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破綻少女 黄の章
作:弐乃菜子



黄の章 03


               *

荒川宿禰(あらかわすくね)は頭にヘンテコなカチューシャをつけていた。
 どんな風にヘンテコかというと、実用性の全く無いフェルトで作られた黒い三角形が二つ、カチューシャのカーブに沿って左右対称に取り付けられた一品。
簡単にいえばネコ耳である。
更にご丁寧にネコを強調するように、宿禰のユニフォームのスカートには尻尾まで取り付けられている。
彼女はその格好でアルバイトの真っ最中だった。
とはいえ別に彼女にそういう趣味があるわけではない。
今日は10月31日、ハロウィン。
起源がなんであるかなど気にせず、イベントと商売を結びつけるお国柄なだけあって、宿禰の働く喫茶店もその例に漏れず、ハロウィンのキャンペーンの一環として、このような仮装をしているのである。
他のウェイトレスも皆、業務に支障をきたさない程度で何らかの仮装をしている。
それも今日で終わり。
その為だからなのか、それともたまたまなのか、今日は普段の日曜よりも更に客入りが激しかった。
既に席は満席。
目の回る忙しさに宿禰は少しだけ憂鬱になる。
本来、今日は彼女は4時入りのはずだった。
だが同僚の仲の良い子から、どうしても代わって欲しいと頼み込まれてしまい、断りきれずに1時から出勤したのである。
代わってあげた子の理由は初デート。
さすがに人の良い宿禰でも、文句の一つも言ってやりたくなる理由だった。
「……はあ」下げた食器をキッチンに運びながら小さく溜息を付く。
 そして食器をキッチンに戻すと、店長から「暫くレジ打ちの方行ってもらえるー?」と頼まれる。
「あ、はーい。わかりました」それにすぐに応えて、出入り口近くにあるレジへと向かう。
 レジには本来1時で上がりだった子が人手が足らずに残っていた。
「えっと、それじゃあ代わりますね」
 漸く解放してくれる人間が現れた事で、レジ打ちだった子の顔に安堵が浮かぶ。
「ああ、荒川さん。ごめんねー。それじゃあお疲れー」
「はい。お疲れ様です」
 レジを交代するとすぐに新しいお客がやってくる。
 その客に満席である旨を告げる。
「あ、すみません。只今満席となっておりますので、暫くお待ちいただけますか?」
「む、そうか。じゃあ空くまで待ちます。……ん、君は確か竹のクラスメイトの子だったかしら」
 そう女性客に言われてから漸く、宿禰はそれが誰だか気が付く。
ピンと伸びた背筋にパリッとしたジャケットスタイル、高級そうなバッグを持った女性は以前、天倉竹と一緒にこの店にきていた人だ。
「あ、こんにちはです。……えっと、確か黒澤さんでしたよね?」宿禰が記憶から、その女性の名前を呼び起こす。
「うん。正解。あなたは荒川宿禰ちゃんだったわね」
凛としながらも女性らしい声で、黒澤(くろさわ)(れい)は言った。
 宿禰はその年上の麗人の発言に緊張したように頷きながら、申し訳なさそうに言う。
「ええっと、ごめんなさい。今日はなんだか凄い混んでて。ちょっといつ空くかわからないんです」
「そうみたいね。じゃあ空くまで少し、お話相手になってくれるかな?」怜は完全に外用の仮面を被って言う。
「あ、はいっ。でも本当にすみません」
「いえいえ、気にしないで。それ、可愛いわね」怜が宿禰のネコ耳を見ながら、ニコリと優しく微笑む。
「っありがとうございますっ!」宿禰は頬を赤らめながら、恐縮したように全力でお辞儀をする。
 宿禰がここまで怜に対して恐縮するのは、客と店員という関係だからだけではない。
猫を被っていても怜には相手を圧迫する空気があり、宿禰は必要以上に相手に気圧されるタイプの人間だった。
相性が噛み合いすぎていた。
怜はそこに気付いて苦笑いしながら言った。
「でも何でそんな格好しているの? 前来たときはなかったわよね? 店の方針でも変わったとか?」
「あ、いえっ。これは今日までなんですよ。ハロウィンなんで」宿禰は手を突き出して、フルフルと振りながら言った。
誰にも見る事は出来なかったが、宿禰の手の振りに合わせて尻尾も震えていた。
「ああ、そういえば今日はハロウィンだったわね」怜が納得したように頷いた。
「そうなんですよー」と、宿禰が言うと退店する客が、宿禰と話し込む怜の後ろに立った。
 怜はその客にレジの前を空けるようにスライドする。
 その客が宿禰に伝票を渡し、宿禰がレジの計算をしている最中、怜はその客を観察した。
RPGにでも出てきそうな、コートなんだかマントなんだかわからない服装をした少年で、年齢はレジを打つ宿禰と同じくらい。
そして断食でもしてるのではないかというほど、酷く顔色の悪い、痩せこけたガリガリの人物だった。
しかし、その人物は断食などしていないらしいことがすぐにわかる。
レジの会計画面に表示された金額は、14880円。
怜が目を丸くする。
やや高めの値段設定がされている喫茶店とはいえ、その少年は、たった一人でそれだけの量の品物を頼んだのだ。
宿禰も平静を装おうとしているが、やや挙動不審である。
 だがまさか、頼んだもの全部平らげたわけではないだろう。
怜の知っている人物で、一人だけそんな事が出来るのがいるが、怜はその人物だけでお腹一杯なのだ。
 会計が終わったら宿禰に話を振ってみよう、と怜が考えているとその人物の会計が終わる。
 ありがとうございました、と宿禰が頭を下げ、その人物が立ち去ると、宿禰は怜の方を向いて言う。
「席が一つ空きましたから、片付けが終わるまで待っててください。喫煙席だけど平気ですか?」
「ええ、そっちの方が良いわ。ありがとう。……さっきの男の子なんだけど、なんであんなに金額いっていたのかわかる?」
「あ、さっきのお客さんですか? 私は初めて見ましたけど、ここ最近きているみたいなんですよっ! スタッフ同士で噂になってますから。うちの客には大食いキングが二人いる、って感じで。一人はさっきの人で、いつも昼間に来るんです。もう一人は太った人で、今やってるチャレンジメニューを毎回食べに来るんですよう」宿禰は丁寧に説明する。
先ほど宿禰が挙動不審になったのは、驚きよりも噂の人物を見たからだったらしい。
「……じゃあ、まさかさっきの子は、あの金額分頼んで全部平らげているの?」
 怜は、もう一人の太った人の方になんとなく心当たりがあったが、なんとなくスルーして話を進めた。
「えっと、そうみたいです。あ、でもコーヒーだけは毎回頼んで、毎回残しているみたいですけど」
「……ああ」怜が心底納得したように頷き、「残すなら頼まなければ良いのにね」と宿禰に同意を求めるように言った。
「そうですよねー」宿禰はバツが悪そうに頷いて、「あっ! でもでもっ、明日からはそんな事も起きないと思いますよ!」と力強く言った。
「どうして?」怜は、コロコロと表情が変わる宿禰を楽しそうに見ながら聞く。
「実は、明日からコーヒーも業者から豆を仕入れて、ちゃんと作るようになるんですっ!!」
「へえ、じゃあ今日であのコーヒーとはお別れなわけ?」
「そうなんですっ。……あれ? もしかしてあのコーヒーお好きでしたか?」
 怜の発言を、名残惜しさから来るものだと勘違いした宿禰が聞く。
「まさか。働いている宿禰ちゃんには悪いけど、あれは飲み物じゃないわね。でも今日はそのコーヒーを飲みに来たの」怜は軽くはにかんで両眉をあげる。
「どういうことですか?」宿禰がわけがわからなそうに首を傾げる。
「ちょっと今、調べ物で煮詰まっちゃってね。だから頭に渇を入れてやろうと思って」怜が口元を吊り上げて言った。
「あっ、そういうことですかっ! 確かにあれは目が覚めますからねっ!! ああ、調べ物をしているから今日は眼鏡なんですねっ?! 最初それで誰だかわからなかったんですよう!!」話していくうちに緊張が解けてきたのだろう、宿禰は爛漫な笑顔で言った。
「まあ、そんな感じかしら」怜が銀縁の眼鏡の位置を直しながら頷いた。
「そんな感じですかー。あ、片付け終わったみたいですね」
 別のウェイトレスが怜を席に案内する為に、レジまでやってきたのを見て宿禰が言った。
「そうみたいね。じゃあ話相手になってくれてありがとうね」怜は優雅に微笑んだ。
「いいえー、こちらこそっ!」
怜は宿禰の会釈を受けてから、レジから離れようとしたのだが、宿禰がまだ何か言いたそうにしていたので、「何?」と優しく問いかけた。
「……あっ、あのぉ、お願いがあるんですけど良いですかっ?」宿禰が決意を込めたような、純粋で全ての真実を見通すような視線を怜に向けて言った。
 怜は表情だけで了承する。
「……えっと、出来たらで良いんですけどっ。今度から、普通に話してもらって全然構わないですっ! そういう風に話すのなんだか大変そうなんでっ!!」
「――――」
 怜は宿禰のまさかの発言に一瞬表情を崩しそうになったが、なんとか踏みとどまった。
 そして、叱られた子犬のように脅える宿禰を初めて真っ直ぐに見つめて、
「考えておこう」といつもの皮肉な口調で言った。
 怜は、喜びでぱぁっと表情を崩す宿禰をつまらなそうに流し見てから、別のウェイトレスの案内を受ける。
 案内される怜のその口元は、驚きと楽しさを隠しきれないでいた。
 怜は席について、そのままウェイトレスにコーヒーを注文し、流れるような仕草でタバコを咥えて、苦笑い混じりに小さく呟く。
「……とんだ伏兵の登場かな」
 間もなく出された黒い液体を、怜は口に含んだ。

 相も変わらず最悪の味。
 だがこれが最後の味だと思えば気分も違う。
 味覚が壊れるくらい、味わって飲むことにしよう。
 私の仮面も、一人の少女の前で壊されたことだし。
怜は、バッグの中から一冊の古ぼけた黒い本を取り出して、不味いコーヒーを啜りながら眺め始めた。


お読み頂きありがとうございます。
今章はこんな感じで進んでいきます。
スタートダッシュはここで息切れですが、なるべく早めに更新していきたいと思っております。











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