13、どうする?
ギクリと身体が固まった。
レイちゃん?
…高垣…?
携帯が机の上で震えて、落ちそうになる。
慌てて手で押さえた。
サブディスプレイに『高垣』の文字が光っていた。
「はい」
電話に、出た。
『…俺だけど』
高垣の声が聞こえてきた。
「何?」
さっきの男のことを、俺に言い訳でもするつもりかと思っていたら、違った。
『付き合うのか?レイちゃんと』
なんだよ、それ。いきなり。
俺はムッとして、早口で言い返した。
「お前はどうなんだよ。ユウコちゃんは?それとも今日イチャイチャしてた奴と付き合うのか?」
そうしたら、高垣の、低くて落ち着いた声が返ってきた。
『…宮田さんは?俺のことは…ダメなんだろ?コソコソ合コンの予定入れてさ…だったら俺も他の誰かと付き合うしかないだろ』
コソコソって言葉、確かにその通りだったけど、なんだかイラっと来た。
「なんだお前、俺が駄目だからって二股かけるつもりかよ」
『違う、こないだのコはもう断った』
「じゃあ今日の奴か?お盛んだな」
俺が矢継ぎ早に責め立てると、高垣はグッと言葉に詰まった。
そして、少しの沈黙の後、
『いいだろ、俺のことは』
と言った。
確かにそうだけどさ…。
「じゃあなんで電話してくんだよ」
『だから、宮田さんがレイちゃんと付き合うのか、ハッキリ聞こうと思ったのと、それと…』
「それと?」
『道で会った時の宮田さんの顔、なんか泣きそうだったから』
玄関の、チャイムが鳴った。
ハッとなる。
「今のチャイム、お前か?」
ちょっと呆れながらも訊いた。
『そうだよ。どうする?』
やや挑戦的な高垣の声がする。俺は玄関に向かった。
「開けるわけないだろ、この強姦魔」
強気で言い返す。もうお互いの声が、玄関扉越しに聞こえてる。
『強姦なんてしないよ』
柔らかい声に、つい鍵を回す。
携帯の電源を切った。
ドアを…開けた。
「ホントか?」
ドアの向こうの、ノッポを見上げた。すっごい嬉しそうな顔で笑ってた。
「ホント」
「悪いけど、俺泣きそうな顔なんかしてないぞ」
そう言ったら、
「そう?あの顔を見たら、やっぱり俺のことが好きなのかと思ったけど」
などと言いやがる。
「お前、ビックリするほど自惚れ屋だな」
「そんなこと無い。特に宮田さんのことに関しては」
そう言いながら、玄関に入ってきた。
「それで?何しに来たんだよ」
「え?和姦」
それを聞いた瞬間、俺は反射的に高垣の脚を思いっきり蹴り飛ばした。
「帰れ帰れ帰れ」
そう言いながら、両腕でギュウギュウ押し出す。
「ウソウソ。ちゃんと話をしに来たんだから、入れろって」
高垣が笑ってる。
その笑顔に、俺もつい気を許す。
許しちゃいけないなって思うんだけど…。
結局俺は高垣を部屋に通した。
リビングのソファーに座るように言った。
けれど、奴の言葉はどこかまだ信用ならない。俺自身は、いつでも逃げ出せるようにリビングの出口付近に立ちっぱなしていた。
「で、話って何?」
俺がそう水を向けると、ソファーに深々と腰掛けた高垣は、照れくさそうに頭を掻いた。
「今日一緒に歩いてた奴は…友達の知り合いで…今まで相談に乗ってもらってたんだ。男同士って俺分からないし。ほら、俺宮田さんのことホモだって勘違いしてただろ?松戸さんとデキてるって」
ああ嫌な勘違い。
俺は顔をしかめた。
高垣はそんな俺の顔を見て、ちょっと笑って、続けた。
「どうやって横入りして奪うか、相談してた。でも奴とは何にもしたことないぜ。今日は連れてかれそうになったけど…」
「ああもう絶対ホテル直行って雰囲気だったぜ」
俺がそう言うと、今度は奴が顔をしかめた。
「だって、合コンのことがやっぱりショックでさ。宮田さん、本当に俺のこと嫌なんだ、もうイイヤ、喰われちゃえと思ったから。でも、あそこで宮田さんに出くわして、我に返って、逃げてきた」
そして、高垣は一呼吸置いて、俺の方をジッと見詰めて付け足した。
「やっぱり俺、宮田さんが好きだから」
真っ直ぐに見詰める高垣の目。
なんで俺なんかにこんなに一生懸命になれるんだろう。
いろんなことがヨコシマな俺は、目を逸らした。
「ごめん。俺は…お前のこと、そういうふうには好きになれないよ」
そう言って、チラッと奴の方を見たら、意外と落ち着いた表情で小さく頷いていた。
「俺ね、会社入った時、ウチの課忙しかったから、裁断機の場所すら誰にも訊けなくてさ…ウロウロしてたら、宮田さんが付いてきてくれた。…すごく嬉しくて」
そんな話が始まって、俺はプッと笑った。
「なんだよ、今さら思い出話かよ」
俺が突っ込むと、高垣はそのハンサムな顔をちょっと歪めた。
「その宮田さんが、松戸さんとデキてるって聞いて、それはすごいショックでさ。彼女がいるっていうなら許せたのに、なんか俺の宮田さんを…男に盗られた!って思って…」
「バーカ」
俺は笑った。
溝口の他愛ない嘘が高垣の中に拡げた波紋を想像すると、馬鹿馬鹿しくて笑えた。
そこまで俺を慕ってたんだと思うと、高垣が可愛くすら見えた。
冷蔵庫から缶ビールを2本出して、1本をバカ垣に投げる。
「わッ」
奴はそれを慌てて受け取って、「いただきます」と小さく頭を下げた。
「だからって『いきなりゴーカン』の言い訳にはならねぇぞ」
一口飲んで俺がそう言うと、
「だってアレは…宮田さんが…浴衣なんか着てくるから…」
なんて言って俯いた。
その高垣の顔が赤いのは、飲み始めたビールのせいか…。
「バーカ。誰でも着るだろ」
「…確かに悪かったと思ってる。なんか俺、色々順番間違ったと思ってる。だから今日は話しに来たんだ…。ちゃんと告白して、宮田さんにも俺のこと分かってもらって…」
それを聞いて、俺は鼻で笑った。
「おいおい、手順を踏んだところで俺は付き合うとは言わないからな」
そう言った。
奴もニコニコ笑っていた。
そしてテーブルに缶ビールをコトンと置いた。
赤い顔でヌッと立ち上がり、こっちに来た。
ん?
もしかしてなんか、ヤバイ?
そう感じて、俺が身体を強張らせている間に、高垣は俺の手から缶ビールをそっと奪い、近くのテレビ台の上に置いた。
「な…何?」
両肩を、グッと掴まれた。
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