『赤井の母でございます』アストロ様より
【アストロ様よりいただきもの】
国民の皆様はじめまして。
き、じゃなかった、赤井の母で御座います。皆様にはお世話になっております。
息子は甲種一級構築士というやつでアルカイダ?アルマゲドン?で、働いているそうです。
(この時代に生まれて、と呆れられるかもしれませんが、横文字、特にコンピューター関係はどうも苦手です)
何でも死後の世界を作る仕事だとか。
ところで最近息子が有名になったようで、自宅に大量のモンジャが送られて来ます。息子に渡すこともできないので仏壇に備えたら、夫に叱られました。
(因みに私たち夫婦はお好み焼き派で御座います。出来ればそっちを送って頂きたい)
き……赤井は出来の良い子で某国立大学に進学し、一時は就活もままならない有り様でしたが、数万倍の倍率を潜り抜け厚生労働省なんて大それたところに就職し、年収四億のスーパー公務員となりました。
でもねぇ。勿論良いに越したことはありませんが、親にとっては高学歴も高収入もどうだっていいんです。
礼儀正しく心根の真っ直ぐな子に育ってくれた。それだけで十分なんですよ。
なのに……お盆にもお正月にも帰って来れないって、一体どういうことでしょうか。
厚生労働省の説明によると息子には十年間会えません。戸籍も抹消されました。そんなの、死んでしまったみたいじゃないですか。私たちにはもう一人息子がいますが、寂しくないわけがありません。
皆様は子離れしてないとお笑いになるかもしれませんが、幾つになったって私がお腹を痛めて産んだ我が子なんですよ。
桔平、このメッセージを見ていますか?
風邪ひいていませんか?怪我はしていませんか?
なんて心配してたら、またお父さんに笑われましたけど。
私たちは元気ですよ。今、お米の収穫を終えたところです。
無理に顔を見せに来いとはいいません。
ただ、これだけは覚えて。
他の誰が何と言おうと、私たちは何時だってあなたの味方ですよ。
お仕事も大切だけど、辛い時、苦しい時はいつでも帰ってくればいいのよ。
モンジャを焼いて待ってるから。
【筆者アンサーSS】
ここは神奈川県平塚市、とある専業農家の母屋。
二十四畳間、純和風の座敷に家族三人が机を囲んで寛いでいた。
年収四億を稼ぎ出す厚労省のスーパー公務員、赤井構築士、その実母、朋絵は、厚生労働省に送る立体動画のメッセージを撮り終わった。緊張してしまってボロを出した気もするが、もう一度取り直すほどでもない。
細身の体に絞り染めの鮮やかなエプロンをして、くりくりとした大きな目の愛らしい、ショートカットの女性。少し間が抜けてはいたが、気立てよく大らかな性格をしている。
「お父さんも何か喋りますか?」
「俺はいいよ、あいつもあいつで仕事頑張っているんだろうから。何を言ったって、実家を思い出して寂しくなるだけだろうからね」
博史はまだら白髪頭の、よく日に焼けた四十代後半の男性。グレーのつなぎの農作業着を着たまま電子新聞を開き、妻に淹れてもらった番茶を飲み干した。朋絵はメッセージ手順書を見ながら、これで送信できるのかしら、と首をかしげつつ送信ボタンを押す。動画メールを決められたアドレスに送れば厚労省が息子にメッセージを届けてくれるというのだ。送信完了しました、との表示が出て、ほっとした表情を浮かべる。
さてと、と朋絵は薄いシート状の立体パソコンをくるくるっと丸めて専用スタンドに立て、席を立つ。
「そろそろお昼にしますか。お義母さん、あなた、お昼はまたモンジャでいいですか?」
「もうモンジャは食い飽きたよなあ……。今度はエビ入とモチ入りで」
最近、誰からとも知れず自宅に大量のモンジャセットが届くので、やや迷惑している。とはいえ差出人不明なので返すこともできず、息子がモンジャ好きであったことを懐かしく思い出しながら、結局お昼にはモンジャをいただいている。息子がどうして有名になったのかしら、と夫妻は首を傾げつつも、毎日のように送られてくるモンジャをせっせと口に詰む日々を送っている。
味を変えるために、入れる具をあれこれ変えてみても、あまり代わり映えはしなかった。すると、博史の後ろで仏壇に南無阿弥陀仏と念仏を唱えながら手を合わせていた小柄な女性が振り返った。仏様用に毎朝新しいご飯を供えて仏壇へのお参りをするのは、彼女の午前中の日課でもある。ちなみにこの家は、浄土真宗の檀家であったりする。
「私はつべこべ言わず何でもいただきますよ、ありがとう朋絵さん。しかしきっぺーも東京のお役人になっちまって……。長男なのに寂しいもんだねえ。いつになったら帰ってきてくれるのやら」
紺地に白の水玉の長袖ワンピースを着た祖母、香澄は、立体テレビの横を見やった。フォトフレームの中には家族写真。彼女は寂しそうにため息をつくと、朋絵の用意した自家製おはぎをいただいた。ちなみにこの家の嫁姑関係はわりと上手くいっている。どちらかというと祖母と息子の方が、折り合いが悪い。
「おふくろったら、まだあの子に農業をやらせたいのかい? なかなか諦めてくれないなー」
博史はやれやれと苦笑する。
「当然だよ、そのつもりで仕込んできたんだからね。何のためにしごいたのやら! あの子はお前なんかよりずっといい農家になれるんだよ」
香澄はつーんと口を尖らせている。この家は代々続く豪農の家系で、かなり手広く農業をやっている。無農薬栽培にこだわっているのは、香澄の影響が大きい。そんな彼女、農家の跡継ぎとして孫の桔平には幼少の頃から期待をかけてきた。
そして桔平も「ばあちゃん、ばあちゃん」とよく懐いて、仕事を覚えない博史と違って農業をやらせても筋がよく、どんな難しい作物も枯らさず育てることができた。しかも彼が育てた作物はどれも美味い。それなのに……その孫が大学卒業と同時に厚労省に就職してこのかた、家に寄り付こうともしない。そのうえ十年間、盆と正月にすら帰れないとのこと。桔平は両親を説得したようだが、香澄は納得していない。
「十年間だなんて、あたしが死んじまったらどうするのかね。十年間一度も帰省させないし連絡もさせないなんて、やくざなお役所だよ」
ついつい棘のある言葉を吐いてしまうのは、その実寂しさの裏返しだったりする。博史は彼の母親を宥めるのに忙しい
「なんでも、構築士とやらは任期中は命を狙われるって話だ。安全な所に匿ってもらってるから家には帰れないらしいぞ。それにおふくろ、このご時世八十八で死ぬわけないじゃないか。せめて平均寿命までは生きてもらわなきゃ。まあ子供は子供、家業は家業さ。押し付けちゃいけない。大体、米の需要量も年々減ってきているしね。私たちの代で田んぼは潰して、マンションにでもするかなあ。駐車場もいいな」
「まあ! 田畑を潰すなんてとんでもない! ご先祖様に顔向けができないね!」
香澄がしかめつらをして息子を睨むも、博史はてんでこたえていない。再び新聞に熱中している。香澄はそれが気に入らない。
「お……見ろ朋絵、厚労省の構築士が何かすごいことをやってみたいだ。世界初らしいぞ!」
「まあ、それはどんなこと?」
隣の部屋の台所に立つ朋絵に聞こえるような大声で、博史は電子新聞を読みあげた。何でも、アガルタの構築士が世界初の医学的偉業に成功したとのこと。詳しいことはよく分からない二人だったが、なにやらその人物が世界に先駆けて凄いことをしでかしたというのは見出しの大きさからよく分かる。
「凄い方がいらっしゃるのねえ。桔平と同じ職場の方かしら?」
朋絵は興奮している。
「同じ職場だろう、面識があるのかもしれないぞ」
「それに引き換えあの子ったら、その、アルカイダとかで人様のお役に立てる仕事ができているのかしら」
「まだまだ新人だから、ようやく仕事を覚えた頃なんじゃないか? というか朋絵、アガルタだぞ。何でいつも面白い感じに間違えるんだ? ツッコミ待ちか?」
「あら、私はいつも真面目なつもりですのに」
彼女は天然でお茶目な母親なのだった。陽気でうっかりな息子はどちらかというと、俺よりも朋絵に似ているような気がする、と、博史はいつも思うのだ。しかし頭の出来がいいのは、夫婦どちらにも似ていない。祖母に言わせると「あの子はあたしに似たんだよ! 隔世遺伝だよ!」とのたまう。
そんな祖母のことはともかく、妻の朋絵はいつも変わらず明るく笑顔を振りまいているが、息子と会いたがっていることを博史は知っている。しかしその仕事が息子の選んだ道なのだからと、いつもと変わらぬ生活を続けてゆこうと、わざと陽気に振舞っているのだ。
そんな朋絵の気を紛らわせる為に何かしてやれないだろうか、博史はずっと思案していた。そのときだった、立体テレビに例のアガルタのCMが流れたのは。派手派手しい音楽と共に、既に開設されているエリアのダイジェスト映像が放映されていた。いつもの宣伝文句と共に、
【30日間の無料体験ダイヴ、実施中!】
その言葉を聞いたとき、博史はふとあることを思い立った。
「そういや俺たち、まだアガルタの体験ダイブ、行ってなかったよなあ。三十日間無料でアガルタに入れるツアーがあるんだったな。これ、社会保険庁に申請すればいいんだよな?」
「あぁー、何かCMではそういっていますね~~」
対面キッチンからは、トントンと包丁の音が聞こえてくる。メニューを選ぶだけでどんな料理でも手料理と同じように調理してくれる万能調理器が普及してから、主婦が手料理を作ることはなくなったといっても、この家では珍しく朋絵が手料理を作っている。その理由も、朋絵が機械音痴だったりするからなのだが……。
「桔平が厚労省にいるうちに、アガルタに体験ダイブに行ってみないか? もしかしたら、桔平の職場が見れるかもしれないぞ」
「本当?! 行きたいです、いつ!?」
朋絵は手を止め、嬉しそうな声をあげた。
「農閑期……というと冬かなあ。桔平のいる部署はどこなんだろう? 厚労省に問い合わせても教えてもらえないのかなあ」
番茶を飲みながら聞き耳を立てている祖母に、博史は
「お母さんも行くかい? 運がよければ桔平に会えるかもしれないよ」
「なんだって?! すぐ行くよ!」
「いやーすぐは行けないよー、収穫したお米、どうすんのさ」
「それが終わったら行くよ!」
今にも社会保険庁に乗り込んで行きそうな香澄に、博史は、これでおふくろの機嫌も直りそうだ、と安堵したのであった。
というわけで、一家総出でのアガルタダイヴの計画が、
赤井構築士も知らぬ間に進行しているのである。
あまりに秀逸なネタをいただいたので、これ本編に反映します。二次創作→一次創作へフィードバックです。本当に赤井家(仮)はアガルタへの体験ダイヴを計画しています。
アストロ様、楽しいネタをありがとうございましたー!