黄の章 07
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大木は硬い椅子に腰を下ろして、ワックスで磨かれたレーンを走る球体の行方を眺めていた。
周囲にはカコーン、カコーンとピンを弾く音が響いている。
今、本多雄貴と大木直也は、高校の友人数名とボウリング場に来ていた。
自宅で酒盛りを開始している竹たちと比べると、実に高校生らしい休日の過ごし方である。
高校の友人が転がした玉が7本のピンを倒すと、そこに席を外していた本多が戻ってきて、大木の横の椅子に座り心地悪そうに腰を下ろした。
「誰から電話だったの?」大木が本多に尋ねる。
「竹から。飲んでるから来ないかって。行くっしょ?」
「ええっ、竹飲んでるの?! この時間から!?」大木が笑顔で驚きの表情を作る。
「うん」本多が頷く。
「一人で?」
「いや、松とケンジっていってたかも」
本多は曖昧な口調で言った。
「かもって何?」大木がニコニコしながら突っ込む。
「じゃあ言ってた」
「……あっそ。あ、本の番だよ」本多の適当な発言に半笑いで、大木はモニターに表示された次の投者の名前を見て言った。
本多は立ち上がり、自分のボールを右手に持つと整然と立ち並ぶピンたちに向けて1投目を転がす。
その玉は、右端のレーンギリギリから綺麗にカーブを描き、10本のピンを全て弾き飛ばした。
それを見て湧く友人たち。
見事なストライク。第5フレームから数えるとターキーだった。
ガッツポーズを取らず、少しはにかんだような笑顔で、ふらふらと戻ってくる本多に高校の友人たちがハイタッチを求めていく。
本多は最後に大木とハイタッチしてから言う。
「それで、おーきは行かないの?」
「いやいやいや、行くから」
「おっけ。おっ大木の番」
本多に言われると同時に大木が立ち上がり、先ほどの本多と同じように投擲する。
やや不恰好な体勢から投げられた玉は、不運にもスプリットを叩き出した。
「おおっと、しいぃっと」
下手な発音で失投を悔いる大木は笑顔で「次、次いくから」と、スペア宣言をする。
完全に失敗フラグである。
案の定、次の大木の投球は1本もピンを倒すことはなく、ガターに吸い込まれていった。
その後20分ほどで第10フレームまで終わり、ボウリングは終了。
次の目的地にして、本日のメインイベントへと向かうことになった。
ちなみにボウリングの結果は、本多が220とトップ。
大木は106と5人中4位。
十三夜の二人のボウリング対決は、圧倒的な強さをみせた本多に軍配が上がった。
閑話休題。
本日の目的地へ向けて駅地下を歩く、男子高校生5人組。
その最後尾を歩いていた、本多と大木が一人の少年と遭遇し足を止めた。
「おおっ、お前ら何してんの?」
二人が遭遇したのは十三夜のお医者さん、石渡直也。
彼は嬉しそうに二人に声をかけてきた。
「あ、パーマだ。そっちこそ何してんの? 頭にやきそば乗っかってるけど」大木が石渡の短髪で天然パーマの頭を指差しながら言った。
「うるせえよ!」大木の挑発に本気で蹴りを入れる石渡。
石渡は天パーネタで弄られるのが元々嫌いなのだが、大木には、というか大木にのみ厳しくあたる。
まあやられても毎度毎度懲りずに、そのネタで弄る大木も大木なのだが。
「……ちょっ、いたぃ……」引き笑いをしながらよろよろと後退し、ローキックを入れられた太ももをさする大木。
完全に自業自得である。
本多はその光景をいつもの事と気にせず、むしろいつもの見世物だと軽く笑いながら石渡に話しかける。
「俺らは今からカフェに行くの。なおやんも行く?」
「カフェ? それ、行くって二人だけじゃないでしょ?」石渡の視線が少し前方で、本多と大木を待つ高校の友人たちにむけられる。
「うん、まあそんな感じだけど」
「はは、じゃあ無理じゃん」
本多の肩をバンバン叩く石渡に、大木が懲りずに言う。
「今から行くところはパーマお断りだから」
「ははははは」笑いながら大木に近付く石渡。
「そんな場所ねぇよ! おらぁ!!」
渾身のローキック。
大木が膝を付いて、ひぃひぃ悶える。
「立てないぃ、立てないぃ」
自業自得の上、ヘタレだった。
本多は相変わらず気にした風もなく、石渡との会話を続ける。
「なおやんは今からどっか行くの?」
「俺? 俺は今から仕事だよ」
『仕事』という言葉に本多の表情が少しだけ動く。
表では本多たちと同じ高校生をやっている石渡が、『仕事』という言葉を使うのは当然裏の話である。
「仕事って場所どこ?」
「釜蔵の方」
「釜蔵か。それって終わるの何時くらい?」
「結構すぐ終わる。ほぼ完治してて今日が最後だから」
「そっか。じゃあそれ終わって時間あったら竹ん家来たら?」
本多は丁度良いので、竹の家の飲み会に石渡を誘うことにした。
こういう偶然でもないと、最近は石渡と遊ぶことが少なくなっているからだ。
生活時間の大部分を占める、高校が違うといくら十三夜のメンバーでも会う機会が減る。
「竹ん家? 何で?」
「飲んでるんだって。俺と大木も後で行くし」
「……大木もいるのかぁ」大木の方を見ながら嫌そうな顔をする石渡。
「おおいっ」復活した大木がその視線に突っ込む。
100点満点で30点の突っ込みだった。
しかしその突っ込みを見て、気の毒になったのか、それとも面倒になったのか、石渡は「じゃあ行けたら行くわ」と頷いた。
「わかった。じゃあね」他の友人たちをこれ以上待たせておけないので、本多は手を振って一旦別れの挨拶をする。
「じゃあ」石渡も本多に挨拶を返して、大木を無視するように歩き始める。
大木は石渡が歩き出した瞬間に、
「じゃあね、パーマじゃあね」と言った。
しかし、それが聞こえていたはずの石渡は大木に報復行動は取らずに、歩き去っていった。
大木は切なげな目をした。
「……」
無視。
一番辛い報復の仕方だった。
石渡と別れると、本多とダメージが抜けきっていない大木は待たせていた友人たちに、「悪い、悪い」と謝り、再び合流して歩き始める。
歩き始めてからすぐに、友人の一人、友人Aが懐疑的な眼差しで大木に問いかけた。
「本当にいるの?」
「いるって、竹が言ってたよ」問いかけに答える大木。
「竹って天倉君? 天倉君かぁ。じゃあ本当なのかなぁ」友人Bが納得しかけた風に言った。
「でも俺が学校で聞いた時は違うって言ってたよ」友人Cが首を傾げる。
「まあ行けばわかるっしょ」じれったくなった本多が適当な感じで言って、それに全員が頷く。
この5人の目的地は、とある喫茶店。
しかし、目的はお茶をする事ではなく、
「本当に働いてるのかなぁ。荒川さん」
荒川宿禰のバイト姿を見に来たのだった。
蒼香と深翠の二人の影にやや隠れてしまっているものの、それでも宿禰はクラスのアイドル的存在。
そんな彼女が喫茶店でウェイトレスをしているという話を聞いて、この5人は今日ここまで来たのだった。
しかし、クラスのアイドルとはいっても、今現在宿禰と同じクラスなのは本多ただ一人である。
なら他の4人はどうして来たのかというと、1年の時に宿禰とクラスが一緒で、それ以降継続して好意を持っているという簡単な理由である。
荒川宿禰に好意を持っている、という理由で他の4人が団結している反面、本多はその団結の外にいた。
本多個人は宿禰に対して、彼らのような一定以上の好意は持っていなかった。
では、そんな本多が付いてきた理由とはなんなのかというと、他の4人と1年の時にクラスが一緒で、今も自分たちと友人であり、更に今も宿禰とクラスが一緒なので、もし宿禰と遭遇した場合に、話の切り込み隊長役として召喚されたのだった。
童貞高校生の根性など、所詮はそんなものである。
今現在竹の自宅で酒盛りをしている三人辺りは、鼻で笑いそうな行動だった。
本多も鼻で笑ってしまいたかったのだが、友人の頼みだったので仕方なく付いてきたのだ。
しかし、ただ付いてきてあげるだけなら美談なのだが、無償ではない辺りが本多も竹たちよりの人物である証拠だった。
報酬は本日の交通費と学食1週間分+他校の女子のアドレス。
随分なものだった。
それから人通りの多い駅地下を抜け、少し歩くと目的の喫茶店が5人の視界に入る。
外目からみただけで、かなり繁盛している店のようだった。
その店を前に怖気づいたように足を止める4人に対して、気負いも何もない本多が言う。
「はいろっか」
4人はそれに頷き、歩き出した本多の一歩後ろに続く。
手動のドアを押し開けて、店内に入った5人に元気の良い声がかかる。
「いらっしゃいませっ……ってうわぁっ!」
声の主はあいさつの後に、驚きの声を出した。
そして、本多も含めた5人が顔を見合わせて、喜びを伝え合う。
本多も喜んだのは、宿禰がいたことでなく、その格好がとても素晴らしいものだったからだ。
荒川宿禰。本日、ネコ耳仕様である。
ネコ耳宿禰は喜びを分かち合う4人の心情には気付かず、やや赤面した顔で自らの失態を取り繕うように、そのまま本多たちを席に案内した。
そして、席に着いた5人はその場で宿禰に注文をする。
「アイスコーヒー5つ」
これは宿禰がここで働いている事を聞いた大木が、竹に絶品だと勧められたものだった。
宿禰は注文を取ると、それ以降、彼らのテーブルには近づかなかったが、それでもその後に遠目からネコ耳の宿禰の姿が見れた4人は幸せだった。
本多も他のウェイトレスの仮装姿がたくさん見れて幸せだった。
しかし、その後祝杯を上げるようにコーヒーで乾杯した5人が、死にそうな顔をしたのは言うまでもない。
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