黄の章 09
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今日は知り合いがよく来る日だなぁ、と休憩中の宿禰は事務所の白い天井を仰ぎ見ながら、今日店に来た知り合いの事を頭に浮かべた。
「……はあ」
頭につけていたネコ耳のカチューシャを外して、憂鬱そうにため息をつく。
黒澤怜、山吹蒼香と大神深翠、そして本多雄貴ほか。
その人物たちの中で彼女に溜息をつかせたのは、本多たち同じ高校の知り合いだった。
彼女が通う八里浜高校の校則では、アルバイトをする際に学校側へ届出が必要なのだが、宿禰はアルバイトをしている事を学校側に秘密にしていた。
その秘密が漏れる恐れがあるからである。
とはいえその届出制も今現在その校則を遵守している生徒などいないし、教師側も時代の流れとしてその校則を守らない生徒を咎めたりしないのだが、基本的に真面目な宿禰は届出をせずにバイトをしている事を後ろめたく思っている。
なので同じ高校で彼女がバイトをしている事を知っているのは、仲の良い友人と何人かの例外だけだった。
ならばさっさと届出を出してしまえば全て解決する話なのだが、それが出来ない理由が彼女にはあった。
「いい加減届出、出そうかなぁ。……でも皆出してないし、一人だけ出しに行くのも空気読めてないみたいだしなぁ」
気が弱く、自分に自信がない彼女は、周囲と足並みを揃えていないと不安なのである。
彼女らしい普通な、どうでも良い悩みだった。
「本多君たちにバレちゃったかなぁ? でもあんなちょっとだったし、私だってバレてないよね。あの後近付かないようにしたし……もし言われても人違いで誤魔化せるかな……」
誤魔化せません。
今日、本多たちが来た目的は宿禰を見に来る事だったので、誤魔化せるわけがないのだ。
しかし、勿論宿禰はそれを知らないし、その発端を作ったのが竹だという事に気付くわけがない。
ただの普通の女子高生では、気付けない。
そんな悩み深い少女にのんびりした声が掛かる。
「荒川さーん。ちょっと良いかなー?」扉を開けて、事務所に顔だけ覗かせた男は言った。
「はい? 何ですか店長」
「休憩中悪いんだけど、ちょっと用事頼める?」
「用事ですか?」
「うん。明日からコーヒー変えるでしょ? その業者が来たんだけど、僕今から本社に顔出さないといけないからさ」
「業者の人って、そんなの私が出ちゃって良いんですか?」
「ダイジョブダイジョブ。品物もらって判子押すだけだから。スグオワルヨ」国籍不明の発音で生粋の日本人の店長は言った。
「わかりました」少し疲れていたので本音は休憩を続けていたかったのだが、すぐ終わるというので宿禰は頷いた。
「助かるよー。今また混み始めて他の子は店に出てないといけなかったから。それじゃあ後はよろしく。あとこれ判子ね」
宿禰はテーブルにネコ耳を置いて、立ち上がり店長から判子を受け取る。
店長は宿禰に判子を渡すと、すぐに慌てた様子で去っていった。
判子を受け取った宿禰は店の裏口へ向かった。
裏口の扉を開けるとダンボール箱を積んだ台車に体を預けて、くつろいでいる肌が浅黒く顔のでかい少年が立っていた。
「ええっと、コーヒー豆の業者の方ですか?」
宿禰は自分と同じか少し上くらいにしか見えない少年に対して、確認するように言った。
「ああ、そうっすよー。バイトですけどー。えーっと、これどこにおけば良い?」
店の名前なのだろう、でかでかと『豆』とプリントしてあるエプロンについたネームプレートに、『遠藤』と書かれた少年が聞く。
「えっと……」判子を押せばよいとしか言われていなかった宿禰はテンパって、言いよどむ。そして考えた結果、「……とりあえず判子押します」と自分の目的を先に済ませることにした。それにその間に品物をどこに置くか考えられる。
「おお、そうしようそうしよう。忘れないうちにしといたほうが良いからなー。それじゃあここに押してくれー」顔のでかい少年は鞄から受領書を取り出して、宿禰に渡した。
宿禰は受領書に店長から渡された判子を押すと、
「じゃあとりあえず、事務所に置いておくので、それ持ってこっちに来てください。大丈夫ですか?」と言った。
少年は頷くとダンボールを持ち上げた。
宿禰は少年に後をついてくるように促しながら、裏口から事務所へと向かった。
歩いている途中、後ろから「おおっ、尻尾だ」とか「やっぱ尻は良いなぁ」とか、恐怖の言葉が聞こえてきたが、宿禰は聞こえない振りをして歩調を速めた。
それからずっと、宿禰は自分のお尻に少年の視線が注がれている気がした。
かなり恐かった。
宿禰は、事務所前に付くと誰もいない事務所の扉を開けて、
「そっそこのテーブルに置いておいてくださいっ」と脅えた声で言った。
「はいよー」少年は宿禰の脅えた声に気付いていない風に、普通に答えてテーブルの上にダンボールを置き、「おおー、すげぇー。ネコ耳もあるんじゃーん」とテンション高めの声で言ってから事務所から出てくる。
少年が事務所から出てくると、今度は宿禰が事務所に入って、
「じゃじゃっじゃあ、ありがとうございましたっ! 帰りも裏口からどうぞっ!!」と宿禰は少年に伝えて、即効で事務所に扉を閉めた。
宿禰の耐久度はいい加減限界だったのだ。
扉を閉めた廊下側から、「誘われてたんじゃなかったのかー。でも脅えた状態もありだよなー」と背筋が寒くなる言葉が聞こえた気がした。
気がしたというか、確実に聞こえた。
洒落になってない恐さだった。
「っひ」
宿禰は小さく悲鳴を上げて、すぐに鍵を閉めた。
そしてロッカーから携帯を取り出して、110のボタンを押していつでもかけられる状態にした。
宿禰はその十数分後、「あれ? 鍵閉まってるー」と他のスタッフが来るまで、事務所の隅っこで震えていた。
もう二度と、コーヒー豆の業者の相手はしないと心に決めた宿禰だった。
宿禰に軽いトラウマを植え付け、考えている事が駄々漏れだった勇者……もとい変態の名前は、遠藤涼也。
マメの愛称で呼ばれている、十三夜のメンバーの一人である。
お読み頂きありがとうございます。
ファンタジーなのに未だにファンタジーっぽさが皆無の今章ですが、それはそれとしてお楽しみください。
勿論、このままのノリでは終わりませんのでご安心を。