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第五節:フリーエージェント、少女と朝食を食べる。

 

「にゃ〜……おはようございますぅ」

「とりあえずその、外れた胸元のボタンを閉じろ」


 翌朝、起きて来たみゃーに、トウガはキッチンに立ちながら答えた。


 目をこする彼女の黒髪はぴょこんと寝癖が跳ねており、胸元が第二ボタンまで外れて肩からずり落ちかけている。


 あまりよく眠れなかったのか、あるいは泣いたからか。

 彼女の目はトロンとしており少し充血していていた。


「朝はパン派か? それともご飯派か?」

「どっちも好きです〜……」


 尋ねると、みゃーは、くぁあ……と八重歯を見せて可愛らしくあくびをしてから答えた。

 そして、こちらをジッと見つめてくる。


「なんだ?」

「トウガさん、エプロン似合いますね」

「そうか?」


 黒の半袖インナーにスラックスを履いた上に白いエプロンをつけているだけなので、似合うもクソもないと思うのだが。


「どちらでもいいのなら、今日は和食だ」


 トウガは一日おきに朝食のスタイルを変えるのである。

 ちょうど卵を調理するときに起きて来たので、オムレツではなく卵焼きを作ることにした。

 

 甘い卵焼きは少し苦手なので、出汁巻にする。

 トウガはボウルの中に入れた卵にダシつゆを少し垂らして塩も入れて菜箸で混ぜた。


「荷物は朝一で届くだろう。食事を終えてから着替えるといい」

「そうします〜……」


 答えながらダイニングテーブルにぐったりしたみゃーは、すぐに体を起こして首をかしげた。


「でも、お手伝いしなくていいんですか?」

「慣れないキッチンで何も出来んだろう。別に気にしなくていい」


 トウガは小鍋で沸騰しかけた湯から昆布を上げると、ワカメと豆腐を放り込む。

 そのまま手早く卵焼きを作り、鍋の火も止めた。


「とりあえず顔を洗って来たらどうだ? ついでに寝癖を直してこい」

「うにゅ、そうします〜」


 素直に答えて洗面所に向かった彼女を尻目に、トウガは料理を続ける。


 冷蔵庫から取り出したウィンナーをそのまま卵焼き用のフライパンで焼き始める横で鍋に味噌を溶いてから再点火した。

 茶碗に二つご飯をよそってダイニングテーブルに皿を二つ用意すると、出来上がったそれらを盛り付ける。

 

 白いご飯に味噌汁、卵焼きにウィンナー。

 あらかじめ作りおきしてあったきゅうりの浅漬けを小鉢にふた切れ。


 最後に、冷たい麦茶を注いで完成だ。


 少しシャキッとした顔で戻って来たみゃーに、トウガは一言付け加えた。


「デザートが欲しければヨーグルトかゼリーならある」

「ふぁー……!」


 テーブルに目を向けたみゃーは、料理を見てぽかんと口を開けた。


「これはもしかして、魔法ですかね?」

「何でだ」

「だってすごく美味しそうなご飯が、すごい速さで出て来ました」

「普通だろう」


 作ったのはごく一般的な、しかも手早くできる朝食である。


「俺は朝はしっかり食いたい。弱いなら無理に食べなくてもいいぞ」

「私もいっぱい食べたいです!」


 いただきまーす! と嬉しそうに手を合わせたみゃーは、ガシッとハシをつかむと、そのまま食べ始めようとした。


 が、トウガは思わずその細い手首を掴む。


「いやちょっと待て」

「みゃ?」


 どう見ても明らかに、みゃーのハシの持ち方がおかしい。

 グーで握るような手なので、そのまま突き刺す子どものような使い方をする気だろうと思われた。


「……ハシは苦手か?」

「あんまり使ったことないですねー」

「よし、やはり待て」


 トウガはおとなしく待っているみゃーに、スプーンとフォークを渡した。


「ハシの使い方は後々教えてやる。それで食うんだ」

「えっと、はい……?」


 みゃーはどことなく納得いかなさそうだったが、あまり気にもしなかったようで素直にフォークで卵焼きに手をつける。


「ふにゃー! 美味しいですー!」

「なら良かった」


 もぐもぐと口を動かしたみゃーが満面の笑みで言うので、トウガも口元が緩む。


 作ったものを美味しそうに食べてもらえるのは、作り手としては非常に嬉しいことだ。

 ……ただ、あまりにも行儀が悪いのは個人的に嫌なので、思わずフォークとスプーンを渡してしまったが。


「荷物が届き、一通り家事が終わったら、今日は出かけよう」

「デートですか?」

「何でそうなる。君の生活必需品を買いに行くんだ」


 少なくとも女性用品などトウガの家には置いていないし、それを隠すためのカゴなども必要だろう。

 だが、そんなことまで気にしていることを知られてドン引きされても困る。


「近くに大型のショッピングモールがある。スーパーも併設されているので、それなりに欲しい物は揃うはずだ」


 養育費もおそらくすでに口座に放り込まれているはずなので、そちらですぐに下ろすつもりだった。


「そこには歩いて行くんですか?」

「いや」


 トウガは、壁に目を向けた。

 そこに取り付けたフックに、フルフェイスメットとキーが下がっている。


 丁度いいことに、今日は天気も良かった。


「バイクがある。それで出かけよう」

「にゃ! 私、バイクに乗るの初めてです! 胸を背中に押し付けたらいいんですよね!?」

「どこでそういう、わけのわからない知識を仕入れているんだ?」

「押し付けるほどありませんけども」

「人の話を聞け」


 昨日会った時と変わらないみゃーに。

 トウガは少し安心しながらも、軽くため息を吐いた。

 

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