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『嫉妬』 にょろ様より

にょろ様からいただきものと筆者アンサーです。

【にょろ様からのいただきもの】


チルは、そこそこ夜目が利く素民である。

女性の中でも特に小柄で筋肉の付かない身体が昼間の体力勝負に向かず、活動域が朝夕にシフトした結果であった。

とはいえやはり闇は怖い。

安心のために、人々が起き出す頃合いや、未だ出歩いている時間などにぶらつく事にしていた。

昼間は仮眠をとっていたり、織物をしていたりと様々だが、余り外には出ない。

変わり者の多いモンジャの民でも、更に妙な部類に属すると言えるだろう。


日が陰り影が長く伸び始めた頃、彼女は食用菜の畑に居た。

携えた軽めの棒は、畑の害獣を退治するために先細になっている。極小型の獣を地表の微妙な変化で発見し、移動中を土越しに一突きする職人芸である。歩く時の振動で逃げられる為、地味に難易度が高い。

血腥く農耕関係では女性に不人気の役目だが、わざわざ掘り起こさない限り見た目に無残という事もない。そんな訳でチルは全く頓着していなかった。大抵の害獣は夜行性なので、彼女の活動時間と一部被って効率が良いのだ。

それにどのみち、誰かがやらなければ、根を囓られて大事な作物が枯れる。

得意な人が得意な事をやればよい、それがチルの信条だ。


信条なのだが……。


普段は余りしない事を、今、彼女は行おうとしている。

腕に提げたずだ袋から取り出したるは、近所で掘り起こした草が数株。

金属とやらで出来た土掘り道具。

そして土器の水壺。

畑の畦近くを黙々と耕し、首を傾げては株の植付け位置を思案する。

巡回中に気付いたのだが、特定の草の近くには、根囓り獣にやられた症状を呈する植物が少なく感じられるのだ。偶然かも知れない、けれどまあ、畑も狭くは無いから隅になら植えて構わないだろうと判断した。

美味くも無い青臭い味だけれど、この草は、群生すると小花が意外に綺麗だ。


「チル、チル」

植付けに夢中になっていたのか、チルは人の接近に気付かなかった。屈んだまま、聞き覚えのある声の持ち主を振り仰ぐ。無表情だが他意は無い。

基本、彼女は感情表現に乏しい。

「……」

メグだ。

「どうしたの?あ、草植えてるんだ」

反応が薄いのを気にせず、納得した声音。

普段はふらりと彷徨い歩いているチルが一箇所に留まってしゃがんでいるので、具合でも悪いのではないかと思ったらしい。無事を確認して、頬が少し緩んだ。

心配させた詫びに、少し事情を説明するチル。

「ともだちにすると元気になる、かも」


言葉が足りな過ぎて、説明になっていない。


メグはくすっと笑うと、再び土を弄り始めたチルの横にしゃがんだ。持ち運び、植え直したばかりの草は葉に元気が無いが、壺から注がれた水があれば、朝にはピンと伸びているだろう。

「おともだちだね」

楽しげに葉先を指で撫でる。

その指と、そしてメグの顔を一度見て、チルは己の手元に視線を落とす。

「……ん、そう」

赤い神様と仲の良いメグは、一時期集落の皆に疎まれていた事がある。そんな経緯もあって、何かが仲良しに見えるのは好ましいのかも知れない。


◆◆◆


大勢に流されず、チルはメグを虐めた事が無い。

だがそれは、彼女が取り分けて人格者であったと言うことを意味はしない。

羨ましかった。

悔しかった。

何故、あなた達だけが。

そんな思いがぐるぐると渦巻いた。

けれど、『神様に嫌われるような事は怖いからしない』……皆が衝動に浮かされて行動する中、チルは考え続けたのだ。

出口の塞がれた濁流を裡に抱えて。


チルというAIが思考と直感のパラメータに偏り、感覚の値が低めのバランスだった事が幸いし、災いとなった。


メグやロイが赤い神様と親しいのは、『何か』があったからだ。彼らにはあって、チルが持たないもの。

彼女は覚っていた。

それは多分、能力や、出会った順番だけではない。

たとえ二人を追い出しても、それで他の誰かが好かれる訳ではないのだ。

この巡り合わせは、メグにも、ロイにも、況してや神様にも非はない。仕方がない事なのだ。

……唯一、チル自身を除いて。

悪い事などしていない、この手から何かを奪った訳でもない優しい人たちを、逆恨みする愚か者がチルだった。


神様が集落を去り、皆が徐々に落ち着いて、メグたちと仲直りをして……そんな中、チルはメグに謝る事が出来なかった。

何も、意地悪をしていなかったからだ。

寧ろあの時期に限って言えば、結構近しかったと言ってもいい。話し相手などお笑い種の低コミュニケーション力とはいえ、それ位に周囲が離れていたのだ。


メグは多分、疎外される中で、態度の変わらないチルを少しは支えにしていたと思う。

だからこそ余計に、謝罪など出来ない。

信じていた者が、皆以上に暗い感情を隠し持っていたなど……その事実は、どれ程メグを傷付けるだろう。

故に、彼女は沈黙を守る。


暴走が止まった素民たちは、気持ちを持て余していた頃の事をはっきりと思い出せなくなっていったらしい。

しかしチルは、感じるのではなく明晰に思考していた所為で、今でも己の醜さを自覚し続けている。

それは行いなき罪の報い。

得体の知れない影に、名を付け留めてしまったかの様に。


◆◆◆


「そういえば、チルは赤い神様に祝福して貰った?」

ふと想い出した様にメグが問い掛けた。

びく、と肩が震えるのを押さえ付け、チルは常通り淡々と答える。

「えとわる様が、もふい」

もふい?と顔一杯に疑問を浮かべたメグを見遣り、彼女はぽんぽん、と土を軽く叩いて耕していない部分と馴染ませた。間を持たせるための動作だったが、水を与えた後だったので、予想以上に手が汚れて眉を寄せる結果となった。


過去ほどの強さはないが、確かに胸に残るトゲ。

その存在故に、チルは神様に会う事が出来ない。罪悪を成してはいないが、さりとて無垢でもないのだ。

神様はメグを愛しんでおられる。チルの事も大切には思ってくれているだろうが、並んだらどうなるだろう……とても、試みる気にはなれなかった。己を知る分、自惚れる余地もない。

メグは素直で、穢れがない。

チルとは違う。

そもそも比較などしないのだろう。


神様に祝福して貰えば、楽になれるだろうか。

何度も考えた。

何度も、何度も考えた。

しかしもし祝福でこの痛みが癒えないならば……怖くて、どうしても実行が出来ない。

何故ならばそれは、一時的な病や怪我ではなく、チルの心自体が腐り果てているという証に他ならないからだ。


まあ、確かめるまでもない。

チルはあるかなしかの笑みを浮かべる。


「とても、たくさんおいのりしてるから、大丈夫」

「……」

汚れを拭う布を断り、地面に手のひらを擦り付けてから掌を擦り、乾いた塵芥を適当に払う。

軽くなったずだ袋を意味なく背負う様に肩に掛けながら立ち上がる。これ以上は踏み込んで欲しくなかった。

「いつでも、いのっている。がんばって?」

それは自分か、メグか。畏れ多くも神様にか。

自身にも分からないまま、チルは何時も通りにふらりと歩き出す。

メグもすぐに帰るだろう。

そろそろ、日が落ちる。


独りの復路、目の前に伸びる蒼い影を睨む。

無い物ねだりはすまい。

求められずとも崇めることはできよう。

侍らずとも、捧げることはできる筈だ。

「……できる事をするしかない」

誰も、他の誰かに成り代わることは出来ないのだから。


チルの柔らかい部分を蝕むのは、不可能を望んでしまう毒。

その名を、彼女は未だ知らない。




【筆者のアンサーSS】


(赤井視点)

 カルーア湖上に神殿ができて私が念願のマイホームを持ってから、見回りはエトワール先輩が引き受けてくれているので、夜間は神殿で寝ることになった。体は疲れていなくても、精神は疲れるだろう。夜間は休んだ方がいいと、伊藤さんに言われたからだ。

 つっても、眠気もこないものだから至聖所でじっとしてらんない。こっそり神殿を抜け出すことはある。


 私は天体観測が趣味だ。

 現実世界では社会人天文サークルだったってのは以前話したっけ? 昼間は素民たちに囲まれまくって身動きがとれなくなるけれど、ぼけーっとする一人の趣味の時間は欲しい。グランダで磔になっていた時にしこたま見上げた空は、毎日のように星座が変わって見ていて飽きない。たまーに天体イベントがあるんだよね。素民たちは、日々の労働に疲れて夜更かしするどころじゃないんだろうけど。


 この世界は平坦なのに、どういう原理でか天体が流れていく。

 私の計算によると、今日は待ちに待った部分月食の日なんだ。

 まあ、天動説な世界だから、何で月が欠けるのかよくわからんけど、理由は深く考えない。多分、光を発しない小さな天体が月の前に廻り込んじゃってるんだと思う。なんちゃって部分月食な気分が味わえる。その暗くて小さな天体が月と一直線上に重なって、月に穴を開けたようにみえるんだ。月がドーナツ状になる、地球じゃ見れないっしょこれ。

 このイベントにメグとロイも誘おうかと思ったんだけど、彼らは日頃よく働いているし、「で?」とか言われても悲しいし。先輩はダメだこういうことにはからきし興味ない。まあそうだよね、ここは模造の宇宙なんだからさ。先輩はログアウトして本物の星空を見ればいい。


 でも私にとって、この世界は私の全てなんだよ――。

 それは素民たちにとってもそう。彼らはここで生まれ、ここで老い、ここで死んでゆく。


 私は夜空を漂い、ふわりとモンジャ集落の草原に着地して、胡坐をかいた。ここは素民たちに見つからないし、まあまず誰も来ない。私のお気に入りの場所なんだ。

 インフォメーションボードを開き、ミュージックプレイヤーを立ち上げる。この機能、伊藤さんがつけてくれたんだよね。私の暇つぶしに、だって。私が精神的に病まないように、色々と気を遣ってくれているみたいだ。DLし放題のオンラインミュージックストアで、新発売の数枚のアルバムを買った。ジャズとポップス、ロックだね。

 曲に合せてノリノリで歌っていたら、後ろの方から物音がした。


 あ、何? エド? エドでもいいよ私襲われないからさ。月見と洒落込もうよ。

 そう思って振り向くと、女の子が一心不乱に草むらをかきわけてこちらにやって来ていた。あれ……あの子、モンジャの子だ。名前はチルといったっけ。火も持たずに、何で? 迷うよ確実に。考え事をしているのか、私に気付いていない様子だ。そっか。私消灯モードにしてたから見えないんだよね。


 私の後光、最近ライトアップ、ライトオフできるようになったんです。暗闇でもずっと光ってたら省エネの時代なのに無駄でよくないでしょ。ノリノリでかけていた音楽を消し、点灯。


 チル、すげーびっくりしてら。 

 そりゃそうか、急に私が現れたように見えたんだろうね。


『脅かしてごめんなさい。チルさん、どこに行くんですか? ご家族が心配しますよ』

 チルは怯えたような表情で絶句していた。ごめん声かけちゃいけなかった雰囲気? 何か悩み事でもあるんかな。

「い、い、家にかえります!」

 チルは走った。私の顔見て走って逃げた! しかもマッハで。

 何で逃げる? 素民が私を見て逃げるのって初めてだよ、しかもこの子、A.I.じゃなかったっけ。私が何か気に入らないことをしたのかもしれないけど、理由もなく嫌われたくはない。

 そういやこの子、最近私祝福してあげてないなー。もっぱらエトワール先輩の祝福の行列のところに並んでる。別にいいよそりゃ、先輩イケメンだし(童顔だけど)もしかしたらアトモスフィアも私のより気持ちいいのかもしれない。先輩の方が好みでも別にいい。でも、たまには抱かせてほしいよ。せめて、モンジャの民は私が祝福したい。

 追いかけて理由を問いただすこともできるけど、そっとしといたほうがいいんかな。

でも……


『チルさーん。私と一緒に月を見ていきませんか? 今日は面白いことが起こるんですよ』


 と、誘ってみました。このセリフ、完璧にナンパだよね。チルはまだ走っていたけど、そのうち足を止めた。じりじりと近づいてくる、気にはなっている様子だ。

 私は気にしていない振りをして、どかりと腰を下ろすと、草原に寝転がった。大の字になって月を見上げる。


 そして10分後。私の隣にチルが体育座りしてた。私は寝転がったままゴロゴロっと転がっていってローリング抱擁した。チルは少し抵抗する素振りをしたけど、大人しく私の腕の中におさまった。小さく息を吐く。


『あなたを抱くの、久しぶりです』

「空にどんなことが、おこりますか? おしえてください、きょうみがあって」

 何か体温が上がった気がするけど、草原の風は少し冷たいから白衣でくるんであげた。


『あなたも夜空が好きですか?』

「は、はい」

『一緒にやりましょうか、天体観測』


 夜更けに二人、ドーナツ状になった月を愛でた。


 私の発する光に勝る、天体の発するそれが好きだ。

 無機的で、誰にも媚びないその輝きに、心があらわれる。チルもその美しさに言葉を失っていた。

「また、見たいです」

 チルは感動していた。

『次は来年でしょうね。それより来週の夜はあいていますか?』

 またナンパっぽいセリフだけど、チルが微笑んでくれたからそれでいい。

 私はプライベートサークル、天体観測部の部員一号をゲットした。


 モンジャの草原にて、隔週で密かに活動中。

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