黄の章 10
5
日が落ち始め、空の色がオレンジから黒青に色づき始めた午後5時。
買い物から帰還した竹たちは、酔った状態で外に出て買い物をするという、ある種のプレッシャーから解放された反動なのだろう。完全にひよっていた。もうピヨピヨである。
「これはきつい! やばい吸い込まれる吸い込まれるぅぅ」佐藤がソファに座って、不自然にゆらゆら動きながら言った。
松田は無言で、先ほど買ってきたポテチを幸せそうに口に運んでいる。
竹は口角上がりっぱなしの顔で、その二人を楽しそうに見ていた。
それぞれ別の事をしていた二人に佐藤が言う。
「ちょっと目瞑ってみ? やばいから」
「ふぇえ?」松田がポテチを口に運ぶ途中で停止した。B‐BOYとは思えない、かなりのアホ面&バカ声だった。
それが軽くツボに入った佐藤と竹が笑う。
そして一頻り笑った後、三人は目を瞑った。
直後、
「うおお、グラビティが、グラビティがあああ。おいちゃんいるんじゃねぇ?」
「あーー、やっべぇ」
「ふおおおお。持ってかれるううう」
佐藤、竹、松田はそれぞれ感想を口にして、ソファにめり込むように倒れ付した。
三人が三人とも出来上がっていた。
それから5〜6分後、誰かの携帯電話がテーブルを小刻みに叩いた。
完全に飛んでいた三人の意識がバイブの音で引き戻される。
三人は一斉に勢い良く起き上がって、自分の携帯を確認する。
「あら、オレのか」
鳴ったのは竹の携帯だった。
ディスプレイに表示された文字は『おおき』。
「来たかな」竹は通話はせずにふらふらと立ち上がって、玄関に向かう。
不必要に起き上がってしまった松田と佐藤は、竹を見送るとタバコを吸い始めた。
竹が玄関の扉を開くと、本多と大木が立っていた。
「ういっす」
竹は適当な挨拶をして、二人を家の中に入るように促してからリビングへ戻った。
本多と大木は何か言いたそうな顔をしたまま、靴を脱いで家の中に入る。
二人がリビングに行くと、
「お、本ちゃんたち来た」
「おつかれぃーっす。大木もおつかれぃーっす」と佐藤と松田が酒の入ったコップを掲げながら言った。
本多はフローリングの床に座りながら、「飲んでんのかよ」と口元を緩めて言った。
大木は「あ、ケンさん久しぶり」と佐藤にだけ挨拶して座る。
「あれあれ、俺にはないんだー」
大木に何も言われなかった松田が絡むような口調で言う。
「まっつんには良いや」
「えー、それはないわー」大木に突っかかる松田。
これは松田なりの挨拶なのだが、酔っ払いに絡まれているとしか思っていない大木は、いまいちそのノリについていけない。
「いやいやいや、そういうのは良いから」細い目を更に細めた笑顔で、酔っ払いの絡みを遠ざけようとする大木。
少しだけKYな雰囲気が流れる。
それをキッチンで聞いていた竹が戻ってきて、「はいよ、これ二人のコップね。ケンジ注いであげて。あと松はそのクッション二人に渡して」その雰囲気を転換させるように言った。
たったそれだけでその雰囲気が元に戻る。全員の切り替えが早く、仲が良いからこその早変わりだった。
佐藤が大木のコップに酒を注ぎ終わり、今度は本多のコップに酒を注ぎながら、
「今日どこ行ってたの?」
「ボウリングとか」という会話をしている横で大木が竹に言う。
「今日、竹が言ってた荒川さんのいる喫茶店行ったんだけどさ……ハメたでしょ?」
「ハメた? 何を? あ、ケンジ、オレのにも注いで」竹が佐藤にコップを渡ながら聞き返す。
「だから喫茶店の話」大木が一口酒を飲む。
「喫茶店? 荒川さんは本当にいただろ? それとも今日は会えなかったとか?」
「荒川さんはいたけど」
「だろ。ならハメてないじゃん」
「そうじゃなくて。ねえ本、ハメられたよね?」
「あれは罠だった」本多が頷く。
「だから何をよ?」竹が何のこと、と首を傾げる。
「竹に言われた通り、コーヒー頼んだんだ。そしたら、ちょーまずかったんだけど」大木は竹を非難するような口調で言った。
そう言われて、竹が漸く思い出したようにニヤニヤと笑って言う。
「あーはいはい、そのことか。何? 5人ともコーヒーを頼んだんだ?」
大木が頷き、本多が「殺されるかと思った」と呟く。
竹はその二人の反応にケラケラ笑う。
「あはは。でもオレは美味いなんて一言も言ってないよ? 絶品って言っただけ」竹は悪びれもせずに言った。
「いやまあ確かにそうだけど……」
「あら、納得しちゃった。まあ良いじゃん。良い経験って事で。目的の荒川さんには会えたんだし」
竹がもう一度笑うと「何の話?」と松田が興味深そうに聞いてきた。
竹は説明が面倒だったので完結に、「大木たちがオレに騙されたって話」と言った。
「ああ、いつもの事ね」松田が納得したよう言う。
「いつもの事って……いや、まあそうか」竹は最初、心外だという顔を作ったが、結局自分でも納得してしまった。
お互いを良く知り、自分の事を良く知っている連中である。
3人から5人に人口が増えた部屋の中を見渡して、竹が思い出したように言う。
「それじゃあそろそろ出前頼むか。何が良い?」
「何があるの?」松田が聞く。
「ピザか、寿司か、あとはカレーかな。どれ?」
「ピザでよくない?」佐藤が言った。
「まあそれが無難か。じゃあピザで。ちょっと待ってて、メニュー持ってくるから」竹はそう言うとキッチンへ行き、すぐに戻ってきた。
「はい、これ」竹が佐藤にメニューを手渡した。
松田が佐藤に渡されたメニューを横から覗きながら、
「何枚頼むの?」と竹に聞く。
「2枚で良いんじゃない? プラスサイドメニューくらいで」
「2枚で平気? 1、2……5人いるよ? おいちゃんといいちゃんも後で来るし」
「あ、あとなおやんも後で来るから」付け加えるように大木が言った。
「ありゃ、そうなの?」
「縦濱で会った。何かこれから釜蔵まで仕事だって」
「釜蔵か」釜蔵と聞いて竹が何かを理解した風に言った。
「何か知ってるの?」大木は酒をちびちび飲んでから聞く。
「うん、まあ今オレが、なおに頼んでる患者が一人いるから多分それだと思う」
「誰々?」話を聞いていた松田が会話に入ってきた。
「誰って、お前も知ってる子」
「誰?」
「石間山の子だよ」竹が面倒そうに答える。
「えぇっ!? あの子って今こっちに来てるの?!」松田は男にしては高い声で驚きの声をあげた。
竹は「驚きすぎ」と突っ込んでから、「こっちに来てるよ。最近だけど。それで釜蔵に良い物件があったらしくて、今そこに住んでる」
「へー、そうなんだ。今度遊びに行こうよ。メイドを見に」
「今度な。メイドを見に」短く、言ってから竹は話が逸れ始めたので、本筋に戻すように続ける。
「それでピザは2枚で良いんじゃない? ケンジさんの財布だし、後から来る奴はそん時に考えれば良いべさ。一応食料買ったし、そんなに食べないでしょ。ケンタじゃあるまいし」
「あー、そっかー。あいつはデブだから」松田が頷く。
「お前も結構危ないけどな」竹が松田の腹を見ながら冷笑する。
「いやいや、あそこまでやばくないから」
「ん、まあそうだけど」
「ケンタ急に太ったからねー。竹、どれが良い?」佐藤が竹にメニューを差し出して言う。
「どれでも。お任せします。あ、注文は本か大木やって。オレ達はもう、出前の電話とかいう高等技術は出来ません」
竹にそう言われて、大木と本多はだるそうな顔をしたが、メニューを食い入るように見ていた松田と佐藤の二人が、
「照り焼きとー、照り焼き?」
「いやいや、照り焼きと……照り焼き?」
「それ一緒だからー!」という会話を見て、諦めたようにじゃんけんをし始めた。
大木が負けた。
それをニコニコとしながら見ていた竹が言う。
「そっかぁ、なおも来るのか。……どうしよっかな」
竹の独り言に大木が律儀に答える。
「うん。パーマも来るよ。それがどうかしたの?」
「いや、どうせあと3人増えるんなら、他の奴らも呼ぼうかなと思ったんだけど……どうしよう?」竹が4人に問いかけるように言うと、
「呼ぼうよ」
間髪要れずに松田が言った。
「じゃあ呼ぶか。その方が楽しそうだしな」
元々、竹も呼びたい方向にいたのだろう。後押しを受けた途端、竹は携帯を操作してメールを作成し始めた。
今うちで、松、本、ケンジ、大木と飲んでます。
後で、おいちゃんといいちゃん、なおも来ます。
暇な人は来てください。
皆さん深夜までいるので時間は自由。
腹減ってる奴は食料持参して。
全員集まったら嬉しい。
竹はピザ屋に電話をしている大木に自宅の住所を教えながら、作成したメールを残りの4人に一斉送信した。
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