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会社帰りの田中司朗が目撃したもの

作者:紅月赤哉
 会社帰りの田中司朗がその光景を目撃したのは、偶然と言ってもよかった。たまたま終電がなくなったこと。三十分ほど歩いて帰ろうという気持ちになったこと。そして、それならば普段とは別の道を帰ろうと決めたこと。三つの条件が重なりあい、最終的には違うルートを通った先にあった人だかりに気付いた司朗は人垣の間から日常ではまず見られない光景を見た。
 人の隙間を抜けた先に見える小さな公園は遊具は端のほうへ点在しており、中央は普段なら子供達が走り回るスペースとなっている。だが、今はたった二人の少女が向かい合って立っているだけ。
 一人はショートカットで小顔の少女。司朗から見て中学生と考えられる小さい体躯で、黒いセーラー服を着ている。セーラー服の下は今年二十八歳になる司朗には恋愛対象にならない程度の丸みと大きさだ。その代わり、動きは機敏だろうと司朗は思う。そんな少女であるのに、持っているのは身の丈以上の剣身を持つ大剣だった。ファンタジー世界に生息する巨大な竜さえも一刀両断できるような剣を、両腕でしっかりと持ち上げている少女。見た目にそぐわぬ力。スカートから覗く太ももはしっかりとしていて、陸上か、瞬発力を必要とする室内競技の部活をしているに違いないと司朗は考える。その適度な筋肉をつけた足はしっかりと地面を踏み込んで、いつでも全力で剣を振れるように構えている。
 もう一方の少女は腰まである長い髪を首の後ろで結んでいた。大剣の少女よりも顔は細長く、人形が意思を持って立っているように見える。こちらはブレザーを着て、下に着ているセーターの胸元の膨らみは大剣の少女との対比もあってとても大きく見える。ワイシャツの上にセーターを着ているのは、はちきれそうな胸元を隠すためかもしれない。チェックのミニスカートから覗く足は細長く白くて、運動系の部活をしている子には見えない。
 少女が持っているのはこれもショートカット少女と対比するように、月光を反射する美しい刀身の刀だった。大剣の切っ先と重ね合わせるようとするかのごとく正眼に構えている。司朗からは二人とも真横から見えているが、立ち姿は堂に入っていて、素人には思えない。
(なんなんだ、これ)
 どうして終電もなくなった深夜の公園で少女二人が武器を持って向かい合い、ギャラリーが集まっているのか。周囲の家に迷惑ではないのか。そもそも集まっているのが周囲の家の人達なのか。
「あの、これって何なんです?」
 司朗は傍にいたおじさんに話しかけてみた。自分よりも十歳は年上に見えるハゲあがった頭に口のちょび髭。おじさんは司朗を見て一瞬眉をひそめたがすぐに笑顔になって言った。
「君は何だと思うかね?」
 質問に対して質問を返してくるのは下の下だと思っても、おじさんはもう司朗を見ておらず、更に尋ねる空気ではなくなった。おじさんの視線に釣られるように公園の中心へと目を向けると、二人の少女の間がユラめいているように見えて、すぐに空間が爆発した。
「な!?」
 理由のある現象とはとても思えない、何もない空間の爆発。衝撃が観客達を襲う中で少女二人は互いに一歩目から最速へと移行した。
「はあっ!」
「んどらやぁああああろああららろらるろあああ!」
 大剣を振り上げるショートカット。そして何と言っているのか聴きとれない咆哮で黒髪ロング少女が刀を後方へと流しつつ近づく。武器の見た目に反しない動きで刀が横薙ぎに閃いたが、ショートカットは上空へと跳躍して一撃をかわす。そのまま一撃必殺の力を込めて振り下ろされた大剣が地面をえぐり、火薬が爆発したかのような衝撃が観客達へと押し寄せた。
「このぉお!」
「んべらぉあらぁあああああああろろあるれよぉ!」
 大剣の一撃を横っ跳びでかわした黒髪ロングは着地したと同時に再びショートカットへと向かう。めり込んだ大剣を抜こうとしている隙を突いて刀を振るおうとしているのは明らかだ。だが、ショートカットは満面の笑みを浮かべたままで両腕に力を込める。二の腕から手首までいくつも筋が浮かび上がり、突き刺さった地面ごと吹き飛ばした。土の弾丸が黒髪ロングに迫ったが、司朗の目に映らない速さで刀が振られて土の霧に変化する。パラパラになった土の間を進んで懐へと飛び込もうとする黒髪ロングと刀の間合いの外でし止めようと横殴りの一撃を放つショートカット。斬るというよりも叩き潰すという形容が似合う大剣。黒髪ロングは刃を立てて受け止めようと立ち止まったが、即座に側転し、大剣の横薙ぎの軌道から外れた後で剣の腹に立った。
「なにっ!?」
「はべらおぉおおあでおおおあろあおあおあ!」
 剣の腹を蹴ってショートカットの顔面めがけて刀を閃かせる。閃光の一撃はしかし、咄嗟にショートカットが大剣を横に倒したことで黒髪ロングの足場が崩れたことにより前髪だけを持っていく。地面に倒れた黒髪ロングへと振り下ろされる大剣。だが、汚れることを苦にせずゴロゴロと転がって間合いの外まで移動してから黒髪ロングは立ちあがり、最初と同じように刀を正眼に構えた。
 二人の制服はこれまでの攻防で土にまみれている。観客達は一瞬でも油断すれば首の上下が仲互いをする状況に唾を飲みつつ見守っている。
(何なのか……全く分からん!)
 司朗は声に出さずに考える。見れば分かるのかもしれないと考えて眺めていたが、ただ二人の少女が命をかけて戦っているだけだ。目の前の状況説明ならアホでもできるが、問題はどうして深夜の決闘を行っているかだ。
「決着を、つけるよ!」
「のぞんべらひゃおうぅう!」
 少女二人は必殺の一撃を放つために吼えなおす。黒髪ロングは普通でも変な言葉遣いのため司朗には意味不明だ。先に仕掛けたのは黒髪ロング。刀の小回りを利用して、連撃をショートカットへと叩きこむ。一つ一つが岩をも砕きそうな威力を連続して振るう。ショートカットは大剣を盾のように構えて防いでいたが、一撃が大剣へと吸い込まれると共に膨れ上がっていく闘気がとぐろを巻いてあたりに吹き荒れる。
「ぼらぼらぼらあああああばやへぉおおおおおくろあねろあああ!」
 連撃が五十を超えて、遂に大剣の耐久限界がやってくる。観客にも分かるほどの破壊音。大剣の剣身が耐えきれずにひび割れていく。そして最後の一撃によって真っ二つに割れた。中空を舞う剣の残骸を越えて黒髪ロングの刀がショートカットへと食い込もうとしたその時、ショートカットの体がその場で回転し、刀の軌道から外れた。
「びゃあああ!?」
「おおおおあああ!」
 振り下ろされる刀身を一回転してかわし、遠心力を使って右手に持った折れた剣を全力で振り切る。身の丈ほどもある大剣を操っていた力ならば折れて半分になった剣身を加速させることなど造作もない。刀使いの黒髪ロングを超える速度を用いて、ショートカットが引けなかった刀を中央から真っ二つに叩き折った。
「このぉおおお!」
「びゃああああ!」
 両方とも折れた武器を突きつけ合う。
 勝者にあったのは、ほんの一瞬の差。黒髪ロングは折れた刀に全く動揺せず、最短距離でショートカットの喉元へと刀を突きつけていた。折れた大剣を振り下ろそうとした分のタイムロス。大剣を頭上にかかげたまま、ショートカットは参りましたと呟いた。
 闘いが終わったことで観客の中から拍手が湧く。円の中心部から外側に広がるように拍手が起こり、司朗もつられて両掌を合わせていた。少女二人は武器を地面に置いて抱き合っている。死力を尽くした先にあるのはやはり友情だ。
「ばりがとぅおざいま゛した」
 黒髪ロングが丁寧に礼をし、観客が答える。司朗には先ほどまで奇声をあげて舌をだらりと垂らしていた女子とは同一人物に見えなかった。活舌が悪かった。
 ピッピー。
 落ち着きかけた公園に響く笛の音と共に警察が現れた。観客は拍手を止めて警察の動きを目で追っている。司朗は人だかりの隙間から少女二人が手錠をかけられるところを見る。そのまま少女達は警察に両腕へ上着を被せられたまま引っ張られていた。
 この間、およそ五分。
「あれ?」
 気が付いたら、誰もいなくなっていた。あまりにもあっさりと警察が少女達を連れて行ったこともそうだが、誰もが呼吸をするようにバラバラに去っていったことで司朗は話かけるタイミングを完全になくしたのだった。自分の目の前で展開された解散。眼には入っていたが、認識できていなかったというべきか。自分が見たことが夢ではないかと頬をつねったが、残された公園のえぐれた地面は変わらない。誰もいなくなっても公園だけは少女二人の痕跡を残している。
「何だった、んだよ」
 呟いても誰も答えてくれないため、司朗は妙なしこりを胸の内に抱いたまま、歩いて家へと帰っていった。
 たっぷりと時間がかかった後に自宅マンションに帰った司朗がドアの先に見つけたのは、居間に鎮座した箱だった。今日見たことと、仕事の疲れによって脳は情報を許容する限界を迎える。ゆっくりと自分の胸元くらいまで高さのある箱へと近づき、留め具を三つ外すと、中から一振りの刀が出てきた。両腕で持ってもずっしりと重い刀。
 柄に巻き付けてあった紙を開くと、自宅から五キロ離れた公園に明日、二十四時までに来るようにと書かれていた。来ない場合は、の後は何故か赤いインクのようなもので塗りつぶされて見えない。そもそもインクかどうかも怪しいが。
 司朗は刀を鞘に納めて床に置き、刀が入っていた箱をぐるりと見回す。すると背後に配達の伝票が貼られていたのを見つけた。そこに書かれていた住所は自分の部屋。そして受け取り先の氏名は『田中司郎』と書かれていた。司朗はすぐに思い出す。
 自分が住んでいる部屋の隣の人の名前だと。

『♪~お客様の配達先~連絡先記載誤りによる~誤配達が~増えております~お気をつけ~ください~♪
 やっかいなことに巻きこまれるかもしれませんよ!
 ♪~はいたつ~配達~配達業者のタ・カ・シ~♪』

 テレビから流れてきたCM映像は歌詞の当て方がおかしい歌が終わると共に次に移った。
 その映像の意味不明さに田中司朗は肩を落とす。自分と同姓同名の登場人物がわけのわからない事態に巻き込まれて困惑している様子を見ると気分はよくない。会社から疲れて帰ってきて、テレビをつけた直後ならばなおのことダメージが大きかった。誤配達防止のCMに大剣やら刀やらCGやらアクション俳優やらたくさんお金をかけたもんだと思うも、きっと最近は誤配達でモンスター顧客がいろいろ言ってくるんだろうなと結論付け、買ってきた酒を飲む。
(ショートカットの子は好みだけど、黒髪ロングの子は活舌悪かったなぁ)
 CM中の戦闘では何を言ってるのか全く分からなかった黒髪ロングの子は女性誌の表紙で見たことがあった。セリフの演技はまだまだなのだろうが、動きは良かった。格闘技はおさめているのだろう。
 脳内でつらつらとCMの感想を思い浮かべていると、チャイムが鳴って玄関扉の向こうからよく通る声が響いた。
「田中さーん。配達業者のタカシです。おっ届けものです~」
 ゴトリ、と大きな荷物が扉に立てかけられた音がする、ような気がした。
(まさかな)
 司朗は立ちあがって玄関へと向かった。
 もしも刀だとしたらすぐに突き返してやろうと心に決めて。

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