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手順を踏め!
作:イシイ-イタル



4、状況整理


 うちは食料品関係の会社で、俺は支店の事業部にいる。
 具体的には、工場を建てるとか事務所を借りるとかいう時に動く部署で、普段案外暇にしている。
 俺は宮田保。入社4年目。26歳。俺を襲いやがった高垣仁は入社2年目で設計のチェックの仕事をしている。俺とは物理的には「隣の」課で仕事をしてる。仕事中、目に入る距離。
 こないだの旅行は、そんな部のメンバー総勢二十数名で行ったものだった。

 松戸っていうのは俺の同期で、企画部署にいる。
 「工場を建てるとか事務所を借りるとか」の構想を練る仕事をやっているので、ウチの課の仕事とは接点がある。
 …そんなわけで確かに、俺と松戸は、同期の中では一番仲良くしてる。
 もちろん「仲良く」って言ったって、仕事の打ち合わせの後ちょっと廊下で喋るとか、たまにメシ食いに行くとか、その程度。
 いくらデマを吹き込まれたからって、誤解するか?高垣よ…。
 やっぱ、意外とバカ?



 というわけで、本題に戻ろう。

「俺は完璧にノーマルだって。ホントに」
 身体の力が入らない俺は、目だけ怒ってみせた。
 高垣はまだ驚きを隠せずにいる。
「でも、だって、宮田さん、めっちゃ気持ち良さ」
 言いかけた高垣の頭を殴った。
「死ねッ!」
「すいません!」
 さっき玄関で謝ってた時より小さくなってる。
「誰だよ、そんな嘘をお前に吹き込んだ奴は」
「…人事の溝口さん…」
「はぁ?溝口ィ?」


 読めてきた…。
 溝口も、俺の同期なのだ。
 おそらく高垣をからかったのだろう。
 が…。


「それってさ、聞いたのお前だけ?」
 まさか会社中に広まっている噂じゃないだろうな、と警戒した俺は、まずそこから尋ねた。
「俺だけ。春の2年目研修の時に聞いて、それからなんか宮田さんのこと意識しちゃって…いや、本当はその前から見てたけど」
「うわッ、どさくさに紛れて告んな!」
「す、すみません!」
 小さくなって、素直な高垣は通常通り可愛い後輩なのだが…。
 なんであの時はあんなに偉そうなんだろう、なんて…少し思い出してしまった。
 いかんいかん。

 ……。

 いやいやいやいや。流されてどうする。
 とりあえず、溝口に電話して確認だ。他の奴に言ってないかどうか、とか。
 それと…。
「とりあえず、高垣、お前帰れ」
「え?」
「もういいよ、帰れよ」
 しっしっ、と手を振る。
「でも…身体、大丈夫?」
 そう訊かれた俺は、ギロリと高垣を睨んだ。
「俺を襲いやがった奴に助けてもらいたくは無いの。とりあえず帰れ」
「…はい」


 高垣を追い帰す。
 それでも奴は帰り際、ちょっと食い下がってきた。
 宮田さんが好きなんです、とかなんとか。
「なんじゃそりゃ。それならそれでいきなり襲うなよ」
「そ…それは…浴衣姿があまりに…」
 それを聞いた俺は、高垣の脚を蹴飛ばした。
「バカッ。お前は順番が滅茶苦茶だっての。もうちょっと考えて行動しろよ」
「…すみません…」
 

 あ〜、なんでどうして、俺はあいつを憎めないんだろうなあ…。
 玄関の鍵をかけてから、ため息をついた。
 イテテ。
 変な体勢だったせいで、身体が痛いし、なんか…筋肉痛っぽい。
 もう…させないぞ。
 自分で決心して、ヘンな決心だなと思う。
 くそッ。


 俺は溝口に電話をした。
「お前さ〜、俺と松戸がデキてるって言った?高垣に」
『え?あ…ああ、言った言った。春の研修の時に言った。あいつ、お前のことべた褒めしててさ、4年目なのに先輩にも信頼されてるとか、後輩の自分にも優しいとか、とにかくすごい持ち上げるんだよ。それでつい面白くて、ちょっとからかったんだよ」
 ガックリ。
 俺は全身の力が抜けた。
「あのなぁ、そういう嘘を言った時はすぐに本当のことを言えよ…」
『そうなんだよ、次の日に嘘だって言おうと思ってたらさ、ヨメさんとこの婆ちゃんが亡くなってさ、急に通夜だの葬式だので、仕事休んだんだよな。そしたらそれっきり忘れてた』
 再びガックリ…。
 ガックリきてる俺の耳に、能天気な声がする。
『何?なんか実害でた?だったらゴメン。なんか奢るけど』
 あまりに能天気な…溝口の声。
 実害アリまくり…なんですけど…。
 いろいろあって強姦されました、とか?意外と良かったみたいです…とか。
 って、そんなこと、言えるわけない。
 そうなんだよ。溝口の冗談にはあんまり罪が無い。
 やっぱり悪いのは高垣だと思う。
 ムカつく。
 それと…『意外と良かった』自分がイヤだ。意外とどころじゃなく感じてしまった自分がイヤ。
 …情けなくって…。



 それで、またしばらく高垣のことは無視させてもらうことにした。
 具体的には…思い出さなくなるまで…がいいんだけど。
 思い出さなくなるんだろうか…。少し自信が無い。

 熱くて、すごく熱くて…優しくて強引で…ああいうのって、他に無い。
 仕事をしていて時々視線を感じるけど、応えてやるわけにもいかず、とにかく目を合わさないように合わさないように気をつけるしかない。


「よぉ」
 昼休みが終わる頃、噂の松戸が俺の席にやってきた。
「あれ?どうした?」
「いや、ちょっと暇で寄っただけ。最近どう?」
 最近どう?は松戸の口癖だ。
 どうもこうもないよ、と言いたいところだが、グッと我慢する。
 斜め前あたりの、高垣の視線がイタい。
 な〜んにもありませんよ、本当に。目を覚ましなさい。








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