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破綻少女 黄の章
作:弐乃菜子



黄の章 16


           8

 時刻は8時を回り、パーティー中の十三夜メンバーも酔いが回っていた。
 そんなパーティー会場に、がちゃり、とインターホンも押さず入ってくる侵入者が一人。
 古巣だった。
 彼はその両手にコンビニの袋を抱えていた。
 彼は別に無断で入ってきたわけではなく、他のメンバーと同じく竹に電話して到着を告げ、一度竹の自宅入ったのだが、その後すぐに食料の買出しへと外へ出て、再び戻ってきたのだ。
 ちょっとした外出の度に、いちいち到着を告げるような面倒な真似は、十三夜のメンバーは基本的にしない。
 古巣は右手に2リットルのペットボトル4本、左手に食料と何人かから頼まれたタバコが入ったコンビニ袋に下げて、リビングへと入っていく。
 テーブルを中心に形成された輪の中に、先ほど彼が来たときはいなかった遠藤の姿が見えた。
これで12人。
十三夜、全員集合である。
 リビングの隅で、先ほどまでダメージによって、意識を失っていた大木と石渡の二人は、今は酔いによってダウンしている。
 二人はあの後、古巣が到着したあたりで目を覚ましたのだが、古巣が外出したのと入れ替わりになる形で遠藤が到着し、その勢いで全員にぐるりと一周、一気コールが入った為である。
 飲んだ量、いや飲まされた量はそれぞれバラバラだったが、石渡は脳に、大木はボディにダメージが残っていたので、一気後にダウンしてしまったのだった。
 そんな二人を見て、古巣は小馬鹿にしたように鼻を膨らませた。体型が体型なだけにその様はある種の動物を連想させる。
 古巣はコンビニの袋をテーブルの上に乗せると、まずその片方から自分の分に買っておいたとんかつ弁当とオム焼きそば、おにぎり3個にサンドイッチ2つ、更にフライドチキン2個を取り出した。
 とりあえず、それが古巣の今夜の夕食だった。
 夕方にあれだけ食べておいてまだ食べるのかよ、と突っ込みたいところだが、古巣がデカ盛りナポリタンを食べてからここに来た事は誰も知らなかったし、古巣がそのくらいの量を食べる事は周知の事実だったので、誰も何も言わなかった。
 ちなみに古巣は縦濱の喫茶店からこちらに来る前に、駅の立ち食い蕎麦を食べてきている。
 太るのも当然の喰いっぷりだった。
 古巣が夕飯を食べ始めると、舘花は「うわー。謙太、超食ってるよ」と古巣の食べっぷりに感心したつつも若干引いているような声で言った。
「完璧ブタじゃん」舘花の声に続いて、松田がディスりに入る。
「はっ」ディスられて、古巣が半笑いで鼻を鳴らす。
「まあケンタはデブだからな。てかお前も予備軍だろ」竹がやや太めの松田の腹を見ながら言った。
 しかし松田はそれを否定するように、
「いやいや、これはインナーマッスルだから。触ってみ?」と服を脱いで上半身裸になり、自分の腹に力を入れながら言った。
 その出された腹を、佐藤がぷよぷよ触りながら「汚ねー」と言って笑う。
 松田の言う、インナーマッスルに対する感想は何もなかった。
 その様子を甲斐は黙って、じぃっとみていた。
 松田と甲斐の目が合う。
「カイカイ、完璧殺し屋。殺し屋の目じゃん」
 松田が甲斐の微動だにしない目を見て、ビビったようにぼそっと言った。
その声は誰にも聞こえなかった。
 甲斐と松田。
 二人の仲は別に悪いわけではなく、いたって普通ではあるが、二人の絡みはあまりない。
 12人もいれば、そういう関係の者たちが出てくるのは当然だろう。
 なので誰とも満遍なく絡める竹は例外といってよい。
 そんな竹だからこそ、十三夜なんて例外を作ることが出来たわけだが。
「そういえばよー」片手にコップを持った遠藤が口を開いた。
 全員の目が遠藤に集まる。
「今日、バイトで縦濱の喫茶店に納品にいったんだけどさー」
「バイトって、マメ何してんの?」飯泉が聞いた。
「うえ? コーヒー豆とかを卸す専門店みたいなとこだよ。『豆』って店」
「お前、それどんだけ豆が好きなんだよ」この場にいる誰もが思った事を、竹が代弁するように言った。
 遠藤であだ名がマメで、バイト先がコーヒー豆を扱う『豆』。
 本当にどんだけだった。
「いやいや、まあまあそれはいいじゃないの」遠藤が、まあまあ話を聞いてくれ、という手振りをする。
「OK」
「それで?」
 竹が頷いて、松田が続きを促す。
「おー。それでコーヒー豆の受け取りに女の人が対応してくれたわけよ」
「可愛かった?」
「あー、俺の可愛いはあんまり役立たないからノーコメント。でもネコ耳はついてた」
 ネコ耳の部分に全員が何らかの反応を見せた。
「ちょーっ、コスプレ喫茶かよーー!」脇がややディープな発言をする。
「萌えっ、萌えなんだけどそれ! ねぇ、竹?!」松田は興奮したように言った。
見た目厳ついB-boyは、酔っ払いすぎてキャラが変わっていた。
 松田に振られた竹も、「ネコ耳は萌えですよ」と大真面目な顔で頷いていた。
「やべー。ネコ耳やべー」と佐藤は何やら幸せそうに言った。
 駄目な連中だった。
 ちなみに本多は『縦濱』、『喫茶店』、『ネコ耳』というキーワードを上げられても、自分が今日行ってきた場所だという事に気がついていない。
 脇が『コスプレ喫茶』と最初に言ったので、完全にそっち系の店だと思い込んでいるようだった。
「それでそれで?」
次が話しのピークだろうと察知した舘花が、盛り上げるように更に続きを促した。
「その子がさー、とりあえずその豆を事務所に置いておくって言うから、俺を人のいない事務所に連れて行ったんだよ。いやー、誘われたかと思ったねー。尻に付いてた尻尾は揺れるし」
 遠藤の発言にしーん、と一瞬で静まるパーティー会場。
 皆ドン引きだった。
 そしてその直後、全員の口が一斉に開く。
「はあ? こいつ何言ってんの?」
「マメを誘う奴なんていないから!」
と松田と佐藤が言った。
続いて、舘花、古巣、竹が言う。
「帰れ、お前帰れ!」
「かえれ、かえれー」
「てか死ね! お前もう死ね!」
「逮捕っ、逮捕する!」本多は遠藤の手首を抑えて言った。
「こいつ馬鹿だわー」飯泉の顔は引きつっている。
「マメそれはないわー」
「ないね」
 脇が言って、甲斐が締めるように言った。
 非難轟々。
 しかし、全員に集中砲火されても遠藤は動じていないようだった。
 あまつさえ、
「まあまあ良いじゃん。実際何もやらないんだからー。平気平気」とのんびりとした口調で言った。
「当たり前だろ! てか開き直ってんじゃねえよ!!」
「帰れ、お前帰れ!」
「むしろ死ね!」
 竹と舘花のコンビディス。
「えー? そっかー? だってそう思うだろ、ふつー」
 なんかもう、人として最悪だった。
「思わねえよ! アホかお前は!」
「最低だー。最低だわ、マメー」
 今度は竹と脇のコンビディス。
 ディスりに関しては、毎回関わる竹だった。
「えー」
 遠藤が不満げに息を漏らす。
「……ねえねえ、マメ」舘花が遠藤を見て言う。
「頼むから死んで」顔こそ笑っているものの、今までの皆のディスとは一線を画す、どう聞いても冗談に聞こえない声色だった。
 それを聞いて、松田が諌めるように言う。
「いやいや、おいちゃん。ちょっとそれはディスりすぎだから」
 そのやり取りが面白かったらしく、遠藤が笑う。
「わっはっは」
「笑ってんじゃねえ!」竹が酒瓶のキャップを遠藤に投げつけて言った。
「絶対その子脅えてたんじゃねぇ?」
「完璧脅えたでしょ」舘花の疑問に松田が答えた。
「わっはっは」遠藤は相変わらず豪快に笑っていた。
 全員が遠藤を白い目で見ていると、
「たーけー」と古巣が竹を呼んだ。
「何?」竹が古巣の方を見て聞き返す。
「たーけー。カーシーオーレー」
 古巣はコップを竹に差し出しながら言った。
「そんなもんねえよ」
 竹は冷たく答えながら、そのコップを受け取り、透明の液体を酒瓶から注いでやる。
「カーシーオーレー」
「だからねえよデブ。ほら、これでも飲んでろ」
 竹は、酒と古巣の買ってきたオレンジジュースとを半々くらいで混ぜたものを、古巣に渡した。
「かっ」
 古巣はそれを一口飲んで、きつそうに声を漏らした。
 それで一連の遠藤ディスもとりあえず落ち着きを取り戻し、一段落付いたような空気になる。
 すると、竹が急に思いついたように言った。
この男、何かと突然である。
「麻雀でもやる?」
「牌あるの?」脇が聞いた。
「確かあるはず。本が置きっぱなしにしてるのが」
「俺のかよ」本多が忘れてた、という感じで言った。
「そう、本の。まあそれ一個しかないから、参加人数は4人だけど」
 そう言って竹は、やる奴いる? という目で全員を見渡した。
「やるやる」松田が一番に飛びついた。
「はいはい、じゃあ俺もやるよー」脇が二番手で志願する。
「俺はいいや。やり方わっかんねぇ」
「俺もいいやー。今麻雀とか無理だ」舘花と佐藤は不参加を表明した。
「俺はお前たちとは、もうやらねぇ」遠藤が言った。
遠藤は以前、竹、松田、本多の三人と麻雀をして、これでもかというほどに凹まされて以来、彼らとは麻雀を二度としないという決意を固めている。
 それ以外の人物が迷った雰囲気を出していると、竹がもう一度全員を見渡して言う。
 残ったメンバーは本多、古巣、甲斐、飯泉。
 とりあえず、古巣は相変わらず飯を食べていたので、却下。
 残りは三人。
竹はその中で、一番面白そうなメンバーをチョイスすることにした。
 この場合の面白そうとは、普段あまり絡みのない奴らの事である。
 特に松田と。
「じゃあ、いいちゃんとカイカイで」
 名指しで指名されて、二人は別段断ろうとはしなかったが、飯泉が言いだしっぺの竹に聞く。
「竹はいいの?」
「ああ、オレもケンジと一緒。今は麻雀とか無理だわ」竹は手をひらひらさせて、無理をアピールした。
「本ちゃんは?」今度は甲斐が本多に聞いた。
「別に良いよ」本多が曖昧に頷いた。
だがその反応が曖昧だったので、竹が念を押すように言う。
「どっちの」
「やらなくても良いってこと」
「OK。じゃあ、松とコーチンとカイカイ、いいちゃんのメンバーで親睦を深めてくれ」
竹は作為的とはいえ、珍しい組み合わせになった事に満足げな顔をして、麻雀牌を取りに寝室に向かった。
 竹が麻雀牌を持ってくると、麻雀組はリビングと繋がっている、ダイニング側の背の高いテーブルで麻雀を開始した。
 その麻雀が始まる直前、
「はいよー。これ頼まれてたやつ。忘れないうちに」と脇がA4にプリントされた2枚の紙を竹に渡した。
 脇が来る前に頼んでおいた『D&』の資料だった。
 竹はその紙を受け取ると、タバコを吸いながら、その資料に目を通す。
 竹が資料を読んでいる最中、麻雀をやっていない古巣、本多、舘花、佐藤、遠藤はタバコと酒を片手にダラダラとだべっていた。
何気に、この組み合わせも珍しいといえば珍しい。
竹はその輪の中にいるものの、会話には参加していない。
脳内がアルコールに汚染されている状態で、二つの事を同時にやる余裕は竹には残っていなかったからだ。
麻雀組では、松田が普段絡みがない組み合わせでも盛り上げようと、麻雀とは別の部分で頑張っていた。
特に松田は、もっとも絡みがない甲斐を笑わせようとしているらく、打牌の度に、
「掛け捨てじゃない」とお前はどこぞの保険会社の回し者かよ、というくらいに物真似攻勢をかけている。
 結果として、その物真似を数回繰り返した辺りで、ターゲットの甲斐だけでなく、飯泉と脇までも吹き出したので、松田の頑張りは成功を収めたといえよう。
その成功に松田は、「カイカイが笑った!」と声に出して喜ぶ。
「あれだけ被せられたら誰でも笑うって」甲斐が笑いながら言った。
それ以降、麻雀組は和やかに、時に緊張感を持って麻雀に興じた。
竹が資料に目を通し終わると、石渡と大木がいつの間にか復活していて、だべり組の輪に入って楽しそうに話していた。
竹は読み終わった資料を二つに折りたたんで、無造作にテーブルに置くとタバコの火を消し、一度立ち上がって、この日12度目になる換気をする為に窓を開けた。
窓を開けて、暗い夜に包まれた外を眺めた竹がポツリと呟く。
「……雨降ってるよ」
 2、3分、窓を開けたままに外を眺めていた竹は、窓を閉めて自分の定位置に戻る。
賑やかな笑い声とジャラジャラと鳴る麻雀牌の音。
そして、皆の楽しそうな顔を見て、竹は溜息をつく。
脇に渡された『D&』の資料には、『D&』の売人が出没する曜日と場所が書かれていた。
 それは奇数週の日曜午後22時、釜蔵駅付近。
 つまり今日だ。
せっかく楽しい休日を過ごしていて、この後も楽しく過ごせると思ったのに、自分はあと2時間もしないうちにこの場から離れなければいけなくなった。
竹は心の底から面倒そうに言う。
「だりぃ」
 そして、落ちた気分を少しでも上げようと、酒が入ったコップに手を伸ばしたが、その手はコップを掴む前に止まった。
 この後、仕事なのだ。
 酒を飲んだ状態でまともに出来るのだろうか。
 竹は目を瞑って一瞬だけ悩み、結局コップに口をつけた。
 たかが、薬の売人の処理。
 酔っていたって楽勝だろう。
竹はコップの中身を空にすると、更に酒を注いで、今のこの貴重な時間を楽しむことに決めたのだった。
面倒で退屈な、その時間が来るまで。
夜たちのパーティーの終わりは近い。


お読み頂きありがとうございます。
同じ場所で足踏みしていたお話も終わりが近付き、はっきりとわかる形で前に進んできました。
おそらく残りあと3話。お楽しみください。











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