黄の章 05
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結局、今日もこんな一日で終わりそうだ。
そんな事を考えながら、大神深翠と山吹蒼香は喫茶店の一席で渋い表情を作っていた。
それはほんの数十分前に遡る。
二人は蒼香の自宅アパートで、特にやることもなくダラダラと休日を過ごしていた。
蒼香はベッドに寝転がりながら音楽系の雑誌を読み、深翠は蒼香のベッドを背もたれににして週刊誌を読んでいる。
ここの最近、正確にはここ2ヶ月ほど、深翠と蒼香は休日になるとこうやって二人でいることが多かった。
大抵は外に出てウィンドウショッピングに興じるのだが、今日はそういう気分にはなれなかったので、二人で蒼香の部屋で過ごすことにしたのである。
何故蒼香の部屋かというと、先週が深翠の部屋だったという理由だった。
つまり2週連続で、二人は休日を無為に過ごしているわけだ。
「……」
「……」
無言で黙々と雑誌に目を通す二人。
その空気はどことなくやさぐれていた。
部屋の中は雑誌のページを捲る、紙の擦れた音が時折響く。
たまに、どちらかの視線が本から移動し、ベッドの上に、あるいは床の上に置かれた自分の携帯をチラリと何かを待つように見る。
しかし携帯は主の期待には応えず、頑なに無音無動を貫き通している。
着信を告げない携帯に対してか、それとも何かを期待している自分に対してなのか、溜息をつく。
呼吸に紛らせるような、失望と呆れの混じった吐息のような、静かな溜息だった。
その溜息が十数回目になった時、動かなかった携帯が振動する。
ばっと勢い良く二人は身を起こす。
蒼香の方を見る深翠と、動き出した携帯を掴んですぐに落胆の表情を作る蒼香。
落胆が張り付いた蒼香の表情を見て、期待を込めていた深翠の視線も沈む。
それを横目で見ながら蒼香が落胆を嫌悪に変えて、通話ボタンを押す。
更にもう一度通話ボタンを押して、ハンディトークに切り替えた。
一人でこの通話相手を相手にしたくなかったからだ。
「もしもし。魔女が何の用?」蒼香がつっけんどんな声で応対を開始した。
「……いきなり随分だな。だがまあ良い。その声で聞きたい事を聞く必要がなくなったからな」ガヤガヤと賑わうBGMとは一線を画した、皮肉な声で黒澤怜は言った。
むっとした表情で、怜に皮肉を言い返そうとした蒼香を制して、深翠が言う。
「聞きたいことってなんですか?」
「何だ? お前も一緒か。なら尚更手間が省けたな」
「質問してるのに意味のわからない返答をしないでくれる? それともそれが魔女の流儀なの? だったら最悪ね。出来れば死んでもらいたいわ」過剰なほどの敵意丸出しで蒼香が言った。
「……大神。その蒼いのをどうにかしてくれないか。非常に気分が悪い」
「それは出来ない相談ですね。そもそも蒼香に電話したのはあなたでしょう」
「む、それもそうだな。だったらさっさと要件を済ませよう」
「そうしてください。気分的には私も蒼香と同じですから」深翠が蒼香を流し見てから、蒼香の携帯を睨んで言った。
「だろうな。私も同じだから良くわかるさ。それでだ、私が聞きたかった事は竹がそこにいるかどうかだったんだが……お前たちの機嫌の悪さからしていないようだな。ふん、表面だけで喧嘩するのも良いがね。そんな事したってあいつは振り向いてくれないぞ? むしろお前たちが遠ざかるのは竹の望むところだろうな。お前らが竹と近付けば、その分だけ危険に巻き込む可能性があるからな」
「そんな事はあなたに言われなくてもわかってるよ。ていうか何? 説教がしたくって電話をかけてきたの? そういうのなんて言うか知ってる?」蒼香が怜を挑発するように言った。
怜はそれを聞いて軽く鼻を鳴らしてから言う。
「年寄りの冷や水とでも言いたいのか? ふん、だったら生憎、私はまだ二十代だ。そういう挑発は年齢を気にしている奴に使え」
「そう。勉強になった。さすがに年の功だね」
蒼香と怜が売り言葉に買い言葉で応酬していると深翠が口を挟んだ。
「蒼香。いい加減話を進めましょう。黒澤、それであなたの要件は結局何だったんですか? まさか本当に説教をする為に電話をしてきたんですか?」
「いや、そっちは要件の前の確認作業だ。それと確認ついでにお前たち二人が竹と喧嘩している原因は、騎士団の王女との婚約の話で合っているか?」
「……そうですが何か?」
「そうか。だったらさっさと仲直りしておいた方が良いぞ?」
「……どうしてよ?」蒼香が聞くことすら不服そうな声で言った。
すると怜は二人が驚くような忠告をしてきた。
「決まっているだろう。竹が他の女に取られる前にどうにかしておけっていう話だよ。お前らが恋しているのは天倉竹だぞ? 放っておいたらその分だけ距離は離れて、ライバルが現れる」
蒼香は深翠とその思いもよらない忠告に顔を見合わせた後、静かに言う。
「……ねえ、それって余裕?」
「……違うな。余裕があったらお前たちに忠告などするものか」怜は皮肉な声で言った。
「では、余裕がないんですか? 何故?」
「決まっているだろう。私も竹とは暫く会っていない。その間に別の女に取られる心配があるからな。だったらお前たち二人が同時に取り合っていれば、少なくとも現状維持は出来るだろう。そういう計算の上での忠告だ」
「……さすが年の功ですね」深翠が呆れたような声で言った。
「いいや、違うな。私は魔女だ」ふふん、と得意げな声で怜が返す。
「……最悪ね。やっぱりあなたが一番の敵だわ。倒し方を考えておかないと」蒼香が苦々しく言う。
「ふん、そうしておくと良い。まあ最後に笑うのは私だがな。ああ、そうだ。もう一つ、考え事をするなら良い事を教えてやる」
「何ですか?」
「クソ不味いコーヒーを飲むと良い。頭がスッキリするぞ。今の考えもそれで思い浮かんだ。本来考えていたこととは違う答えだったがな」
「……忠告もらっておくわ。良い店も知ってるし」
「む、そうなのか。それは縦濱にある店か?」怜が聞く。
「そうだけど?」
「そうか。だったら早い方が良い。さっき聞いた話じゃ、この店で不味いコーヒーが飲めるのは最後らしいからな」
「え? そうなんですか?」深翠が驚いたように聞いた。
「そうらしいな。ああ、お前たちが来る頃には私は退散しておくから安心すると良い。それじゃあな」魔女はそう言って電話を切った。
深翠は電話が切れると、蒼香を見た。
蒼香は俯きながら、携帯を睨んでいた。
蒼香の思い出のコーヒー。
それがなくなるという。
深翠は何も言わず、蒼香を心配そうに見ていた。
暫しの無言の後、蒼香が漸く口を開いた。
「やっぱり、あの女は最悪だわ」渇いたような笑みで蒼香は言った。
「ですね。それじゃあ考え事をしに出掛けましょう」深翠は立ち上がって、蒼香に手を差し伸べる。
蒼香は「そうだね」と言ってその手を取る。
そして、「魔女の倒し方と仲直りの仕方を考えに行こっか」と力強く頷いた。
結局、今日もこんな一日で終わりそうだ。
だけど明日からは少し違うだろう。
そんな事を考えながら、大神深翠と山吹蒼香は喫茶店の一席で渋い表情を作っていた。
テーブルの上にはコーヒーが二つ。
相変わらず、不味いコーヒーだったが、なんとなく懐かしい味がした。
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