「一度でいいからさ、空を飛んでみたいと思わない?」
坂口愛、16歳。自分で言ってて悲しくなるけど平凡な高校生だ。今私は屋上にいる。所謂、親友と呼ばれる関係にある中谷啓と。
本来ならば授業中である筈のこの時間に私たちが屋上にいるのは、授業をサボったから。学生の本分は勉強だ、ってよく言うけど勉強ばっかりの学校生活なんて耐えられない。たまには息抜きだって必要だと思う。以前に、啓にこう言ったら、ただ勉強から逃げたいだけだろ、って一蹴されたけど。
そんな啓まで今日屋上にいるのには特別な理由が……ある訳ではない。啓は気紛れなのだ。一日中授業中寝てたかと思うと、次の日には真面目になってて、サボった私を一喝してくる。彼曰く、本能の赴くままに行動しているらしい。私はたまに彼が羨ましくなる。周りの目を気にせずに生きていけたら、って思う。
…あぁ、話が逸れた。まあつまりは今日啓が屋上にいるのも彼の気紛れってことが言いたいのだ。だって私も一緒にサボってるのに、会話どころか問い掛けに返事さえしてくれないのだから。
「…俺は空なんて飛びたくないな」
半ば拗ねかけていた私の耳に、啓の透明で、決して低くはない声が聞こえてきた。私はすごくこの声が好きだ。でも啓はあまり喋らないからこの声を聞けると嬉しくなる。ただ今回に限っては例外だ。たった一言で私の想いを打ち砕いてくれたのだから。
「何で飛びたくないの?確かに腕とか疲れそうだけど、その分気持ち良さそうだと思わない?」
「気持ち良いとか悪いとかそういうことじゃないんだ。飛ぶことには代価が必要だ。それを払うぐらいなら俺は一生飛べなくていい」
「…代価?」
啓の予想外の答に、私は意味が分からず首を傾げた。代価、ってことは飛ぶ代わりに何かを差し出すってことぐらいは分かるけど。
「そうだ。鳥は翼があるから飛べる。人間には翼がないから飛べない。それは変えようのない事実だ。じゃあそれを踏まえた上で人間が飛ぼうとしたらどうなるか」
「…どうなるの?」
「…墜ちるだけだ。ないものねだりをした人間様へ神からのプレゼントとして、一瞬の飛躍の後に絶望が襲ってくるんだよ」
私は啓が言うことがあまり理解出来ないでいた。多分彼は、例えばこの屋上から飛ぼうとしたならば一瞬宙に浮き、飛んだ気にはなれるが後は地面に向かって落下するだけだ、と言いたいのだろうけど。
「…じゃあ今の話からいくと多分啓は鳥も翼を持つ代わりに何か代価を支払ってるって考えてるよね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ鳥の代価って何?」
「地に足をつけられないことだ」
「えっ、でもよく鳥が地面に足をつけてるのは見るけど?」
「それはあくまで一時的なものだろ?俺が言いたいのは永久に、人間のようには地に足をつけて暮らすことは出来ず、ただ不安定な空を頼りない翼で彷徨い続けるってことだ」
…やっぱり話が分からない。頭を捻って考えるけれど、結局啓の言葉の核心はつけない。
「…あ」
そんな終わりのない考えに終止符を打ったのは授業終了のチャイムだった。確か次は昼休みだ。昼休みともなれば、屋上には人が大勢訪れる。私も啓も人込みは好きではないので、どちらともなしに立ち上がる。
「…そうだ、愛」
と、突然啓が私に話しかけてきた。あまりこういうことは無いので、私は目を丸くして啓を見た。
「悩んでるみたいだから、言っておく。俺は空なんか飛びたくない。今、ここで愛と一緒にいることで満足してるからだ」
啓は一方的に私に言うと、そのまま屋上のドアへと向かった。
私はというと、基本的にあまり気持ちを表に出さない彼が言ってくれた一言が嬉しく、同時に顔を赤色に染められた。一瞬私も思っていたことを啓に言ってやろうかと思ったけど止めた。多分、そうかっていう返事ぐらいしか返ってこない気がする。
リアリストなのにロマンチスト。そんな彼と過ごす日常が私も満足しているなんて、この先も絶対に言ってやらない。
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