ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
黄の章 12
             6
 
 ぴんぽーん。
 間の抜けた機械音が響く。
「お?」
 竹はその普段聞きなれない来客を告げるチャイムに、「何だろ? ピザはさっき来たし、宅急便か?」と言ってソファから立ち上がる。 
約4時間飲み続けている酒の効力で、その足取りは定まっていない。
 ドアの覗き穴から外の様子を伺うと、外に立っている人物は竹の予想とは違っていた。
 すぐに扉を開けて、「ういーっす」とフレンドリーと言えば聞こえの良い、いい加減な挨拶をする。
 といっても、
「うぃーっす」
相手も同じ挨拶だったので別に問題はないだろう。
「結構早かったね。もうバイト終わったんだ?」
 竹は玄関に鍵を閉めながら言った。
「うん。頑張ったから。お邪魔しまーす」
 頻繁に竹の自宅へ来るチャイムを使わずに携帯で連絡してくる、そんなアバウトな連中とは真面目度が違い、しっかりと来客用のチャイムを押して来訪を告げた飯泉は、靴を脱ぎながらそう答えた。
「まだ飲み続けてんの?」
「勿論」
「マジで? かなりやばくね?」
「かな……いや、その判断は中を見てからしてもらおうかな。とりあえずオレはやばいけど」竹は言いかけた言葉を口の中に押し戻して、笑いながら言った。
「あー、OK」
 そして、リビングへ向かう途中竹がトイレに行ったので、リビングに入る前に中の様子を一度覗う飯泉。
彼はその光景を見た瞬間、楽しそうに苦い笑顔を作った。
 リビングには先ほど飯泉が会った、松田と佐藤の他に大木、本多と増えていて、その全員がピザを摘みながら、あるいは酒を飲みながら、テレビで6時台のニュース番組を見ていた。
 流れているニュースは、昼過ぎにもやっていた吸血鬼の特集。
 最近はどこのチャンネルでもその特集を組んでいる。
 現代に現れた吸血鬼。
 ちょっと前に流行った殺人鬼のニュースよりも、少し現実離れしている辺りが一般大衆には安心感を与え、受けているのだろう。
 飯泉が息を殺して更に中の様子を見ていると、そのニュースを静かに見ていた佐藤が突然、その場にいる全員に向けて喋り始めた。
「――あぁあぁ、吸血鬼ね。知ってる? 吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になっちゃうんだよ。人の血とかめっちゃ吸いたくなるんだよ。やばくない? 噛まれたら。でも、もし噛まれても俺は大丈夫。どうしてかわかる? わからない? じゃあ教えちゃうっ! 俺はぁ最強の『十三夜』の一人だからっ! そうさ俺たちゃ、さーてぃーんないつっ!! 元天岩戸の戦闘部所属、二重(ダブルネーム)『戦神の左手(ウェポン)』はあんなのには負けないの。でもぉいくら俺達が十三夜でも吸血鬼はやべえよ。うーん、やばい、やばいっ。あいつら超吸ってくるからねー。さすがに俺もきついかなーって思ったよ。でもそこはぁ、ふんっ、つって弾いたねー。あいつらは吸わないと意味ないんだー。だから吸われる前に倒しちゃう。オラぁって。まああいつらも中々やるから、苦戦はしたねー。でも所詮俺の敵じゃなかった。敵じゃなかった」
意味も時系列もバラバラの内容を、マシンガンのように喋り続けた佐藤に松田が爆笑しがら、
「ケンジ。それ完璧アウト、完璧アウトだから!」と繰り返して言った。
「アウチだな」本多がぷるぷる笑いながら、タバコの灰を灰皿へ落とす。
大木は、「え? ケンさん今なんて言ったの?」と突然の佐藤のマシンガントークについていけていなかった。
その光景を見て息を殺して笑っていた飯泉に、
「今あんな感じ」とトイレから戻ってきた竹が声をかけた。
「あんな感じか。やばいね」
「パーティーはまだこれからだぜ? いいちゃんもあれに混ざるんだから」竹はそう言ってケラケラ笑い、飯泉と一緒にリビングへと入った。そして、そのままコップを取りにキッチンに入る。
 飯泉がリビングへ入ると全員が振り向き、それぞれいい加減な挨拶をする。
 飯泉はそれに若干圧倒されながら挨拶を返し、大木の隣に腰を下ろして言う。
「すごくね?」
「うん。凄いね。特にまっつんとケンさんの二人」大木が何故かソファで笑い転げている二人を見ながら言った。
 飯泉はそれを見ながら、
「あいつらはいつもじゃない?」と言った。
「確かに」頷いて、大木はちびちびとコップを傾ける。
「本ちゃんは? 飲んでるの?」
「ちょっと」本多は人差し指と親指で『ちょっと』を表す。
その本多の対応を、
「本はちょっとじゃないでしょ。俺よりは飲んでるじゃん」と大木が否定した。
「じゃあ少し」
「一緒じゃん!」
「ちげぇ! ちょっとと少しはちげぇっ!!」大木の突っ込みを不満そうに返してから、本多はコップに残っていた酒を全て飲み干して、大きな音を立ててコップをテーブルに置いた。
 それを見た飯泉は何も言わずに、何かを悟った表情をした。
「はーい。これいいちゃんのコップね」
 悟りを開いた飯泉に、キッチンから戻ってきた竹がコップを渡す。
「お、ありがと」
「酒はー……ありゃ、これもうないじゃん。ケンジ、新しいの開けて」
竹がそう告げると、佐藤が新しい酒瓶を開けて飯泉のコップに酒を注いだ。佐藤が飯泉に酒を注いでいる最中、本多が自分のコップを差し出して主張していたので、佐藤はそれにも注いであげた。
 並々注がれたコップで飯泉と本多が乾杯をする。
 そのカチン、という硝子がぶつかった音に合わせるように松田の携帯電話が鳴る。
 松田はその電話を取ると一言、二言会話をしてからすぐに電話を切って竹に言う。
「竹ー。おいちゃん来たってー」
「マジか。連続して来るなぁ。とりあえず松、出てきて」
「無理無理、動けない。竹、行ってよ」
「オレは片付け中。おいちゃんのコップも持ってこなきゃだし」竹は、空になった酒瓶を両手に持ってキッチンへ入っていった。
「……じゃあ大木お願いっ」竹が無理だとわかると、松田は大木に頼んだ。
 しかし大木は、「まっつん行ってくれば良いじゃん」とそれを拒む。
 頼んだのが竹だったら、大木は動いたのだろうが、松田にだけは対抗的な大木であった。
 彼らの事をよく知らない人間がそれを見ていたら、空気が悪くなりそうなやり取りだったが、全員いつもの事だと気にした様子もなかった。
 だがこのままだと埒が明かない事は明白だったので、飯泉が、「あー、じゃあ俺行くわ」と言って立ち上がった。
 飯泉が玄関に行くのと入れ替わりになる形で、竹がキッチンから新しいコップと氷ケースを持ってきた。
「氷欲しい人ー。って全員か」竹は疑問に自己完結して呟き、飯泉と舘花のコップ以外に氷を投入した。
 竹が5人分のコップに氷を入れ終わると、
「お疲れーっす。うわー、この部屋煙いなー」と低い声で言って、(たて)(はな)直人(なおと)が機嫌良さそうに入ってきた。飯泉もその後ろに続く。
 全員が揃って「お疲れーっす」と口にした。
 それから竹が舘花の発言を受けて、
「煙い? 松、窓開けて」と松田に頼む。
「また俺?」
「近いでしょ」
「……はーい」
松田がダラダラと窓を開ける。
「せんきゅう」
 竹は松田に怪しげな発音でお礼を言うと、テーブルに置いた新しいコップを首で示しながら、「おいちゃんのコップそれね。今日はどっか出掛けてたの?」と聞いた。
「あ、うん。ありがと」舘花はコップを手に持つと自分で酒を注いでから、嬉しそうに笑って、「初デートだった」と言った。
「初デートですか」
竹はそう言って、氷ケースを冷凍庫に戻しに行く。
佐藤と松田もその後にタバコを吸い始めた。
「うん。初デート。あのさあ、これが早く帰してくれなくてさあ。本当はもっと早く来たかったんだけどねー」舘花はニヤけて小指を立てた。
「いや、6時過ぎなら十分早くね?」佐藤が煙を吐き出しながら言った。
「だよね。えっち的なものはなかったんだ?」
キッチンから戻ってきた竹がソファに座りながら聞くと、その質問に舘花でなく松田が答えた。
「それはないでしょー。おいちゃんは初デートでやっちゃったりしないから」
「俺、硬派だから」舘花が自分を指差して言った。
「純情。むしろ純情」松田は軽い口調で舘花にそんな評価を下すと、タバコの煙で輪っかを作る。
 舘花は松田が作った輪っかに思いきり息を吹きかけて消すと、
「ていうか超腹減ってんだよねー。これ喰って良いの?」とテーブルの上のピザを指差して聞く。
「良いよー。食べちゃいな。あ、これKJの奢りだから。この酒も」
松田が答えると、舘花が佐藤の方を向きながら、
「マジで? じゃあいただきまーす」と言ってピザを一枚食べた。
 竹は一時的なドタバタから解放されて、タバコに火を点けて一息つく。
 それから飯泉と舘花を新たに加えて、「彼女どこの子?」、「縦濱の子?」、「プリクラ見せてよ」、などとダラダラとした、どうでも良い会話をし始めた。
 少しすると本多が「トイレ行こ」と立ち上がってリビングから抜けた。
 本多がトイレに行って、すぐに竹の携帯が鳴る。
 竹はまた誰か来たのかな、と携帯のディスプレイを見た。
 発信相手は『脇』。
 もし玄関の前に来ているのなら、また誰かに行ってもらおう、と思考を巡らしながら確認の為に通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あ、もしもし。竹君?」
「はいよ。どうした?」
「今から輝ちゃんと行こうと思うんだけど、何か持っていくものある?」
「んー、特にないかな。酒もまだあるし」竹は玄関への派遣の必要はないな、と考えながら言った。
「はーい。わかった」
 脇がそう言って、通話を切りかけそうになった時、竹の頭にナイスなアイデアが浮かんだ。
「……あ、ちょっと待って。今、君どこにいる?」
「今? 今自宅だけど?」
竹のナイスアイデアを後押しするように、丁度良く脇は自宅に居てくれた。
「お、じゃあ一つ頼まれ事をしてくれ」
「何?」
「うちに来る前に『D&』って薬の事を調べておいてくれる?」
 竹はアレクサンドラから依頼された仕事を、少しでも進めてしまう為に脇に頼んだ。
「『D&』?」
「そう。簡単にで良いからお願いします」
「うーん。わかった。じゃあ調べてから行くよ」
「感謝。適当で良いから。それじゃ着いたらまた電話して」
「はーい」
 通話を終えて竹は、ラッキーな展開に感謝した。
『電子の蜘蛛(マルミグナット)』、(わき)光太郎(こうたろう)
彼に情報を収集してもらえれば、これで自分で調べる必要もなく、解決へ近付くだろう。
 グッドタイミング、ナイスアイデアだったな、と竹が妙な自画自賛をしていると、トイレに行っていた本多が戻ってきた。
 それを見て竹は、本多が座る前に、
「本、座る前に窓閉めてくれ」と言った。
「ん。わかった」
 本多が換気の為に開けていた窓を閉めてから、フローリングの床に座りなおし、自分のコップと残量の少ないコップに酒を注いだ。
 それでまた一本、酒瓶が空になる。
開始時に25本あった酒は、この時点で残り12本。
 まだまだ夜は長い。
お読み頂きありがとうございます。
少し間が空いてしまいました。すみません。
書き手としてレベルアップしたいものです。