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黄の章 14
          7

「トリック・オア・トリート」
 7時半。
 玄関を開けて開口一番そんな言葉を言われた竹は、一瞬何言ってんだこいつ、という顔をした。
 そんな顔をされた脇は、一瞬バツの悪そうな顔をしつつ、
「今日はハロウィンだよ?」と付け加えるように言った。
「ああ、そういやそうだっけ。忘れてたわ。まあとりあえず入って。お菓子はないけど酒ならあるから」
「あい。結構人いるの?」
「結構ってか、かなりいるよ。靴の数を数えてみればわかるけど」
「うわー。本当だ」正確な数は数えずに、その靴の多さだけ見た脇が感心したように言った。
「8人いるね。お邪魔します」
脇の後ろから玄関に入ってきた甲斐(かい)輝明(てるあき)は、瞬時に靴の数を数えてそう言った。
「そんくらいかな。オレ、松、ケンジと本に大木。それにいいちゃんとおいちゃん、あと君らよりちょっと前になおも来たから……丁度8人か。カイカイ正解」竹は指を折って今いる人数を数えつつ言った。
 そして言ってから竹が今更、気が付いたように言う。
「ありゃ、カイカイ髪切った? 何か厳つくなってんだけど」
「切った切った」甲斐は短くなった髪を触りながら短く言った。甲斐の髪型はいわゆるオシャレ坊主。
「甲斐輝明カッコ良くなったでしょ? 今日は二人で髪切ってきたんですよ」
「へえ。いい感じじゃん」
 竹はさっぱりした二人の頭を見ながら言った。
 靴を脱ぎ終えて、リビングに向かう廊下で脇が聞く。
「これで全部?」
「いや、あとケンタと、さっきマメも来るみたいなこと言ってたから、あと二人かな」
「全員集合じゃん」
「そ、全員集合。素晴らしいでしょ」
「素晴らしいね」脇が言って甲斐が頷いた。
 竹と甲斐、脇、その三人がリビングへ入ると、足元に大木が倒れていた。
 竹はそれをほんの刹那、フリーズして見下ろすと、すぐに全てを把握する。
 倒れている大木が、「痛いー痛いー」と太ももと押さえて唸っていて、周りがゲラゲラ笑っていたからだ。
 どうやら来たばっかりの石渡に突っかかって、返り討ちにあったらしい。
 決め技は恐らくローキック。
大木に対して容赦のない石渡だった。
 その石渡は、入ってきた甲斐と脇の姿を見ると大きな声で、
「おおっ、カイカイとコーチン!」と言って手を上げた。
 石渡が言った直後、皆が二人の方を向き、脇と甲斐は軽く手を上げる。
 そしてその後、一瞬空気が止まった。
 その場にいた全員が、真っ先に声をかけた石渡がその後も何かを言うのだろう、と予想していたのに何も言わなかったからである。ノリのすれ違い。
 ひやーっとした空気がリビングを支配し、石渡自身も自分のミスに気付く。
 おいおい、これはどうするよ? というその微妙な空気。
それを一転させたのは、たった一言だった。
「ひーたーいー」
 びくん、と大木が羽化直前の芋虫のように動いて言った。
 かなり酔っているらしく、いが、ひになっているのはご愛嬌だったが、それでもその凍り付いてしまった空気を溶解させるのには十分だった。
 一斉に笑い声が巻き起こる。
「やべー! 大木やべーっ!!」
「大木っ、大木すげーっ!!」
「大木ー、凄いな、お前はっ」
 笑いながら松田、舘花、佐藤が大木に賞賛の声を送り、石渡が助かった、と安堵の息をついた。
 当の大木は自分が何をしたのかわかってなかったらしく、上半身だけ起き上がって、「え? え?」と首をかしげている。
 竹はひとしきり笑った後、脇と甲斐に「適当に座ってて、今コップ持ってくるから」、と言ってキッチンに入っていった。
 甲斐と脇の二人は初っ端から起こった珍劇に、やっぱりこいつらは面白いな、とニヤけながらテーブルを中心に形成された輪の中に腰を下ろした。
 ほどなくして、コップを抱えて戻ってきた竹は二人にコップを渡して言う。
「酒は全部ケンジの驕りなので」
 二人はそれを聞いて、「ケンさんごちそうさま」と言ってから自らのコップに酒を注いで乾杯をした。
 そして、竹が自分の定位置のソファに座ると、
大木が「おっ、わかった。こうすれば良いんだな?!」と言って、匍匐前進をしながら皆の輪の中に戻ってきた。
石渡に蹴られた足で、立ち上がるのがきつかった大木なりの妙案だったのだろうが、突然そんな行動を取ったのはどう考えてもアウトだった。
その姿を見て、またしても皆が爆笑した。甲斐にいたっては丁度酒を飲んでいた最中らしく、酒を少し吹き出した。
断っておくが、大木は普段こんな行動を取る子ではない。
今は酒の力で少し、というかかなり飛んでいる状態である。
だからこそ皆には新鮮で面白かった。
「何? 大木超面白いんだけど」脇が手を叩いて笑いながら言った。
「進化したね」甲斐はそう言いながら、吹きした酒をティッシュで拭く。
「進化! 進化しましたっ!!」大木は自分が褒められているので、嬉しそうな顔をして言った。
 そのまたもや飛んだ発言と、大木のあまりの嬉しそうな顔のギャップに、今度は松田が「ぷはっ」っと酒を吹き出した。
 そして、その一連の流れが更なる笑いを生み、続いて竹が酒を吹き出した。
「こっこいつらは……」吹き出した時に変な場所に酒が入ったらしく、竹は笑いながらケホケホ咳き込む。
「やべー。大木やべー」ふにゃー、力が抜けるように佐藤が笑顔で天井を仰ぎ見た。
 その横で舘花がデカイ声で、
「本ちゃん、良いから!! 続かなくて良いから!」と本多に言った。
「おっとぉ」ひゃっひゃ、と並々と酒をついだコップを持った赤い顔をした本多が確信的に笑う。
 どうやら今の流れで、自分もタイミングを見計らって、酒を吹き出そうとしていたらしい。
 本多雄貴。
 恐ろしい子。
 舘花による突っ込みにより、笑いによる被害の連鎖は未然に防がれた。
 ……かのように思えたのだが、本多のボケと舘花の突っ込みがツボに嵌った子が一名。
 飯泉だった。
 俺は大丈夫、という感じで酒を傾けたのが敗因だった。
 口に含む前だったらしく、水面に息を吹き出して、ぽたぽたと飯泉のコップの淵から酒が滴る。
「あー、竹ごめん。俺にもティッシュ貸して」飯泉が笑ってしまった事を、悔しそうにしながら竹にティッシュを求める。
 竹は自分が吹いた酒の処理がまだだった為、ティッシュを数枚取ってから、ティッシュケースごと飯泉に投げた。
 喜劇は更に続く。
 竹が投げたティッシュケース。
 それは酔っ払いのコントロールだった為、方向が逸れてしまった。
 飯泉はそれをキャッチしようとして、思い切り手を伸ばし、そして失敗した。
 飯泉が思い切り伸ばした手、それが勢いよく障害物に当たる。
 障害物。
 正確には飯泉の横に座っていた、石渡の側頭部だった。
「あ」
 それは誰の声だったか、その声がした直後に、ぐしゃっという嫌な音を立てて、石渡が座ったままの体勢で意識を失ったようにそのまま横に倒れ、
「ぐへっ」と小さな呻き声を上げて、大木が倒れた石渡の下敷きになった。
 しーん、と静まり返るリビングにおいて、瞬時に本多が言う。
「大丈夫っしょ。当たったのパーマの部分だし。クッション。クッションになった」
 本多は自分の側頭部を拳でガシガシ叩きながら、飯泉の拳が石渡に当たった部分が、彼の天然パーマの部分だったから平気だと主張する。
「だよな。パーマでラッキーだ」竹が頷きながら言った。
「パーマって凄ぇなあ、おい」
 佐藤も続いて言って、本多が言う。
「でしょっ!」
 それにすぐさま皆も同意する。
 しかし同意出来なかった、まともな加害者が約一名。
「……えっと、なおやん白目向いてて、大木泡噴いてんだけど」飯泉が恐る恐る言った。
「「「「「「「「………………」」」」」」」」
 一瞬で全員が閉口した。
元天岩戸、戦闘部所属。肉体のスペックなら十三夜随一の飯泉の一撃を、元天岩戸、治療部所属の人物が、全く警戒していない状態でテンプルに受けたのだ。
 当然の結果といえた。
「……えっと、氷持ってくるわ」竹が静かに言って、
「……うん。よろしく」飯泉が力なく答えた。
 被害は甚大。
 それでも宴はまだ続く。
お読み頂きありがとうございます。
今章は予定していた通り、短めに終わらせる事が出来そうです。
具体的にはあと5〜6話だと思います。
それではラストまであと少しだけお付き合いください。