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黄の章 11
              *

 やること終わったら行きます。

 ぷにぷにと太った体型をした少年。古巣(ふるす)(けん)()は、前触れもなく送られてきた召集メールにそう返信した。
 古巣は携帯をズボンのポケットにしまうと、腕まくりをしてその時を待つ。
 彼の言う、やること。
 それは――、
「お待たせしましたー」
柔らかく張り上げた女性の声とともに、古巣の目の前のテーブルに置かれる特大の皿。
その皿には文字通り山のように盛られた、ケチャップ色をしたスパゲッティ。
いわゆるデカ盛りメニューだった。
「チャレンジメニューのナポリタンになります。えっと、制限時間は30分で、完食されますと無料です」
荒川宿禰は最早恒例となりつつある説明を終えると、この時間の常連客、古巣謙太に言う。
「それでは準備はよろしいですか?」
「はーーい」
「それではスタートですっ」
 古巣が間延びした声で頷くと、宿禰はチャレンジ開始の合図をしてストップウォッチのボタンを押した。
 古巣のやること。
 それは夕食前(・・・)の腹ごしらえ。
 縦濱のとある喫茶店で最近始められた、チャレンジメニューの完食である。
 スタート開始直後の一口目を見届けた後、宿禰はストップウォッチ片手に古巣の席から下がる。
「まーた、完食されちゃうんだろうねぇ」
 キッチンからメニューを受け取る配膳カウンターに戻った宿禰に、キッチンの中から声がかかる。
 その声に宿禰は苦笑いしながら頷いた。
「ですよねー。あのお客さんが残したことなんてないですし」
「だーかーらー、何度でもチャレンジ可能は無限コンボくらうから、やめましょうって店長にゃ言ったのに。まあキッチンとしては、作ったものを残されるよりは良いんだけどさ。このままずっとコンボを食らい続けるんだろうねぇ」
 キッチンからフロアを眺めるように、カウンターに身を乗り出した、真っ白いコック服を着た背の高い女性はカラカラと笑いながら言った。
「あれ? でもチャレンジメニューって、期間限定なんじゃないですか?」
「そうだったんだけどね。でももしかしたらまだ続けるかもって。何かチャレンジメニューの利益率ってかなり良いらしいんだ」
「えーっ?! あんなに完食されてるのにですかっ!?」
「ちょっとちょっと、荒川さん声でかいよ」
「あ、すみません。……つい」
「いえいえー、そんなところが世の男子たちには人気なんでしょう」キッチンの女性はニヤニヤしながら言った。
「人気なんてないですよぅ……」宿禰は自信なさげに俯く。
「あら? そんな事ないよー? うちのキッチンの連中なんて、荒川さんのファンばっかりだし。そういえば、彼氏っているんだっけ?」
「いっいいいいませんよう! 彼氏なんてっ!!」
「そうなの? 荒川さんなら選り取り見取りって感じなのに、もったいないわねー。なんだったらうちのキッチンの子、2〜3人あげよっか?」
「いらないですよ……それに好きな人……いますし」
「ありゃりゃ。そうなんだ。うちの男子どもには残念なニュースだけど、好きな子いるんだ? 同じ学校?」
「……はぃ」宿禰は顔を真っ赤にして下を向く。
「へー、若いって良いわねー」
「からかわないで下さいよぅ……それに山田さんだって若いじゃないですかぁ」
「あはは、あたしはもう若くないよー。最近階段上るのがきついもん。っと話が逸れたわね。恋バナは後で聞くことにしよう。後ろで馬鹿野郎どもが聞き耳を立てていることだしねー。さっさと仕事しないとぶっ飛ばしちゃうぞー。正確には、それぞれの恥ずかしい話を荒川さんに教えちゃうぞー」山田と呼ばれた女性が、自分の後ろを意識しながら言うと、キッチンからガチャンガチャンと慌しい音がした。
「何ですか、今の音?」
 宿禰が問うと、山田は狐みたいに細い目をさらに細めて、
「いやいやこっちの話よー」と含み笑いをしながら言った。
「?」宿禰が首を傾げる。
「気にしないで。それで利益率の話だったわね。あのメニューってさー、完食したら無料だけど、食べ切れなかったら5000円でしょう? それってぶっちゃけた話、あのナポリタンの原価考えたらかなりー、というか滅茶苦茶高めの値段設定なのよ」
「そうなんですか?」
「うん。まあこの店の値段設定がもともと高め、ってのもあるんだけどねー。それでも失敗したら5000円はかなり高いわけよ。あれの原価から考えても、普通のチャレンジメニューを失敗した時の額から考えてもねー。しかもあれは普通どんな大食い自慢でも、30分で食べられる量じゃないみたい。30分で10キロよ? もう暴挙よ、暴挙」
「え? でもあの人はいつも成功してるじゃないですか?」宿禰がチャレンジメニューを食べ進めている古巣を見ながら言った。
 もう既にスパゲッティの山には、カルデラが形成されていた。
「そう。そこなんだなー。あの人はいつも成功している。でもそれ以外で成功した人っている?」キッチン山田が含みを持たせた表情で言った。
「……あれ? そういえばいないですよね? 成功者とか貼り出してないから、多分ですけど」
「いやいや、当たってるよ。成功者は今のところあの人しかいないってわけ。でもってあの人の周りを見てみ?」
 山田に言われた宿禰が古巣の周囲を見る。
 黙々とハイペースで食べ続ける古巣の周りの客は、ただ一人の例外もなくその食べる様子を気にしているようだった。
 宿禰が視線を山田に戻す。
「あの食べっぷりを見て、チャレンジャーが増えるって事ですか?」
「まっ、簡単に言うとねー。うちのチャレンジメニューにとって、あの人が広告塔なわけ。あれを見てたら、多少大食いに自信がある人なら、なんとなく自分も出来そうな気がしちゃうじゃない? 実際私もチャレンジしたし」
「山田さんもしたんですか、チャレンジ」宿禰は山田に、呆れと尊敬の中間の視線を向けた。
「あっはっは。勿論玉砕したわよ。ありゃ人間の食べる量じゃないわー」山田は豪快に笑った。
「……あっ、もしかしてだから成功者を貼り出してないんですか?」
「荒川さんは賢いねぇ。その通り。成功者がたった一人だったら、普通の人はチャレンジする気も失せるけど、成功者がわからない状態であれを見せられたら、やってみる気になっちゃうでしょ」
「なるほどー。ああ、じゃあだから何回でもチャレンジOKにしたんですか?」
「そっちはどうかなー。あの店長の事だし、そこまで考えてなかったでしょ。あれは全くの棚ぼただろうねぇ」あははー、と能天気に山田が笑う。
「はぁ、ラッキーですね」
「ラッキィもラッキィよ。あの店長、運だけは馬鹿みたいに良いから」
 それは羨ましい話だなぁ、と宿禰は思った。
「といってもそのうちやめるだろうけどね。最長でもあと2週間ってとこじゃない? 人の口にはなんとやらで、一人しか成功できていないって、噂も流れるだろうしね。そうなったら無謀なチャレンジャーしか出てこなくなるでしょ。その辺が引き際だわねぇ。いくら確実に利益が出るメニューっとはいえ、元々そういう店じゃないし」山田は感慨深そうに言った。
 宿禰はナポリタンを食べている少年を風景として見る。
 確かに、この店に特大のナポリタンはミスマッチだった。
「……でも、たった一人しか成功してないのは凄いですよねっ」
「そうねぇ。あと成功しそうなのは昼すぎに来るもう一人のお客さんくらいじゃない? まああの男の子が、チャレンジメニューを開始する夕方に来るのかどうかは微妙だけど」
今日も来たあの痩せたお客が夕方以降に現れたことは、今のところ一度もない。
「確かにそうですねー」宿禰が頷くと、
「すみません。お水くださーい」と他のお客から声がかかった。
「ありゃ仕事だね。ほい、水。いってらっしゃい」山田が水の入ったポットを宿禰に渡す。
「ありがとうございます」
宿禰は山田に礼を言ってから、フロアの勤務へと戻っていった。
水を注ぎ終えてから、チラリとチャレンジ継続中の大食いキングを見て、ストップウォッチの時間を確かめる。
 制限時間の残りは20分で、お皿に残ったスパゲッティは3分の1。
 どうやら、やっぱり今日も完食されてしまうようだった。
お読み頂きありがとうございます。
今話で予定していた話の一つを後回しにした結果、連日更新できました。まあそのツケは後で回ってきますが、それは考えない方向で。
何やら今話はスラスラと書けてしまったので、ミスが多そうで不安だったりします。
何かありましたらご指摘ください。


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