黄の章 04
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竹、松田、佐藤の三人が竹の自宅マンションで昼から酒盛りを開始して、早一時間。
まだまだ序盤ということもあり、空瓶は1本だけである。
「あ、そうだ。あとでおいちゃん来るから」顔が少し赤くなりはじめた松田が言った。
松田は酒を飲むとすぐ顔に出るが、酒には強いので余裕の表情である。
十三夜における、ざるその1。
「夕方だっけ?」佐藤がコップに注がれた琥珀色の液体をゴクゴク飲みながら、松田に確認するように言った。
十三夜における、ざるその2。
「そうなの? じゃあおいちゃん来るまで残しておかないとじゃん」普段と同じ顔色の竹が言った。
竹は顔には出ないが、二人ほど強くない。といっても普通に飲めるので、まだピッチをあげていない二人と同じペースで飲んでいた。
「普通に残るでしょ。これだけあれば。それとも竹が飲むの?」松田が含み笑いをして聞く。
「いや、それはやめとく。もうあの地獄はみたくない」竹が何かを思い出して、表情を歪ませる。
「竹、あの時はマジで死んでたから」佐藤が笑顔で言った。
「完璧死体だったからねー」
「あの時はマジただの死体と化したから。悪夢ですよ悪夢。もう酒はほどほどにします」竹が自虐な笑みをこぼして言った。
それを笑いながら聞いていた佐藤が、「おいちゃんで思い出したんだけどさ、竹この前おいちゃんと一緒に騎士団と戦ったんだっけ?」
佐藤の発言に竹が一瞬、表情を凍り付かせる。
「ん、まあ、そんなこともあったね。2ヶ月くらい前の話だけど」
「それでどうなったの?」
「いや、丸く収まったよ。一応」歯切れ悪く竹が答えた。
「?」
何故歯切れが悪いのか、意味がわからない佐藤に事情を全て聞いている松田が付け加えるように言う。
その表情は厭らしくニヤけている。
「いやいや、ケンジさーん。聞いて聞いてー。この人、また女子をゲットしてきたんだよねー」
「……おいそれ、ちょっとどういうことだぁ?」佐藤が竹を松田と同じ表情で見ながら言った。
竹はその視線をわかりやすく無視して、コップの酒を飲む。
竹に説明する意思がない事がわかった佐藤は、松田に疑問の視線を向ける。
松田は楽しそうな表情をしながら、佐藤に9月頭に起こった話の内容を若干の誇張を含めつつ説明しはじめた。
竹は松田に話すんじゃなかった、と少し後悔しながら、流れていたテレビのニュース番組を眺める。
自分の恥ずかしい話ほど、会話に入りたくないものはない。
「ねえ、吸血鬼現るだってさ。どうよこのニュース」竹が二人に話を振る。
「「いや、そういうのは良いから」」
竹の話を逸らそうという試みは、速攻で却下された。
「……ハモんな」竹は軽く突っ込んで、コップに残っていた酒をぐいっと飲み干す。
そして諦めたように溜息をついて、二人の話が終わるまでテレビの画面を追いかけることにした。
それでも所々、松田の話が大きくなりすぎていると、「それは違う」と口を出して間違いを正す。
少しすると、松田と佐藤の話が終わったので、竹がテレビから二人に体を向ける。
そして、三人のコップが空であることに気付いて、飲みかけの2本目の酒をそれぞれのコップに三等分して注いだ。2本目の酒が空になる。
話の一部始終を把握した佐藤は、その竹の行動を目で追いながら一瞬考えたような素振りを見せた後、「馬鹿やろうっ」とビートたけしの物真似をしながら、横にいた松田の頭を小突いた。
「ええー、俺?!」松田が笑いながら抗議の声を上げる。
「えへへ、いや竹が遠かった。あ、ありがと」佐藤が悪びれもせず言って、竹に渡された自分のコップを受け取る。
「あやまって」松田が竹からコップを受け取りながら、佐藤に少し真顔を作って怒ったように言う。
その松田の態度に、すぐに佐藤が甘えたような声で、
「ごめんまっつんー。ゆるしてぇ」と言った。
すると松田の顔が一瞬で緩み、
「うん。じゃあ許すー」とこれまた甘えた声で返した。
竹は笑顔でその様子を見ていた。
さすがに良い酒は酔いも早いらしい。
そもそも松田は全く怒っていなかったのだが、あそこでこういうやり取りに持っていくということは、酔い始めている証拠だ。
竹は楽しそうな表情で、酒を飲むために口に近づけたコップを傾けた。
「やべっ!」
傾けたコップから、透明の液体が少しだけこぼれて寝巻きにかかる。
「あーあー、竹ぇー」佐藤が何やってんの、とティッシュを竹に渡す。
「いや、遠近感が……」竹はティッシュでこぼれた酒を拭きながら言った。
「完璧酔ってるっしょ?」松田が楽しそうに言う。
「酔ってません。まだ酔ってません」竹がティッシュをゴミ箱に投げながら否定する。
「ふうん。まあ竹がそういうなら良いけどね……もっと飲む?」松田が新たな酒瓶を開ける仕草をしながら竹に聞く。
「……とりあえず遠慮」
竹が酔っている事を遠まわしに肯定するように言って、佐藤と松田が笑う。
「ってかさ、さすがに3人、まあおいちゃんが来たとしても、4人でこの量はきつくないか? もう言っちゃうとオレはちびちびしか飲めないけど」竹は酔っている事を完全に白状して言った。一度ネタにしたので、満足したのだろう。
「うん。確かに多い」佐藤が残りの酒瓶を見ながら頷く。
「でしょ。じゃあどうする? 誰か呼ぶ?」
「呼ぶって誰? 女?」松田が聞いた。
「女にするなら松が呼んでよ」
「ええー? 竹はいつもそうだよ。今日くらいは竹が呼んでよ」松田が面倒そうに竹に返す。
「オレ? 呼ぶって誰をよ? ってか松の方が女の子の知り合い多いでしょ」
「まあ、昨日も頑張ってきたから腰痛えけど。でも俺の知り合いって、普通の子ばっかだよ? それで良いの?」
「あー、そうか。普通の子が来たら、そういう会話が出来ないか」竹が残念そうに言った。
「でしょでしょ。せっかく今日は一日あるんだから、そういう話もしたいじゃん」
そういう会話、というのは日常とは一線を画した、非日常の世界の会話である。
「あっ、そしたらさ、怜さん呼ばない?」松田が名案だというように竹に提案した。
その提案に竹が眉を寄せて答える。
「怜さん? ああ、それは無理だわ」
「何で?」佐藤が竹に聞く。
「何か最近忙しいらしい。詳しいことは知らんけど」竹が肩を竦める。
「そっかー。じゃあさ、あのー、夏に海行った時ついてきた二人は?」佐藤がタバコに火を点けながら言った。
「あー、それはもっと無理なんですよケンジさん。あ、一本貰ってよい?」松田が苦笑いでしながら佐藤に言った。
「ん、良いよ」佐藤が松田にタバコを渡して、「何で何で?」と聞く。
「えっと、竹が説明して」松田がメンソールのタバコを咥えて、竹の顔色を伺いながら言った。
「オレ?」竹は灰皿を松田と佐藤の方へ近付ける。
「うん。その方が良いでしょ」
「……それもそうか。じゃあ簡単に言うけど、今軽く喧嘩中なんだよね」
「竹とあの二人が?」
竹は自分のタバコに火を点けながら頷く。
「まあ原因はさっき松が話した内容で」
「ああ! プロポーズどうのこうのって話だ?」佐藤が合点が言った風に、少し大きめの声で言った。
「その話。それでずっと怒ってんのよ、あの二人は」やや素っ気無い口調で、竹が佐藤に言った。
「へえ、じゃあその二人は無理だ?」
「だと思うね」竹が溜息をつく。
その溜息で竹のテンションが落ち始めているのに気付いた佐藤が、
「そりゃあ、大変だっ! 緊急事態、緊急事態っ!!」と語尾に音符でもついていそうな、明るめの口調で言った。
それに松田も乗っかって明るい声で言う。
「KJ。竹は今ピンチ。竹は今ピンチなの。You know?」
「OK、OK。でもさ、てことは今あの二人はフリーなんでしょ?」佐藤が視線で松田に何かを伝える。
松田はその真意にすぐに気付く。
「やっちゃう?」
「やっちゃうか?」
二人は同時にエロそうな表情をする。松田にいたっては腰をカクカク動かして、「痛え、まだ腰痛え」と自業自得っぽい生々しい行動を取っている。一緒に乗っかった佐藤だったが、松田のあまりの生々しさに若干引き気味だった。
そして、ひとしきりシミュレーションをした松田が「どうですか竹さん?」と冗談交じりに竹に許可を求めるように聞く。
竹は呆れたような表情で、「好きにしたら?」と言い、「でも噛み切られる覚悟はしときなよ」と笑いながら付け加えた。
佐藤と松田は、その竹の表情に竹のテンションが元に戻ったことがわかり、
「じゃあやめとくー」
「おーれもっ」とさっぱりとした声で言った。
竹は二人が気を使ってくれた事に気付いて、少しだけ心の中で感謝してからすぐ忘れた。
こんなところで多大に感謝するのも、口に出して言うのも気持ち悪いし、そんなガチガチした関係ではないからそれがベストなのだ。
竹がそんな風に考えた時、テーブルに置かれた竹の携帯が着信を告げた。
そして、携帯を手に取った竹の顔が渋いものになる。
「誰?」松田が聞く。
「……」竹は渋い顔をしたまま答えない。
「出ないの?」今度は佐藤が聞く。
「……出ます」竹はそう呟いて携帯の通話ボタンを押した。
「あい、もしもし」
「出るの遅かったわね」
挨拶も無く、王女様は王女様らしく、アレクサンドラ・ワーナーは傍若無人な台詞から会話を開始した。
「まあ良いけどね。それで今平気? ちょっと話したいことがあるんだけど」
「……要件次第かな。ただの世間話なら、悪いけどまた今度にしてくれ」
アレクサンドラは、竹と番号を交換してから週2〜3回の割合で電話しきていた。
その大半が世間話である。
「何そのつれない言い方。……まさか浮気しているとか?」アレクサンドラの声が低くなる
「ちげえよ。今、友達が来てるから」竹は電話の相手が誰だか気付いて、興味津々っぽく自分を見てくる二人の視線から逃げるように、キッチンに向かう。
「友達って……女?」
「違うから。ってか何その勘繰り方。今来てるのは、うちのメンバーだよ」竹は溜息をつく。
「少しからかっただけじゃない。怒らないでよ。そっか、十三夜の人か」アレクサンドラが安心したような声で言う。
「そう。今いるのは松とケンジ」
「ああ、マツダは前に会ったわね。もう一人は会ったことはないけど、エドワードとかから話だけ聞いてるわ。ていうかタケ君、お酒飲んでない? 声が微妙にいつもと違うけど」アレクサンドラは、竹の呼び方を苗字から名前に変えていた。ただ、呼び捨てはまだ恥ずかしいので、君を付けているらしい。
「飲んでるけど?」竹は何か問題でも、という感じで聞き返す。
「問題あるでしょう。あなたたちはまだ未成年なんだから」アレクサンドラは、誰もが突っ込もうとすらしなかった至極真っ当な事を、溜息をつきながら言った。
さすがに秩序を守る騎士団の王女である。
しかし竹はそんな説教を軽く受け流し、
「そんな事言う為に電話してきたのか? だったらもう切るけど?」と言って、耳に当てていた携帯を離した。
「あっ、ちょっ、ちょっと待って! ねえっ!? 違うの、話は別にあるの!」竹の声が遠くなったので、アレクサンドラが焦った声でそれをとめた。
「……待ったけど?」焦ったアレクサンドラが面白くて、竹は顔だけ綻ばせて言った。
しかし、口調は相変わらず冷たい。
やはりこの男、真性のSである。
「未来の妻の電話を切るなんて信じられない」アレクサンドラが微妙に憤慨した声で言った。
竹はそれをスルーして、
「それで何の話さ?」と話の先を促した。
アレクサンドラは一度仕切りなおすように、コホンと小さく咳をついてから、
「今日は解決士に仕事を依頼したいの」と言った。
「依頼? どんな?」
騎士団の王女からの依頼。
竹はどんな難題を言われるのか、気を引き締める。
「それはこれから説明するわ。よく聞いてね?」
アレクサンドラはそう念を押すように言ってから、解決士への依頼内容を話し始めた。
アレクサンドラからの依頼内容を聞き終えた、竹の第一声は「ふうん」という気の抜けたものだった。
何故ならその内容が、実に拍子抜けするものだったからである。
最近、この辺り一帯の若者の間で流行っているドラッグ。
『D&』と呼ばれている薬らしいが、そのドラッグの流通を解決して欲しいというものだった。
「ふうん。じゃあオレはそこのバイヤーを潰せば良いの?」
「まあそういう事ね。本来なら私に引き渡して欲しいんだけど、今は手が足りないから処理はそちらに任せるわ」アレクサンドラは疲れたような声で言った。
たかがドラッグの流通元を潰す程度の仕事で、竹に依頼してくるのだから本当に人手が足りていないのだろう。
「……大丈夫か? 何か疲れてるみたいだけど」
「あら、心配してくれるの? ありがとう。さすが未来の旦那様ね」
「……」竹は否定した気持ちで一杯になったが、否定できない理由があったので何も言わなかった。それとここ2ヶ月でいちいち否定するのも面倒になっていた。
「まあ今のところ大丈夫よ。本当にピンチになったらよろしくね」
竹はピンチなのはこっちですよ、と言いたかったがこれも言ずに事務的な口調で、
「ああ、そう。じゃあ切るよ。とりあえず今回の仕事が終わったら連絡するから」と伝えた。
「ええ、それじゃあ期待してるわ。ア・ナ・タ」語尾にハートでもついていそうな声で、アレクサンドラは言って通話が切れた。
「……」竹は大仰に肩を落としてから、リビングに戻った。
リビングに戻ると、いつの間にか3本目のビンが口を開けていた。
このメンバーに、それが駄目な事だという意識は皆無である。
ソファに座りなおした竹は、若干ニヤニヤしている二人に特に答えは期待せずに質問してみた。
「最近『D&』って薬が出回ってるらしいんだけど、聞いた事ある? ちなみにオレはさっき初めて聞いた」
「奥さんから聞いたの?」松田が楽しそうに言った。
「奥さんって言うな」竹が苦々しくいって、タバコの火をつける。お酒は少し休憩である。
「『D&』? 俺も聞いた事ない。つーか結構、紙一重の名前じゃね?」佐藤がコップを傾けて言う。
「まあ確かに。紙一重っちゃ紙一重だわな。それで松は知ってる?」竹が紫煙を吐き出す。
「知らなーい。最近あっち方面の人に会ってないし」松田は首を横に振った。
松田の言うあっち方面の人とは、ヤの付く職業の方たちのことである。
「そうなんだ?」
「うん。だってあの人たち恐えもん」
「雰囲気が恐いよな」
竹が頷き、恐い恐い、と佐藤が呪文のように呟く。
いくら竹たちが強くとも、そっちの人たちは持っている雰囲気が恐いのである。
「てかそれってどんな薬なの?」松田が竹に問う。
「さあ? 面倒だったから何も聞いてないわ。でも名前だけだと、ケミカルっぽい感じじゃない?」
「ケミカルかー。じゃあ全然わからないわ。ケミカルは恐いからねー」
「うん。まあナチュラルと違って、ケミカルは体に悪いしな」
竹が頷き、悪い悪い、と佐藤が軽い口調で同意する。
「それでそれが奥さん……じゃなくてサンドラちゃんからの電話だったの?」そう言って、松田がくいっと酒を飲み干した。
「まあそんな感じ」
「そっかそっか。手伝った方が良いの?」
「どうかな。今のトコ必要なさそうだけど、まあ必要になったら頼むわ。ケンジもよろしく」
「りょーかい」
「はいよー」
「せんきゅー」
二人の承諾を取り付けた竹は気楽そうにそう言って、少し煙たくなった部屋を換気しようと立ち上がって、カーテンと窓を開けた。
そしてソファに再び座りなおした時に、突然あることを思い出して声を上げる。
「あっ!」
「どーした、どーした?」佐藤が酒を三人のコップに注ぎながら聞いた。
三人はコップに補充された酒を、それぞれ一口飲む。
竹は五分の四、佐藤は四分の三、松田は半分がそれぞれのコップに残った。
竹は松田の一口の量はやっぱり多いな、と考えながら思い出した事を口にした。
「そういえばさ、かなり前に松と作った人形あったじゃん? 松も結構気に入ってた奴。あれ、この前の騎士団との戦いで壊れちゃったよ」
正しくは自分で壊したのだが、竹は事実をやや捻じ曲げて松田に言った。
言われた松田は残った半分の酒を飲み干してから、
「まあ言っちゃうと……どーでも良い」とかなり赤くなった顔で言った。
「あっそ。なら良いけど」松田の軽い答えに竹が口元だけ緩める。
そしてその人形の事をよく知らない佐藤が、
「話に入れないー」と抗議の声を上げたので、その話題も含め、竹は2ヶ月前の話は終わりにする事にした。
竹の対面のソファでは、松田が佐藤に「ケンジ、ごめんねー。もうこの話はお仕舞だから」とその旨を伝えていた。
結局、誰を呼ぶのか全く決まらずに、その話題が再び持ち上がるのは1時間後のことである。
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