨日の話なんですけど、魔法が……途中で結んだ像とずれてしまったんです。それがどうしてなのかわからなかった」

 台介は雑巾をじゅっと絞りながら、淡々と喋る。

「でも、なんとなく……イメージよりより深いところで錯粒子を操るものがあるとしたら、それはやっぱり願いなんじゃないかって。むしろ、結像することで魔法の力は、制約されてしまうのかもしれない。だから、今日はイメージを結ばず、ただ様々な気持ちや思ったこと、そうしたぼんやりとした曖昧なものすべてが、お湯に溶け込めばいい……そう、願いました。その結果がこれです」

 台介が口にした「願い」という言葉に、小野川は耳を疑った。呪いが解けかけている。

 台介の父が階段を下りてやってきた。小野川と立会いの役人に会釈をする。

「母さんを連れて行くぞ」

 父が慣れた手つきで、ベッドから母を抱き上げる。父の腕に収まった母は一層小さく見える。咲花はこれを毎日のように見ていたのか。廊下を拭き終えた咲花が父に続き、脱衣所に入る。

「なんかできること、ある?」

 台介がそっと覗くと、

「今からお母さん服脱ぐんだからあっち行ってて!」

 とこっぴどく脱衣所のドアを閉められた。

 

 しばらくして、咲花が台介を呼びに来た。母はぼんやりと入浴介助用の椅子に腰かけていた。ローブをまとい、足は湯桶につけられている。父がかいがいしくずっとお湯をかけ続けているそれらのお湯、全てが赤く、どろりとしていた。

「どう……かな」

 台介の問いに父がゆっくりと口を開いた。

「赤い湯だな。鳴子の丸見温泉に似ている」

「そっか」

「母さんが、さ」

「え?」

「いい湯だ、って、言ってる」

 台介は慌てて後ろを振り返った。小野川が静かに首を横に振っている。母の意識はないのだ。

「俺にはわかる。香住は確かにそう言ってる」

「お父さん、わかるの?」

「ああ、わかるさ」

「父さんが言うなら、そうかもな」

 近親者で魔法使いになったのは台介一人だが、小野川が言うには魔法使いは家系に多く現れるという。ならば、父にだけ使える魔法があっても不思議ではないかもしれない。

「温泉みたいだ」

 暗い表情を変えぬまま、父がつぶやいた。


 一連の術が終わった後、二人は駅前の喫茶店で向い合っていた。お茶でも飲まないかと小野川が誘ったのだ。

「鳴子くん、前から聞きたかったんだが、君はどうしてお湯しか呼ばないんだい」

「外に出てはじめて呼べたものがお湯だったから、でしょうか。それに、お湯は誰も傷つけない」

「じゃあ他のものも呼べる?」

「……わかりません。試したこともありません」

「君ならできる。結像せずに、曖昧な願いの力だけで魔法を使える人間なんてそうはいないよ」

「でも……僕は、お湯以外は呼べないと思いますよ」

「どうしてだ。君はもう自分の願いを持てるようになってるんじゃないのか」

 台介は首を横に振った。

「僕は、まだ、自分が許せないんです」

 お湯しか呼ばない。母が生きている限り続く、自分自身を戒める枷。

「近いうちに、お湯なんかじゃなくて、自分や周りの人間を守る術を使わなきゃいけないことになるかもよ」

 小野川が急に声を潜めた。魔法使いに召集令状が出る事態が近いと目で告げる。君も私も戦争に借り出されるぞ。

「それでも……僕は、お湯しか呼びません」

「そうか。この件を政府に報告して、君を人格強制室に戻すといっても、ダメかい」

「脅しですか」

「ま、二度と君にそんなことをしたくはないけれどね」

 ふむ、と小野川は小さく鼻を鳴らした。

「まあいいか。お湯専門の民間魔法使いが一人くらいいても」

「ありがとうございます」

 窓の外に、店内に、錯粒子が飛び交っている。汲めども汲めども尽きぬ力。しかしそれを制御できる人間はほんの一握りなのだ。惜しいな、と小野川はため息をついた。


 その後、台介は事務所兼住居のアパートを引き払い、実家に引っ越した。

「はい、お兄ちゃん。引越し祝い」

 咲花が台介にプラスチックケースを差し出す。台介が開けてみると、オリジナルデザインの名刺が入っていた。


  『温泉を呼ぶ魔法使い 鳴子台介』


と書かれている。台介は苦笑いしつつ、有難く貰うことにした。明日も朝から仕事のスケジュールが詰まっている。台介の湯を待っている人がいる。罪深い自分には身に余る幸福。それがいつまで続くかわからないけれど、今はまだお湯だけを呼ぶ魔法使いでいよう。台介はそっと名刺を一枚、懐にしまった。

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