ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
この作品は時系列的に前作品『王女交響楽団 橙の章』の後になりますので、設定等ご理解頂く為には、そちらを先に読まれた方が良いかもしれません。
とはいえこの作品だけでも完結しますので、その辺はお好みにお任せします。
ヒトツノハジマリ 01
破綻少女 黄の章
 
 その瞳に私は映っていない。
 地に落ちた傘を叩く雨音。
 獣の牙が突き刺さる。
 首筋に鋭い痛みが走り、冷えた温血が滴る。
 (おぞま)しい浮遊感と高揚感。
 懐かしい慨視感。
 そして、馬鹿馬鹿しい達成感。
 漸く、私の瞳に映る彼の瞳に、
私は映る事が出来たのだ。

         0

 それは丁度、2年前の話。
 その女たちを追い詰めるのは簡単だった。
 だけど、まさかここまで愚かな行動を取るとは思ってもみなかった。

 22時30分。
深夜の入り口の時間帯。
まだ人通りのある駅前で待ち伏せていると、友人からの情報通り今回の標的である三人の女が現れたのが確認できた。
これ見よがしにこちらの姿を見せ付けてやると、女たちは相も変わらず醜悪な顔を蒼白にして、予想通り慌てて逃げ出していった。
「さて、いくかね」
のんびりとその後を付ける。
彼女たちにだけわかる殺意を向けて。
人通りのない方へ人通りのない方へと誘導するように、追い込んでいく。
10分もすると逃げ切れないと悟ったのか、それとも腹が据わったのか、脅えるだけだった女たちの感情に変化が生じた。
女たちの足が止まり、こちらも足を止める。
そこは目の前に竹林が広がる人気のない郊外だった。
唯一、視界の端に武家屋敷のような建物が映る。
微かに賑わいを見せていた駅前とは違い、人通りはない。
それは当然といえたし、そういう場所へ追い込んでいったのだから当然だ。
人家がそれ一軒しか見当たらない冷たい寂しい道。
この時間だけでなく、普段から人があまり通らない道なのだろう。
この道だけでなく、この辺り一帯にそういう人を拒絶する雰囲気が漂っていた。
 だが、運悪く。
 不幸にも。
 不運にも。
 普段は人どころか野良猫すら通らないような道を、その少女は歩いていた。
 不気味な竹林の道を早く抜けようと精一杯の早足で。
 何故、自分たちと然程変わらないような年頃の少女が、この時間帯にこの道を歩いていたのかはわからない。
 それはただそれだけの事である。
 だがその時ばかりは、運が悪かった。
 自分の反対方向から、つまり三人の女たちの近くから少女は歩いてきていた。
 そして、その少女が女の達の脇を通った瞬間、女の一人、背の高い奴が少女の手を引いて抱きかかえた。
 人質を取るように。
 突然の出来事に少女が小さく悲鳴を上げる。
 それを軽く聞き流し溜息をつく。
 いくら焦ったとはいえ、ここまで馬鹿だとは思わなかった。
 あまり認めたくないが同じ組織にいたものとしては、正直情けない。
「……一応同じところ出身だから一度だけ言っておくけど、そんなの取っても意味ないよ。人質ってのは親しい人間を取るのが基本だろ。知らない人間を人質にとって、たじろぐのは国家権力くらいだぞ」義理の親切心で忠告をしてやる。
 しかし、その忠告は横に大きな女がヒステリックな声で罵りとともに送り返してきた。
 義理とはいえ、親切心を踏みにじられるというのは気分が良いものではない。
「そうか。じゃあもう良いや、面倒だしな。今日はさっさと帰りたいから終わらせよう。一応、明日の中間試験の勉強やっときたいし。オレはお前らと違って、ちゃんと義務教育受けてるからな」肩に掛けていた長細い鞄から、一振りの刀を取り出す。
 それを見た女たちが一瞬、引いた表情を取ったが、一番小さい女が爪をガチガチ噛みながら、「ハッタリだ」などと根拠の無いことを言って表情を戻す。
自分たちの方が優位にたっている、とでも信じてやまないとでもいうように。
 人質の少女は、今の展開についていけないのか声も出さず、ただ震えている。
 その姿をチラリと見てから、少女の事の一切を忘れる。
そして、心底呆れたら自然に出てきた溜息のついでに言ってやる。
冥土の土産にでもしてくれ。
「ハッタリじゃねえよ。そっちの根拠はある。それはオレが、知らない奴のことなんかどうでも良いって事。――じゃあ一瞬で終わる解決編だ」
 たん、と軽く地を蹴った感触の後、握った柄と刀身に微かな重みが三回。
 ごろりと、西瓜みたいな球体が転がり、遅れて三つの首なし死体の切り口から鮮血が噴出す。
 それを汚物を避けるように、触れないように距離をとる。
 右手に持った刀の銀色の刀身には、たった今三つの首を落としたにも関わらず僅かな穢れすらなく、刀を持たない左手には人質だった少女を抱えていた。
「ああ、蛇足だけど根拠はもう一つあった。オレにはお前等を殺しながら、人質を救える確信があったんだよ」
 そう言って、どくどくと、石畳に染み入る大量の血液と、地に伏す三つの死体から視線を切る。
 あとは怜さんに依頼完遂の連絡を取れば、その後の処理をしてくれるだろう。
 この人気の無さだ。
運が良ければ人目に付くこともないだろうから、わざわざ隠蔽をしてやる必要もないだろうし。面倒だし、時間外労働をしてやるほど親切ではない。
 そんな風に考えて、抱えた少女を地面に下ろす。
 あとは、この予定外の運の悪い少女をどうするか、だ。
 地面にぺたりと座り込んだ少女は小刻みに震え、脅えた視線でこちらを見上げた。
 自分と同じくらいの年齢の少女の視線を見つめ返す。
「さて、と」
 こんな凄惨な場面に出くわして、叫ばなかったのは不幸な彼女にとって唯一の幸運だったといえる。
 叫ばれていたら、まずその口を塞がなければならなかったから。
 でも彼女は叫ばなかった。
だから、不幸が1つと幸運が1つで、プラスマイナス0にしておこう。
少女を見つめる視線を強め、彼女の脳に直接暗示をかける。
決して、解けることのない暗示を。
「――君は、今日ここで何も見なかった。だからここから今すぐ離れろ」
 暗示の魔法をかけると、すぐに少女はしっかりとした足取りで来た時と同じ進路を取って立ち去る。
 その姿を刀を仕舞いながら見送り、こちらも少女の事の一切を忘れる。
 0にするなら、こちらも忘れる必要があるのだ。
 そして携帯を取り出して、怜さんに電話をかける。
「あ、もしもし。終わったんで、あとは頼みます。あと死体はその場に放置したままなんで適当に。はい、じゃあ明日にでも」
 怜さんには少女の事は言わず、電話を終えた。
「帰るか」
そう誰にともなく呟いて、その場を去る頃には、先ほどいた少女の事を完璧に忘れ去っていた。

 魔法使いは知らず、
 少女は忘れ、
 少年も忘れ、
 筆記者ですら気にも留めなかった刹那の邂逅。
 それが――、
破綻していく章の(はじまり)
お読み頂きありがとうございます。
今章は『橙の章』の次の物語です。
3日ほどパソコンが壊れていた為、開始が予定よりも少し遅れてしまいました。すみません。
全体としては前章よりも短くするつもりです。
その分、スピーディーに更新することを目標にしますので、よろしければどうか最後までお付き合いください。

*『蒼の章』でのミスをご指摘頂いた薙さんありがとうございます。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。