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スヴニール

作者:暁紅桜
人々の声、聞こえる鈴の音色。色とりどりに光り輝く電球。
今日は年に一度のノエルの日。
街は家族ずれや夫婦、恋人たちで溢れている。

———昔々あるところに、一人の魔法使いがいました。魔法使いは、妻と娘の三人で幸せな毎日を送っていました。

 みんな笑顔で、楽しそうに街を歩いている。
だがただ一人、暗く静かな場所である路地に入っていく少年がいる。
笑顔を浮かべる人々の輪から抜け、なんの迷いもなく、少年は路地へと入っていく。石畳を踏み、軽い足取りで奥へと進んでいく。
路地に座り込む貧しい老人が少年を見つめるが、「またか」と小さくつぶやいて、再び顔を伏せてしまった。

———だけどある日、妻と娘は突然の事故でこの世を去ってしまいました

そして少年の足はある店の前で止まる。
扉の両側にある窓からは、少女たちがこちらを見ている。
少年は笑みを浮かべて、わずかに軋む音を立てながら、ゆっくりと木製の扉を開いた。

———絶望し、泣きに泣いた魔法使いの心には、ぽっかりと穴があいてしまいました

**********************************************

チリンッ…………

扉に取り付けられていた鈴がなり、少年が店にやってきたことを知らせる。
店内は静かで、響くのは時計の音。そして、入り口の向かい側にある受けの先から聞こえる物音だけだった。
軽く少年は店内を見渡す。窓の外を見つめる少女たち以外に、まるで来店してきた少年を見つめるようにこちらを向いている少女たち。
少年は、ブーツの底を鳴らしながら、木製の床を歩いていく。
カツカツ、カツカツ。受付の前までやってくると、その下の作業台で木製の素材を組み合わせている少女に目をやった。
少女は少年に全く気づいていない。わずかに苦笑いを浮かべながら、受付のテーブルに肘をついた。

「こんにちは」

声を聞き、少女は顔を上げる。
飛び込んでくるのは、まるで宝石のようなキラキラと輝くエメラルドの大きな瞳。そして、長く真っ白な髪の毛と肌。
目を奪われるほどの美少女だった。
だけど、少女は少年だとわかると、わずかに目を伏せて作業に戻る。

「……また、ですか。オネットさん」
「またとはなんだ、またとは」
「二日、前に………来まし、た」

感情がこもっておらず、まるで機械仕掛けの人形のように区切り区切りで、話す少女。それがいつものことなのか、それとも特に不思議に思っていないのか、少年ーーーオネットは会話を続ける。

「ノエルだっていうのに、お前は仕事か?」
「そちら、も」
「俺はいいの。人混みはあんまり好きじゃねーし。それに、街じゃあの噂で持ちきりだからな」
「噂、ですか?」

少しだけ興味があるのか、少女は顔を上げた。
彼女が反応してくれたのが嬉しかったのか、オネットはわずかに身を乗り出し、笑みを浮かべる。

「そう。この街に、『魔法使いの娘』がいるっていう噂」
「……そう、ですか」
「魔法使いじゃないところが、なんだか変にリアルなんだよな。なんだか御伽
 噺のような……七不思議、みたいな」

オネットは話を盛り上げようとするが、すでに少女の興味はなくなっており、作業を再開している。木材を組み合わせる作業を見て、オネットは肩を落とし、頭の中で、彼女はどういう話だったら興味がわくのだろうと考えていた。

「それで……要件、は?」
「ん? あぁ………スリーズを買いに来たんだけど」
「スリーズ、なら……朝早くに、常連のお客さん、が」
「買ったの!? えぇ……せっかく来たのに」
「……別のじゃ、ダメ、ですか?」

作業の手を止め、顔を上げて小さく首をかしげる。
そんな仕草にオネットは一瞬ドキッとして顔を赤くする。だけど、軽く咳払いをして平常心を装った。

「そうだなぁー……フイユはまだあるか?」
「……はい」
少女は椅子から降り、真後ろの扉を開いて中に入っていった。
わずかに足音が遠くなっていくのが聞こえる。しばらくすれば、足音が近づいてきて、扉が開く。
彼女の手には、彼女の体の半分ほどの大きさの、黒のアタッシュケース。わずかに、金色の刺繍で装飾がされている。
少女は受付のテーブルに鞄を置き、留め金を外して鞄を開けた。

「ご確認を」

鞄の中にいたのは、一人の少女。いや、少女に似た人形だった。
ウェーブのかかった長い茶髪に、白いレースをあしらった緑のドレス。
頭には、オルタシアンの髪飾りが飾られる、オネットの要望した「スリーズ」という名の子だ。

「うん、間違えない」
「プレゼント用、ですか?」
「あぁ。あっ、リボンだけでいいから。色はそうだな……こいつと同じ、白いレースの付いた緑のリボンで」
「はい」

少女は戸棚を開く。そこには、たくさんの色とデザインのリボンが置かれていた。指定された緑の、白のレースのつけられたリボンを手にして、綺麗に鞄を飾っていく。
その作業は素晴らしいが、どこか機械的な作業にも思えた。

「金貨10枚、です」
「ほい、ちょうど」

オネットは懐から白い袋を取り出して彼女に渡した。
彼女は袋の中身の金貨を、一枚一枚丁寧に数えていた。だが不意に手が止まり、顔を上げることなく、オネットに声をかけた。

「……また、売るん……ですか?」
「なんだ、知ってたのか。あー……まずかったか?」
「いえ」
「大変じゃないか?ここ、人通りも少ないですし、値段も高いので売り上げはほとんどないだろ?」

華やかな街並みから隠れるようにして経営している彼女の店は、オネットの入ったように人通りもなく、なおかつ人形たちの値段も高い。
だが、彼女の人形は大きく評価されている。
少女フィーユ・ドールシリーズ』という名が、彼女の創る人形たちのくくりだ。
まるで本物の少女のような人形ドールたち。服も装飾も、その子のために存在しているかのように美しいデザイン。
人形家たちが、大金を出してでも欲しいという彼女の人形。
売り上げはあまり良いとは言えないが、一人が引き取られれば、生活には問題なかった。
そんな高価で、大きく評価されている人形を、オネットは買っては売っていた。
相手は大体、娘が早くに亡くなったり、子供が生まれなかった夫婦などに買った金額よりも安く売っている。
その理由は、他人のためではなく、ただ自分の欲のためだった………。

「やりくり、してるので」
「まぁ、金が入ればまた来るよ」
「……なぜ?」
「……好きだから。『トレーフル』のことが」

ピクリと作業の手が止まった。
顔を上げ、オネットの表情を伺う、少女———トレーフル。
ニコッと笑みを浮かべる彼の顔を、じっと見つめる。

「……告白、ですか?」
「そ、そういうこと言うな。は、はずかしいから」

急に照れ始めるオネット。だけどトレーフルは目を伏せ、再び作業に戻った。
カチカチと木材を組み立てていき、やがてトレーフルの手の中には、小さな腕があった。

「私は、ただの……人形師、です」
「……」

発せられた言葉は、なぜかオネットに言っているようには思えなかった。
まるで彼女の手にしている片腕のように、無機質に感じる。
オネットは、ゆっくりと手を伸ばしてトレーフルに触れようとした。

「触らないで、ください」
「っ!」

感じ取ったのか、彼女は顔を上げることなくそう言い放った。
いつも通りの言葉なのに、ひどく拒絶されたかのようにオネットは感じた。
彼女がここまで強く嫌がったのは、オネットの知る限り初めてだった。

「触れられたく……ないんです」
「……じゃあ俺、そろそろ行くな。返事、いつでもいいから」

返事を聞かなくても、もう出てるじゃないかと、心の中でそう思いながらオネットは店を出て行った。
足はやに路地を歩いていくオネット。路地に座り込んでいた貧しい老人は、わずかに顔を上げて彼の様子を伺った後、再び顔を伏せた。
オネットはノエルで溢れる人混みに紛れ込む。
遠く、サイレンの音が鳴り響く。そして彼と入れ違いに、人混みの輪から抜け、薄暗い路地に入っていく男の姿があった。

**********************************************

オネットが店から出て行って数分、作業を再開するトレーフル。
先ほど完成した腕を横に置いて、次のパーツの組み立てに入った。
そばにあるマホガニーの上には、頭と胴体がつながった人形が置かれていた。
その人形にはまだ四肢がなく、トレーフルの今作っているものが、置かれている人形に取り付けられているものだった。
彼女の頭の中には、すでにそこで眠る少女ドールの姿が映っているのだろう。作業は止まることなく進んで行く。

チリーン………

店の扉が開く音がした。
軋んで開く木製の扉と、扉に付けられた鈴の音。
オネットが出て行って数分。彼が再び戻ってくることはないだろう。
なら、別のお客さんだと思い、作業の手を止めようとした。

ブー! ブー! ブー!

男「はぁ!? なっ、なに」

けたたましい程のブザー音。そして、自動的に出入り口は固く施錠される。
よくみれば、周りはガラスの壁に覆い尽くされ、少女ドールたちはその向こう側で、男の姿を見つめていた。
何が起きたのかわからない男は、ただあたふたとするだけだった。
唯一状況を飲み込めているトレーフルは、落ち着いており、椅子から降りると、戸棚の一番下の引き出しを開け、そこの板を取り外した。
そこには、一丁の拳銃があった。それを手に取り、ロックを解除して出入り口の方に体を向ける。
床を蹴り、座っていた椅子を踏み台にして受付を飛び越える。
あたふたしていた男も、トレーフルの存在に気づいて奥歯を噛みしめる。
状況は分からないが、男にはこの状況を打破できる唯一のことがあった。
それは、トレーフルを取り押さえることだった。だけど………

「…………」
「なっ!」

トレーフルは銃口を男に向けた。
そして、ゆっくりと引き金を引く。

バンッ! バンッ!

裏路地に、銃声音が鳴り響いた………



ノエルの日には似つかないサイレンの音。
トレーフルの店に続く路地の前には、パトカーが止まっており、その途中にいる老人は、警察官に事情を説明していた。
そして、店内は………
「すまないね、トレーフル。迷惑かけてしまって」

ガラスの壁には色とりどりのインクがべったりとついており、男の体にも同じ色が付着していた。
警官の数人が、ガラスの壁の清掃しており、時々その先にいる少女ドールたちの話をしていた。

「いえ……強盗、ですか?」
「あぁ。近所で起きたんだ。全く、ノエルだっていうのに……今日は定時であがりたいのにな」

彼の名はテール。街の警察官だ。
彼と知り合ったのはごく最近。それからは、トレーフルのことを気にかけており、近くを通りかかったら顔をよく出している。
あまり来客のないこの店で、唯一購入以外で店を訪ねてくる人で、トレーフルの話し相手でもあった。

「ほら、しっかり歩け」
「チッ……」

警官に急かされながら店を出て行く男。
色とりどりのインクを付けているが、口元からはわずかに血が流れている。
トレーフルを捉えようとした時に、彼女から受けた傷だった。
トレーフルはじっと、その傷を見つめた。

「まぁそれはそれとして、トレーフル。オネットがまたここにきたかね」

トレーフルはテールに目を向けるが、オネットの名が出た瞬間に下を向いてしまった。彼女の目に浮かぶのは、わずかに涙を浮かべた彼の姿だった。

「はい。人形を……買われて、いかれました」
「そう、か……」
「告白、されました」

特に悪気はなかった。ただトレーフルは、起こった事実を彼に伝えた。
テールは目を見開き驚いた。街の警察官である彼は、警察官であると同時にオネットの父親だった。
テールがトレーフルの元を訪れるは、もちろん彼女を気にかけているということもあるが、息子であるオネットがここに出入りしているからでもあった。

「なっ!……んともマニアックな……」
「返事は、いつでも……と」

真実を知っているテールは小さな声で「残酷だな」とつぶやいた。
トレーフルはそのまま作業台へと戻り、途中だった仕事を再開する。
その様子を見つめて、テールは目を伏せながらトレーフルに尋ねた。

「お前は……いつまでここにいるんだ?」
「奇妙な、光景……ですよ、ね」
「トレーフル……」
「私にも、わかりません」
「……そうか」

テールはトレーフルに手を伸ばし、触れようとした。彼女からの拒絶の言葉はなかったが、彼は触れなかった。
触れてしまえば、再び先ほどの残酷さを思い知ることになってしまうと感じたからだった。

「……テールさん」
「ん?」
「ありがとう、ございます。私の、こと……黙ってて、くださって」
「じいさんが世話になったしな。今は、あいつがだけどな。………前を通った時はまた顔を出すよ」
「警部、清掃終わりました。戻りましょう」
「あぁ。じゃあな、トレーフル」
「失礼します!」

テールは軽く手を振り、清掃をしていた警官たちは軽く敬礼をして店を出て行った。
綺麗になったガラスの壁を、ブザーが鳴る前の状態に戻し、作業を再開した。
再び店内は静寂に包まれた。
響くのは、時計の針の音とトレーフルの作業の音だった。
組み合わされていくパーツ。やがて彼女の手の中には小さな腕が。先ほどの腕と対になる片腕だ。
早く取り付けてあげようと、彼女は椅子を降りた。

ピキッ………

「っ!」

不意に聞こえた、木に亀裂が走る音。
トレーフルは手にしていた両腕を作業台におき、手を動かしたり、軽くジャンプをしたりした。
特に何かあるわけではなかった。
トレーフルは作業台においた両腕を再び抱えて、マホガニーに座る人形に取り付けた。

**********************************************

魔法使いは木を削り、ガラスを磨き、布を縫い合わせた。一つ一つの作業に何かを注ぐように、何かを祈るように行った。木を組み合わせ、ガラス玉をはめ、ドレスを着せ、毛糸に櫛を通す

魔法使いは、マホガニーに座る彼女ににっこりと笑みを浮かべた。

———そこにいたのは、一人の少女だった

**********************************************

華やかな街並み。人々が幸せそうにしているなかで、オネットは一人、この世の終わりのように落ち込んでいた。
トレーフルの店を出てからは、ずっとここに座って小さな声で「終わった……終わった……」と小さくつぶやいていた。
そんな彼を、前を通る人々は口々に情けの言葉をかけていた。

「あれ、オネット? 何してんだこんなとこで」
「え………あ、エフォール」
「なーにしてんだよ。ノエルだっていうのに、この世の終わりみたいな顔してるぞ」
「あはは……いや、笑えないな」

エフォールはオネットの隣に座り、優しく彼の背中を叩いてあげた。
その優しさが心にしみたのか、うっすらと涙を浮かべるオネット。

「んで、どうしたよ。話ぐらいなら聞いてやるぞ」
「………振られた、トレーフルに」
「例の人形店の? お前ついに告白したのかよ」
「流れでな。けど、触れようとしたら拒絶された。返事はいつでもいいって言ったけど、拒絶された時点で脈なしだ!」

急に泣きだオネットに、エフォールは呆れて大きな溜息を零した。
街の様子に目を向ければ、みんな笑っている。けど、今見えないところではこれとは真逆の表情をしているんだろうなと、エフォールは思った。現に一人、エフォールの隣でその人物がいる。

「エフォールってさ、努力って意味なんだよ」
「え………」

急に彼がそんなことを言って、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたオネットが顔を上げた。彼はじっと街の様子を見つめながら、淡々を語った。

「俺は名前を体現したかのように、努力した。勉強もスポーツも何もかも。諦めなかったんだよ」

その言葉にオネットは反応した。
今自分は諦めようとしている。ちゃんと答えをもらえたわけでもないのに、もう無理だと諦めていた。

「だからさ、一回拒絶されたぐらいで諦めんなよオネット。いやってほど、お前からは彼女の話聞かされてたんだからさ。友人として、お前のことは応援してるよ」
「エフォール………」
「頑張れオネット」

ニッと笑みを浮かべるエフォール。
その時、彼を呼ぶ声が聞こえた。目線の先には一人の女性がいた。オネットには見覚えがあった、エフォールの恋人だ。

「じゃあな、オネット」

立ち上がったエフォールは、そのまま彼女の元へと向かった。
やがて彼らは人混みに紛れて見失ってしまった。一人取り残されたオネット。だけど、そのまま立ち上がって人混みに紛れて行った。
流れる人の波とは逆方向へと進んでいく。そしてやがて人の輪を抜けて、薄暗いあの路地へとしを運んだ。
いつもいる貧しい老人はいなかった。
時間的に、店はすでに閉まっている。だから、今日はもう店には行けない。明日、もう一度気持ちを伝えよう。そして、ちゃんと返事を聞こうと強く思った。

「あれ?」

だけど遠く、店のあるところにオレンジ色の光が灯っていた。
いつもは先の見えないくらい路地なのに、その明かりのせいではっきりと先が見えていた…………

**********************************************

「開いてる……」

店の前に足を進め、扉を開いてみると簡単に開かれた。
ゆっくりと扉を開けば、蝋燭の火が怪しく揺らめいている。
いつものように木製の床を歩き、受付の方に足を進んでその下を伺った。

「…………」

「なんだ、寝てるのか」

作業台の上で眠るトレーフル。疲れているのか、オネットが来ていることには全く気付いていない。
ふいに、となりにあるマホガニーに目を向けた。
そこにはトレーフルと同じ、白く長い髪にエメラルドの瞳をした一人の少女……いや、人形がいた。
瓜二つとまではいかないが、どこかトレーフルに似ている姿だった。
髪には、彼女の名前の意味でもあるクローバーが飾られていた。

「……おーい、こんなところで、風邪ひくぞ」

オネットは彼女を起こそうと彼女に触れた。
だけど、触れた瞬間に手が止まった。肌に感じるそれに、オネットは戸惑った。

「な、んだ……これ……」

トレーフルの髪の感触は毛糸だった。
トレーフルの肌の感触は布だった。
トレーフルの手の感触は木材だった。
人間の肌でも髪でもなかった。それはまるで………

「んっ………っ!」

目を覚ましたトレーフルはゆっくりと顔を上げる。オネットと目があい、彼がなぜかひどく驚いていることに気づいた。そして、今現在自分が彼に触れられていることに気づいた。
触れられている。そう認識した瞬間に、トレーフルは勢い良くその手を弾いた。

「は、ぁ……触り、ました、ね」
「トレーフル、お前……人じゃ、ないのか?」
「……私は、人では、ありません。私は……


—————人形です」

**********************************************

少女が目を覚ました時、目の前に魔法使いがいました。
魔法使いは少女に笑いかけました。だけど少女は目の前の人物が誰かわからないので、ゆっくりと頭部を傾けました。

「やぁ、おはよう。トレーフル」
「とれー……ふる?」
「お前の名前だ。私は、お前の父親だ」
「ちち、おや?」
「あぁ、父親。お父さんだ」
「おとー、さん?」
「そう。そしてお前は、私の娘、トレーフル。これからよろしくな」

少女は何も知りませんでした。何も知らない少女は、魔法使いに多くのこ
とを教わりました。言葉も、字も、彼の仕事も何もかも。だけど、少女にはわからないことがありました。それは……

「どうしたトレーフル。楽しくないか?」
「……たのしいって、何?」

少女は感情というものがわかりませんでした。
楽しいという感情も
嬉しいという感情も
苦しいという感情も
悲しいという感情も……
それもそのはずです。少女は、魔法使いとは異なる者なのだから

「シャルドン、イリス、アプリコ……」

部屋に置かれた多くの人形。その子達を見て、少女は鏡に映る自分自身を見て目を伏せた。
少女は人ではなく、『人形』だった。
少女が足を運んだ先は、魔法使いの作業部屋だった。
扉の外から、自分と同じ人形たちを造っている魔法使いの後ろ姿を、ただじっと見つめていた。
ぽっかりと空いた心の穴を埋めるために、魔法使いは少女を作った。そ
の姿は、亡き娘と同じ姿だった。
名も、魔法使いの娘と全く同じ名前だった。

「そうそう。で、ここにガラスをはめ込むんだ。向きを間違えるなよ」

魔法使いは、命とも言える全魔力を注ぎ込んで、少女を作った。だから
今の彼は、魔法使いではなく、ただの人形師だった。

「うまいな、トレーフル。今度は、服の作り方を教えよう」
「はい」
「ゴホッ、ゴホッ………」
「お父さん?」
「ん? あぁ平気だ。さぁ、服を作ろう。トレーフルはどういうのが好きだ?」

幸せと言える毎日。代わりでもなんでもよかった。少女には感情がない。だから、自分が何者でもそれがどうということを理解することができなかった。ただ彼と居られればそれでよかった。だけど終わりは、突然としてやってきた。

「お父、さん?」

床に横たわる魔法使い。マホガニーには片腕のない人形が座っており、横たわる魔法使いの手からこぼれ落ちたかのように、片腕が転がっていた。
少女は駆け寄り、彼の体を揺すった

「お父さん。風邪、ひくよ?」

何度話しかけても返事はない。それもそのはずだ。魔法使いは、すでに
—————この世からいなくなっていた

「お父さん、お父さん、お父さん」

人となっていた魔法使いは、心臓の病気にかかっていた。医師からも、長くは生きられないと宣告は受けていたが、それでも彼は人形を作り続け、少女と毎日をすごしていた。だが結局、病魔は彼の体を蝕み、これの命を奪っていった。少女の目から溢れるそれは、少女の意思とは関係なく、溢れてきた。

「ひぐっ……ふぐっ……」

この時初めて、少女は孤独と悲しみを知った‥‥‥‥

「やぁトレーフル」

数年、数十年、数百年という時の中、少女は魔法使いの店を継ぎ、同族を作っていった。

「こんにちは」
「スリジエはまだいるかね」
「はい。金貨100枚、です」
「これでたりるかね」

来店した老人は、受付の上に金貨100枚が入った袋を置いた。
少女はそれは、少し大変そうに受付からおろし、部屋の奥から大きなアタッシュケースを持ってきて、受付台に置いた。
中には、ピンク色のドレスを見にまとった、赤い瞳が特徴的な少女………人形が入っていた。

「ひ孫の誕生祝いなんじゃ。いやぁ、死ぬ前に見れてよかった。うれしいのぉ」
「包装、しますか?」
「リボンだけで。この子と同じ、ピンクのリボンにしておくれ」

少女はカバンをリボンで飾り、持ち手の部分を老人に向けた。
老人は持ち手を握ると、軽く帽子を外して会釈をする。

「ありがとう」

軋む扉の音と、つけられた鈴の音が響く。
遠くなっていく足音が消えて、少女はその場に座り込んだ。

「うれしい……か」

少女は、多くの人と関わることで、知りえなかった感情を知っていった。
嬉しいという感情
嫉妬という感情
傲慢という感情
切なさという感情
人間には多くの感情があること、今の彼女は理解していた。

「うれしい、と……笑う、んだっけ」

けど、理解はできてもまだ少女は自分で感じることも表現することは出来なかった。鏡に向かって、感情の表現の練習をすることもあるが、まだ彼女には難しかった。
ただ繰り返される毎日。時間だけが過ぎていき、魔法使いとの毎日は、
遠い昔の出来事になっていき、やがて来るであろう最期の時を、ただ無感情に待っていた…………

**********************************************

「奇妙な光景、だったと……思い、ます。人形が、人形を、作ってる……という、のは」

ピキッ…………

その時、何かに亀裂が走る音が聞こえた。
床か何かと思ったが、トレーフルは自身のドレスの裾を上げてそれを確認した。

「私の、体の音……です。ははっ………今ので、もう立てなくなってます。足を動かすこともできません。もうじき私は、本来の人形の姿に戻るんです」
「どうして、笑っていられるんだ」
「笑う?……私、笑って、るんですか?」
「あぁ。辛そうに」

顔上げたトレーフルの表情は、確かに泣いている。
だけど、そのガラス玉の瞳からは出るはずのない涙が溢れており、苦しそうな辛そうな顔をしていた。

「よく、わかりません。私は………人形、ですから」
「……お前が触るなと言ったのは、人形であることを隠すためだったんだな」
「はい」
「なら、返事を聞かせてくれ」

オネットの言葉に、トエーフルは勢い良く顔を上げた。
今まで無感情無表情。機械のような、人形のようだったトレーフル。
だけど、今の彼女には驚きの表情が出ていた。

「オネット、さん。私、人形ですよ? 壊れ……かけの……子ども、も産めない……木製の、体」
「そんなのわかってる。けど俺は、人形とか人とか関係なく、トレーフルが好きなんだ」

確かに彼女の体は木製だ。顔の肌は布だ。髪の毛は毛糸だ。瞳はガラス玉だ。
だけど、そうだと知らなければ、触れたいとも見つめたいとも思う。
人であれ人形であれ、オネットは、彼女を魅力的な存在だと感じていた。
見た目や存在がどうではない。オネットが惚れたのは、彼女自身だった。

「変な、人です。人形だと、知っても、なお……好きで、いてくれる、なんて……でも、私も……変、ですよね」
「えっ……」
「人形、なのに……人間に、恋をする、なんて」
「トレー…………」
「ノエルに、行きたい……です」

ふいに、彼女がそう口にした。
店の時計は11時を指している。あと一時間もすれば、ノエルも終わってしまう。店に聞こえる街の音も、少しずつ小さくなっていく。

「まだ、一度も………行ったこと……ないん、です………」
「………お前がそれを望むなら」

トレーフルは頷いた。それを確認すると、オネットはトレーフルを背負う。
確かに人間にしては軽い。まるでマネキンを背負っているような感覚だった。

「よし、行くか」

**********************************************

街にいる人の数は、数時間前と比べれは少なかった。
ちらほらと見えるのは、カップルと仲の良さそうな夫婦だけだった。

「何か見たいものとかあるか?」
「街を、歩いてください。それで、十分です」
「そっか。質問とかあったら答えるからな」

トレーフルを背負い、オネットは街を歩いた。
キラキラとした街並み、幸せそうな人々の笑顔。彼女の瞳には、暖かでキラキラとした光景が映し出される。

「お父さん、との日々も、こんな感じでした………」

トレーフルは、ポツリポツリと言葉をこぼしていく。
魔法使いとの日々も、初めてのことばかりで、世界がキラキラと輝いていた。
魔法使いと一緒にいるときは、すごく暖かかった。
ずっと忘れていたあのときの日々を、トレーフルは思い出していた。そして、今目の前で起きている自分の運命で、改めて知った。

「お父さんも……こう、思ったん……ですね……」
「トレーフル?」
「……死にたく、ないです」
「っ!」
「死にたくないです、死にたくないです、死にたくないです、死にたくないです」

トレーフルは初めて生にすがった。初めて死を恐れた。きっと、父である魔法使いもそう思ったのだろうと。
———まだ、一緒にいたいと。

「まだ、動いてたい、です……まだ、たくさんのものを、見たいです……まだ、オネットさんと、居たいです」
「っ! ………俺も、お前と一緒にいたい。たくさんのものが見たいよ」
「……死を前にして……始めです……生きたいと思ったの。始めです、誰かのそばにいたいと思ったの」

トレーフルは強くオネットの服を握ったが、やがて握っていた力が弱まる。その光景を目にして、トレーフルは彼の背中にすがった。
気がつけば、街の広場の噴水の前にいた。
ノエル限定で、噴水はライトでいろんな色に照らされている。

「二つ、お願いが……あります。一つ、は……店の、こと……人形の、こと……オネットさんに、お願い……します」
「俺に?」
「好きに、してくれて……構い、ません。そして、二つ目……私を、父と、同
 じお墓に……入れて……ください」
「お墓?」
「本当は、オネットさんに、私を……引き取って、欲しいです。けど、等身
大の少女、の人形ほど……不気味な、ものは……ありま、せん」
「そんなことはっ!」
「私は、御伽噺の、登場人物で……いいん、です。本当に、存在しては……いけないん、です」

彼女は、自分の存在を公にするつもりはなかった。いや、彼女は自分の存在を消そうとしていた。御伽噺の登場人物として、自分は空想上の人物であると。本当には、いないのだと。
トレーフルの父たる魔法使い。彼も確かに存在していたが、それを証明することはできない。彼は何百年を前にすでに人間になってしまい、死んでいる。
トレーフルも、時間が経てば御伽噺のヒロインになっているであろう………
オネットは、それがとても悔しかった。自分は知っている。彼女が本当に存在したことを。だけど、それを公にできない。トレーフルが、それを望んでいないからだ。

「戸棚の……下から2段目、の……引き出しに、お墓の、場所が……あります。お願い、しても、いい……ですか?」
「……あぁ」
「ありがとう、ございます……オネット……さん」

トレーフルは、残りの力を振り絞って、そっと耳元で囁いた。

「            」

プツンッ!

糸の切れる音がどこからか聞こえた。そして、背中に一気に重みを感じた。
オネットは奥歯を噛み締めて涙を流した。
足取りは重く、彼は街の中を歩いた。
そして、鳴り響く………12時を知らせる鐘の音。

—————たくさんの感情を、ありがとうございます………大好きです

そして、魔法使いの娘は……………人形に戻った

**********************************************

人形は、人形を作り続けた。自分の正体を忘れないために、父のことを
忘れないために。けどそれは、いつしか本当にそのためなのかわからなかった。
まるで、機械にプログラムされた行動のように、同じことを毎日行った。
パーツを組み合わせることも、布を縫い合わせることも、ガラス玉もはめることも。全部、全部………
時間はあっという間に過ぎていく。売って作っての繰り返し。代わり映えしない毎日。ただ、壊れる時が来るのを待ち続けた。お客の顔も、徐々に覚えられなくなるほどに、ただの流れる毎日になっていく。
だけど、そんな時間に変化があった。なんの前触れもなく、ただ突然として、彼女の日常に、違う何かが生まれた。

「こんにちは」

その日、店に一人の少年が来店した。身なりから、裕福な家庭の子でもなく、だからと言って貧しい家庭の子でもなさそうだった。普通の、少年だった。
少年は、人形に笑みを浮かべるが、人形は無表情で会釈をした。
笑顔を作ることのできない人形は、それでしか返す手段がなかったのだ。
人形は、少年を観察した。はっきり言って、ここにある人形たちは少年が普通に買えるような値段ではない。ただ人形好きの少年なのだろうと、人形は作業を再開しようとした。だが………

「ヴィエルジュって人形を、代理で取りに来たんだけど」

その名を聞いて、人形の手は止まった。
それは、人形が初めて作った少女ドールの名前だった。だいぶ前に予約されていたが、お客は一向に来なかった。白髪の、彼と同じ青い瞳をしたご老人だった。

「曽祖父が先月亡くなってさ。確か百十だっけ。そんで、なんか予約してたら
しいから、取りに来たってわけ」
「……名前」
「ん? 俺の?」

人形は頷く。すると、少年は来店してきた時と同じように笑みを浮かべて答える。

「オネット・ジュスティス」

椅子から降り、人形は奥からアタッシュケースを持ってきた。
鞄を開いて、中の少女ドールを見せた。ピンク色のドレスに、
白いレースの金髪の人形。

「すげー!本物の幼女みたいだな」
「これは、ジュスティスさんが、金貨500枚で、予約されて……ます」
「金はあるよ。うち、女いないから予約したって父さんが言ってた」

少年は笑みを浮かべる。だけど人形は、それを笑みで返すことはできなかった。
少年は背負っていた鞄から、茶色の袋を五つ受付に置いた。一つの袋に、金貨が100枚入っている。
人形をそれらを受け取ると、軽くお辞儀をした。

「また来るよ。えぇ……と……」
「トレーフル・イストワール、です。ジュスティスさん」
「オネットでいいよ。じゃあまたな、トレーフル」

人形は、胸に苦しさを感じた。彼との会話はものの数分だった。なのに、どうしてそうな感覚に襲われたのかはわからなかった。だけど、人形はなんとなく思った。何か新しいものを感じたと。

**********************************************

———××年後

「ねぇお父さん、この人形ほしい」

父親の書斎に来ていた娘は、ガラスのショーケースの中にあるものを見て、父にそうねだった。

「ダメだ。それはあげられない」
「どうして?」
「それは、父さんにとって大事なものなんだ」

父は娘を抱きかかえて、その中のものを一緒に見た。
マホガニーに座る、一体の人形。
白く長い白髪に、エメラルドの瞳。白いレースの付いた紫色のドレスを身にまとった人形。

「父さんの初恋の相手が、最後に作った人形なんだ」
「それって、ママ?」
「いや、ママの前に好きになった人だ。もうその人は死んじゃったけど、すごく有名な人形師だったんだ」

過去を思い出すかのように、父親はショーケースに触れる。
その人形を見つめ、その人物を思い出す。

「お前に面白い話を聞かせよう。父さんが若い頃にはやっていた、あるお話だ」
「聴きたい聴きたい!」
「よし、いいだろう」

書斎のソファーに腰掛け、娘を膝に乗せて、父親は語る。あるおとぎ話を。

「街には、ある噂で持ちきりでした。この街に、『魔法使いの娘』がいると……」

これは、どこかにあるおとぎ話。
人形が人間に恋をし
人間が人形に恋をした


———人間と人形の恋物語……


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